理性を奪う病
早く、速く。腹が減って目が回る。
オフィリアが案内役を締め上げて、つまらないことを考えさせないように徹底する。
目的地はそう遠い場所じゃないらしいけど、近くもない。かなり飛ばしてるから途中で食料を奪った奴に追いつけるかとも思ってたんだけど、なかなか上手くはいかないらしい。
しばらく移動してると、夜が明けてきた。日の光は久しぶりだけど、今はそんな感慨も抱けないほど食べ物のことで頭がいっぱいだ。
さらに時間が経過し、完全に夜が明けて朝を迎えてしまう。空腹がもう限界だ。
すると、前方に煙が上がってるのが見えた。火事とは違う穏やかな煙の立ち方は、おそらく炊事によるものだろう。
強く風が吹いた。
窓を開けた車内にまで、風に乗った匂いが届く。
「……肉だっ!」
間違いなく肉の焼ける匂いだ。強烈に胃が締め付けられたようにきゅっとなる。
向こうからは発見されない位置で停車すると、村の時と同じようにまずは様子をうかがう。
ココが最後の我慢のしどころ。
遠目からでも真っ先に目に入るのはやはり肉だ。キャンプ場のように屋外に設置された屋根付きの調理場がある。そこで塊の肉を切り分け、豪快に豆や根野菜、キノコ類なんかと炒めるようにしてるらしい。ごくりと喉が鳴る。
もう賊どもの様子どころじゃない。食べ物しか目に入らない。
「お姉さま、お腹すきました」
これまで見たことがない、ギラギラとした目で訴える妹分。
「あたしも我慢できない」
無自覚に涎を垂らすワイルド系エルフ。
「奪いましょう」
おっとりを投げ捨て真顔で指揮棒を握る武闘派エルフ。
これ以外にもみんなからは不穏な呟きが聞こえる。
みんなとっくに我慢の限界を超えてる。もう三日は何も食べてないんだ。
相手がなんだろうが、もう知ったこっちゃない。誰だろうと関係なく奪うと決めた。
「……やるわよ」
私の呟きと同時に、全員で襲いかかった。
目的は一つしかない。
食料を奪う。これだけだ。
邪魔する奴がいるなら叩きのめす。
ただ、まっしぐらに突っ込む。
ちょうど料理が終わったらしく、大鍋から大皿に移し替えられる。置かれた皿の傍にはパンや果物が盛られた皿まである。ついでに水やワインらしいボトルまで。
まっしぐらに走る。痩せて軽くなった身体のせいか、やけにスピードが出る。気のせいだろうか。
殺到する私たちに反応する奴らがいる。
なにかをする暇も与えず、進路上の邪魔者は問答無用で殴り倒す。
調理場に取り付くと周囲の反応に構わず、手づかみで大皿から肉を掴み取った。
熱い。痛みよりも欲求が勝り、口に放り込んで咀嚼する。
思わず、涙が溢れてしまう。
美味い。美味すぎる。世の中に、こんなに美味いものがあったのかというほどだ。
飲み込むのに少し苦戦したけど、久しぶりの食事への喜びに涙がにじむ。人は食べなきゃ生きていけないんだと痛感する。
多人数を賄うためなのか、肉料理の量はかなり多い。これだけあれば、私たち全員が食べてもそこそこは満足できるだろう。
みんなで夢中になって料理やパンに手を付けながら、ちょこちょこやってくる邪魔者をぶちのめす。それが誰なのか見てもいない。邪魔する奴は誰だろうが敵だ。
そのうちに食事の邪魔をされるのが嫌でしょうがなく、物理装甲を全面展開して調理場を隔絶させてしまった。これで外野を気にせず食べられる。
ボトルの水やワインで流し込むようにしながら肉料理とパンを食べ、合間にリンゴのような果物をガリガリと齧った。地獄の餓鬼のように夢中で貪る。
どのくらい経ったのか、ふと我に返ると食べてるのは私だけで、ほかのみんなは放心したように寝転んだ姿を晒してる。
肉料理のほか大鍋に入ったスープを飲み干し、大量にあった硬いパンと果実類も食い散らかした。ちょっと食べ過ぎたかもしれない。
みんなに倣って地面に横になってしまう。食べ疲れた。
誰かが浮かべた光魔法の灯りを寝ころんだままじっと見る。なんだか生き返ったような気分だ。食べるって行為はこんなにも尊いものだったのね。
どのくらいそうしてたのか。分厚い装甲に囲まれた閉鎖空間は静かなものだ。
食べ過ぎたせいか、ちょっとお腹痛くなってきたかもなんて呟きが聞こえて、気を取り直して起き上がった。
「……さてと、これからどうする?」
同じようにして起き上がったみんなに聞いてみる。
食事を奪うことしか考えずにここまできてしまったからね。うん、本当にノープランだ。
「どうするもなにも……ここってどこなんでしょう?」
「村を襲ってた連中のアジト、だったような」
「あたいはこの調理場しか見えてなかったからな。周りの様子すら全然分からん」
それはみんなも同じらしい。ちょっとした沈黙が落ちる。
「……相手が悪党っぽいから別にいいけど、わたしたちっていきなり調理場を襲った不審者よね?」
ふと気づいたようにヴェローネが言うけど、それはそうだ。しかも襲ったあげくに頑丈な壁で囲って閉じこもってる状況だ。
「まあそうなりますよね。外はどうなってるのか……」
普通に取り囲まれてるだろうことは、魔力感知を使うまでもなく簡単に想像できる。
「あ、そういや車両」
「マズいわね。貴重品が心配よ。壁を消すから半分はそっちの様子を見に行って」
思わず慌ててしまう。ドラゴンの戦利品だけじゃなく、元から持ってきてる物だって大事だ。それに着替えを触られるだけでも気持ち悪いし。
「残りはどうする?」
「なに言ってんの。全員ぶちのめして情報収集よ」
どうせ相手は悪党だ。大陸西部について生の情報も仕入れたいし、この際役に立ってもらおう。
「久しぶりに腹も膨れたし、食休みもできたところだ。腹ごなしにはちょうどいいな」
「ひと暴れしたくなってきましたね」
「そうですね。村の襲い方もおかしかったのが気になりますし、よーく聞いてみましょう」
みんないつもの調子を取り戻しつつあるみたいだ。特におっとりの仮面を取り戻した武闘派エルフは張り切ってるらしい。
「それじゃ始めようか。車両と荷物の確保ができたら、そっちは若衆に任せるわ。ほかは武装勢力の無力化をどんどん進めること。死なない程度に痛めつけてやりなさい」
「はい、尋問はその後ですね」
嬉しそうな返事がなんだか懐かしい。ここのところは全員がもう死にそうだったからね。
よし、完全に調子を取り戻す意味でも、いっちょやってやりますか。
合図の代わりに腕を上にあげると、一旦止めて振り下ろした。同時に分厚い装甲が幻のように消え失せる。
すると周囲に展開するのは兵士のような格好の連中だった。
あれ、なんか賊っぽくない雰囲気?
みんなも一瞬戸惑った感じがあったけど、車両の様子を見に行く班が一気に切り込んだ。
リリアーヌが激烈な突風を発生させて兵士をなぎ倒すと、ミーアとアルベルトが先頭で道を切り開き若衆が続く。車両のことは彼女たちに任せる。
問答無用の攻撃開始に敵の隊長っぽい奴が口を開きかけたけど、いつの間にか接近したヴァレリアが喉を殴打して悶絶させてしまう。
「先手必勝!」
動揺する敵の群れに躍り込むと、私は適当に兵士を捕まえてぶん回し、オフィリアはからかうように炎の粒を撒き散らす。
後方からはリリアーヌが強風で翻弄し、ヴェローネがわざとアンバランスにした感覚強化魔法で敵の平衡感覚を奪ってしまう。
謎の兵士っぽい集団の正体が不明なため、念のためグレイリースだけは戦闘に参加せず、敵の情報を探るために移動していった。
久々に元気を取り戻して身体を動かせるのが楽しい。
兵士の人数はそれなりに多いけど、実力者はいないっぽいから、ホントに慣らしにはちょうどいい。人数としての戦力差は凄まじいけど、私たちにとってはいつものことだ。
最初に囲んでた連中だけじゃなく、応援が何人も送り込まれてきたけど漏れなく行動力を奪う程度に痛めつける。それも短い時間で。
ドラゴン戦を経験した影響で、効率的な魔力運用と省エネ戦闘が嫌でも身に付いてしまってるみたいね。
見える範囲の敵をぶちのめし、隊長っぽい奴だけ確保すると、グレイリースが戻るのを待った。この前には車両の様子を見に行ったミーアとアルベルトも戻ってくれて荷が無事なことが確認できた。
待つ間に敵の拠点の様子を見てると、やっぱりどうにも妙だ。
盗賊の拠点にしては作りが立派で、大雑把には軍の駐屯地のようにも思える。しかも奥のほうには明らかに金のかかってそうな屋敷と外壁まである。そこを切り取ると軍の施設って感じじゃないし、ここはいったい何なのか。みんなには兵舎や倉庫みたいな建物を探ってもらってる。
面倒事に関わる気はないけど、気になったことを不明なまま放置もできない。
怪我に苦しむ敵を放って考え事をしてると、しばらくしてからグレイリースが戻った。
「なんか分かった?」
「尋問してみないとまだなんともですが、たぶんここは地方貴族というよりは豪族の屋敷ですかね。貴族にしては貧乏臭いですし、盗賊にしては立派なんで。揃いの装備からしても、ここら一帯を仕切ってる豪族じゃないかと思います」
確かに貴族というほどの格はとても感じられない。豪族ってのもあんまり聞き慣れないけど、まあそんなもんか。
「なるほど、豪族ね。その親玉は奥の屋敷で震えてるわけか」
「ですね、屋敷の中に兵を固めて引きこもってるみたいでしたから、それで正解ですよ。結局、できる範囲で見てきましたが、屋敷に踏み込まないと怪しいものは出そうにないですね」
「尋問するにしても親玉に直接聞いたほうが早いわね。みんなが戻ったら殴り込むか」
それほど間を置かずにみんなが戻り探索の結果を聞くと、不審なものは特になく生活に必要な設備があるくらいだった。私たちにとって有用なのは食料保存庫くらいのもんね。グレイリースの言うように、大事なものや見られたくないものは屋敷に仕舞い込んでるんだろう。
この場の押さえにオフィリアとヴェローネを残し、ミーアには周辺の様子を見てきてもらうことにした。残りのみんなでいざ殴り込みだ。
屋敷の防備のための外壁とそこそこ立派な門。どうやって突破してもいいんだけど、簡単に済ませる。
「ヴァレリア」
進み出た妹分が崩壊魔法で門を塵の山に変えてしまうと、リリアーヌが風で塵を吹き飛ばす。
田舎らしい無駄に広い敷地を突っ切り、障害もなく屋敷の玄関に到着してしまった。罠もないとは拍子抜けね。
金の装飾が目立つ成金趣味な玄関扉の前で少し待つも、どうやら出迎えはないらしい。
出迎えがなくても居留守を認めるはずもない。招待してくれないなら押し入るだけだ。ここからは派手に行こう。
「アルベルト」
今度はハンマーを担いだワイルド系エルフに呼びかけると、嬉しそうに前に出て得物を振りかぶった。
インパクトの前に大きな風を纏わせたハンマーは、ぶつかると穴を開けるんじゃなく、扉そのものを吹っ飛ばした。
豪快に屋敷の中にぶっ飛んでいく玄関扉に、内側で待機してた兵士が巻き込まれる。
「リリアーヌ、黙らせて」
悲鳴やら怒鳴り声やらで騒がしくなる空間を、リリアーヌの暴風が駆け抜けて黙らせた。狭い空間で突如発生した風は問答無用で人や物を薙ぎ払ってしまう。
魔力感知で残った奴らがどこにいるかも把握できてる。上の階に居るのが親玉だろう。護衛や側近と一緒だと思われる。そんでもって不審な反応もある。
「……また地下か。グレイリース、気になってたのは地下のこと?」
「いかにも怪しいですよね? ちょっと行ってきます」
「リリアーヌも一緒に行ってやって。一人じゃ手が足りないかもしれないわ」
「じゃあ行きましょっか」
二人は地下に繋がる入り口や階段を見つけに向かった。なにが出るのか想像はつくけど、確かめることは必要だ。
ヴァレリアとアルベルトが先行して通路と途中にある部屋の安全を確かめてくれる。私はただ後をついて行くだけだ。
敵の戦力はほぼ無力化してるし、屋敷の中には罠の類も見受けられない。これといった危険もなく親玉とご対面だ。
「それじゃ行くぜ?」
「うん、ぶちかましてやりなさい」
登場は派手なほうがいい。ビビらせてやれば、それだけ口もよく回るだろう。
こんな外国の辺鄙な場所じゃ、キキョウ紋の威力だって皆無だ。女は舐められ易い傾向にあるからね。立場の違い、力の違いを分からせてやる過程は重要だ。
補給という名の寄り道をしながら、目的地に向かって進んでゆきます。
ついでに気になったことを確かめたり、気に入らないものを殴ったりもします。
しかし、これからは冥界の森よりは順調な旅路になりそうでしょうか。
次話「ダークサイドへの入り口」に続きます。




