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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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ヘルファイア

 逃げるのは簡単だ。諦めるのも、考えを放棄するのも簡単だ。この状況においては、きっとそうしてしまうのが一番楽だ。

 むしろ普通のことかもしれない。常識的には逃げるか降伏か、普通の人なら賢明にもそいつを選択するのだろう。


 でもね、そんなんじゃいつまでたっても勝つ側にはなれない。

 困難に背を向ける生き方をし続けるなら、大きな満足感を得られることも決してない。

 弱い立場だからこそ、食い破ってやろうという強い意志がなければ、絶対に這い上がることはできない。


 立ち向かっていく意志と根性がないと、強くはなれないし負け犬のままに終わる人生だ。多くの人々、特に女たちはそうして生きてるのがこの世界の現実でもある。

 キキョウ会は、私は、そんなごまんといる奴らとは違う存在なんだと断言する。いつだって、そいつを体現してきた自負がある。見せつけてやってきたプライドがある。


 だから私は自分の心に問いかける。


 ここは逃げていい場面か?

 立ち向かわなくて、本当にいい場面か?


 どれほどの困難だろうと、挑む度胸と根性さえあるなら可能性は開ける。

 高いハードルだって飛び続ければ、いつの間にかずっと高いハードルだって飛べるようになってるもんだ。

 そびえ立つようなハードルだったら、軽くは飛べないかもしれない。それでもしがみついて、嚙りつくほどの気合を出せば乗り越えられるかもしれない。


 逃げる? 諦める?

 私はそんなのゴメンだ。前に進んでぶちのめす。それをやりたい。

 考えるまでもない。私がやることは決まってるんだ。

 無論、死ぬ気はない。まだまだやりたいことが山ほどたくさんあるんだから。

 ボコボコにして勝って笑ってやる。

 ま、虫とアンデッドだけは勘弁だけどね。


「逃げるのは飽きたか、だって?」

「ユカリノーウェさーん、それ、聞いちゃいますか?」

「掛け値なしの本気が出せる場面って、対人戦では貴重じゃないですか」

 さっきまで面倒くさそうだったみんなの顔には、いつ間にか笑みが広がってる。なんでだろうね。

「その笑顔のお姉さま、素敵です」

 ああ、そうか。

 私が笑ってるから、みんなもその気になってくれてるのか。


 独りだったら感情よりも理性を優先したかもしれない。

 だけど私には頼れる仲間がいる。背中を預けられる頼もしい奴らが。

 そうだからこそ、きっと私は前を向く決断をすることができた。自然と戦う決意を固められた。

 自信があるからだ。勝つ自信が。


 向けられる信頼と向ける信頼。

 なんて、心地いい!


「あたしは勝てると思いますがね。スケルトンドラゴンと何時間も緊張しっぱなしだった、あの時に比べたらなんてことないですよ」

「はっ、違いないな。あれより苦戦すると思うか?」

「時間だって掛からないでしょうね。軍は全滅するまで戦う程バカじゃないから、どこかのタイミングで撤退するのは間違いないわよ」

 グレイリース、アルベルト、ヴェローネの言うことにはどれも頷ける。


 金色の骨竜、そして漆黒の邪竜ほどの攻撃力も耐久力も敵兵にはない。ただ数が多いだけだ。

 その数こそが厄介というのはあるけど、ヴェローネの言うとおり全滅するまで食い下がってくるはずはない。こっちが敵を屠り続ければ、必ずどこかのタイミングで撤退するはずだ。


 それに大軍を少数で相手するってのは、歴史的にも割とある。

 例えば、かのギリシアの英雄レオニダス一世は、わずか三百の手勢で百万とも二百万ともいわれるペルシア軍と互角に戦ったとされる。その際にはスパルタ以外の都市国家の軍も数千はいたらしいけど、それでも軽く百倍以上の戦力差だ。

 成し遂げた奴がいる。だったら、私たちにだってできない道理はない。


「一発、かましてやるわよ! キキョウ会、ここにありってね!」

「おうっ!」



 そうと決まればさっそく作戦だ。

 まずはクリムゾン騎士団を逃がすための十分な時間を稼がなければならない。そのために敵の進軍を遅らせる必要がある。

 丘の上から見る限り、敵軍は地平線の向こうから無限にやってくるのかと錯覚するほどだ。

 まるで車両の波が迫るかのよう。


「私がここから遠距離攻撃で数を減らす。一方的にやってやるわ」

「じゃあ、あたしらはその隙に距離を詰めるか。ユカリの攻撃だけで終わるならいいが、あの数じゃさすがに無理だろうしな」

「ええ、それにクリムゾン騎士団からは離れた場所を戦場にしないと、撤退の支援にはならないからね」

「わたしは中距離から魔法を使うので、前衛は任せましたよ」

 リリアーヌとアルベルトは、たぶん中距離から魔法メインで戦うことになる。

 この超遠距離から効果的な攻撃ができるのは私だけだ。敵側にもできる奴はいないだろう。

 ほかには作戦も何もない。臨機応変に戦い、暴れられるだけ暴れるだけだ。


「それじゃ、行ってくる。死ぬなよ!」

「死ぬ? そんな弱い人、ここにいましたっけ?」

 私と若衆の二人を除いた全員が、颯爽と走っていく。キキョウ紋の外套を翻させながら。イワシの群れを丸ごと飲み込もうとするクジラのように。


 毎度のことになるけど若衆には車両と荷物を守ってもらう。逃げた敵兵がこっちにくるかもしれないし、貴重品が満載の車両を奪われるわけにはいかない。それと戦場の結果がどうなるにせよ、見届け人は必要だ。彼女たちはこれから起こる全ての生きた証人になってもらわなければ。



「そんじゃ、始めようかな」

 遠ざかる頼もしい背中を見つめながら、グラフェンシートの魔力を紡ぎ広げる。

 とりあえずの目標は車両での移動を阻害することだ。それさえできればクリムゾン騎士団を追うことはもうできない。

 ただし、全部の車両を破壊することはいくら私でも骨が折れる。そうするよりか簡単な方法はある。


 敵の先頭車両は約五キロメートル先をこっちに向かって走行中だ。

 その手前、四キロメートルほどの地点、縦の幅が十メートル、横は見える範囲全てをターゲットに収める。

 グラフェンシートの魔力が満たすそこは、すでに私の支配領域だ。


 続けて横一直線に高さ三メートルほどの岩を突き出した。万里の長城のようなイメージだ。金属じゃないのはただの省エネだけど、車両の走行を妨げるだけなら、これで十分なはずだ。


 直後に感じるのは魔力の干渉。敵の土魔法使いが岩を取り除こうとしてるんだろう。だけど私の支配領域でそれは無理な相談だ。

「ふふん…………あっ!」

 予想よりも大きな魔力干渉をそれでも楽々と弾き返してやってると、今度は干渉じゃなく別の魔法で岩を吹っ飛ばされた。

 見る見るうちに万里の長城の如き岩が粉砕され、目論見が外されていく。

「やるわね」

 単なる岩にしても、私が作った物だ。決して柔いもんなんかじゃなかった。


 次だ。岩が壊されても依然として私の支配領域であることに変わりはない。

 岩を瞬時に再生。敵の労力をあざ笑ってやる。さらに同じようにはやらせないため、ひと工夫を加えた。


 復活した岩にもめげず、衝撃波の魔法が撃ち込まれる。

 衝突、そして霧散。岩じゃなく、今度は魔法が霧散した。

「オリハルコンを混ぜ込んだ岩は、そう簡単に破れないわよ?」

 対魔法防御に特段の威力を発揮する魔導鉱物だ。純度百パーセントじゃなくても、中級程度の魔法なら容易く跳ね返す。


 それでもムキになったように敵からは魔法の連撃が注ぎ込まれる。

 大人数からの怒涛の攻撃。徐々に削れていく岩。

 手数で押すか。まあ正しい戦法ではある。

「でも、無駄ね」

 削られた岩を即座に復活。なんとしても車両はここで止める。


 ところがだ。敵は諦めるどころか、さらなる攻撃を仕掛けてきた。意地でも止まる気はないらしい。

 横一直線の岩を包み込むような強大な魔力反応。

 直後、岩が赤く染まった。


 炎で熱され、急激に温度が上昇する。岩の温度上昇はオリハルコンを混ぜ込んだくらいじゃ防げない。

 まさか、あれほどの範囲に広がる岩を溶かすわけじゃないだろう。どうするつもり?

 様子を見てると短時間で超高温にまで熱した魔法は、魔力切れなのか特に何も起こさずにあっさりと消滅。

「なんだったの?」

 まさか岩を焼いて終わったわけじゃないだろう。不思議に思ってると、続けて同じような大魔力の発動を感じた。

「今度は何だってのよ?」

 すると熱された岩の上から水が降り注いだ。大量の水が。

 立ち上る蒸気で真っ白に染まり、連続したバキバキと鈍い音が鳴り響く。所々じゃ、爆発して吹っ飛んだりもしてる。

「熱と冷水、そういうことか!」


 炎によって岩を熱で膨張させ、次に水によって温度を下げて収縮を促す。すると急激な膨張と収縮によって、岩には亀裂が生まれて脆くなる。

 待ってましたとばかりに、またもや魔法攻撃が降り注いで、せっかく作った岩の防壁はあっさりと崩されてしまった。

「ふん、面白い」

 柔軟な魔法運用と連携はなかなかに見事だ。錬度の高さがうかがい知れる。

 また岩を復活させて、このまま我慢比べをするのもいいかもしれないけど、突破されたら足止めにならない。手を変えよう。



 うーん、まどろっこしいことをやってる時間もないか。よっしゃ。

「ヘルファイア一号、久々に出番よ」

 ここからはちょっとばかし本気を出していこうか。

 ラブラドライトのような輝きを帯びる超硬にして超重の魔導鉱物を生み出す。ノヴァ鉱石だ。


 ノヴァ鉱石は尋常じゃないほどの圧力を加えると大爆発を起こす性質がある。

 ずっと前の収容所時代には、魔獣の群れに向かって鉱石を投擲、空を飛ぶ鉱石に対して二投目を空中でぶつけて大爆発を引き起こす、なんてことをやった。あれは複数人で実行する大規模魔法に匹敵する破壊力を生み出した。

 人間相手にやるのは初めてだけど、無数の大軍が相手じゃ、半端な攻撃は意味がない。問答無用に行かせてもらう。


 およそ五キロメートルの大遠投。以前の時よりも、距離があって難易度は高い。だけど、私も以前のままじゃない。

 すーっと息を吸い、ノヴァ鉱石を握り締めた。

「……行けっ、ヘルファイア一号!」

 大きな大きな山なりを描く軌道で投擲。これが着弾しただけじゃ爆発はしないし、直撃しても車両を一台潰せる程度でしかない。

 タイミングを計り、本気の第二投を繰り出す。

「ヘルファイア二号、行ってこーーーーーーいっ!」

 砲弾のように解き放った二号は、ほぼ直線の軌道ですっ飛んでいく。


 五キロも飛ばす大遠投。しかも二つを空中でぶつける神業だ。

 それだというのに、私に失敗の心配はない。ただ確信だけがある。

 超音速で二つのノヴァ鉱石が激突、引き起こされる閃光と轟音を当然だと受け止めた。



 戦果の確認はと考えるも、どうにもおかしい気がする。

 結果として起こるはずの土煙がない。高く高く舞い上がるはずだ。それがない。

 薄っすらとした煙が晴れると、そこには。

 何事もなかったかのように走行を続ける車両群があった。

「……どうなってんのよ」

 なにか飛んでくるのを察したのか、防御魔法を使われたような気は確かにした。だけどそんなもんで防げる威力じゃない。


「ええい! ヘルファイア一号、二号! もう一回、行ってこい!」

 分析してる暇はない。もう一度やってみれば、なにかが見えるかもしれない。

 今度は投擲の後で、よーく敵軍を観察する。


 すると尋常じゃない威力の空中爆発が起こる直前、無色透明の膜が広がったのを確認した。

「まさか。まさか、まさか、まさか!」

 わずかな輝きを帯びた透明の防御シールド。ノヴァ鉱石の爆発すら余裕で凌ぐ耐久力。

 間違いない。

「結界魔法…………それも魔道具じゃない」

 あの広範囲に展開する結界魔法なら、大規模結界魔法の魔道具じゃないと無理だ。そして大規模結界魔法の魔道具は設置型。車両で移動しながら使えるもんじゃない。

 そうとなれば魔道具じゃなく、結界魔法使い本人があそこにいると考えなければ辻褄が合わない。

 超レア、超貴重な魔法適正、国家の要人として遇されるような魔法使いだ。そんなのが、この戦場にいる。


 こいつは、ヤバい。

 そんな貴重な魔法使いがいるってことは、ほかにもそれを守るべき超強い戦士がいるってことにもなる。

 もしかしたら結界魔法に匹敵するような、別の超レア、超強力な魔法使いだっているかもしれないんだ。

「……なにこれ、ヤバい……ヤバすぎるけど、楽しい。超、楽しい!」

 んふっ、テンション上がるわね。


 楽々と防がれたところを見るに、あと数回程度じゃ魔力切れも起こさないだろう。

 単発の遠距離攻撃じゃ完璧に防がれて足止めにはなりそうにない。

 だったら、こいつはどうよ!

「またまたヘルファイア一号、二号! 行ってこい!」

 結果が同じってのは分かってる。

 だからそれ以上の事をやってやる。

「いよいよ出番よ、ヘルファイア三号、四号! ついでに五号、六号、七号、八号、もう一つついでに九号、十号も行ってこーーーーーーいっ!」

 直撃はできなくても、これなら足止めはできるはずだ。


 最初の大爆発は例によって防がれた。

 だけど二つ目以降の大爆発は敵軍を直接狙うものじゃない。

 軍の進む先を狙ったものだ。防御させつつ、直撃しない場所を吹っ飛ばす。

 ひょっとしたら爆発の全部を食らわせれば魔力切れを狙えた可能性はある。だけどダメだった可能性もある。確実なほうを選択したまで。

 車両が進む先の平原には大穴が空き、魔法をもってしても簡単には埋められないだろう。それをやろうとしても徹底的に邪魔してやる。


 果たして、思惑通りに車両群は停止。足止めに成功した。


懐かしのヘルファイアですが、覚えておられますでしょうか?

第8話「遠距離攻撃」に登場したノヴァ鉱石による空中爆発攻撃です。

これによって魔獣の大群を撃破し、収容所を守ったことがありました。


そして遂に登場しました。結界魔法使いです。

色々と豪華仕様でいきたいと思っています。


だんだん頭がおかしくなっていく次回「ハートを焦がす熱」に続きます!

ここからが戦いの本番じゃけえ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 敵の人数だけが問題かと思いきや、これは手強い!! 特に急激な温度変化による岩壁の破壊なんて それこそ転生者が使いそうな戦法じゃないですか! ユカリが5Km先から攻撃しており、かつ敵の至近…
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