考え事の多い帰り道
敵との会話はこんなもんでいいだろう。そろそろ幕引きといこうか。
同じことを王子も考えたらしく、なにやら呟く。
「聞いていたな? 今の会話は誰にも漏らすな。これより総員で砦まで引き上げる」
なに言ってるんだと思ったけど、なるほど。通信系の魔法使いに向かって話したのか。
二人だけの密談かと思いきや、盗み聞きしてる奴がいたか。私が気付けなかったってことは、術者と王子をダイレクトにつなげる魔法ってことになるのかな。これについても私自身に効果が及ばないんじゃ、気を付けようがないわね。
もう行こう。まだ話を続ける王子に背中を向けてさっさと離脱した。側近の連中が近寄ってきてるし、これ以上の関りは邪魔臭い。
とにかくこれでミッションコンプリートだ。
帝国の東部遠征軍に大打撃を与え、物資の破壊にも成功した。これだけでも被害額は相当な規模で、野望の阻止に向けての大きな要因となり得るはずだ。もし進軍を諦めないとしても、かなりの時間を稼ぐことには成功したと思っていい。
ついでに遠征軍の総大将と思われる第二王子を逆に非戦派に鞍替えさせることもできた。偉そうだけど生真面目っぽくて信仰心の篤い奴なら、簡単に約束を破ったりはしないだろう。
さらには私たちの実力を敵軍に知らしめることができた。どれだけの大軍を誇ろうと簡単には行かないぞってね。非戦派には格好の材料になるだろう。
もちろんブレナーク王国としては油断なんて許されない。
今回の襲撃は上手いこと行ったと思うけど、安全が保障されたわけじゃないんだ。
オーヴェルスタ公爵家や王家を中心として結束力を高め、軍事力を増大し、諸外国との外交にも力を入れて行くだろう。そのための時間は稼いでやった。期待以上の戦果を出してやったからには、ロスメルタと王国に大きな貸しが作れたわね。
さて、先々のことは今は忘れてしまおう。それにしてもだ。
「あー、楽しかった」
大いに満足できた戦いだった。振り返るのはもう少し時間が経ってからにして、満足感だけを噛みしめるとしよう。
みんなのところに向かって歩いてると、徐々に帝国兵が移動を始めた。どかした車両に乗り込もうとしてるらしい。酷い混雑になるだろうから早く移動しよう。
待っててくれたみんなと合流し、飛ぶように走って若衆を待たせた丘の上に戻る。
「お疲れさまでした。みなさん、やっぱり凄いですね」
「常識的には無謀な突撃でしたけど、なぜか不安は感じなかったです。エクセンブラに戻ったら、この戦いの語り部をさせて貰いますよ!」
凄い、か。やってる本人としては無我夢中だからね。戦場に立ってしまえば、あとは敵がいなくなるまで武器を振るうだけだ。細かいことなんてどうでもよくなる。
部隊を率いる指揮官の立場になれば別だけど、今回は完全に個人として戦ってた。私以外のみんなはチームで戦ってたけど、個々の武力を遺憾なく発揮し、大軍にぶち当たっては悉くを粉砕する様子はさぞかし見応えがあったろう。
興奮して話す若衆はいいとして、私たちには反省するところが大いにある。
テンションに任せた突撃は立場を顧みれば本来はすべきじゃないし、もっと上手くやれた作戦だってあったと思う。同じ状況がまたあったとしたら、また同じことをしてしまいそうだけどね。
まあ反省は帰ってからにしよう。残してきたキキョウ会のみんなに戦況を知られれば、絶対に怒られるだろうからね。
「お、あいつらも引き上げるみたいだぜ」
「まさか加勢にくるとは思いませんでしたよね。正直、見直しました」
赤い鎧の騎士団が意気揚々と移動を始めた。
「そういや本来は騎士団が主役で私たちは裏方だったはずだからね。あのままじゃ、さすがに面目が立たないと思ったのかも」
「あー、そういえばそうでしたね。奇襲ですけど敵を倒すのはクリムゾン騎士団、その裏で物資破壊をするのがキキョウ会、そんな役回りのはずでした」
王国の最精鋭であるプライドや意地、ウチと比較した場合の戦果、ボスであるロスメルタへの畏怖、色々と事情はあったんだと思う。私は自分の戦いに夢中で、さっきのまでの戦場でクリムゾン騎士団がどんな戦果を上げたのか全く分からない。それどころかウチのメンバーの戦いすらよく分かってない。その辺は見物してた若衆がよく分かってるだろうから、あとで聞いてみよう。
そのクリムゾン騎士団もひと塊になって移動してるし、きっと車両を隠した場所に向かってるんだろう。
帰り道は今度こそクリムゾン騎士団に同行するつもりだ。面倒事は全部押し付けて、私たちは楽をさせて貰う。そういう手筈だったんだから、これは予定通りだ。
丘の下に隠した私たちの車両に戻ると、なぜか一台増えて四台になってる。
「これは?」
不思議に思った私たちは若衆に目を向ける。
「帝国の陣地が無人になってたんで、ちょっとやってきました」
「戦場の観察は一人でも大丈夫だったので、ついでにひと仕事をと」
砕けた言い方をすれば、暇だったからパクってきたってことらしい。
そもそもこの丘の下は帝国のキャンプ地だ。私たちはそこで物資の破壊をやりまくってたわけだけど、漏れなく全部を破壊できてたわけじゃない。
残ってる車両だってそれなりにあるし、物資だって大きな倉庫に入ってるの以外は手が回ってない。そこに目を付けた若衆は、良さそうな車両を一台確保し、さらには食料品まで探し出しては積み込んで、この場に持ってきたってわけだ。
一応は滞在した町で帰りの分の必要な物資は確保してたけど、往路の苦労を思い返せば多いに越したことは無い。
「リミッターも解除してますから、いざという時の逃げ足も問題ないはずです」
抜け目がない。さすがは戦闘支援団の精鋭だ。
軍用車両といえども、これも移動用の魔道具だ。ある組織によって理不尽にも最大速度があんまり出せないように制限されてる事情がある。そいつを無効にする改造を私たちの車両はしてるわけで、同じような処置を施してくれたらしい。
なにかから逃げるような事態はもう勘弁して欲しいけど、いざという時の備えがなければ奪った車両は放棄する事態にもなってしまう。抜け目のない仕事ぶりだ。それにちゃっかりしてる。
なんだか無性におかしくなって笑うと、大きな仕事を終わらせた安堵感からか、みんなも笑いながら若衆の仕事を称えた。
慌ただしく引き上げる帝国軍を尻目にして移動開始。やってきた町のほうに向かってるとふと思い出す。
そういや、あの町には反乱軍が攻めてきて領主軍との戦いがあった。そこには帝国軍のキャンプ地から、二千程度の援軍が出張って行ったはずだ。そいつらがキャンプ地に帰ってきた様子は無かったと思う。
まさか総数七百程度の反乱軍が二千の正規軍を破れるはずもない。いや、特別な強者がいれば話は変わるけど、そんな様子はなかった。
どうなってるのかなと思いつつ町に迫ると、町の門は締め切られたままだ。私たちが町から脱出する際に破った門は修復されて、破壊の痕跡も見られない。素早い修復ね。
元より寄るつもりもなかったから、そのままスルーして町の横手を通り過ぎる。
たぶん帝国軍は町に駐留してると思う。あの王子が約束通りに手を出さないように通信魔法で連絡をしたんだろう。そうでもないと他国の怪しい奴らを素通りさせるはずはない。ちゃんと門の上には見張りがいるから、こっちに気付いてないって可能はないからね。
そんでもって見張りの恰好を見る限り、帝国兵で間違いない。元からいた町の警備兵とは明らかに違うし、ましてや反乱軍の貧弱な装備とも完全に違う。となると、あの反乱軍は全滅してしまったのか。
敵国に反乱軍という存在がいること自体が、その他の国々にとっての利益だからもったいない気もしたけど今さらだ。どうにかする手もなかったし、済んだことは気にせず先に進む。
撤退時の方法はあらかじめ決めてある。
予期せぬ事態が起こった時や、失敗した時には各自で撤退する段取りだったけど、そうじゃなければ一緒に引き上げる予定だった。
待ち合わせ場所は冥界の森に入ってちょっと進んだ場所にある。私たちは想定外の別ルートでこっちにきたから場所の確認はできてないけど、行けば分かる程度の目印はあるらしい。どっちにしろクリムゾン騎士団よりも私たちのほうが早く到着するから、待ってれば向こうが合流するはずだ。
律義な王子は約束を守ってるらしいから、クリムゾン騎士団が追撃を受ける心配だって無用だろう。まあそうじゃなかったとしても、最精鋭の騎士団相手にそこまでの世話を焼く必要はない。
仕事を終わらせた達成感とやっと帰れる安堵の気持ちを抱えながらどんどこ進む。食料や物資は潤沢だから、途中で寄り道することはない。眠るときにも人里には寄らず、野営で済ませる。
道中にある辛気臭い町や村を華麗にスルーし、厄介事とは絶対に関わらない決意で前の道だけ見て進む。
そうして進んでると、距離を置いた場所に大人数の魔力反応を捉えた。通常の人里とは違う、人が密集した感じだ。
みんなも同様に察知して、ちょっとした緊張感が漂う。こんな辺鄙なところに帝国軍がいるはずはないし、往路で豪族の軍にもすぐには立ち直れない損害を与えたはず。だとすると……。
考える必要はなく、答えは即座に知れた。最初から隠れたり攻撃しようとしたりするつもりはなかったらしく、姿を現すと遠目からこっちを見守ってる。
そいつらの貧弱な装備にはオフィリアたちにとって見覚えのあるもので、どうやら領主の町を襲った反乱軍ということらしい。
無事でいるところを見るに、帝国軍とは戦わず素直に撤退したみたいね。人質を取り返すと息巻いてたらしいから、それを助けたら欲張らずに引き上げたってことになるのかな。
感じる魔力反応からして、失った戦力も多くは無さそうだ。指揮官が良くできた奴なのか感心する引き際の良さね。
敵の敵が味方とは限らないけど、使える存在なのは間違いない。戦力として期待できるレベルじゃないとしても、嫌がらせ程度の役には十分に立つ。ここはひとつ置き土産をしていってやろう。今の私は気分がいい。
座席下の物入れから麻袋を引っ張り出すと、適当にミスリルインゴットを生成して詰め込んだ。
かなりの重さになった麻袋を走行中のジープから放り出してしまう。こっちを見守ってる奴らにも、何かが落っこちたのは分かるだろう。それを確かめにこないはずはない。
きっと反乱軍は鹵獲品だと思うだろうね。どういうつもりで高級素材を投げ落とすような真似をしたのか首をかしげるだろうけど、放置することはないはずだ。
売り払って軍資金にするもよし、自前の装備に役立てるもよし。使い道はなんでもいい。私からのささやかな支援だ。
ひょっとしたら軍を解散して普通に生きる道だってあるかもしれないけど、地方豪族や荒っぽい蛮族の存在を考えれば、きっと戦える組織を維持しようとするはずだ。この辺境において庶民を守護する存在はいない。守護どころか搾取する連中ばかりなんだ。少数の反乱軍でも地方に篭ってゲリラ戦に徹すれば、ある程度は戦える。
当然のように色んな問題はあるだろうけど、そこまでは知ったこっちゃない。元から大した期待はしてないし、せいぜい頑張ってくれって感じね。
一連の行為には隣に座るヴァレリアが不思議そうにしてたのが分かったけど、特に説明はせず別の雑談を始めて時間を潰した。
大陸西部の街道を走破すると、今度は廃道を東に向かって進む。
廃道とはいえ、すでにクリムゾン騎士団によって整備済みの道はまったく問題ない。
両脇に広がる森が少しずつ密度を増すのを眺めながら順調に進むこと一日。おそらくは冥界の森と呼ばれるゾーンのちょっと手前辺りで、森が開けた場所に行きついた。ここが待ち合わせ場所と思われる。
エクセンブラの勢力が帰り道で使うこと以外じゃ誰も通らない道で悠々と停車。みんなで休憩とした。
大仕事を終えて緊張感の薄くなったところだけど、さすがに冥界の森が近づくと、あの苦労を思い出してしまって少しは気が引き締まる。
うーん、むしろ腰が引けるかもしれない。アンデッドのドラゴン戦はさすがにないと思うけど、レイスには私とオフィリアは痛い目にもあってるし。
「これからどうする? 騎士団の連中は遅れてくるよな。先に戻っても良さそうだが」
とりあえずの口火として提案するオフィリアだけど、本気で言ってる様子はない。あくまでも確認って感じね。
私たちは身軽な少数だから移動が速いけど、大部隊ともなれば足並みをそろえて移動するにはどうしても時間がかかる。早くても一日くらいは遅れて到着するだろう。
「……何事もなく無事に帰れると思います?」
「行きとルートは違いますが、あの冥界の森をまた抜けることになりますから、人員と装備の潤沢な騎士団を頼りにしたほうがいいと思いますね」
「ですよねぇ。レイス対策の装備を持ってきてるか知りませんけど、人数は多いから最悪は弾避けに使えることもありますよ」
「違いないな。予定通り合流するまで待つか」
誰にも異論はない。雑談しながら食事を終えると、暇を持て余したミーアやヴァレリアたちとなるべく多くの情報収集を課せられたグレイリースは森の探索に出て行った。
みんなには言ってないけど、実は気になることがある。
帝国とやり合う前のことだ。クリムゾン騎士団とクラッド一家との合流を果たした時の打ち合わせでは、どうやらアンデッドの脅威に晒されたのは私たちだけっぽい感じだった。あの時には深く聞かない事にしたけど、このルートの先が闇の世界かどうか、もう少しで判明するはずだ。




