ダークサイドへの入り口
アルベルトが大上段からハンマーを振り下ろして扉を粉砕すると、ヴァレリアが突っ込む。
謎の屋敷の親玉を守るのは、最も信頼の厚い護衛だろう。そいつはヴァレリアの超速に見事反応して見せた。なかなかやる。
だけど、それだけだ。
剣に手を掛けたところでヴァレリアはその腕を掴む。その小さな手からは想像もできない握力と腕力でもって強引に護衛を放り投げると、転がってきたところをアルベルトが蹴っ飛ばした。
なす術もなく壁に叩きつけられ悶絶する護衛。少なくとも腕と脇腹には重傷を負ったはずだ。
超速を誇るヴァレリアは、この僅かな時間の隙に護衛や側近の全てを打倒してしまった。
圧倒的な実力差だ。逆らうことなど許さない一方的な暴力。どうにもしようがない現実を思い知らせる。無駄な抵抗をしないように、分からせてやる。変な意地を張られないように、徹底した暴力で立場を理解させる。
残すは親玉のおっさんのみ。成金趣味全開の派手なおっさんは、理解が追い付かないんだろう。呆然とした様子で、突っ立ってる。
いつまでもボケっとされてたんじゃ話が進まない。チラっと目をやると、アルベルトがハンマーで横にあった棚を粉砕した。
ビクッとなって我に返る成金おっさん。
「ま、待て! 貴様らは」
「黙れ。質問するのはこっちよ」
物事は最初が肝心だ。威圧で黙らせ主導権を握る。小物如きに時間を掛けたくない。
スチャッとサングラスを装着すると、応接用のソファーにドカッと座ってふんぞり返る。アルベルトがハンマーを弄びながらうろうろと部屋を物色し、ヴァレリアは私の後ろに控えた。
いい感じの空気になったわね。硬直したおっさんをそのままに話を進める。
「……いくつか質問があるわ。手間取らせなければ、その分早く消えるから正直にね。お互い面倒事は避けたいわよね?」
素直に頷いたところは評価してやろう。
「じゃあ、そうね。とりあえず、あんた何者?」
「な、何者?」
「余計なことは言わなくていいから。聞かれたことだけ答えなさい」
誰かも知らずに攻めてくるってどういうことなのかってのが、向こうの言いたいことだろうけど無視する。
「……わ、我が家は代々イリーニダ地方を治めるグアイ子爵にお仕えする由緒ある家系で――」
グダグダとした自己紹介が続くけど、どうやら貴族に仕える家柄で、僻地のここらの統治を任されてるってことらしい。グレイリースの見立てたように豪族って感じね。
「それがなんで村を襲ってんのよ? 領民じゃないの?」
「奴らは領民ではない! 領地の外側に村を作ったと主張し、税を逃れようとする蛮族なのだ! 我が領地と領民を守るためにも、蛮族どもは倒さねばならん!」
テーブルに置いてあったブドウっぽい実を口に放り込む。うーん、微妙な味ね。リリィ監修の果物に慣れた舌からすれば、どうにも冴えない味だ。
「そもそもあの蛮族どもは――」
「ユカリさん、大体事情が呑み込めてきましたよ」
怪しい地下室の調査を終えたらしいグレイリースが部屋に入ってきた。リリアーヌがこないところを見ると、まだ地下でなにかやってるみたいだけど。
「ちょっと待って。今こいつに話させてるから、まずはそれを聞くわ。で、その蛮族どもをどうしてるって?」
一旦グレイリースの報告を保留して話の続きをさせる。どうせ地下にはその蛮族とやらがいたはずだ。グレイリースにも一緒に聞いてもらえれば話も早い。
「だ、だから蛮族どもを栄光ある帝国の一員とするために――」
グダグダと続く説明を聞き流しながらグレイリースに目配せすると、途中からでも彼女は状況を理解したらしい。だったらもういいか。
「おっさん、その話はもういいわ。グレイリース」
ウソかホントか微妙な話を遮って、信用のできる報告を聞くことにした。
「地下牢で聞き出した話によれば、その蛮族ってのはそいつらの元領民です。苛烈な支配から逃れた人々が、辺境に集まって村を作ってることになりますね。襲撃と破壊は逃げたことの報復の意味もありそうですが、拉致された村人たちは帝国に売られると恐れてましたよ」
「罪人を捕らえるのは当然のことだ!」
メデク・レギサーモ帝国は本国の統治に関しては寛容だと聞く。エクセンブラほど無法地帯じゃないだろうけど、それなりの自由もあるし商活動も盛んだ。ただし、それは本国の統治においての話。
正式に帝国に編入されて安定した地域はともかく、占領統治されてる場所は様々な意味で苛烈なのが実態らしい。この辺の状況はまさにそれに当りそうね。
「……なるほど。私は今までの時間、どうでもいい建前を延々と聞かされてたってことになるのか。要点だけならきっと三分もかからない話をね……アルベルト、礼をしないといけないわね」
「そうだな。とりあえずは膝からやっちまうか」
ハンマーを目にして取り乱しかけるおっさんに、最後の忠告だ。
「二度は言わない。はっきりと正直に分かり易く、包み隠さずに答えなさい。命が惜しければ、そいつを心掛けることね。それで、捕まえた蛮族どもをどうするって?」
脅す作業は私たちにとっても別に楽しいもんじゃない。普通に話して答えてくれるならそれに越したことはないけど、大抵は脅さないと言うこと聞いてくれないからね。しょうがない。
こっちの本気が伝わったのか観念した成金おっさんは諦めたように話す。
「……人を集めるのは本国とレギサーモ・カルテルの命令だ。逆らうことはできない」
「人を集める? 軍事国家だから徴兵とかはありそうなもんだけど、まさか襲って拉致するなんて異常ね。そんな無理に仕立てた兵士が、忠実に命令を聞くとは思えないわ。どういうことよ?」
兵士ってのは命を懸ける職業だ。帝国のような軍事国家なら小競り合いのような戦闘はしょっちゅうだし、平和ボケした軍隊とはまったく違う戦闘集団だ。そんな職業に無理に付けたって、そもそも国を捨てたような連中がまともに働くとは思えない。
当然の疑問に対して、答えを口に出すのを恐れるように言い淀むおっさん。だけど後ろからアルベルトが圧力をかけて沈黙を許さない。
「レ、レギサーモ・カルテルならば、なんでも言うことを聞く兵士が作れる……男どもはそれに使われるのだ」
……なるほど、そういうことか。薬漬けにして強化した兵士には自我もないってことね。怪我どころか死をも恐れない命令に忠実な兵士だ。私が作る身体強化の魔法薬みたいなのも奴らは使ってるし、色々と組み合わせて強力な軍隊を作ってるわけか。
「じゃあ女子供は? レギサーモ・カルテルの兵隊は見たことあるけど、男しかいなかったわよ?」
「そっちは本国に送っている。理由までは知らん」
ふーむ、確かに木っ端貴族のそのまた下っ端如きが、なんでも知ってるはずはないか。
でもそれとは別に、どうにも納得できない出来事もあった。
「ここにくる前にさ、子供に親殺しを強要してたのを見たのよね。あれはなに?」
「わ、我が兵ではない! 別の蛮族どもの仕業だ。なんでも強い戦士を作る儀式だかなんだかと聞いたことがあるが、蛮族のやることなど知ったことではないわ!」
蛮族蛮族うるさいわね。どうやら蛮族と言っても、種類があるらしい。
圧政から逃れて暮らそうとしてた人々と、たぶん元から帝国やらの支配を受けずに暮らしてた人々だろう。昔から辺境に住んでた部族みたいのなら、訳の分からない行動もあり得るか。
そうすると、襲われてた村はその蛮族と豪族の兵がたまたま遭遇した? あの時は襲撃者を細かく観察してなかったから、気づかない点も色々あったかもしれない。
いずれにせよ、ろくなもんじゃないけどね。村を襲って財産を奪い、人も攫って売り払うし、殺しも平然とやる。豪族だろうが蛮族だろうが、やってることは盗賊と同じかそれ以上に悪い。
村を襲う蛮族どもは単純に不愉快だし、こいつら豪族はレギサーモ・カルテルや帝国への戦力供給源になってることもあるみたいだ。どっちにしても私たちにとっては邪魔者ね。
「蛮族の目的はともかく、あんたみたいな地方貴族に雇われてる連中はどのくらいいるわけ?」
「グアイ子爵の配下であれば、十は下らない勢力となるが……」
そいつらが力を合わせればどうのって考えてるっぽいけど、さすがに声に出すことはしないらしい。こんな奴の戯言なんてどうでも良くて、地方貴族が人間狩りを下っ端に押し付けてる状況が気になるところね。
「……よし、交換条件といこうか」
「交換だと?」
「私が欲しいのは、子爵の居場所とあんたみたいな奴らの居場所。それと引き換えなら、命だけは助けてやってもいいわよ」
「う、裏切り、など」
「だったら今、死ぬか? ユカリ、護衛連中なら知ってるのもいるだろ。そいつらに聞くのもありだよな?」
「そうね。そのために殺さずにおいてるんだしね」
実際のところ、本当にまだ誰も殺してない。まだね。一応は敵の正体が不明だったこともあって、手加減だけはしてた。だけど単なる邪魔者だったことが分かったから、もう遠慮はしない。
「……分かった」
脅しじゃなく本気を感じ取ったのか、すぐに観念した。素直な奴は楽でいい。それに私は約束は守る女だ。正直に吐けば、本当にこれ以上どうするつもりもないんだ。
人間狩りで捨て駒の戦力を増やすレギサーモ・カルテルと、女子供を集めさせる帝国。邪魔をする意味でも、その手駒を可能な限り潰しておくのは今後のためにもいいだろう。
クリムゾン騎士団やクラッド一家の大隊との合流地点にはまだ距離もあるし時間もかかる。道中でやれそうならやるって感じでいいかな。
そのほか、知りうる限りの帝国や麻薬カルテルの情報、近隣に生息する食用可能な魔獣の情報やなんかを聞いて尋問を終えた。
必要な情報の取得後、仕上げは略奪だ。
まずは何を置いても食料だ。ここから先は冥界の森のようなことはなく、もう少し進むと食料はそこらでも普通に手に入るようになるらしい。人里だってあるしね。ただ飢えた経験から多少のストックは欲しいと思うのは人情だろう。
それと現金。辺境だとレコードカードが使えないとか持ってない奴も多いらしく、金貨や銀貨が主流になってるところもあるらしい。たんまりと貯めこんでた一部を奪っておいた。全部じゃないのは慈悲じゃなく、単に持っていける余裕がないってだけだ。
最後はもちろん、捕らわれの人々の解放。敵の戦力増強につながる彼らをそのままにしたりはしない。
解放した人々には奪った現金と食料のほか、武器まで持たせて解散させた。もちろん私たちが確保した以外の分を渡してだ。それと、すぐにでも復讐に行こうとする奴らは止めさせた。
ろくでもない豪族だけど、奴らは殺さないほうがいい。少なくとも今のところは、そっちのほうがメリットがある。完全に倒してしまうと、すぐに代わりの奴らが送り込まれてくるだろうし、怪我人を多数抱えた奴らじゃすぐには仕事にかかれないからね。その分だけ時間稼ぎができる。
いくら魔法があったって、回復魔法を使える治癒士は限られるし、回復薬だって貴重品の部類なんだ。ほいほいと戦力の回復はできないだろう。それを見込んだ上で大勢に怪我を負わせたんだ。
辺境の人々に私たちがしてやれることはこれだけだ。深入りする気はないし、暇だってない。成り行き上、助けはしたけど感謝を求めるつもりだってない。
もし私が願うとしたら、それはキキョウ紋への畏怖だけね。
準備は良し。冥界の森で日付感覚が曖昧になってたところを修正し、改めて旅程を確認したら出発だ。
エクセンブラの勢力と合流しなければ。
「聞き出した道を行けば、追いつけないまでも合流予定日には間に合いそうね」
「そうだな。道々、人攫いの拠点を潰していけば、食料に困ることもないだろ」
「合流する前から敵の戦力潰しだなんて、働き者ですよね」
まったくだ。世直し行脚でもしてる気分になりそうね。
「うーん、おかしい。行きの道はクリムゾン騎士団について行くだけだったはずなのに……」
思わず出た呟きに、なぜかみんなの注目が集まったけど、きっと気のせいだろう。
初めて訪れた土地で、あわてず騒がず情報収集に努める一行でした。
ついでに食料奪取や戦利品まで獲得し、さらには敵戦力を削ぐことまでしてしまう勤勉ぶり。働き者です。
そして帝国における地方の現状を確認しながら進む次話に続きます。
次話「悲惨な辺境と待ち合わせ場所」をよろしくお願いします。
旅の終着点も近づいてきました。




