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お買い物

 宿を出るとうろ覚えの道を通って、ブルーノ組に徒歩で向かう。

 今日は昨日とは違い、穏やかな話し合いで終わるはずだ。


 ブルーノ組への路地に入ると、昨日もいた門番がすぐに見える。門番の二人もこっちに気が付いたらしく、片方が中へ入っていった。

 そのまま近づくと、残ったほうが緊張した面持ちで私たちを出迎える。


「昨日ぶりね、組長に会いにきたわよ」

「……少し待て。話は聞いているが、こっちにも準備がある」


 微妙に複雑そうな顔の門番だったけど、こいつらだっていきなり割り切れるもんじゃないだろう。

 まあ勝手に喧嘩売るほどアホじゃないとも思ってる。問題ない。私のほうはまったく気にしてないし。

 しばらく待ってると、中に入っていった門番とブルーノを護衛してた中年魔導士が一緒にやってきた。


「ブルーノの親父がお待ちだ。一緒にこい」


 渋い顔で言って背を向けてしまった中年魔導士は、私たちと会話をする気が全然無さそうだ。

 こっちだって別に仲良しこよしになりたいわけじゃない。同じく無言で付いていく。


 中に入れば、緊迫した空気を醸し出す、ブルーノ組の面々が私たちに注目してるのが嫌でも分かった。

 一切構わず無視を決め込んだけど、まさか挑発したり愛想を振りまくわけにもいかない。

 ブルーノから説明があったのか、こっちを警戒はしてても襲ってくることは無さそうだ。昨日ので懲りただけかもしれないけどね。

 今日は喧嘩をやりにきたわけじゃない、なるべく目も合わせず無視しよう。


 特に何事も起こらず、階段を上がってブルーノの部屋に到着した。

 昨日、蹴り破ったはずのドアは、すでに何事も無かったかのように直されてる。


「親父、連れてきました」

「おう! 入れ」


 部屋に入るとブルーノは昨日とは違って、執務机じゃなく応接用のソファーに座ってた。なんとなくリラックスした雰囲気がある。

 昨日はいなかった給仕係のような中年女性に勧められるまま、ブルーノの対面に全員で腰掛ける。

 案内してくれた中年魔導士と昨日もいた若い剣士は、ブルーノの後ろに立って控えるようだ。


「さっそく、邪魔するわよ」

「おう、早かったな」

「面倒事を早く片づけたいだけよ」


 中年女性がワゴンを運んできて、コーヒーを入れてくれた。

 香りに誘われて口を付けると、これがなかなか。コーヒーなんて久しぶりに飲んだから思わず感動しちゃったじゃないか。

 私の薬魔法でも、さすがにコーヒーは生成できないっぽい。紅茶はできるのによく分からない。コーヒーは常飲したいから、その内にどこかで調達したいものだ。


「ところでよ。お前の回復薬なんだが、あれのお陰で手間が省けた。やられたこっちが言うのも変な話だが、一応礼は言っとくぜ」

「これから一緒にやってく仲だからね。あのくらいのサービスなら気にしなくてもいいわ」

「それなら予備にも欲しいんだが、あとでまた頼めねえか?」

「お安い御用よ。ちゃんと代金はもらうけど」


 中年女性に入れ物を持ってくるように指示したブルーノが、こっちに向き直った。長居するつもりもないし、本題といこうか。


「改めて自己紹介といかねえか? 俺は初めて見るお連れさんもいるしな」

「昨日も全員、下まではきてたけどね」

「ウチのもんが散々世話になったらしいな」


 笑うしかないといった感じでブルーノが嘆息した。


「キキョウ会は鍛え方が違うのよ」


 ちょっぴり自慢げに言いながらヴァレリアたちを順に紹介すると、ブルーノも自陣営を紹介してくれた。

 特に中年魔導士はこれからウチとの折衝役というかお目付け役になるみたいで、よく会うことになりそうだ。本人は不本意そうだけど、ブルーノへの忠誠心は本物みたいだから、ひとまず信用してもいいだろう。


「最初に言っとくけど、例の六番通りとかいうシマなんだけどさ。私たちの拠点の整備が終わるまで、手は出せないわ」


 端的に要点を言ってしまう。

 ブルーノはちょっと考えて、腕を組みながら首を縦に振った。


「……それがいいだろうな。なるべく早くしてもらいてえが、それまでは俺らで何とか仕切ろう」

「ずいぶんと物分かりがいいわね」

「看板もぶら下げてねえ組なんざ、普通なら誰も相手にしねえよ」


 それもそうか。そういう意味でも拠点がなければ話にならない。キキョウ会はまだ始まる前の段階ってことになるわね。


「準備が整うまでは任せるわ。もしあんたたちがしくじっても、ウチのがもうやる気になってるから、取られてもすぐに取り返すけどね。ただ、より面倒な状況になるのは間違いないから、そうはならないことを期待してるわ」

「取られたところで、お前らならやれるだろうがよ。ま、俺らがしくじらなけりゃ済む話だ。準備ができたらすぐに教えろよ」

「分かってるわ。それまで頼んだわよ」


 話はついた。まだ世間話するような仲じゃないし、回復薬だけドバドバッと提供して撤収だ。


 さてさて、ここからはお買い物の時間といこう。

 考えてみれば久々のショッピングなんだ。なんか凄い楽しみ!



 ブルーノ組から外に出ると、一応みんなの予定を聞いておく。


「ちょっと買い物に行くけど、どうする? ここで自由行動にしてもいいけど」

「お姉さまと一緒に行きます」

「じゃあこっちは情報収集でもしてきましょうか。まだ一人じゃ不安だからジークルーネ、付き合ってくれませんか?」

「了解した。ではユカリ殿、ヴァレリア、後ほど宿で」


 ヴァレリアは当然のように私に同行。ジークルーネはジョセフィンに連れられて情報収集に。そっちはそっちで期待したいところだ。


「そんじゃ、ヴァレリア。行こうか」

「はい、どこに行きますか?」

「まずはカバンが欲しいのよね。その後で服屋かな。ヴァレリアは何かある?」

「欲しいものは特に。強いて言えば、武器でしょうか」


 悲しい。年頃の若い女の子がこんなことで良いのか。もっとおしゃれとかあるでしょうに。とは言え無骨者の私じゃ、アドバイス役として役立ちそうにもないし難しいところだ。

 ヴァレリアは元が良いから、特別におしゃれが必要ないといえばそうなのかもしれないけど。


「まあいいわ。色々と見て回ってれば、欲しい物が見つかるかもしれないしね。なんかあったら言いなさいよ」

「はい!」


 最初はマイナーどころじゃなく、メインストリートに軒を連ねる大店おおだなに行ってみよう。



 特に目当ての店があるわけじゃないから、適当に練り歩いてウィンドウショッピングとしゃれ込む。

 そうしてれば大体の傾向は掴める。職人の街らしく、実用品が必要以上に充実してる代わりに、娯楽用品を売る店が少ない。


 高級魔道具の店は面白そうで気になってたんだけど、入ったらすぐにコンシェルジュがやってくるような店で落ち着かないからすぐに出てしまった。日用品の魔道具店も、私からしてみれば十分に楽しめたけどね。見るだけでも面白い。

 それから魔道具はほとんどが輸入品みたいで、この街でメインとして作られてるのは武具のようだった。いまのところ私は武具の購入予定はないから、ヴァレリアが興味を示さない限りはスルーだけど。


 いくつかカバンを売る店のなかから、愛想のいいおじさんの店で適当に見繕う。

 無難なデザインのショルダーバッグと大きな麻袋をいくつか購入した。本当は麻袋がメインで、麻袋を入れるためにショルダーバッグを買ったのは内緒だ。



 お次は服。実用品に満ち溢れた商店は服も同様で、いわゆるオシャレな店は巨大な都市としては驚くほどに少ない。この街じゃ欲しがる人が少ないからなんだろうけどね。

 ヴァレリアのことも考えて服屋の中でも色々置いてある店に入ると、私は実用品を求めて野戦服っぽいものが置いてあるコーナーへ直行する。完全に実用性しか求めてない品だけど、私にはこれでいい。


 ネイビーっぽい頑丈な生地の服を手に取って見てると、ヴァレリアが珍しく不満顔で私に抗議した。


「お姉さま、それはいけません」

「ん、どういうこと?」

「お姉さまに似合う服はあっちです。これではないです」


 強引に引っ張って行くヴァレリアに逆らえず、大人しく付いていく。するとそこはなんともまあ、フェミニンなお洋服がおわしますコーナーだ。

 野戦服を見繕ってた私に構わず、可愛らしくもお上品なワンピースを差し出すヴァレリア。

 いやいや、いくら何でもこれはない。冷や汗をかきながら無言の圧力を跳ね除ける。


「……ヴァレリア、これはちょっと」

「これが一番似合うと思います」

「あのね、そういうのはヴァレリアのほうが似合うんじゃないかな。私はもっと別のやつが」

「ではこっちはどうですか?」


 似たような服を差し出されても。だけどヴァレリアは本気だ。なんとか代替案を提示しなければ、なし崩しに押し切られてしまいそうだ。


「えーっと、ちょっと自分でも選ばせて」


 このままじゃマズい。

 フェミニンコーナーからは逃がさないとばかりに立ちふさがるヴァレリアを横目に、素早く無難なデザインをチョイスしていく。

 少なくともワンピースやフリルはダメだ。そもそも趣味じゃないし、立場ってものもある。


 まず靴は鉄板入りの頑丈なブーツを履く予定だから、それに合う服が良い。でもこの中からだと選ぶのはちょっと難しい。

 うーん、どうしたもんか。スカートじゃないとヴァレリアは許しくれそうにない。ふんわりしたシルエットのが多いわね。

 ああ、ミニスカートは完全に除外だ。この中からだと膝丈が精一杯か。せめてデニムスカートでもあれば良かったんだけどね。無いものはしょうがない。妥協してなるべく硬くて丈夫そうな生地のスカートをチョイス。


 トップスも丈夫な生地のものが良いんだけど、どれもこれも柔らかくて着心地の良さそうな生地の服ばかりだ。

 色々と仕込むためのポケットも欲しいんだけど、そういうのも望めそうにない。はっきり言ってこの中からだと、もうどれを選んでも私の希望は叶いそうにない。ならば地味目で着心地の良さを優先して、なるべくスカートに合うようなブラウスをチョイスするしかなさそうだ。


 あとはコートだけど、そうだ!

 外套は戦闘にも耐えられる金属糸で特注してみよう。靴はコートに合わせて別に買えばいいかな。


「ヴァレリア、このスカートとブラウスだけ買うことにするわ。ほかは別の店で考えるから」

「お姉さまには少し地味ではありませんか? こっちのほうが……」


 さっきのワンピースを名残惜し気に見る妹分だけど、今回ばかりは勘弁よ。


「それよりヴァレリアはどうすんの? 私のばっかりじゃなく、自分のも選ばないと。私が選ぼうか? プレゼントするわよ」

「本当ですか!? お願いします!」


 話を逸らそうとした提案だったのに、意外と乗り気だ。ファッションには全然興味無さそうだったけど、喜んでもらえるなら私も気合を入れよう。


 さて、ヴァレリアにはやっぱり可愛らしい服装が似合うと思う。でも私たちはキキョウ会としてやってく身の上だ。戦闘に支障が出てしまう服装は避けねばなるまい。

 ヴァレリア本人の意見も聞きつつ選んでいくと、結局は私と同じような服装になったのは偶然だろうか。まあ本人が喜んでるならそれで良しとしよう。


「この後はどうするのですか?」

「次は金属糸のコートを特注してもらいに行くわ。ヴァレリアのも頼むつもりだから、そのつもりでいてね」

「ありがとうございます!」


 当然、ヴァレリアの分も作ってもらう。防御力の強化はできるだけしておきたいし、ほかのみんなの分もいずれは揃えたい。


「どこで特注してもらうのですか?」


 そうね。特に当てがあるわけでもなし、どうしたもんかな。


「ああ、どうせなら六番通りに行ってみようか。腕のいい職人ぞろいだって話だし、様子見がてらね。喧嘩しに行くわけじゃないし、普通の買い物なんだから問題ないわよね」

「それもそうです」


 不敵に笑うのはやめなさい。本当に喧嘩はしないわよ?



 途中で休憩がてらのティータイムを挟んでから、六番通りにトコトコ向かう。

 ティータイム中には麻袋の中で金属糸を生成するのも忘れない。

 注文するなら防具屋か仕立屋か。どっちが良いんだろうね。最初に見つけたほうに入って聞いてみればいいか。


 人気の職人に一見いちげんさんの私たちがいきなり訪ねて行っても、仕事を受けてもらえる保証はない。

 高確率で受けてもらうためにも報酬は弾まなければならないだろう。金はもう余裕が無いから現物になるけど、職人だったらこっちのほうが魅力的に思うに違いない。たぶん。


 特注の素材や報酬として用意したのは、ミスリルの特徴と同じく魔力を通すと強度が跳ね上がるという、魔導鉱物から作った金属糸だ。ただし、ミスリルよりもマイナーでかなりレアな鉱物になる。


 このレア鉱物のミスリルとの違いは、通常時には金属としては凄く柔らかいんだけど、魔力での強化効率が圧倒的に高いということだ。

 魔力を通した時には、ミスリルよりも強度が遥かに高くなって、それなのに柔軟性までもが高い。

 さらには魔力の伝達率が驚異的に高い影響で、身に着けていさえいれば意識せずとも身体から漏れ出る魔力で、自動的にある程度強化されるという大きな特徴がある。

 金属糸としての防具を作れば、これ以上ないほどの素材と考えられる。そんな優れものだ。


 しかもこの性質を持つ鉱物はあまり知られてないけど実は二種類ある。

 若干性質は異なるけど防御力は同等。何が違うかと言えば、大きなところでは色だ。黒と白。微妙な色味を勘案すると墨色と月白といったところか。色の選択肢があるのは魅力的だろう。


 もちろん、これは職人ならば喉から手が出るほど欲しい素材のはず。

 このレア魔導鉱物の金属糸。報酬として破格なのは間違いない。

 大きな麻袋をヴァレリアと分けて持ち、期待を胸に六番通りに向かう。



「へえー、トラブル続きだって聞いてた割には、結構賑わってるわね」

「はい。思っていたよりも活気があります」


 六番通りに到着してみれば、予想以上に活気に満ちた商店が軒を連ねてる。

 ぱっと見、怪しい奴だとか暴力的な雰囲気のある奴は見当たらない。まあいつ何時なんどきトラブルに巻き込まれるか分からないし、さっさと用事を済ませて退散しよう。


 のんびりと見て回るのは後日にして、手早く目的の店を探す。

 少し歩いてると、まずは小さな仕立屋を発見した。ほかの候補を探すことなく迷わず突撃だ。


「こんにちはー」

「おう」


 狭い店に頑固親父めいた店員が一人だけ。態度からして職人兼店主かな。ジロジロと見られて居心地が悪い。

 いまは既製品に用はないから、さっそく特注できるか聞いてみる。


「あのー、仕立てを頼みたいんだけど、受け付けてもらえる?」

「あ? おめえのか? 女物なんざ俺のとこでは作ってねえよ。帰んな」


 取り付く島もないとはこれのことか。しっしっとばかりに手を振って、もうこっちを見ようともしないクソ親父。

 こりゃ駄目だ。ヴァレリアも怒るよりも呆れた感じだ。

 この店にこだわる理由はない。さっさと次に行こう。


 二件目は防具屋で、すぐ近くにあった。迷わず突撃あるのみ。


「こんちはー」

「おほっ! よくきたね」


 若くてチャラい感じの男が出迎えた。嫌な予感。


「何が欲しいの? 採寸しちゃおうか?」


 いやらしい顔と手つきに嫌悪感マックス。

 こりゃ駄目だ。ヴァレリアと目を合わせて即座に撤退を決断した。


「あ、間違えた。お邪魔しましたー」

「ちょっ!? 待てよ!」


 なぜか怒ったようなチャラ男を無視して出ていく。

 なんなんだ、ここの店は。次はまともでありますように!

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