奇兵隊には力を貸そう!
騒ぎの大きいほうへ向かっていけば、自然と元凶にたどり着ける。
そこは私たちが入ってきた町の門だった。今は門が固く閉じられてるけど、警備の兵が怒号を張り上げ慌ただしく走り回ってる。外には誰だか知らないけど、そこそこの規模の敵がいるらしい。問題はそれが誰かってところよね。まさか領主と裏でつるんでる麻薬カルテルってことはないと思うんだけど。
適当な兵士を捕まえて、まずは事情を聴いてみる。
「ちょっと、なにがあったのよ?」
「うるさい、よそ者は引っ込んでろ!」
にべもない兵士の胸ぐらを掴んで凄む。場合によっちゃ、私たちにだって面倒が降りかかるかもしれないんだ。
「よそ者だから言ってんのよ。巻き込まれた私たちに、最低限の説明くらいあってもいいんじゃないの?」
「も、門の外は反乱軍だらけだ。領主様の軍が蹴散らしてくれるまでは大人しくしてくれ」
場数を踏んだ凄みだ。田舎兵士は思わぬ迫力に怯んだのかすぐに答えた。
「反乱軍?」
さらに聞こうとしたけど、放した途端に逃げられてしまった。まあいいか。
「あたしが直接、外を見てきますよ」
「うん、頼むわ。もしかしたら、これはチャンスかもね。移動の準備しとくから、グレイリースは偵察が終わったらすぐ駐車場まで戻って」
「はい、そうします」
門は閉まってるけど、こっそりと外に脱出する気だ。グレイリースなら見咎められる心配もない。
残った全員で車両に戻ると、撤収の準備をささっと終えた。またもや、しばしグレイリースを待つ。今度はだらだせずに周囲の様子に目を光らせたままだ。
思ったよりも長い時間を経て戻った情報局の副局長は、期待以上の報告をしてくれる。
「反乱軍に接触できました」
まさかの接触だ。これ以上、確実な情報源もない。
「さすがね。それで、どういうことになってんの?」
「彼らは搾取されていた村人ですよ。軍というほどしっかりとした組織ではなさそうですが、勢いだけはありそうです。目的は奪還と報復ですね」
領主に対して武力蜂起か。思い切ったもんね。失敗すれば皆殺しだろうけど、今のままでも大して変わらないか。生涯を奴隷のように生きるか、戦って死ぬか。どっちがマシかは人それぞれだろうしね。
道中で見てきた現実として、領主の下っ端の豪族は領民を攫う。麻薬生産のアガリを掠めとる。ヤク漬けの領民は放りっぱなし。村を襲う蛮族すら放置。それどころか便乗して村を襲う始末。
はっきり言って、領民を守るべき領主としての務めをなに一つ果たしてない。逆に害悪でしかない。
虐げられた領民が立ち上がるのは当然で、豪族どもの悪事が表面化したのはその切っ掛けに十分だったんだろう。
悪事を行う手足となってた豪族の運命は推して知るべしだけど、その元凶である領主のところまでも攻め込んできたってことになるか。
なんか急に面白い展開になってきたわね。
「ほかにはなんか話した?」
「利用できると思ったんで、領主軍の情報を教えてやりました。この町を攻める振りをしてれば軍を釣り出せると言っておきましたが、良かったですかね?」
さすがは情報局員。情報の使いどころを心得てるわね。たしかに、この状況は利用できる。
「上等よ。文句なしね」
「どうせ偉い奴は城に引きこもってんだろ。手薄になったところになら、余裕で殴り込めるな」
「反乱軍の戦力はどんなもんでしょう? 町を制圧できそうですか?」
「……ちょっと難しいと思いますね。兵力としては七百ほどでしたが、装備が悪いです。これまでの報復とは別に、子供を取り返すと息巻いてる連中が多かったんで士気は高いですが」
ふーむ、思ったよりも人数が多い。田舎の割に良くそれだけ集まったもんだと思う。ただし、数はそれなりで士気も高いけど装備が貧弱か。ありがちね。
腐っても領主軍は職業軍人だと思われる。その領主軍五百を相手にするだけでも分が悪そうなのに、それに加えて町の治安維持部隊が相手じゃ、いい勝負どころか蹴散らされてしまうかもしれない。気合だけじゃ、どうにもならないのが現実だ。
領主軍の練度やなんかは知らないけど職業軍人ともなれば、一応は戦いのプロだ。復讐に燃える素人がどこまで太刀打ちできるか。最悪は一方的な展開になるかもね。
さてと。現実として不利な反乱軍とやらだけど、運だけはいい。なぜなら、私たちがここにいる。
「帝国の領主側が勝つなんて、まったく面白くない展開よね?」
「だな。あたいが加勢してきてやる。横やりの奇襲なら、一人でも効果はデカいと思うぜ?」
「どうせやるなら圧勝を狙いたいわね。リリアーヌもオフィリアと参戦してやって」
「はーい。ドカンと蹴散らしてやりましょう」
領主軍は最大でも五百。二人の大火力で奇襲するなら、一撃加えるだけでも相当な損害と混乱を生み出せる。反乱軍にとっては必勝の援護になるだろう。
そもそも領主軍は城の警備のためにも全兵力は出撃させないはずだ。最低でも百は城に残すと思う。そいつらは私たちでなんとかしないとね。
あとの配置はどうするか。
「あたしはどこか高いところに陣取って、伝令を飛ばされるのを阻止してやるよ」
「それは必要ね。誰だろうが、足止め頼むわ」
帝国軍に知られる不測の事態は避けたい。アルベルトの弓なら、町から遠ざかる全てを撃破できる。
「残りは城に突っ込みますか?」
「そうね、突っ込んだ後で分担よ。今度は私が城の地下に行くわ。捕らわれてる様子を直接見てみたいからね。ヴェローネとグレイリースは領主の確保に専念。他の事は気にしなくていいから、速攻で余計な事をさせないうちにね。二人はそっちに突っ込んで確保と尋問を頼むわ。吐かせるだけ吐かせたら、あとは放置で構わない」
無闇に殺すことは避ける。万が一、領主が大物貴族の縁戚だったりすると向こうに余計な口実を与えることもなりかねない。可能性としては無きに等しいと思うけど、まあ念のためだ。ヴェローネとグレイリースならその辺のことは言わずとも分かってるだろうし、情報の取得にも不足なく期待できる。
速攻で狙うのはもし通信系の魔道具を持ってた場合に、それを使われるのを阻止するためだ。田舎領主如きがそんな貴重品を持ってるとは思わないし、自領地の恥をさらすような真似はしないとも思うけどね。もしものためだ。
「あとはヴァレリアとミーアだけど、二人は城内の兵士をかき回してくれる? できれば引き付け役をやって欲しいわね」
「入り口と橋の付近で暴れていれば城から逃がすこともないですし、アルベルトには町の動きに専念してもらいます」
「お姉さま、わたしたちで全部倒します」
不敵な妹分だけど、実際にそうしてしまう実力はある。
城に突っ込むとき、橋の入り口には守備兵がいるし、城門の守備にも人はいるだろう。領主家族の警護にも人数は割かれてるはずだし、地下室の警備にも少しは人を残すと思う。反乱軍の対処に大部分が出払ったあとでなら、城内で自由に動く兵力はかなり小さい。速度と奇襲に長けた二人は狭い場所や乱戦にも強い。十分な活躍を期待できる。
それに湖に囲まれた城で橋からしか侵入できない条件だから、鉄壁の防御という思い込みと油断だってあると思う。最初の橋を突破できれば、あとは全然苦戦しないような気もする。油断は禁物だけどね。
「いつも留守役で悪いけど、若衆は車両で待機。戻ったらすぐに出発できる準備を頼むわ」
「はい、もちろんです。お帰りを待ってますね」
「混乱すると略奪も起こりそうですからね。警戒しておきます」
こういう裏方要員がいると、余計な事に気を回すことがなくなって楽になる。私たちが戦闘に専念できるってのはありがたいことだ。
「それじゃ、とりあえず移動するわよ。領主軍が出て反乱軍とぶつかったら作戦開始。引くタイミングは各自に任せるわ」
「よっしゃー!」
「楽しくなってきましたね!」
混乱する町の様子を横目にしながら、平然と塀を乗り越えて外に出てしまう。
平時ならどこにでも見張りの兵がいるけど、緊急時の混乱してるタイミングだとこういうのはやりやすい。見咎められたところで関係ないけどね。
アルベルトが町の中で最も高い建物の屋根を目指し、オフィリアとリリアーヌが奇襲のための適当な場所を探して潜伏する。私たちは城の様子を探れる場所で待機だ。
町を出るとすぐに湖が目に入った。
昼間の湖は日の光を反射して輝かんばかりだ。クリアブルーの湖面の周りには草原とまばらな林、それしかない。なんとも穏やかで美しい光景だ。
そんな自然のなか、湖の中央付近の小島には小さな城がある。白くてこじんまりとしたお城でもあれば、おとぎ話の世界のように見えたかもしれないけど、実際にあったのは黄土色をした武骨な要塞だ。城というには優雅さに欠ける。小島に向けて架かる橋も灰色で頑丈さだけを追求したような造りだ。
「周囲の景観ぶち壊しね」
「あんな城がなければ、もっときれいな景色だったと思います」
「城主の小物さが伝わってくるかのようです」
他のみんなからも散々な評判だ。
城の様子をこっそり伺ってると、城門が開いて大勢の兵士が出てきた。現場が近いからか全員が徒歩で、バラバラと急ぎ足で橋を渡る。
橋を渡り終えると、隊長らしき人物が隊をまとめて整然と並んでいく。見てると予想したように大体四百人くらいが揃い、一斉に進軍を開始した。
非常時の警戒のためか、二十人程度は橋の警備についたままだ。
グレイリースの話によれば、さっきまでは三人程度しか警備にはいなかったはずなんだけどね。まあここであれを全部倒してしまえば、引き付け役のヴァレリアとミーアの負担もかなり減るか。
今ここにいる戦力は私、ヴァレリア、ミーア、ヴェローネ、グレイリースの五人。敵は二十人くらいだから、一人当たり四人てところか。余裕ね。
反乱軍に対処するための兵が見えなくなったタイミングで目配せすると、作戦を開始した。
私たちが隠れてた場所から橋まではたぶん、三百メートルはある。結構な距離だ。
隠れる場所もない開けた草原を全速力で駆ける。
遠距離攻撃を使う手もあったけど、派手なことはしたくない。スタングレネードの魔法のような目立つ魔法を使ったり、激しい破壊音が出るような魔法を使ったりすれば、出張って行った兵士に気付かれてしまう。わざわざ予定が崩れるような真似はしたくないし、かといって地味すぎることをやる気分でもない。
だから、真正面から殴り込む!
圧倒的な速度を誇るヴァレリアが先行して、いつものように敵に突っ込んだ。
キキョウ会随一の速度はただ単に足が速いのとは違って、実は身体強化以外の魔法によるものだ。
足場が悪い時には地面を魔法で固める。空気抵抗を和らげるために、後ろから前方に向かって風を流す。これは追い風にもなる。
地味な魔法だけど、これを息をするかのように完璧なタイミングで一切の無駄なく実行できる。
技巧派のヴェローネとは方向性が違う、それでも我がキキョウ会においても高度な実戦レベルではヴァレリアにしかできない凄い技だ。自分の移動速度を上げることのみに特化した汎用魔法の応用だけど、達人の域にあるそれは戦闘において脅威になる。
恐れ知らずの特攻のようにも思えるけど、相手の意表を突く意味でも非常に効果的だ。
美少女が凄まじい勢いで走り寄ってくる異常事態に、大抵の兵士は警戒の前に意表を突かれてしまう。あまりの速さと現実感の薄い光景には、あらかじめの心構えができないと無理もないのかもしれない。
そしてヴァレリアは私と同じく『先手必勝』を信条とする。
恐るべき速度で迫りながらも、最初に仕留めるべきターゲットを選定する。いつものように、狙うべきは最も位の高い指揮官だ。
小さな背中があっという間に敵軍に肉薄、驚き戸惑う兵士の間をすり抜けて後方にまで抜けて行く。その先にいるのは明らかに高価な装備に身を包んだ男。
目的の男のギリギリをすれ違うようなコースで走り、スピードを殺さずにそのまま少しだけジャンプ。
すれ違う寸前で、ヴァレリアは兜に包まれた男の顔面を掴んだ。
凄まじい速度と勢い。少女の手が生み出すとは信じがたい握力と腕力。
がっちりと兜を掴まれた男は、少女と共にぶっ飛んでいく。
砲弾のように空を飛ぶと、灰色の橋の欄干が迫る。
ヴァレリアは衝突の直前に手を放すと、反動と風を使って離脱した。
想像よりもずっと鈍い音。大きく歪んだ金属の欄干。兜越しとはいえ後頭部を強烈に打ち付けられた男の運命は明白だろう。
背中を向けた少女が橋の真ん中に佇む。居並ぶ兵士は誰一人として、動くことができない。
不思議な静けさを感じる空間で、湖面を吹き抜ける風が少女のポニーテールを揺らした。
月白の外套をまとい振り返る姿は、最高の美少女。私の妹分だ。




