表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
221/464

奇跡なんてぶっ潰せ!

 立派な甲冑を殴って硬い感触を確かめると、同時に見えてる場所にある魔石や魔道具を破壊してしまう。

 宝石のように見える物はすべて魔石だ。ただの装飾品じゃない。

 エネルギー源を潰せばそれだけで魔道具は機能しなくなる。二重化や三重化するようなエネルギーの取り方もあるけど、他の魔道具用の魔石からバイパスするような経路の作り方は、魔力干渉の影響もあって無理と聞いたことがある。

 つまりは魔道具そのものじゃなくても、魔石を潰せば潰すだけ魔道具は確実に使えなくなっていく。鎧の下に隠された魔道具も一部は機能しなくなるはずだ。


 外に見えてる魔道具はもちろん直接破壊する。装着しやすいのか、腰の部分に多く配置されてる。攻撃、防御、回復、何の効果があるかも分からないそれをとにかく破壊する。やられるほうからしてみれば、身ぐるみ剥がされていくかのような感覚だろう。


 問題は甲冑だ。結界魔法がなくても特別製の甲冑はかなり強固。私の打撃力をもってしても、簡単には破れない。

 それというのも甲冑に使われてる魔導鉱物は私たちに馴染み深いもの、カーボニウム鉱がたっぷりと使われた特別製だ。さすがに総カーボニウムとはいかないみたいだけど、それでも格別に強固なことに変わりはない。混ぜ物はしてるけど、塗装を剥がせば墨色っぽい色が露になることだろう。

 カーボニウム鉱の全身甲冑と戦うのはこれが初めてだ。その強固な守りは刻印魔法によってさらに頑強となり、私たちの外套を上回る防御力があると考えていい。


 最も優先的に潰したい『魔法の発動を抑止する魔道具』は、鎧にがっちりと守られた場所にあるはずだ。潰すのはなかなかに難しそうね。切り札だけにそのエネルギー源は魔石から取るタイプじゃなく、使用者本人から直接の魔力供給型らしい。もはや別にこのままでもいいけど、気になると言えば気になる。

 やれない物は捨ておいて、とにかく潰せる物から潰して回った。



 全体的に潰せるところをほとんど潰してやると、残ってるのは鎧の内部に仕込まれた機構と剣だけになった。特に剣については、防御にも使ってたように外側の鞘に潰せる物はなかった。やっぱり剣身を抜かせるしかない。

 ここまで追い込んでも抜かない理由はなんだろうね。それだけは不気味だ。

 なんにせよ、私は全てを暴いてから丸ごと踏み潰すと決めたんだ。必ず抜かせてやる。


 頑強なカーボニウム鉱の全身甲冑をこれでもかと叩きながら、改めてその脅威を知る。

 私たちのは金属糸を使った外套で全身甲冑とは違うけど、こんなのを相手にする奴らが可哀そうになるほどだ。私の打撃力をもってしても破壊どころか凹ますこともできない。しかもこれは魔法防御にも優れた魔導鉱物だ。結界魔法の守護さえ必要ないほどだと改めて思う。


 そして普通じゃない防御力に重ねて、王子の甲冑には対衝撃性にも優れた特別な機構が組み込まれてるらしい。

 通常、鎧に当たる直接的な攻撃は防げても内部に伝わる衝撃までは完全には殺せない。しかも私の打撃力なら鎧ごと相手を吹っ飛ばすことだってできるはずなのに、よろけもしないのはどう考えてもおかしい。

 魔力の流れと起こってる現実を見る限り、どうやら衝撃を完全に殺す機構なんてふざけたものまで備えてる。いくら魔法文明の発展があって、強国の王子が使う特別製だからって、こんなのアリかって疑うほどだ。


 特別製の装備を知れば知るほどムカついてくる。なんて贅沢な野郎なんだ。

 帝国ほどの国力があって、そして強大な権力と財力を余すことなく投入しないと決して実現不可能な至高の装備。ぜひとも叩き潰してやりたい。

 全身の痛みを忘れるほどの苛立ちに任せてガンガン甲冑を殴ってやった。でもそれも、そろそろ飽きた。


 ここで久しぶりに目を開いて王子に聞く。少しばかり休憩だ。

「……まだその剣を抜かないつもり?」

 いい加減に潮時だろう。効いてないとはいえ、ボコボコにされてる王子にだってプライドってもんがあるはずだ。周囲の目だってある。

「余にこれを使わせたいと申すか。しかしこれを使えば生かしておくことはできぬ。ユカリノーウェよ、それでも望むか?」

 大層なことを言う奴だ。もったいぶりやがって。

「今さらなに言ってんのよ。それを使わずに私に勝てるつもり?」

 決闘の最中だったはずなんだけどね。本当に今さらだ。

「神剣ネグローリは余の魔法を増幅させる魔道具である。真の力を解き放てば後には何も残らぬ。惜しい、惜しいぞ、ユカリノーウェ」

「うるさい。いいから、その真の力とやらをさっさと見せなさい!」

 ナンパ野郎め。絶対にぶっ潰す。



 話を振ったのは私だけど、これ以上の言葉は不要。

 いったん王子から距離を取ると、なにが起こるのかを見極めることにした。魔法を増幅とか言ってたけど、あいつの魔法適正ってこと?

 まさかこれまでの魔法攻撃は全部魔道具任せで、自身の魔法適正による魔法は使ってなかったってこと?

 疑問が湧く。この期に及んで、とっておきっての魔法を使おうってことになるのか。


 観察を続けてると、おもむろに王子は両手持ちに鞘に入ったままの剣を真上に掲げた。まだ抜かない?

 不思議に思ってると、それを合図にしたのか距離を置いて決闘を見守ってた連中が、一斉にさらなる退避を始める。これを受けて、ウチのメンバーも同じようにして退避してくれる。意識から外れてたけど、みんなも私のことを見守ってくれてたらしい。退避は私の邪魔をしないためだろう。気遣いがありがたい。


 少し待って周囲から人が遠く離れると、カっと魔力がほとばしった。

「帝国の守護神よ! そして神剣ネグローリよ! 龍の加護と奇跡を与え給え!」

 よく神ってフレーズが登場することからして、信仰心の篤い奴なんだろうね。

 でも、もし神様がいるとして、そいつはそんなに素直な奴じゃないだろう。きっと、とんでもない捻くれ者に違いない。私のこれまでの運命を思えば、こう考えるのも当然だ。


 それに奇跡だって? よりにもよって奇跡ときたか。

 ふーん、そっか、奇跡ね。奇跡か。ロマンチックな言葉じゃないか。

 はっきり言って下らない。ただの決まり文句なんだろうけど、どうにも気に入らない。私たちは決闘をしてる最中なんだから。


 奇跡。うん、その存在は認めよう。

 世界は広い。世の中のどこかにその恩恵にあずかったラッキーな奴だってきっといる。だけど、そいつを願うなんてバカのすることだ。

 そう簡単には起こらないからこその奇跡、言うなれば究極のラッキーだろう。自分にそれが降りかかるなんて、期待するだけ無駄、まったくの無駄だと断言してやる。


 奇跡を願う暇があるなら、私は限界ギリギリ、最後の最後の一瞬まで足掻き続ける。

 もしも奇跡が起こるとするなら、きっとそうした先に起こるもののはずだ。

 それこそがフェアってものだろう。ま、この世は理不尽だらけだ。ましてや世界はちっともフェアなんかじゃないけどね。

 いずれにせよ、そいつを願ってる時点で私には勝てない。例え決まり文句であったとしても、そんな程度の奴に負けてたまるかって話よ。


 改めて勝利への意欲を強くすると、神に願った奇跡とやらが発現した。

 凄まじい魔力反応に目が眩む。大きな剣から爆発的に魔力が広がり、半径にして三十メートル以上はあるだろうフィールドを形成した。

 瞬間的に世界そのものが変化したような、そんなおかしな気分にさせる。

 フィールドに満ちる魔力が濃度を上げると、現象が私を捕らえた。


 身体が、重い!?

 全身に重りを付けられたように、急激な重さが圧し掛かる。

「ぐううっ」

 恐るべき速さで重さが増していき、このままじゃ押し潰されると思ったところでようやく止まった。

 なに、これ。

「これでもまだ倒れぬか、大した女よ。しかし動けまい? 神剣ネグローリによって増幅された余の誘引凝集魔法からは決して逃れられぬ」

 誘引凝集魔法!? 聞いたことすらないレア魔法だ。

 名称だけじゃイメージしにくいけど、受けてる感じからはいわゆる重力魔法のようなものだろう。この野郎、どこまで恵まれてやがるんだ。


 最後の最後になって出した切り札こそ、自身の魔法適性だったとは。でもよくよく思い返してみると、奴が振る剣の重さは異常だった。魔法による重みが加わった攻撃なら合点がいく。

 いかにもファンタジックな魔法能力だけど、実際に受けてみればかなり強い能力だ。もう腕を持ち上げるのにも苦労する。歩けないことはないけど、如何にも鈍重になるだろう。それに対して術者には効果がないらしい。インチキな魔法よね、まったく。


 具体的にどれくらいの負荷が掛かってるのか分からないけど、ハイレベルで身体強化魔法を使える私ですら厳しい。剣の魔道具を観察する限りじゃ、これが最大出力っぽいのは救いかな。とはいえ、これじゃろくに戦えない。



 力がいる。もっと、もっと、もっと。

 自分の限界をさらに打ち破って引き上げなけりゃ、待ってるのは無様な敗北だ。こんな恵まれた贅沢野郎に負けるなんて、死んでもゴメンだ。

 殻を破るしかない。今の私にこれ以上の力の解放は厳しいと直感が告げる。だけど、やれないことはない。


 限界を定めた殻をぶち破る。

 すでに破ったもっと先にある殻を引きずり出し、強引にこじ開けるイメージ。

 新たなステージに至った魔力感知と魔力操作はそれを可能にする。自らの意思で限界を突破することができる。

 やってやる!


 決意を固めて即実行。その直後に感じたのは胸の奥底に亀裂ができたような衝撃。

 亀裂の奥深くから濃密な魔力が溢れると同時に、無理が祟って身体中に激痛が走る。どこが痛いとかいう状態じゃなく、もう全部が痛い。身体中が悲鳴を上げ、頭は割れそうに軋む。

「……ぅ、すぅーーー、はぁーーー」

 呻き声を我慢して深呼吸だ。一度深く息を吸って吐くだけで、ストレスと痛みが少しは軽減するような気がするから不思議だ。


 なに、元より怪我だらけでずっと痛かった。ちょっと増したくらいじゃ、どうってことない。むしろ貧血で遠くなりかける意識が覚醒する。

 ありがたいことだと思っておくわよ!


 粘つく様に濃密な魔力が巡り力が増す。危機感から否が応でも集中が高まる。

 暴れる魔力を繊細な魔力操作で押さえつけ、どんどん身体強化魔法の出力強化に注ぎ込む。囚われた重力の檻に抗うパワーが宿る歓喜。全身の激痛を塗り替えるほどの確かな歓喜がある。


 魔法の負荷が掛かり過ぎて血管が破裂した。切れた皮膚からブシュッと血が噴き出して、身体中の至る所を赤く染める。

 明らかに限界を超えてる。命を削るような魔法行使に若干の恐怖だって感じる。けど!

「力が、滾る!!」

 限界を超えてるからか、色々とヤバい感じがする。貧血気味のせいか、くらくらするし長くは続かない。


 私のおぞましいほどの魔力量を噴き出す血液から、なにか感じ取ったのか王子の重力波は形を変え、今度は引き寄せるような力まで加わった。

 吸い込まれるかのように王子に向かってずりずりと強制的に移動させられる。重力フィールドにある全てが王子の持つ剣に向かってすっ飛んで行くんだ。

 あの剣に飲み込もうというのか、あるいは異次元の重さに達した剣で叩き伏せようというのか。どっちにしても逃げられない以上は勝負するしかない。


 無理を通したお陰で身体は動く。引き寄せられる力からは逃げられないけど、それ以外の行動ならなんとかとれる。とはいえ、どうやってあれに立ち向かえばいいのか。

 引きずられながら考えてると、後ろから小石なんかがドカドカとぶつかってきて邪魔くさい。結構痛いし気が散る。

 集中を乱されながら徐々に徐々に引き寄せられる。

 どうする。どうすればいい。


 ……攻撃を受け止めることは不可能だと思う。だったら、やられる前にやるしかない。

 引き寄せられる力もあって、前に飛び出せばかなりの速度で迫ることはできる。でもそれじゃ撃ち落とされて終わりだろう。

 王子のやり方からして、鞘に納まった剣自体は切るためのものじゃない。もう剣身があるかすら怪しい。内部の機構は剣じゃなく魔道具そのものなんだろう。

 王子の魔力を吸収し、その魔法を魔道具によって増幅、顕現させる専用の贅沢品。

 そしてあの頑丈な鞘こそは打撃武器。間合いに入れば、あれに叩き潰される。


 この超重の環境において理想のとおりに身体を動かすことは難しい。限界以上に引き上げた身体強化魔法をもってしても普段以下。攻撃を避けることはそれこそ不可能だ。

 かといって先に攻撃できるかといえば、それも無理目だ。もし先手が打てたとしても、あの甲冑の防御を突破することがそもそも難しい。

 難しい、不可能、そんなことばっかり浮かんでうんざりする。


 せめて相打ちなら狙えるか? でもどうやって?

「あっ……」

 やりたくないけど可能性のありそうな策が、ぱっと脳裏をよぎった。

 今までにやってみたことはない。無意識にできないと決めつけてたこともある。もしやれたとしてもやりたくはない方法だ。


 今の私になら直感的に可能だと分かる。嫌だけど、それでも思いついてしまった方法からは、いくつもの選択肢が生まれた。

 どれが最善か。どれが最も打開する確率が高いか。

 密かに試行を繰り返して、思い付きが実行可能なことを確かめる。


 そうして狂った頭で正気の沙汰とはかけ離れた、最悪にして最善の方法を選びとる。

 負けてなんてやらない。負けるくらいなら、最悪な方法だって選択してやる。上手くいっても『勝利』なんて上等なもんじゃない。

 だけど、やってやる。贅沢野郎の王子様にひと泡吹かせてやるためなら、ほかに手がないなら、もうやるしかない。

 根性見せてやろうじゃないの。



 重力の渦に引き寄せられながら、魔力を高める。流れ出る血潮が熱い。

 明確にイメージを固め、嫌だと思う心をねじ伏せる。

 あの剣に対抗するにはどうしても武器がいる。特製グローブの拳があっても火力に差があり過ぎて、まともにぶつかれば一方的にやられてしまう。むしろグローブは邪魔になるから外してポケットに仕舞っておいた。


 剣の間合いが近づくなか、準備は万端に整った。あとは発動させるだけでいい。


 ――そして。


 神剣とやらが振り下ろされた。


長かった戦いもそろそろクライマックスとなります。

次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 奇跡········奇跡かァ·····それを潰す、ねェ····· ???「奇跡だと? 冗談じゃ無い! オレは奇跡の殺戮者だ!!」
[良い点] まさか甲冑が墨色の外套に使われているカーボニウム魔導鉱を 用いたモノだとは! うーん、青輝鉱製の月白の外套で相対して欲しかった! もっとも、金属糸で織った外套と全身甲冑では 流石に甲冑に軍…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ