エクスタシー!
トゲの魔法をばら撒きながら、殴りつけ、蹴倒し、ぶん投げる。
遠くのほうでは雷と炎、風の魔法も良く目立った。敵の渦中で暴れる大きな魔力はウチのメンバーのものだ。みんな、まだまだ元気全開で戦ってくれてるらしい。
少しばかり離れた場所にいても、存在を強く感じる。姿が見えなくても心強い。
長期戦を想定してセーブしてた力を熱の高まりに従い徐々に開放していく。
もっともっと、殲滅力を上げて行こう。
使い捨ての簡易盾を爆発反応装甲に切り替えた。
どさくさに紛れて弓矢や投擲、魔法を遠くから放ってくる奴には、トゲの串刺しで応えてやった。オブジェのように高々と晒し、敵の士気を下げようと試みる。
それでも下げることは全く無理だった。むしろ逆に、私のテンションに釣られるようにして高まり続ける。戦場の温度が高い。
興奮に身を任せて私に飛びつこうとする奴がいる。
笑いながら私に殺される奴がいる。
誰も彼もが恐怖など微塵も感じていない異様な空間だ。
目を血走らせ、先を争うように私を求めて殺到する。死に急ぐような血の熱狂だ。
高熱を発する私でさえ、その熱狂にあてられたような気分になる。
はぁ、喉が渇く。
やけに胸がドキドキする。
身体が火照り、特に腰の周りが燃えるように熱い。全身からとめどなく汗が流れて気持ち悪いはずなのに、なぜか気持ちがいい。
つばを飲み込むと、そのわずかな刺激すらも気持ちがいい。
おかしい。なんか、ふわふわとした気分だ。
敵の若い兵士が顔面を潰されながらも、私の服に切れ込みを入れた。
次の兵士が膝を粉砕されながらも、私のシャツを掴もうとした。
さらに次の兵士が、腹に穴を開けながらも、私に抱き着こうとした。
胸に、腰に、背中に、甘い痺れが走り続ける。
吐息が異常に熱い。
喉が渇いてたまらない。
私を求める男たちが愛しくてたまらない。
――だから、壮絶な死を与えてあげる。
「んふっ」
熱い吐息も漏らしながら、優しく首をへし折ってやる。
おかしい。酔っぱらったような感じもあるけど、強い酒を飲んだからってこうなったりはしない。
戦場の血の熱狂と、男たちの情熱がそう思わせるのかもしれない。
気持ちがいい。ふわふわふわふわとして、不思議な気分だ。
一斉に飛び掛かってきた敵も異常だ。
槍も盾も投げ捨て、ただ夢中で私に飛びつこうとする。
回し蹴りでまとめて吹き飛ばすも、さすがに違和感を覚える。
おかしい。私自身の状態もちょっと普通じゃないくらいだけど、敵はもっとおかしい。
いくら血の熱狂に包まれたといっても、武器を投げ捨てる?
もう戦いじゃなく、ただ私を組み敷こうと躍起になってるかのようだ。
甘い痺れに思考が鈍る。気持ち良さを求めて身体が勝手に動く。
骨を叩き折る感触が心地いい。
肉を破って感じる血の熱さが心地いい。
敵の上げる死の絶叫が、まるで嬌声のように聞こえる。
あれ、私ってこんなんだったっけ?
「……楽しいからいっか。あはっ」
ダンスでも舞うように、軽やかに死を振り撒き続ける。
私の蹴りを避けるどころか逆に足に縋り付こうとする奴の胸骨を粉砕し、顔面に迫る拳に舌を這わせようとする奴を望みどおりに口ごと顎を粉砕する。
時折、驚くほど強いのも混じってくるのも楽しい。従来の戦闘スタイルを忘れたような野蛮で下品さをむき出しにしながら私を求めてくる。
実力者だけに雑にやるとこっちが捕まえられてしまうから、丁寧に捻り潰してやる。すると嬉しそうな絶叫を上げながらビクビクと震えだす。気持ちの悪い連中だ。ハイになってても、さすがにちょっと引く。
色々と麻痺していくのを感じながらも、ふと気になった奴がいる。
血の熱狂のただ中にあって、適度な距離を取りながら立ち向かってこない奴がいたんだ。
一人だけ違う行動をする奴は酷く目立つ。
「逃がさないわよおっ」
おしおきだ。
祭りに積極参加しないなんて、なんてつまらない奴なんだ。せっかくみんなで盛り上がってるってのに。
簡単には殺してやらない。
すると、目を付けられたことに気付いたのか、逃げ去ろうとした。ますます許せない。
とりあえずの一撃として、逃げる先でトゲを突き上げた。
肘から先を吹っ飛ばす一撃の気持ちのいいこと。この私から逃げられるなんて思うなよ!
綺麗に腕が宙を舞い、手に持ってたらしい袋っぽいものも舞い上がった。
袋から零れ落ち、広がるのは粉だ。
「粉?」
広がり漂ってくる粉に強烈に引き寄せられる。気になってしょうがない。
あれが欲しい。
……あれが欲しいっ!
「ああああああああああああっ」
誰にも渡さない。あれは、私のものだ。
トゲの魔法で進路上の邪魔者を強制排除した。
男たちが必死に伸ばす手を振り切り、先の平らなトゲを自分の足元から突き出す。
勢いに乗って飛び上がると、粉の詰まった袋をキャッチした。
まんまと手に入れた袋を開いて、中に入った薄桃色の粉を見て、そして。
急激に冷めた。
これはいつかどこかで見たことがある。
そして手に持ってみれば嫌でも理解する。
私は薬魔法の適性を持った魔法使いなんだから。
超複合回復薬の魔法を使って、一旦リセット。身体の不調をすべて取り除く。浄化魔法で汚れも落とした。
快楽に染まった脳みそが正気を取り戻し、手の中の粉袋を消し炭に変えてしまう。
そうだ。これは麻薬。エクスタシーと呼ばれる類のドラッグだ。
血の臭いと赤く染まった視界で気づかなかった。
外套を着てさえいれば効かなかったはずの間接攻撃。いつの間にか、ばら撒かれてたらしい。
毒ガス系の攻撃には気を付けてたはずなんだけどね。巧妙にやられたもんだ。でも外套を脱いでおかなければ、この経験はできなかった。身体の異常を感じにくい精神への異常。これを薬じゃなく、もし魔法でやられたとするなら外套では防げない。
未知の魔法は常に懸念事項としてある。そういう想定ができたことは、結果論だけど良しと思っておこう。
それにしても麻薬を空気中にばら撒くなんて、これはもう私が気づけない時点で、どうにもしようがない戦法かもしれない。苦しくなる系統の毒ならまだ気づきやすいのに。
しっかし、なるほど。いかにもレギサーモ・カルテルを抱える帝国らしいやり方だ。
自国の兵士諸共とは恐れ入るけど、闘争心を高める意味じゃ効果があるのは間違いないっぽい。常用するとヤバそうものなのに、よくやるもんだ。
実際に受けた感じからすると、吸い続けなければ効果時間は短い。おそらく長くても十五分程度だ。
クリムゾン騎士団がいる場所に粉は使われてないみたいだし、空気中を漂って届いてたとしても、拡散して濃度はかなり薄いはずだ。
とにかくふざけた真似をしてくれたもんだ。
自分の姿を見ると、切れ目だらけになった服がセクシーさ大爆発になってる。冷静になるとちょっと恥ずかしい。着替えはないから諦めるしかないけど。
突き出した高いトゲの上に乗って、下々の者どもを見下ろす。
亡者のように足元に群がる敵兵のなんて哀れなこと。
「すぅーーー、はぁーーー」
上はまだしも空気がいい。切り替えよう。もう熱狂の時間は終わりだ。
クリムゾン騎士団が参戦してしまった以上、時間稼ぎに意味はない。勝利条件は敵に撤退を強いることだけだ。
それを手っ取り早く成すには、やっぱり指揮官の打倒になるだろう。
撤退を決断するまで一般兵を倒しまくるってのも、私たちには可能と思うけど、クリムゾン騎士団はそうもいかないはずだ。疲弊して損耗が拡大してしまう。
アクティブ装甲で魔法攻撃を遮断しながら、奥深くの敵本陣を観察する。
なんとなくだけど、それっぽい奴らがいる。
よし、あいつらを半殺しにしよう。撤退を決断してくれるはずだ。
数メートルおきに、トゲを生やして道を作ってしまう。上を移動するなら、雑魚に構わずに済む。私はもう十分な数を殺すか、重傷を負わせるかした。ほかのみんなの戦果も合わせれば、もう十分だ。
注目を独占しながら、飛び跳ねて移動開始。
常識外れの移動で奥深くに迫るも、敵はなにもできない。妨害はきっちりしてくるけど、それを完全に無効化してしまう。
直接的な魔法はアクティブ装甲で無効化し、足元のトゲを狙った攻撃も無意味だ。並みの頑丈さじゃない。素早く動くから、弓矢や投擲を命中させるのも難しいし、直撃コースでも普通に防ぐから誰も撃ち落とせはしない。
兵士が密集する陣を突破し、騎士が待ち構える陣を遠くに見下ろしながら移動を続ける。
視力の強化を使わなくても互いの顔が認識できるような地点で、挨拶代わりの投擲をお見舞いした。
剛速球でも狙いは正確。下手に動かなければ、足を吹っ飛ばすだけで死にはしない。
リリースした直後に感じたのは強大な魔力反応。
身構えると起こった現象は攻撃じゃない。防御だ。
「ようやく、ご登場ってわけね」
結界魔法だ。部隊の司令部を守ってるみたいね。
でも近くで使われたお陰で、どいつが結界魔法の使い手なのかも分かってしまった。魔導士っぽい高級ローブに身を包んだ女だ。邪魔ね、あいつはここで仕留めてしまおう。
結界魔法だろうがぶち破ってやる。そうした時点で撤退を決断してくれるかもしれない。あくまで引かないのなら、徹底的にやるだけだ。
これまでを見る限り、結界魔法使いの実力は高い。防御性能は大規模魔道具と同等、魔力効率は格段に良いし、発動も早い。破格の能力だ。
だけどね。たった一人の魔力を奪い尽くすくらい、訳もないって思い知るがいい。
超ド級に重たい拳を食らわしてやろうとするも周りが邪魔だ。持続する結界に近寄りたいのに、足元から騎士が放つ魔法が鬱陶しい。結界破りに集中したいってのに。
「邪魔」
無差別にトゲの魔法を放ちまくる。阿鼻叫喚の地獄絵図なんて気にしない。いちいち足元のことなんて気にしてられない。
空を舞いながら、輝く結界に迫り拳を穿つ。
「はあああああああああっ!」
唸る魔力を拳に集中。そして直撃。
渾身の一撃にもビクともしない。さすがは結界魔法だ。
トゲの上に着地して、もう一発、もう一発と繰り返す。
戦場全体に響き渡る、バスドラムを叩くような音。
的はデカいから、命中を気にする必要はない。ただ力任せに殴ることができる。
尋常ならざる攻撃と防御のせめぎ合い。
大規模魔法やノヴァ鉱石の大爆発すら余裕で受け止める結界魔法。そいつをぶん殴って破ってやる。
ドゴンッと殴るたびに結界魔法使いの顔が歪んでいく。
殴るだけなら私の魔力の消耗はほとんどないに等しい。対して、結界魔法使いは確実に消耗を強いられる。
あと何発? どこまで耐える? 魔力切れで倒れるまで粘る気?
この状態になってしまった以上、私の勝利は確実だ。
妨害の魔法はアクティブ装甲が遮断する。結界の向こうから真正面に対してやってくる魔法でも、拳で粉砕しながら結界魔法をなお叩く。大規模魔法に匹敵する強力なものなら、発動を感知した時点で場所を移してあっさりと避ける。無力を噛み締めるがいい。
あと数発も持たないなと思ってると、一人の騎士が動いた。
人を引きつけてやまない存在感。一挙手一投足が芝居がかったような奴だ。そして強烈な視線。眼力だけでも大きく存在を主張できなそうほど。
視線の主はフルフェイスの兜で顔は分からないけど、そいつが私を見てることは分かる。
青と灰の軍装を金銀の装飾で覆う、見るからに立派な装備だ。普通の軍人とは完全に別物。
高級感漂う謎の騎士は、結界魔法使いの女の肩を抱き寄せ魔法を解除させた。
この隙にトゲで串刺しにしてやってもいいんだけどね……まあ様子を見よう。合理主義者からしたら容認しがたい怠慢だろうけど、私はそういう生き方はしてないからね。
上から見下ろしてると、女を離した騎士が指を差すようにこっちに向けた。芝居がかった動作が鼻につく。挑発のつもりだろうか。
どうしたもんかなと思ってると、大きな歓声が上がった。どんどん広がる歓声。
具体的に何を言ってるのかまでは分からないけど、高級騎士が戦うと分かって敵陣が盛り上がってるらしい。
続けてひしめく敵兵が移動して空間を開けた。
ふーむ、あそこに降りてこいって意味かな。まだウチのメンバーやクリムゾン騎士団は戦闘中だから、この場所だけが妙な感じになってる。
あいつは誰なのか。突如として空気の変わった戦場に戸惑いを覚える。
さて、どうしたもんか。
まあいいか、乗ってやる。だって、そのほうが楽しそうだから。
エクスタシー!
ちょっとだけ、R15っぽくなっていたでしょうか。
たまには色気を出していきたい所存です。




