芽生えた希望と絶望
身支度を整え満腹にはならない保存食の食事をささっと終えると、戦利品を積み込んだ。
金の骨と漆黒の鱗には想像以上の価値があるはず。旅の積荷で減らせる物はないから、隙間を埋めるように載せ込み、シートで包んで屋根の荷台にも載せてしまう。
ギリギリまで積んでも、山になったお宝の極一部だけしか持ち出せない。
「……もったいないけど、運べない以上はどうしょうもないわね」
「あとで取りに戻りますか?」
「こんな場所を通りかかる奴もいないだろうが、放置するのもな」
結局、横取りされる可能性がゼロじゃないことを考慮して、残りは埋めてしまうことにした。
魔法で固い地面に巨大な穴を開け、底と側面をステンレスでコーティング。山のような宝を適当に落とし込む。これだけでも時間のかかる作業だ。
最後に蓋をして土を掛けると踏み固めてやっと作業完了。
無駄なことをした気もするけど、これで気がかりが無くなるなら意味はある。
またここに掘り出しにくるのがいつになるかは分からないけど、それだけの価値はあるお宝だ。
実際のところ、エクセンブラからここまでくる労力とリスクを考えると、簡単には実行できないと思う。とはいえ、誰かに取られるのはムカつくから、自分たちで使わなかったとしても隠してしまう。
身体を動かしてお腹が空き、残り少ない食事を消費するとそろそろ移動だ。
「ミーア、天の眼だと今はどの辺?」
「中央部はもうとっくに越えています。あと一日も進めば、少なくとも冥界の森は抜けられると思うのですが……」
天の眼では行ったこともない道や場所まで知ることはできない。まして冥界の森がどこで終わるかなんてのは、誰も持ってない情報なんじゃないだろうか。
冒険者ギルドで聞いた時と、私たちが陥った状況はそもそも全然違うものになってるしね。まさに未知の状況だ。
「目安が分かればいいわ。とにかく食料がヤバいから、早急に冥界の森を突破しないと」
「一日で抜けられれば何の問題もないんだがな」
「残った保存食と菓子類では一日も持ちませんね」
「最悪は酒と水だけで過ごすことになりますけど、そこまで掛からないですよね?」
「たぶんね。なんにせよ、進む以外の選択肢はないわ」
これまでと同じように車両を走らせる。
冥界の森はアンデッドがいる厄介な場所だけど、不思議と雨が降らず道の状態も悪くはない。
そしてドラゴンがいた場所以降、なぜかアンデッドを見かけない。いない分には別にいいし、出現域からは抜けたと考えてもいいかのかもしれない。
今までよりも遥かに順調に進むことはできてる。だけど、それとは別の問題があった。
周辺の地形がバラエティ豊かになってきた影響で、真っ直ぐな道が曲がりくねり始めたんだ。
大きく盛り上がった台地が正面を塞ぎ、時には沼のような水たまりまでもがいくつも出現した。これによって、右に左に曲がりくねり、所によっては一旦戻るような軌道で道が続いてたりもする。
つまり、走行距離としては順調に伸ばすことができてるんだけど、直線距離としては大して進めてないんだ。
生命の感じられない、死んだような森を進むこと二日。
道中では沼にも森にも口にできそうなものは一切ない。手持ちの食料は尽き、焦燥は増すばかりだ。
どんな強者だろうと賢者だろうと、飢えれば死ぬ。二日も何も食べないなんて、普段はないことだ。想像以上の空腹の苦しみが押し寄せる。
集中力を欠きイライラが募るけど、みんなでそれを黙って押し殺す。少しずつでも確実に進めてるんだ。出口は近いと信じるのみ。
さらに進むこと半日。
以前に比べると、暗闇がぐっと明るくなった気がする。その兆候だけが今の希望だ。
望まないダイエットで健康的な身体が痩せ衰え、頭もクラクラとしてきた。もう少しすると幻覚でも見え始めるかもしれない。
先の見えない道をひたすら進み、いよいよみんなの気力も限界が近づいてきた。
周囲への警戒は散漫なもので、何者かに襲われれば直前になって気づくのがやっとだろう。かく言う私も道の状態確認なんてほとんどできてない。もう大きな穴でもあれば気づく程度の感じでしかない。
最低限の集中力が必要な運転手は交代で回し、イラつく気力もないまま車両に揺られる。耐えるというよりは放心したような状態で時間が過ぎていく。
「……なぁ、音が聞こえないか?」
無言の車内でふと、助手席に座ったオフィリアが呟いた。
幻聴か。いよいよマズいわね。
ぐったりと横たわりながら、なんとなく耳を澄ませると、あら不思議。
「虫の鳴き声? なんだか懐かしいわね」
「わたしにも聞こえます……風の音まで」
「なに言ってるんですか、外はまだ暗いままですよ。ははっ……」
自嘲するように薄く笑うリリアーヌの言うとおり、闇が晴れたわけじゃない。
疲れ切った思考で次は幻覚でも見えるのかな、なんて思ってると。
唐突に視界が開けた。
曲がりくねった森の道から、大きな岩の転がる荒れ地のような場所に変わった。
そのまま少し走り続けて停車。みんなで顔を見合わせる。
まさか、幻覚じゃないわよね?
「冥界の森を……抜けたのか?」
「まだ暗いままですし、星も見えないですけど」
「森じゃないけど冥界の森の一部、とか?」
「でも雰囲気が違うわね。ちょっと降りてみよう」
芽生えた期待を抱きながら全員で降車すると、後続車のみんなも降りてきた。
なんだろう。降りてみると空気が違うのが分かる。
冥界の森は無味無臭というか、生命の息吹が全く感じられない森だった。寒くて風も吹かないし音も聞こえない。まさに死の空間だった。
ところがだ。この場所は明らかに気温が高い。外に出てみると蒸し暑いくらいだ。風もある。これが幻覚だったとしたら相当ヤバい症状になってると思うけど、まだそこまでじゃないはずだ。ということは。
集まった全員の顔に生気が戻り始める。
「……どう見ても冥界の森は抜けてますよね?」
「暗いけど、これってもしかして夜ですか?」
「星は出てないが……曇り、か?」
「寒くないし、風もありますね」
「えーと、魔力感知は……」
疑念を潰すようにみんなで一つずつ確かめていく。
間違いない。私たちは冥界の森を突破した。
確信しながらも、どこかまだ信じられないような気持でいると、一匹の魔獣が高速で近寄ってきた。
地を這うように進むそれは子犬ほどのサソリだ。大きな毒針を持ったそれがオフィリアの足元に迫ると、彼女は無造作に蹴っ飛ばした。
岩に叩きつけられ動かなくなるサソリ。
「……アンデッドじゃないみたいね。ということは」
「抜けた!」
「やりましたよ! これで助かる!」
「うおおおおおおおおおっ」
不安が一掃され、泣いて笑いながらみんなで喜び合う。
喜びと同時に活力が戻ると、食欲がもりもりと沸き上がった。
「とにかくメシだ。なにか探そうぜ」
「先に進みましょう!」
周辺は荒れた岩場で魔獣はサソリみたいのしかいないっぽい。そんなのは食べられないし、背後の森に戻る気には到底なれない。でも死の森を抜けたからには、進めば何かしら食料は得られるはずだ。
気のはやりを表したようにジープを飛ばし、丘を一つ越えた時だ。
「なんだ、あれ?」
「まさか燃えてる? 火事!?」
「どうやら村があるみたいね。助けてやって食料を分捕るわよ」
正当な対価ってやつだ。文句はあるまい。
空腹で普段よりも思考が攻撃的になってるかもしれない。
「ちょっと待て。様子がおかしくないか?」
「……あれって、襲われてる?」
またトラブル?
面倒だなと思いつつも一応、目立つことは避けて徒歩で向かうことにした。後続車のみんなも一緒に闇夜に乗じて接近だ。
飢えたオオカミの集団が今から行くぞ。
腹が減っては戦はできぬと言うけど、今の私たちはギラついた目を昏く光らせる危険な集団だ。理性は薄く、食料のためならどんなことだってしかねない。
起伏のある地形や岩に身を隠しながら村に近づく。
次々と火を放たれた村は、遠目からでも様子が丸分かりだ。
男たちの怒号と女子供の泣き叫ぶ声。盗賊がやるような略奪にしては度が過ぎてる気がする。
移動してる間にも暴力が繰り返される。
職業軍人の冷静さとは全く異なる怒号を上げながら、刃物ではなく棍棒で村人を殴打する襲撃者たち。
死にはしないものの悶絶して倒れる男たちと、脅されて跪く女や子供。
略奪というよりは人を襲うことを目的とするようなやり口は、盗賊とはちょっと違うように思える。
すぐに皆殺しにされるような感じでもないから、そのまま待機して様子を見ることにした。
そもそも私は見ず知らずの村人たちがどうなろうと知ったこっちゃない。それにどっちが悪者かなんて一目瞭然だとは思うけど、見た目だけで決めつけて襲いかかるのもよくないだろう。
まあ、どっちが悪者だろうと関係ないけど、最悪は助けてやっても礼として要求する食料を出し渋るかもしれないんだ。その場合には悪者だろうが被害者だろうが、今度は私たちが略奪する側に回ることになる。
動くのは状況を見極めてからでも遅くない。
ギリギリまで接近すると、具体的なやり取りが聞き取れるようになった。
暴力的な気配を撒き散らす男が、一人の少年を立たせて怒鳴りつけてる。
「早くやれ! 妹を殺すぞ!」
まだ幼いと言えるような少年に棍棒を握らせ、跪いた女性を殺すように強要してるらしい。
男たちは執拗に怒鳴りつけて少年を脅す。刃物を突き付けられた少女が少年の妹なんだろう。
跪いて涙を流す女性は、どうやら少年と少女の母親らしい。親殺しの強要か。何のためだがさっぱりだけど、反吐が出る光景ね。
躊躇う少年に対してさらに怒鳴り、少女の首に刃物を食い込ませた。そろそろ潮時か。
「……お姉さま」
「見ちゃいられないな。ユカリ、どうする?」
「手っ取り早く済ませるわよ。ヴェローネとグレイリースで奴らを無力化できるわね?」
百に満たない程度の村人を襲うのは、二十人程度の襲撃者だ。大して広くもない場所に展開してる状況だから、一網打尽に余裕でできる。
慣れたものと指名した二人は即座に実行。
グレイリースの影が危険な暴漢どもを拘束するや否や、スタングレネードの魔法が炸裂した。
丸ごと一同を無力化した私たちは、光魔法を打ち上げまくって燃え盛る村をさらに煌々と照らし出す。
倒れて苦しむ奴らを放って村をざっと見て回ると、愕然としてしまう。なぜなら、家屋は残らず全てが燃えてるからだ。
つまりはこの村での食料調達は絶望的だということだ。私たちの第一の目的は食料の調達であって、見知らぬ奴らの争いに介入することじゃない。
「くそっ、こうなったら畑でも漁るか? 村があるなら畑くらい近くにあんだろ」
この際食べられれば何でも構わない。
アルベルトが倒れた村人を叩き起こすと、リリアーヌが血走った眼で問い詰める。
「畑はどこですか!? なにか食べられるものは!?」
まだ耳がやられてるらしい村人の耳元で、容赦なくがなり立てる。
「早く答えないと全員死にますよ!? 畑は!?」
「は、畑は、収穫を、お、終えたばかりで」
「じゃあ食料は!?」
「南の、納屋に……」
「ミーア! 南ってどっち!?」
用済みの村人を捨て置くと、天の眼によって方位を把握できてるミーアにナビを頼んだ。
半ば絶望的な気分で、それでも念のために移動すると、あるのは燃え盛る小屋だけだ。
もしかしたらいい感じに焼けてる可能性を考慮して、火を消そうとする。水で流してしまうと食べられるものまでダメにしてしまうかもしれない。だったら、こうだ!
即興でイメージを固めて魔法を放った。
回復薬はスタンダードな液体を始めとして、スペシャルな気体と固体まで実現してきた。もうひと工夫で、違った形にもできる。
「おおっ、泡ですか!」
粘度を持たせた泡泡の回復薬を大量にぶっ放し、小屋を丸ごと包み込んで鎮火させた。
泡を払いのけて突進すると、まだ熱を持つ焦げた物体を漁る。
「くそっ、ないぞ!」
「食べられそうなものがないですっ! 残骸すらどこにもないですっ!」
何かの道具や少量の穀物の燃えカスばかりだ。それにしても収穫後の貯蔵庫であれば、燃えカスだってそれなりの量にはなるはず。小屋の燃えていた感じからしても、全部を焼き尽くすほど時間は経ってないはずなんだけどね。
期待外れに誰ともなく殺気立つ。勝手ながらも外された期待には怒りだって湧く。
上手く回らない頭だけど、疑問は感じる。そしてヴェローネが呟いた。
「……もしかして、火を放つ前に持っていかれた?」
やけに大きく聞こえた呟きに、血がカッと滾る。無意識に焦げた壁を殴り壊してしまう。
「横取りか。万死に値するわね」
「あたしの食いもんだ!」
「取り戻そうぜ!」
「今からなら追いつけるかもしれません」
「賊どもにアジトを吐かせましょう。むしろ案内させましょう」
納屋を出ると飢えたオオカミたちが、さっきまで好き放題に暴れてた賊を追い込む。
スタングレネードの魔法で倒れたままの奴を何発か蹴っ飛ばして要領を得ない回答だったらもう次だ。待てない。次々に賊を蹴り飛ばして尋問を加える。
「言うこと聞かねぇとマジでぶっ殺すぞ!」
「……大人しくアジトに案内しないと、本気で皆殺しにしますよ?」
勢い余って全員潰してしまう直前で、ようやく意思疎通のできる奴を確保できた。世の中、命あっての物種。賢明な選択だ。
食料を直前で奪われた恨みは大きい。
案内を了承した賢者を引っ立てると、車両で移動を開始した。
さあ行くぞ、獲物を狩りに。きっと血に飢えたけだものの如く、ギラついた眼と獰猛な顔つきで。
やっとこさ冥界の森を突破できましたが、ピンチはまだ続いたままでした。
食べ物の恨みは恐ろしいものです。正気を失いつつある一同がとる行動は!?
次回「理性を奪う病」に続きます!




