悲惨な辺境と待ち合わせ場所
冥界の森を抜けてからはそこそこ順調だ。
日の光や薫風をこんなにもありがたく思うことはないし、自然と元気も湧き上がる。
気候が変わったお陰か、急なスコールに遭うこともないし、人が普段から使う影響で道の状態も悪くはない。
廃道とは違う地元民が使うような道を通り、食料に困ることだってない。
ただ普通に旅を続けられることのなんてありがたいことか。
昨日はド田舎でえばり腐った豪族の拠点を二つも潰してしまった。
最初の奴らと同じように殺しはせず、痛めつけて怪我だけ負わせる。捕らわれた人を解放して金を奪い、力を削いだら放置だ。なにかしらの弊害もありそうだけど、そこまでは知ったこっちゃない。
豪族どもは大量に抱えた負傷者の手当と戦力の立て直しに忙殺され、無体を働いた村人の報復を恐れながら日々を過ごすことになるだろう。
慈悲じゃなくて単に持っていけないから奪わなかっただけだけど、資金もある程度は残してやったから、立て直すこと自体は可能と思う。領主の代行として心を入れ替え、真面目にやれば報復を恐れる必要もなくなるはずなんだけどね。まあ無理な相談か。
支配者層の拠点は別として、立ち寄った村々の様子は酷いものだった。
領地の外の蛮族がどうのこうのとは違う、れっきとした領民のはずなんだけど、荒んだ様子は目を覆うばかりの惨状だった。
最初に通りかかった村の入り口では、驚くことに並べられた生首に迎えられた。
どんな野蛮な住民がいるのかと、さすがの私たちも身構えたもんよね。
恐る恐る車両を村に入らせると、そこにも死体が目立った。吊るされた死体に串刺しにされた死体。まるで見せしめの見本でも並べたかのようだった。
ここまでくるとつい最近に攻め滅ぼされた村かとも思ったけど、普通に住民はいた。
死んだような顔をした村人には声をかける気にもなれず、そのまま通過してしまったけど、あの晒し首などを同じ村人がやったとは考えにくい。たぶん、レギサーモ・カルテルか蛇頭会の仕業だろうかと思う。
辺境のここらは麻薬生産者の村であり、仕切ってる麻薬カルテルは極悪な買い手だ。その関係なんだから、きっと上下関係や売買のトラブルなんじゃないかと思われる。予想に過ぎないけど、最悪に居心地の悪い村だ。とても調べ事などする気は起きず、さっさと移動してしまう。
不安と嫌な予感を抱えながら次に訪れた村は、生首や晒し者にされた死体こそなかったけど、ジャンキーしかいないような荒んだ村だった。前の村に引き続き、とても滞在できるような雰囲気じゃない。
情報収集どころか食料調達の交渉をする気にもならず、ここでもスルーして先を行くことに。
最後に訪れた村も似たようなものだった。転がる死体と麻薬中毒に陥った村人。
どこもかしこも、辛気臭い村しかない。たまたま変な村にしか遭遇しなかった可能性もあるけど、たぶんどこも似たようなもんだろう。
思えば、荒んだ村で暮らしてる村人よりも、捕まってて豪族から解放した人たちのほうが遥かに元気があったように思う。恨みや憎しみがあったほうが元気だなんて、随分と皮肉な話だ。
この辺りは典型的な麻薬に支配された村々だ。豪族に聞いた話によれば、ここら一帯の村々の主な収入源は麻薬の生産による報酬らしい。買い手はレギサーモ・カルテルか蛇頭会ってことで、一応の縄張りが形成されてるんだとか。
見た感じ村人は生産だけじゃなく、自らも使用してどうしようもない状況に追い込まれてる。自業自得としか言いようがないけどね。
蔓延してるのは主に鼻から吸引して使う粉末状のドラッグだ。質が悪い代わりに値段が安い、まさに貧乏人向けのもの。この地方で生産され、大陸各地に流通するそこそこメジャーなドラッグだ。
貧乏ドラッグの効果としては、吸引すると脳と身体の感覚を切り離すような感覚に陥るらしい。まるで別の世界を旅するような、夢の中に居るかのような、そんな感覚だって話だ。いわゆる幻覚剤の一種で、娯楽のためのドラッグ。
生産の拠点であり、娯楽に飢えた田舎となれば、使用者も自然と増える。手に入りやすいし安いんだからね。それはそれは気安く使うんだろう。
だけどそいつは悪質なドラッグだ。一度でも手を出せば中毒まっしぐらで、これを使わずにはいられなくなる。
幻覚剤としての効果は長くても二十分程度しかなくて、切れた途端にまた使いたくなるキリがないものだ。もう一回、もう一回だけってね。気軽に手を出して泥沼にハマる典型的なパターンだ。悪質な副作用からも逃れることはできなくなる。
どんなに良くない物であっても、中毒者となってしまえば生活の中心にドラッグを据えるようになり、他のなによりも優先するようになってしまう。
手持ちの金が尽きるまでドラッグに夢中になり、生産者なら商品に手を付け、ただの消費者なら買うための金を稼ぐために何でもするようになる。何でもだ。
男なら窃盗や強盗は当たり前で、末期には殺人すら厭わなくなる。女なら手っ取り早く身体を売ってドラッグのための資金を稼ぐし、最悪は殺しにだって手を染める。
当然、犯罪の代償だけじゃなく、麻薬を使用することによる大きな代償まで払う必要がある。
麻薬なんて使えば、末期には臓器不全や呼吸困難だってあるし、脳障害で死に至ることだって普通にある。死ななくても重度な障害を残す可能性だって大いにある。そうなれば一生ついて回る問題だ。後悔しても遅い。
それに最悪は本人が死ぬだけで済めばいいかもしれないけど、大抵の場合は周囲を巻き込むんだ。家族、恋人、友達に大きな迷惑がかかる。一時の快楽との引き換えにしては、どれもデカい代償だ。
しかも田舎だと治癒士がいないなんて普通だ。身体を壊したところで回復薬だって容易には手に入らない。
単なる娯楽じゃなくて病気や怪我の苦しみから逃れるために麻薬を使うことはあるし、生産地でもあるんだから、身近な存在として使用に抵抗感もないのかもしれない。例え破滅が待ってると分かっててもね。
まあ田舎で楽に金を稼ぐには麻薬の生産くらいしかないし、土地柄からして麻薬カルテルに逆らうこともできない事情とかもあるだろうけど。
二度と訪れたいとは思わない村々を通り過ぎ、人攫いを繰り返す豪族を適当にぶちのめしながら旅を続けること幾日か。
ついに私たちはエクセンブラの勢力と示し合わせた合流地点にたどり着いた。
「間違いないわ。この辺りで大きな町はここにしかないはずよ」
「長かったですね……」
いや、ホンットに長かった。
達成感と感慨がこみ上げる。それだけ苦労した道のりだった。みんなもしばし無言で、近づく町の門を見やった。
ひとつだけ気になることとしては、そこはなんの因果か私たちがぶちのめした豪族どもの元締め貴族が仕切る町ということ。今は置いておくけどね。
特に順番待ちもない入り口に到着すると、不真面目な門番を威圧しながら、トラブルを避けるため賄賂の銀貨を多めに渡す。
「ちっ、通れ。面倒事は起こすなよ」
銀貨だけでそれ以外に欲張るなよって意味での威圧だったけど、それなりの効果はあったらしい。舌打ちされながらも、無事に町へ入ることができた。
悪態に構わず車両に乗ったまま門を抜け、町の様子を見がてら待ち合わせの宿を探して巡る。私たちの到着はギリギリよりも微妙に遅刻気味だから、クリムゾン騎士団らは先にいるはずだ。
地方とはいえ領主がいる町だけあって、ここは道中の村々とは違って活気があった。
スラムに行けばまた別なんだろうけど、少なくとも町の往来に不審なところはない。如何にも地方都市といった趣だけど、そこらに死体が転がってたりジャンキーが溜まってたりすることはない。これまでが酷すぎてギャップが凄い。普通の町なのに、やたらと平和に感じてしまう。
「いよいよだな」
「やっと到着できたんですね……」
賑やかな町に入るとより実感する。本当に長い道のりだったんだ。クリムゾン騎士団の後をついて行くだけだったはずの往路は、最後まで予想外のアドベンチャーの連続だった。みんなの呟きにはしみじみとしたものが混じる。
冷静に振り返ると頭がおかしくなるほどヤバい道筋だったからね……。うん、よく無事に切り抜けられたもんだ。
町で二つしかない宿のグレードの高いほうが待ち合わせ場所だ。
目立つ宿を簡単に見つけると、屋根のない駐車場に入って駐車した。
一応はグレードの高い宿だけあって、駐車場にも警備員がいる。彼らには多めのチップを渡してやって、融通を利かせてもらう。それというのも車両には多くの貴重品が積んであるし、いちいち下ろして部屋に運び込むのは手間だ。それに滞在日数も短くなるだろう。最悪はすぐに出ていくことになるかもしれないしね。
いくらチップを弾んでも貴重品があると分かれば手を出しもするだろうし、信用なんてとてもできたもんじゃない。そこでウチのメンバーが交代で駐車場に残ることになる。相手の仕事を信用しない、ある意味非常に失礼なことをするわけだから、多めのチップでそこを譲ってもらったわけだ。
当然、そんなことをすれば余計な興味を引いてしまうわけだけど、なにかあれば返り討ちにすることは言うまでもない。
まあ女とはいえ戦闘服でただ者じゃない雰囲気の私たちには、彼らも甘く見た対応はしないだろうと期待だけはしておく。
駐車場には私たち以外の車両がちらほらとあるだけだったけど、クリムゾン騎士団やクラッド一家の大部分は町の外にいるはずだ。他国の武装集団が大腕振って町には入れないから、それは仕方ない。だから待ち合わせ場所にいるのは、私たちと最後の打ち合わせをする代表者だけになる。
「それじゃ、私とヴァレリアで会ってくるから、みんなは適当に見物でもしてきたらいいわ」
このまま宿に泊まるかどうかも分からないから、みんなには宿に入るんじゃなく自由に行動させることにした。
久々にまともな人里でもあるんだ。ちょっとは息抜きもしたいだろうしね。もし泊まるようなら、私が部屋を確保しておけばいい。
「だったらあたしは途中で見かけたメシ屋に行ってくる。みんなも行くか?」
「特に行きたいところもないですし、一緒に行きますよ」
「ですね」
「あたいは車両を見ててやるよ」
「じゃあわたしもそうします」
分担が決まるのを見つつ、宿に入ることにした。
宿に入ると、受付に聞くまでもなく待ち人が見つかった。
併設されたレストランの奥に目立つ奴らがいたからだ。
クリムゾン騎士団のトレードマークでもあるカーマイン鉱の赤い鎧は着てないものの、藍色の長髪に中性的な顔立ちのフランネルは何もしてなくても目立つ奴だ。そのお付きっぽい奴にもどこか見覚えがある。揃いの装備はなくても、なんとなく騎士って感じがする二人組だ。
騎士団の二人以外に見覚えはないけど、たぶん残り四人の内、強面の二人がクラッド一家で、筋骨隆々の獣人二人がアナスタシア・ユニオンの連中だろう。《雲切り》は打ち合わせになんて出てこないだろうし、予想通りと言えば予想通りね。
なんにしても、どいつもこいつもかなりの強者だ。目立たないようにしてるつもりらしいけど、目立つことこの上ない。まったく、しょうがない奴らだ。
サングラスに墨色のM-65っぽいロング丈のフィールドコートを羽織った私は、美少女を侍らしながら男どもがいるテーブルに近づく。
無言でワインを飲むだけのこいつらのなんとも辛気臭いこと。
「待たせたわね」
話しかけた直後は怪訝な顔の連中だったけど、私の正体にはすぐに気づいたらしい。
「…………遅い」
「あ、注文!」
フランネルの苦情を無視して、ウェイターに適当に軽食と水を頼んでしまう。すぐに運ばれてきたサンドイッチを頬張り、量の少なさから追加注文までしつつ、男どもの無言の視線を跳ね返す。
ヴァレリアと一緒にBLTっぽいサンドイッチを平らげると、ようやく一息ついた。
最後に水を一杯飲み干すと、無遠慮に視線をくれる奴らに向き合う。そこで一つ気になってたことを聞いてみることにした。
「これからのことの前にまず聞きたいんだけど、あんたたち、冥界の森はどうやって抜けてきたわけ? あんな所を損害もなく抜けられるとは思えないんだけど」
アンデッドのドラゴンが複数もいたとは考えにくいけど、普通のアンデッドだって十分な脅威だ。私たちとは別のルートと思うけど、全くの無傷で抜けられはしなかっただろう。
ところがだ。どんな苦労話を語ってくれるのかと思いきや、返ってきたのは怪訝な視線。
「……なにを言っている? 魔獣どもには多少の苦労はさせられたが、それよりも廃道の整備のほうがよほど労力を強いられた。お前たちは後から付いてくるだけなのだから、苦労の余地などなかったはずだ。まさかあの程度の魔獣に苦戦したとは言うまい?」
は? と思うけど口をつぐむ。うーむ、妙な話ね。おかしなことなんて何もなかったような口ぶりだ。
常闇の森と無数に蠢くアンデッドなんて、例え教会の連中だったとしても楽に抜けられるはずがない。それどころか心当たりすらないようだけど……。
「お姉さま」
ちょっとどころじゃない食い違いにヴァレリアと顔を見合わせるけど、ここは沈黙を選ぶべきだろう。あの話をしたところで信じてもらえるとは到底思えない。物凄く納得いかないし腹立たしいけど、この席には無関係な話でもある。
「……こっちはこっちで色々あったってことよ。まぁいいわ……それで今後の予定は? いつ始める?」
さすがに私たちの態度を不審に思ったのか納得してない感じだけど、強引に進めてしまう。話したってしょうがないんだ。ぐちぐち言わずに話を進める。
対麻薬カルテルと帝国については、事前にプランは練ってあったから変更がなければプラン通りにやるだけだ。この場は修正があったときと最終確認のためのもの。
「予定に変更はない、決行は二日後の深夜だ。今日からアナスタシア・ユニオンが圧力をかけ始め、頃合いを見てこちらも動く」
集まってたメンツですでに話は済んでしまったのか、代表してフランネルが答えてくれた。予定通りならこれ以上の無駄話は必要なさそうね。その予定自体も王宮が特別な情報筋を使って取得した上で策定されたものだ。知らないけどスパイのようなのがいるんだろう。
やっとこさ目的地に到着できました。本当に長い道のりでしたね。
次回はキキョウ会、クリムゾン騎士団、クラッド一家、アナスタシア・ユニオンがそれぞれ何をするのかの説明が入ります。
そして移動が長かった分、本格的な作戦においてはこれまでで最大規模の戦闘になる予定です。(予定です!)
次回はその前段階のエピソード「田舎領主の町」に続きます。素通りはできない性格です。