至高の装備
あえて敵の能力が想像を上回った場合を考えてみるけど、それが現実になるとは限らない。思ったほどじゃない可能性だってあるし、結局のところは試してみるしかない。
もし最悪な想像が全部本当だったとしても、それはそれで構わないんだ。求めてるのは中途半端な相手なんかじゃない。強ければ強いほど面白いし、そうであれば私をより高みに引き上げてくれる。がっかりさせてくれるなと強気に考え、それでも気は引き締める。
確実なのは相手が未知の強敵だってこと。少なくとも、この私を打倒できるだけの火力がある。
舐めてたら、痛い目をみるのはこっちだ。出し惜しみは無しでいく。
全力全開。清流のように巡る魔力を加速させ、身体強化魔法の出力を限界まで引き上げる。
外套の防御力も、あれに刻んだ刻印魔法の補助もない。だけどね。
「私は、強い!」
怪力や魔法だけに頼った鍛え方はしてないんだ。そいつを教えてやる。
鞘から抜かない剣を構える王子に向かって踏み出した。
一歩目、二歩目を右に蹴り出し、三歩目は左に向かう。
超速で歩幅も一定とはならないランダム軌道だ。容易く見切らせはしない。
最後のステップで相手の右側に行くと見せかけて左に回ると、白銀の棒を横一文字に振り抜く。
山のように動かなかった王子だけど、最後のフェイントには引っ掛かったように思えた。フリじゃないはずだ。
「とった!」
まんまと結界魔法を叩く。ダメージを与えたわけじゃないけど、魔力は削った。これでいい。
嵐のように棒を振り回す。一発当てただけで引くような攻め方はしない。
でも思い切り決められたのは一発だけ。連撃は王子の剣に防がれる。豪華な鞘を強固な盾のようにして、二撃目以降のほとんどを弾かれた。
さすがの技量と褒め称えたいところだけど、これは底上げされた反応速度とパワーのお陰だと思われる。
私の怒涛の攻めに対して王子は防戦一方だ。防御だけでも剣の技量はなんとなく分かる。残念ながら剣の腕に関しては、完全に我がキキョウ会が誇る副長に劣る。
ウチのジークルーネの剣は攻防一体で常に数手先まで考えられた剣を振るうんだ。防御しながら次の攻めに繋げ、さらには相手の一手を誘導することすらしてみせる。こうも一方的に攻めることを許したりしない。
まあ私の本気の攻めを凌ぐだけでも大したもんだと誉めてやってもいいけどね。
と、ここで魔力の発動を感じた。攻めに夢中にならず、警戒してないと気付かなかったところだ。
ただし発動は分かっても、さすがに効果が出る前に具体的に何が起こるのかは看破できない。果たして、なにがしかの魔法が発動し即座に効果は表れた。
身体を清流のように流れる魔力。そこに感じる異変。
肉体の機能諸共に身体強化魔法の発動がおぼつかなくなる。これは。
「阻害魔法!?」
それも上級相当に強力なものだ。普通ならこれで終わり。
王子の勝ち誇るような気配を感じる。
「甘いわね」
驚きはしたけど、それだけだ。
阻害魔法は発動し、まんまと私を絡めとった。
一騎打ちのような状況においては反則技に等しい魔法だ。しかも上級相当の威力なんて、使い手自体がレア中のレアなんだ。対処の方法自体もほとんどない、中級レベルでも厄介極まるのが阻害魔法というもの。
まさかの魔道具の発動は王子の必勝の策なのか、勝ちを確信するのも当然だろう。
だけど、甘い。
意外な魔法に驚き、動きを止められたのは、ほんの一秒か二秒か。
本当ならその隙に私に一撃入れることも可能だっただろう。だけど、こいつはそれを怠った。勝利を確信したが故の慢心だ。
こちとら阻害魔法なら慣れたもんだ。一秒でもあれば、私なら解除できる。
突然で驚きはしたけど、かつてブレナークの王都で戦った阻害魔法使いに比べたら、あっちほうがレベルは高かった。それにウチのソフィの阻害魔法は世界有数レベルだと私は思ってる。訓練で何度もそれを破ってきた私が恐れる道理はない。
驚きには驚きをもって返そう。
即座に動きを取り戻すと、誇らしげな顔面に一撃叩き込んでやった。普通に結界魔法で阻まれたけどね。
「ふん、それがあんたの切り札だってのなら、随分と期待ハズレよね」
高貴な生まれと常勝のためか、見下したような態度をナチュラルに続ける王子に向かって言い放ってやる。強者の私が相手を見下すのは当然の権利だ。
「……余を甘く見ぬことだ」
秘策を破られても強気に言い返す王子だけど、さすがに少しはショックがあるのかな。緊張感を孕んだ雰囲気が伝わる。
まあそれも当然。必勝の技をあっさりと破ったわけだし、どうやってやったかその手だって想像つかないだろう。特殊な魔法適性を所持してるか、魔道具を持ってるか、相手にとっても私は脅威に映ったはずだ。お前は何を隠し持っている? ってね。
実際には魔法の仕組みをきちんと理解し、精密な魔力感知と魔力操作によって阻害を無効化する正攻法なんだけど、そんなやり方を実践できる奴はまずいない。闇雲な訓練じゃ決して会得できない、魔法理論に基づいた研究とそれを実践せしめる高度な技術なんだ。力の強さと多彩さに頼るだけが能じゃないってことよ。
さて、せっかくの機会なんだ。王子にも出し惜しみは無しの本気でやってもらわないとね。まだまだ奥の手があるはず。そいつを全部、暴いてやる。
至上の装備を誇る相手に対して、あえて挑戦者としての気持ちで向き合うことにする。
王子自身の戦闘力は弱いとは言わないけど、私なら問題なく勝てるレベルだ。単純な魔力量でも戦闘技術でも問題ない。だけど装備は別格だ。超高級装備ってのは、本人の能力を一段も二段も、それこそ飛躍的に上昇させる力がある。まさしく、魔法の産物なんだ。そして未知、想定外の魔道具は十分な脅威となり得る。
「神よ! 雷光の加護を与え給え!」
唐突な王子の言葉に続けて、言葉通りに雷光が巻き起こった。呼びかけに応じた神が起こした魔法的現象じゃなく普通に魔道具だ。発動体が強い魔力を発してる。
何が起こるのかと身構えてると、単なる攻撃じゃない。
「攻防一体の魔法か。面白い!」
その身に雷光を纏わせた王子が迫りくる。
技量自体はそれほどじゃなくても、装備の力の底上げが凄まじい。
力強さと速度だけなら私と同レベルに引き上げられた強敵だ。それ以上にまだまだ隠してそうな魔法が厄介だし、雷はそのもの自体が危険極まりない。
電気ショックは受ければ無条件で敗北と同じなんだ。
円を描くように逃げ回りながらトゲの魔法で進路を阻む。ついでに避雷針の役割にも期待するけど上手くいくかどうか。
うーむ、なんて厄介な魔法なんだ。こっちから攻めようにも近づけない。どうしたもんかな。
「ああ、近づかなくてもいいか」
一騎打ちだからって、接近戦に縛られる必要はない。
相手が魔法やら魔道具やらを使いまくりなんだし、遠慮することは無いわね。
突き出したトゲを回り込む王子に対して、鉄球の洗礼を食らわせてやる。
ソフトボール大の球を作り出し、雷光の中に飛び込ませた。
電磁バリアのように弾かれることもなく、目論見通りに王子に直撃。驚いたような王子に構わず、どんどこ投げ込んでやる。
「そらそら、ノロマ野郎! これで決着つけてやろうか!」
トコトンおちょくってやれば、もっともっと意地になって本気を出すだろう。魔道具を出し惜しんで私に勝てると思うなよ!
結界魔法の魔力をここぞとばかりに削って削って削ってやる。
あの甲冑自体が強力な魔導鉱物によるものだけど、まずは結界魔法をどうにかしないと話にならない。
一気に削ってやると思うも、やっぱりそう簡単にはいかなかった。トゲを使っての足止めと投擲の洗礼は数発程度で切り抜けられてしまった。
雷光を纏ったままの王子は鞘で投擲を振り払いながら、腰の部分にはめ込まれた宝玉を外すと私に向かってかざす。
ゆらゆらと揺れる赤い光が不気味だ。明らかに魔道具。吸い寄せられるような光から目がそらせない。
高威力の攻撃を警戒してアクティブ装甲に意識を割いてると、思いもかけない効果に膝をつきそうになる。
「くっ、なんなの?」
平衡感覚が異常だ。普通に立ってることが難しい。なおも赤い光から目が離せずにいると、さすがに気づく。あの光のせいだろう。強引に目をつぶると、おかしな感覚からはすぐに解放された。
怪しい魔道具の効果を脱したものの、敵にとって十分な時間だ。しかも異変のせいで集中が切れ、私の魔法は効果が薄くなってる。目を瞑ったままで即座に身体強化魔法の出力を上げるも、そこに迫るのは雷光の気配。包み込むような範囲の雷光はアクティブ装甲じゃ対処できない。
マズい!
電撃による痺れと火傷を覚悟するものの、ダメージの兆候はなく、代わりに重い一撃が身体の横を叩いた。
悲鳴を漏らす余裕すらなくぶっ飛ばされると、地面を転げてから起き上がった。倒れたままなんてカッコ悪いからね。めちゃくちゃ痛いけど、我慢して平気な顔をしてやる。
ところが王子も油断は捨てたのか、容赦ない追撃が押し寄せた。
立ち上がった直後に雷撃の轟音が耳を貫き、思わず目を開けると赤い光にまた立ちくらんでしまう。とっさに目を閉じて身体強化魔法とアクティブ装甲でガードを固めたところで、怒涛の魔法攻撃と剣の雨が防御を崩さんと唸りを上げる。
高威力の魔法の連打にアクティブ装甲が剥がされ、ギリギリで張った追加の対魔法装甲が重い剣に吹っ飛ばされてしまうと、全ての防御を失って焦る。まさかの攻勢は、さっきまでとは別人のようだ。
退避しようとしても速度は互角、苦し紛れに展開した盾も即座に剥がされる。状況を立て直す方法を考えようとするけど、その前に王子の攻撃が私を捕らえた。
真上からの凄まじい圧力。間合いからは逃げられない。
下手に逃れようとすれば大ダメージは必至。マシなのはきっと受け止めることだけ。
反射で逃れようとする身体を押さえつけ、真っ向勝負。頭の上で腕をクロスさせて、できる限りの対物理装甲を重ねる。瞬間の対応だから満足にはできない。
辛うじて守りを固めた直後、振り下ろされる武器によって薄い装甲があっさりと砕け散り、クロスさせた腕に直撃。
脳髄が激痛に支配され思考が凍り付きそうになる。
我慢、我慢だ。
足を踏ん張り、歯を食いしばって耐えようとするのをあざ笑うかのような重圧。
あまりの重さに腕が折れそうになる。
これは、受け止めきれない!
「ぐっ、あああああああああっ!」
同じ体勢のままを維持すれば、腕のガードを破られて脳天を叩き割られる。避けるしかない。
だけど大地と振り下ろされた鞘付きの剣に挟まれた状態で移動ができない。もう強引にやるしかない。
半端な衝撃だと意味がないと考え、思い切って実行する。嫌だけど仕方がない。
全身に力の入った状況で、トゲの魔法を使った。敵にじゃなくて、自分にだ。奴にトゲが効かないことは分かってる。
斜めに突き出した先が平らなトゲは、私の胸と腹を勢いよく、いや加減をする余裕がなくて激しい衝撃で後方に吹き飛ばした。
「うっ、ぐうっ」
息が詰まり、痛みに意識が数瞬飛ぶ。
地面にぶつかった拍子に覚醒し、とっさに気力を振り絞って盾を多重展開。これ以上の追撃は勘弁だ。
でもまだ終わらない。
感覚を狂わす赤い光を目に入れないためにも、王子の姿を見ることはできない。それでも魔法の気配は嫌というほど伝わる。
離れた私を追いかけるように魔法の嵐が降り注ぐ。
多重展開した対魔法装甲が次々と突破され、まだ動けない無防備なところに着弾。
無様に地面を転がって直撃を避け、転がりながら小規模な盾で辛うじてダメージを軽減する。
「こ、この野郎、調子に乗って!」
心の中のどこかにあった余裕が完全に砕かれる。
至高の装備頼りのちょっと強い程度の王子様、そう侮ったのは私のほうだと認めるしかない。
奴は完全に装備を使いこなしてる。その性能の高さを過小評価してたことも認めないといけない。
一撃一撃の魔法威力が重い。狙いも正確だ。炎弾と雷撃、風撃と魔力弾が機関銃のように押し寄せる。
全部を防ぎきれずに何発も食らいながら、それでも私の心が折れることはない。ただ、勝つための道筋を考える。
いつまで続くのか、もういい加減にしろとキレそうなったところで攻撃が止んだ。
ははっ、まったく急激なパワーアップにも限度ってもんがあるわよ。思わず笑ってしまうほどの急変だ。
……それにしても痛い。息が切れて喘ぐように呼吸をするけど、埃っぽい空気が肺に入り込んで咳が出る。
はぁ、苦しくて痛い。きっと満身創痍といった有様だ。全身が熱を持ったように熱い。
どうやらこれが本気ってことみたいね。
なぜか止めを刺さずに見守ってくれてることから、立ち上がるのを待ってるのか。這いつくばらせたやった女を見下ろす趣味でもあるのか。
ああ、やっぱりムカつく野郎だ。屈辱としか言いようがない。
痛み軋む身体を気合と根性で持ち上げる。
「……ふんっ、面白くなってきたじゃないの」
目を開けてみると、赤い光の魔道具は使ってないらしい。お陰で自分の情けない姿を確認することもできた。
ボロボロにされたTシャツはセクシーさに磨きがかかってる。これ以上のサービスはちょっとないわね。
火傷、切り傷、擦り傷は数多く、打撲は全身に至る。骨折を免れたのは良かったし、筋肉にも異常はないと思う。流れ出る血がうざったいけど、すぐにどうこうなるほどの出血量じゃない。
よし、リセットしよう。回復だ。
王子様よ、与えたダメージが無効化される様を見るがいい!
まさしく一騎打ちにおいて反則技の全回復だ。私ほどの戦士が治癒の魔法の持ち主とは思うまい。
治癒魔法使いっぽい体で魔法行使だ。これくらいのネタバレはもういいや。
これ見よがしにポーズまでつけて魔法を使ってみると、あれ。おかしい。
「……ん?」
魔法が、使えない?
いやいや、そんな馬鹿な。
息をするように使えた魔法が、なぜだか発動しない。
落ち着け、私。身体強化魔法は継続して使えてる。盾はどうか。
盾は……出せない。アクティブ装甲もいつの間に落下して機能不全だ。
さっきまで普通に使えてた魔法が使えなくなってる。ということはだ。
「気が付いたであろう? 外に向かって魔法を使うことはできぬ。余の魔道具は別であるがな」
空間に対して魔法を封じる魔道具ってこと? 信じられない代物だ。だけど確かに、外に向けての魔法は発動できない。
つまりは回復できず、盾も封じられた。薬魔法は隠しておきたい事情から、以前に口の中でこっそりと回復薬の生成ができないか試してみたことがあるんだけど、どうやら身体の内部で発動することが不可能な魔法というのは確認済みだ。回復薬を持ってれば別だったけど、今この場で生成することはできない。
対する王子は変わらずに魔道具を使いたい放題。
とんでもない切り札を隠し持ってやがったわね。
もはや面白がるどころじゃない。せめて回復薬の一本でも持ってきてればと思ってしまう。
「……もう私に勝ったつもり? 冗談じゃないわね」
強気を見せるけど、どうやら本格的に追い込まれつつあるらしい。
求めてた窮地が、想定以上の形で実現しつつあった。
大国の王子様が使う、金に糸目を付けない超級装備の数々です!
あえて丸腰で挑むことを選択した阿呆丸出しの主人公の運命や如何に!?
次回「ピンチのその先にあるもの」に続きます。次回もよろしくです!