物資破壊工作
「始まった!」
「よしっ、白兵戦になったら私たちも出るわよ」
まずはクリムゾン騎士団に敵を十分、引き付けてもらわないと。
最初に打ち込まれたのは、大魔力を伴った凄まじい一撃だ。
山なりの軌道を描いて着弾した魔法は、軍駐屯地の兵舎群中央付近に突き刺さる。
直後、離れたここまで吹き抜けるのは熱風じゃなく冷気だ。
凍てつく冷気が広い範囲に襲いかかる。
本来の気候としては蒸し暑いくらいだけど、魔法が撃ち込まれた場所は極寒の状況になったはずだ。白く凍り付いた情景が寒々しい。
初撃に遅れること数秒、無数の魔法が撃ち込まれた。それこそ何百という魔法の雨だ。
大規模魔法に匹敵するものも含まれた攻撃は、主に敵の兵舎を取り囲むようにして着弾を果たす。
物資を収めた軍の倉庫は基本的に耐久力が高い。遠距離攻撃で破壊することは難しいから、こうして魔法を使う場合には兵にダメージを与えるか、防御の薄い別の施設を狙うことになる。
破壊を撒き散らすさまの恐ろしいこと。
遠征軍の駐屯地にしてはそもそもの人数が少ない気がしたけど、この先制攻撃だけでほぼ決着がついてしまったんじゃないかと思うほどだ。
さすがはブレナーク王国が誇る最強の騎士団ね。最初に私と出会ったときに、こてんぱんにしてやったのは随分と前の事だ。裏話としてロスメルタに聞いたところによれば、当時から精鋭だった彼らが私に敗れたことで、一から鍛え直すつもりで激しい訓練を積み重ねたらしい。その後の実戦も多数重ねてるし、あの時とは別物のレベルまで戦力を増したようだ。
しかしだ。ボロボロにされた兵舎からは、次々と帝国の兵士が姿を現した。
甘くはないわね。大陸西部で覇を唱える帝国の兵士が弱兵のはずはない。遠距離攻撃だけで決着とはならないみたいだし、予定通りに白兵戦を頑張ってもらおう。
なんにせよ、想定よりはだいぶ数が少なかった上に、半数は出掛けて行ったんだ。初撃で大ダメージも与えられたとも思うし、受け持てないなんて言わせない。
間もなく両軍の先鋒がぶつかる。
「もうちょいか? ウズウズしてきたな」
「うん、もう少したら始めるわよ。現場では臨機応変に、なにかあれば信号弾で知らせること」
敵軍の物資を保管した倉庫群は数が多い。
破壊目標は食料、武器防具、薬品、魔道具、車両、その他、目についたものは全部ぶっ壊す。
まとまって行動してると効率が悪いから、役割分担して個別にやることになる。
戦闘中の両軍の動きとイレギュラーの監視、それと私たちの戦果の確認もグレイリースとミーアがここからやってくれる。
好き勝手に暴れまくって、状況把握は任せられるわけだ。気楽なもんよね。
「そろそろ行きますか?」
「頃合いかもね」
「あれだけ派手にやりあってりゃ、後ろで暴れてもそうそう気づかれないだろ」
「じゃあ行くか」
「お姉さま、あとで合流します」
「うん、またあとでね」
それだけ言うと駆け出した。
戦乱の最中、陣地の端っこである物資集積所でも無人というわけにはいかない。
物資を管理し、必要に応じて手配する人員だっているんだから当然だ。
怪我人は後方に下げられるし、そのための回復薬を取りにくる奴だっている。魔道具や武器防具の交換のためにだって人はやってくる。
物資破壊を目論む私たちにとっては邪魔な存在。スムーズに事を終えるためには、ここでも陽動作戦が効果的だ。
真っ先に派手な破壊を撒き散らすため、おとり役のアルベルトとヴェローネが人目もはばからずに魔法をぶっ放した。
アルベルトの雷撃が軍用車両を吹っ飛ばし、ヴェローネの炎弾の連射が車両もろとも、そこらに火をつけて炎上させる。
騒ぎの大きくなる場所を迂回して、残るメンバーは人のより少なくなった倉庫を目指す。アイコンタクトだけ交わして先に進んだ。
最初に到着したのはひと際大きな倉庫だ。これは食料庫で最優先目標でもある。
さっそく入り口をぶち破って中に突入。ぱっと見ただけで、莫大な量の穀物の山や塩漬け、酢漬けの樽やビンが積まれてあるのが見てとれる。
やたらと多い気がする。想定した以上には確実にある。
ここに居た兵力は約四千。単なる備蓄にしろ、あまりの長期を想定した備蓄の仕方はしないはず。すると千単位どころか、数万を養うような物量に思える。正確な計算は無理だけど、大筋で外れてはいないはずだ。
そもそもの話として、現段階においてここにいる敵兵力は先遣隊ということだった。実際にいた人数からして間違いじゃないだろう。
だけど目の前の現実からして、先遣隊を賄う以上の物資がある。
遠征軍本隊はまだ組織されてる途中だって話だったけど、この分だと合流は近いんじゃないかと思われる。
あれ、でも本隊の分も含めてここで破壊できるなら、それはそれで好都合だ。幸先いいかもしれない。
「ははっ、なんだこの量は。楽しくなってきやがったぜ!」
「残らず燃やし尽くしてやって。ここは任せたわ。みんなも後は各自で頼んだわよ!」
気合を滾らせるオフィリアに任せておけば、大量の物資は残らず消し炭にしてくれるだろう。
物資は食料だけじゃなく、その他の物についても同様にかなりの量にのぼるだろう。手分けして急がないといけない。
ヴァレリアは崩壊魔法があるから、誰よりも破壊工作には打ってつけだ。
おっとりの仮面をかぶったリリアーヌは、遠慮無用の破壊活動に嬉々として取りんでくれる。
物資の破壊はもったいない気もするけど、持ち出す余裕まではさすがにない。ちょっと残念に思うわね。
みんなと別行動になると、思うところあって薬品庫を探した。
破壊は今いるメンバーで必要以上にこなせるけど、どうせならそれ以上の戦果を狙いたい。
「……ここか」
適当に破壊活動をしながら走り回ってると、ようやく探し物を見つけ出した。
不用心にも入り口が空きっぱなしだ。ウチのメンバーとクリムゾン騎士団によって、大きな混乱状態になってるからしょうがないのかもしれない。
遠慮なく侵入すると食料庫には及ばないものの、大量の回復薬があった。
うず高く積まれた木箱には、各種回復薬が詰め込まれてるらしい。
「どれ、どんなもんかな」
探りを入れるついでに掌握してしまう。
なるほど、下級レベルの回復薬がほとんどだ。
第七級の傷回復薬が全体の三割といったころか。第六級が二割程度ね。
ほかは第五級の中級傷回復薬が一割程度で、残りの四割が各種状態異常や病気に備えたものになってるらしい。
第四級以上の回復薬は、あってもおそらく別で保管されてるんだろう。価値が全然違うからね。
さてと、把握はもういい。
「やってみるか」
まずは自分の魔力を回復薬に対して浸透させる。掌握済みの回復薬はもう完全に私の支配下だ。
支配下に置いてなにをするかといえば、それは改変だ。
作り変えてしまうなんて、やられるほうからしてみれば実に恐ろしいことだと思う。
そういえば他人が作った薬の改編ってのはやったことがなかったけど、今の状態まで持ってこれたなら造作もない。
「うん、やっぱりできた」
試しに一つやってみれば、なんてことはない。
なんか普通にできちゃってるけど、これって相当ヤバい技よね。他人の回復薬を勝手にいじれるなんてバレたら、様々な勢力から命を狙われることになってもおかしくない。それだけ危険な技術だ。私の場合には理由が一つ増えたくらいじゃ、今さらもうどうってことはないけどね。
まあ秘密にしてることは多いし、バレなきゃいいんだ。そんなことより、早く続きをやってしまおう。
ふーむ、でもどんな形に改変するのがいいか。強力な毒は別のことに利用される恐れがあるから止めておく。
今回の場合には、何の効果も及ぼさないただの水に変えておこうか。それなら無価値だ。改変じゃなく、すり替えたと認識させることもできるだろう。
それと全部を改変対象にするんじゃなく、半数程度は破壊しておこう。
破壊の痕跡の中、少しでも物資が無事なら敵は喜ぶ。ぬか喜びだけどね。いざ使ってみたときに、ただの水だと知ることになるわけだ。
そしていくつか回復薬を使って効果がないと発覚したら、残りも同じか調査を行うはずだ。
回復薬は下級レベルでもそれなりの値段はするから、予算にうるさい軍隊だと無駄にはできず、面倒な作業から逃れることはできない。そうすれば、ここでもまた労力を強いることができる。単純に全部を破壊してしまうよりも嫌がらせとしての効果は大きい。
別に目論み外れても構わない。私の労力は大したことないからね。
気合を入れて回復効果を残らず無効にした後で、適当にトゲの魔法をばら撒いてざっくりと壊しておいた。これだけでも莫大な損害を与えたことになる。
今回、薬の改変は初めてやってみたけど、特化した魔法使いだからこそ可能な技だ。こういう場面はやっぱり嬉しいものがある。
嬉しい反面、自戒も必要だ。鍛えた膨大な魔力とイメージ力のお陰で万能に近いと思われがちだけど、決して万能な力なんかじゃない。私にだって無理なことは色々とあるし、どれだけ訓練を重ねてもクリアできない制約のようなものだってある。
薬魔法において不可能なことの代表といえば、やはり死者蘇生薬の開発だ。これは現時点で不可能なのか、今後も絶対できないのかは不明だけど、少なくとも今のところは可能性すら感じることはできない。
もう一つ、薬魔法は外に対してのみ使用可能であるということだ。外というのは、例えば私自身の口の中に回復薬を生成することはできない。必ず身体の外に魔法は発動される。口の中や体内に回復薬を生成できれば、敵に気付かれずに常時回復状態を作り出せただろうに、これは不可能な技らしい。実験的に鉱物魔法を試した時には可能だったことから、薬魔法における制約と考えるしかない。もしできたら戦闘方法の幅が広がって面白かっただろうにね。
考え事を打ち切って薬品庫を出ると、目についた建物、物資、車両、人員、全てに重大なダメージを負わせながら移動。そうこうしてると信号弾が上がるのを見た。ミーアかグレイリースが打ち上げてくれたものだ。
「……あれはまさか、イレギュラー?」
光のパターンは即時撤退じゃない。想定外が起こったらしい。
物資の破壊活動はもう十分かな。状況の把握を優先すべきね。急いで戻ることにした。
いつの間にか敵陣深くまで行ってた私は、最後になってしまったらしい。
丘の上ではみんな勢ぞろいで遠くを見てる。
「お姉さま、敵がきます」
みんなが目を向ける遥か彼方、地平線の近くからはこっちに向かう一団が見える。
北部方面から数えるのもバカらしくなるような車両群が近づきつつあったんだ。
「帝国軍の援軍にしては動きが速すぎます。今回の奇襲とは無関係な、予定通りの動きと考えるべきじゃないかと」
「東部遠征軍の本隊ってやつか?」
その本隊は構築中だって話だったはずだ。でも状況を見る限り、すでに組織されてしかもこの駐屯地に合流しようとしてるタイミングだ。まさに今!
「運が悪いなんてもんじゃないわ。北部での陽動は思ったよりも効いてないのかもね」
南部から攻める私たちとは別に、北部で盛大なおとりを務める働きがあったはずなんだけどね。
アナスタシア・ユニオンとそれを率いる総帥の攻勢がしょぼいとは思わない。だけど帝国の軍事力は想定のさらに上を行くと言うことなのかもしれない。
「楽しめる範疇は超えてますよねえ。逃げちゃいますか?」
「クリムゾン騎士団を見捨てるわけにもいかねえだろ。あいつらまだ気づいてないんじゃねえか?」
「全体を監視する役目の騎士もいるはずだから、状況はすぐに知るはずよ。問題は逃げたとしても逃げ道の南部には、反乱軍とその鎮圧部隊がいることよ」
こっちが気づいてる以上、敵の本隊だってこっちの存在を理解してるはずだ。激しく炎上してる建物だってあるんだし、異常は察してるだろう。普通に逃げたところで大人しく逃がしてくれる可能性はない。必ず追いかけてくる。
そして逃げた先にいる南に向かった軍が素通りさせてくれるはずもなく、楽々と突破することだってさせてはくれないだろう。そうこうしてるうちに大部隊に追いつかれる。追いつかれてしまえば包囲殲滅だってあり得る。
私たちだけなら逃げるくらいは余裕だけど、クリムゾン騎士団を見殺しにすることはできない。あいつらはこれからのブレナーク王国にとって必要な存在だし、対帝国を踏まえてもここで潰させるわけにはいかない。
ロスメルタを失望させることもしたくはないし、感情とは別にして強力なコネクションであるオーヴェルスタ公爵家の盤石な権力基盤に大きな傷だって入ることになる。武力の後ろ盾を失うだけじゃなく、先制攻撃失敗は政治的にも非常に不味い。
最悪はロスメルタ、ひいてはオーヴェルスタ公爵家の失脚にも繋がりかねない。ようやく安定してきたブレナーク王国でそんなことがあってはならない。また混乱の時代に逆戻りになってしまう。
キキョウ会としても大きな損失になるだろう。私たちは私たちのためにも、クリムゾン騎士団には戦果を挙げたまま無事に帰ってもらわなくちゃならないんだ。
うーん、私たちが戦わざるを得ないわね。
もしかして……今さらだけどこれって、完全にロスメルタの策にハメられてない? 今みたいなもしもが起こったとしても、私たちはクリムゾン騎士団を見捨てらない。助けるしかないってね。考えすぎかもしれないし、もうどうしようもないけどさ。
本来の目的から考えて、戦果としてはもう十分なはずだ。敵の膨大な物資を破壊し、先遣隊の半数近くは叩き潰した。少なくとも再び侵略をしようにも十分な時間を稼ぐことができたはずだし、ひょっとしたら帝国内で紛争を招くほどの打撃を与えたかもしれない。
あとは無事に逃げ帰れれば万々歳というところまできてる状態なんだ。
この最大限の戦果を持って、失うことなく戻るため、私たちもできるだけのことをするしかない。それがキキョウ会にとっての利益になるんだから。
「……グレイリース、敵の人数以外の戦力評価はできる?」
「まだ遠いですし車両に乗ってますからね。具体的にはちょっと難しいですが……遠征軍の本隊というからには通常の兵士以外に精鋭の騎士だっていますよね。レギサーモ・カルテルを従える帝国の騎士なら強さも相応になりますし、隊長クラスなら特別な強者と想定できるんじゃないかと」
「そうなるよなあ。ユカリ、どうする?」
この間にも眼下で戦闘中の敵兵は粘ってる。援軍が訪れるのを知ってたかのように、クリムゾン騎士団が離脱するのを妨げるような配置に転換してるんだ。
知ってたかのようにじゃなく、知ってたんだろうね。
放っておけばフランネルたちは離脱が間に合わず、押しつぶされそうだ。
もしブレナーク王国最強の騎士団が全滅するようなことになってしまえば、帝国軍の進軍阻止どころか、逆に勢いづかせてしまうだろう。
物資の再調達とクリムゾン騎士団並みの騎士団を一から創設するのだったら、どっちが楽で速いかなんて自明だ。帝国が諦める余地は無くなる。
こうなってしまえば、やることはもう決まった。援護せざるを得ない。
まったく、ロスメルタの奴。こんな事態をまさか想定してたわけじゃないだろうけど、結局は泥沼の戦闘に引きずりこまれてしまった。
「お姉さま?」
迫ってくるのは万単位の敵軍だ。それも大陸東部への野望を成就するべく編成された部隊。軍事国家の熟練した兵士や精鋭の騎士と考えるべきで、前に戦ったレトナーク軍のような弱兵とは全くの別物と覚悟すべき相手になる。
しかもクリムゾン騎士団を離脱させても、足止めをしなきゃ普通に追いかけさせてしまうことになる。だから、時間を稼ぐか追跡を諦めさせるほどの打撃を与えなきゃならない。それも、私たち十人だけで。
どう考えても難しいミッションだ。
ふざけんなってほど、無謀なチャレンジになるだろう。主観的にも客観的にもそう思う。
でも、なんだろうね。
それでこそ。だからこそ。
――やりがいが、ある!
ああ、面倒だと思う心が燃やし尽くされ、ぐんぐんと熱を上げる。熱く煮えたぎってくるようだ。
「みんな、逃げるのはもう飽きたんじゃない?」
思い起こすのは走破してきた南部の森だ。
アリの大群から逃げ、ムカデから逃げ、アンデッドからもひたすら逃げまくった。長距離移動の大半は逃げてたことになる。
そのあとで大物と戦って、帝国の領土内でも少しは暴れられた。
でもね。あんなもんで、本当に十分だったか?
物資の破壊は予定通りに行きましたが、また新たなトラブルです。
やらざるを得ない、やってろうじゃないか!
仕方ないというのはありつつも、前向きな姿勢はいいことだと思います。
さて、激闘の始まりを告げる次話「ヘルファイア」に続きます!