他人に厳しく、時に甘く
見事な先制攻撃を食らわせたヴァレリアに遅れること何秒か。
突然の襲撃に硬直したままの兵士へ、ダッシュの勢いを利用した攻撃を加える。
「ボケっとしてると、死ぬわよっ」
適当に目を付けた奴の腕を掴むと、勢いのままに振り回してぶん投げる。
数人を巻き込んで倒れるのを見るまでもなく、次に取りかかった。
兵士が慌てて構える武器を握り潰し、強引に引き倒しては身体のどこかを踏み潰す。トドメまでは刺さない。
雑な戦い方だけど、敵に重傷を負わせるのが目的だ。不殺というよりか、負傷者を多く作り出すほうが相手側により大きな負担を強いることができる。
こんな田舎じゃ治癒師の数だって多くはないし、中級以上の回復魔法が使える奴はさらに少なくなるはずだ。回復薬だって不足してるだろう。そんなところに大量の重傷者を抱えるとなれば、下手に殺すよりも大きな効果を生み出せる。
領主はまさか大量の配下を見殺しにするわけにもいかず、働けない兵士を養わなくちゃならない。そいつを放棄してしまえば、未来に大きな禍根を残すことにもなるんだ。賢明な領主ならそのくらいは弁えてるだろうし、逆に見殺しにしてしまうような愚者だったとしても、新兵を集めるだけでもそれはそれで負担になる。
この戦法は帝国の遠征軍に対してもやろうと決めてる。まあこんな悪事しか働かない奴らの手下が死のうがどうしようが知ったこっちゃないけどね。だから手加減も適当だ。
なんせ、私たちも悪党なんだから。悪党同士、せいぜい悪辣にやり合えばいい。
みんなも最初の勢いのまま、どんどん敵を倒してしまう。早い。
ヴァレリアは投げ技で鎧の兵士を叩き伏せ、打撲に加えて骨折まで負わせる。圧倒的な速度と技術は反撃の隙をまったく与えない。
ミーアは露出した部分や鎧の隙間に短剣を差し込み、即死しない刺し傷を与える。素早いのに針の穴を通すように正確無比な攻撃だ。
グレイリースは影魔法で敵の動きを阻害しながら、袖に仕込んだトンファーのような武器で鎧を凹ます打撃を加える。珍しい打撃武器だけど、攻防一体で使える有効な武装だ。
ヴェローネは剣で牽制しながら、直接相手の耳の中に何かの魔法を打ち込んで悶絶させる。耳から血を垂れ流して倒れる兵士の痛そうなこと。彼女ならではの超絶技巧だ。
さすがは頼りにする我がキキョウ会の幹部。誰もが凄まじい実力としか言いようがない。瞬く間に橋の制圧は終わってしまった。
もちろん、前段階を突破しただけでまだ何も終わってないんだけど。
「入り口、開けます!」
全員を倒してしまうと、ヴァレリアがまた先頭で走り出し、橋を越えて門に手を触れる。
一瞬で塵の山と化す門の向こうには、唖然とした兵士の姿が。やっぱりまだいるか。
「あとは任せる!」
決めておいた分担のとおりにだ。
ヴェローネとグレイリースが領主を押さえるために上階に向かって走り、私は攫われた人たちがいると思われる地下に通じる階段を探す。この場の兵士の相手はヴァレリアとミーアの担当だ。
上に向かう階段は分かり易くも入り口横手にあったけど、地下にはどこから行ったらいいのか分からない。
とりあえず移動しながら、途中で遭遇する兵士や下働きの者は殴り倒す。
魔力感知を頼りに大体のアタリを付けてみるけど、それらしい場所は見つからない。
「ちっ、面倒ね」
手っ取り早く行こう。
私の足元には人のいる空間がある。深さにして五メートル程度かな。丁寧に探し回る意味はないんだ。直行してしまえ。
靴をトンッと鳴らすと、ぽっかりと石の床に穴が開いた。
次に穴の底からいつものトゲじゃなく、幅の広い台座を浮かび上がらせるように魔法を使う。これは私が降り立つ舞台だ。
躊躇なく飛び降りると、台座に着地。唖然とする奴らを見下ろした。
その場にいたのは四人の男女。女が三人に男が一人だ。
全員が全裸で、大きなキングサイズのベッドの上にいる。
男はたぶん兵士の中でも偉い奴だと思う。引き締まった体と粗暴な雰囲気はまさか貴族じゃないだろう。非常時になにをやってるんだか。
「な、なんだお前は」
問答無用だ。台座からベッドに向かって跳び、顔面に蹴りを食らわした。
首を変な方向に曲げて動かなくなった奴には、もう目もくれない。
残された女たちは騒ぐ気力もないらしい。
ベッドに寝たまま虚ろな目でこっちを見るだけだ。
身体中に痣があったり顔面を腫らしてたりと暴行の傷跡も生々しい。
「……不愉快ね」
馬鹿どもの行いも、気力を無くした奴らも。何もかもが気に入らない。
声を掛けても無駄そうな女を放って、とりあえず部屋を出た。地下空間には、まだ他にも大勢の魔力反応がある。
部屋を出ると廊下があって、いくつかの部屋が並ぶ構造だった。この辺に人の魔力を感じないことから、女子供を閉じ込めておく部屋じゃない。さっきのように兵士が遊ぶための部屋になってるんだろう。
廊下の突き当たりの扉を開くと、そこは地下牢が並ぶ空間だった。
鉄格子がハマった典型的な形の牢屋には、部屋ごとにそれぞれ七、八人くらいの感じで女が閉じ込められてる。子供や男はいないようね。疲れ切った大人の女たちがいるだけだ。
明らかにここの兵士たちとは雰囲気の違う私、それも同性の女だってのに、こっちに向ける視線は怯えたものだ。
具体的に何をされてどんな生活を送ってのか知らないけど、これまでの境遇を思えば仕方ないことなのかもしれない。だけど、せっかく訪れたチャンスに手を伸ばそうともしない気力のなさには絶望感を覚える。なんて助け甲斐のない連中なんだ。
自ら動こうとしない無気力さに腹が立つ。
誰もがキキョウ会に集まるような連中と同じようにはいかないってことくらい理解してる。それでも腹が立つものは立つんだ。
私には無尽蔵の慈愛なんてない。そんなもんは、むしろ人より圧倒的に少ないだろう。
足掻こうとする奴は好きだけど、諦めてしまった奴には手を伸ばすことさえしたくない。ムカつくから。
どんなに絶望的でも前を向く奴が好きだ。
背中を向けて逃げることがあっても、立ち続ける奴が好きだ。
這いつくばって一歩も動けなかったとしても、最後の最後まで諦めない奴が好きだ。
生きる、足掻く、戦う、そういった根性のある奴になら、私はいくらだって手を差し伸べる。そういう奴なら、いつか逆に私を助けてくれるような存在にだってなるかもしれない。
情けは人の為ならずってやつね。
私は超自己中心的で我儘な女なんだ。
気に入ったから助けてやる。
気に入らないからぶっ殺す。
役に立ちそうだから助けてやる。
害になりそうだからぶっ潰す。
楽しそうだからやる。
つまんなそうだからやらない。
儲かりそうだから、得がありそうだからやる。
逆に損がありそうなら……でもそれが楽しそうならやるかもしれない。
結局は気分だ。
もちろん単純にはいかないことだって世の中にはたくさんある。それどころか時には嫌なことだってやらなきゃならない。大人の事情は複雑怪奇で、しかも逃がしてくれないことがほとんどだ。
それでも、物事はなるべくシンプルに考えるべきなんだ。
無気力で怯えるだけの大人を助けたいか?
女で酷い目にあわされてたとしても、もうガキじゃないんだ。ましてや世間知らずのお姫様じゃあるまいし。
今ここで私が助けて、甲斐甲斐しく世話してやったとしてだ。こいつらはきっと長生きでない。どうせすぐに死ぬか同じような目に遭うだろう。
無意味なことはしたくない。人間ってそういうもんでしょ?
捕まえてた側をぶっ潰しただけでも、もう十分すぎるわよね。
それに反乱軍が勝ったら、ここにもすぐに助けはやってくる。ほっといても飢え死にすることはない。
さてと、死んだような大人はいいとしても子供は助けてやんないとね。
悪党でも子供には無条件に手を差し伸べてやらんこともない。手の届く範囲ならね。
将来のある子供たちに恩を売ることは、私たちのメリットになり得るんだ。打算で結構。
牢屋をスルーして別の場所に向かおうとした時だ。
「待って、た、助けてっ」
足を止める。囁くような声の主に目を向けると、ボロボロになった姿はいかにも痛々しい。
酷く殴られたのか、顔面は腫れ上がり血も滲む。パジャマのような服で身体は見えないけど、きっと痣だらけなんだろう。
しかし、やっとか。助かりたい、生きたいと望む声。小さくて掠れた涙交じりの声だ。
声の主は目で訴える。諦めたくないと、強く訴える。
ああ、生への執着が心地よい。見どころのある奴だ。
だからあえて問う。
「助けて、なにをすんの? 私になんかメリットはある?」
「…………あなたに差し出せるものは、なにもないです……それでも、やらなくちゃいけないことが、あるんです……だから……」
どうしてか流れる涙を美しいと思った。
――だったら、手を貸そう。私の手を借りたいと望むなら、願いを叶えたいと訴えるなら、手を貸してやってもいい!
不思議と心が熱くなる。
がっかりしてたところに掛った声と涙が綺麗だったから。お代はまけといてやる。
ふふっ、テンションが上がる。
衝動に身を任せて牢屋の鍵を殴り壊した。
ついでだ。一つ壊しただけじゃ、まったく物足りない。
並ぶ牢屋の鍵を次々と破壊して先に進む。
あ、そうだ。もう一つ、ついでだ。携帯してる超複合回復薬の水晶ビンをさっきの女に押し付けに戻った。
たぶん年の頃は私と同じくらいだと思う。あいつがここから出た後で、あっさりと死んでしまったらもったいない。
やらなきゃいけないこととやらを、叶えてみせろ!
破壊音を撒き散らして牢屋ゾーンを抜けると、番をしてた兵士に遭遇。
踏み潰して次に進むと、また扉を破壊しまくりながら先に進む。
牢屋とは違う、多少なりともまともな部屋には子供たちが閉じ込められてるらしかった。
女たちよりは人間らしい扱いを受けてたのは、たぶんこれからどこぞへ売り飛ばされる予定だからだろう。商品価値を下げるような真似はしないってことね。
「あとで助けがくるから、ここで動かずに待ってなさい」
戦いの場でうろちょろされても困るから、きつく言い渡しておく。
反乱軍は子供を取り返すと息巻いてたらしいし、下手に動かさないほうがいい。
ひと通り地下の魔力反応を確認すると、これで制圧は完了だ。
道なりに進んだところにあった出口から上に登ると、無事に一階に出ることができた。
思ったよりも時間を食って戻ると、すでに城に押し入ったみんなは揃ってる状態だ。
「待たせたわね」
「お姉さま! ここは片付いています」
「聞きたいことも大体は聞けたわよ。通信系の魔道具もなかったから、事態の急変はないと思う」
ヴァレリアとミーアは宣言通りに兵士を全部倒してしまったらしい。重傷を負って倒れてるのがたくさんいる。
領主の尋問に向かったヴェローネとグレイリースも上手くやってくれたらしい。
もうここに用はないわね。反乱軍がここになだれ込んだ時に、面倒に巻き込まれるのも嫌だ。
「じゃあ、ずらかるわよ。尋問の結果はあとで聞かせて」
反乱軍の加勢に向かったオフィリアとリリアーヌはもう戻ってるかもしれないし、アルベルトもタイミングを見て駐車場に戻るだろう。
この後はいよいよ本命、帝国軍に殴り込みだ。
いい感じにテンションも上がってきたし、楽しみね。
本番前の前哨戦はここまでとなります。肩慣らし程度にはなったでしょうか。
今回はモノローグ多めですが、紫乃上の内心を描く時は時間を掛けて何度も見直しをしますので、最も気を払って書いているところだと思います。今までのそのようなシーンでも、何度も書き直した記憶がよみがえりますね。
さて、次回「後先分からぬ奇襲作戦」に続きますが、ここからが本番です。
次回は構成上、繋ぎ回の要素が強いのですが、それでもいよいよ本番が始まりますよ! よろしくです!




