青き炎の輝き
「悪い、ちっとばかし遅れたな。それにしても伝説のドラゴンとは驚いたぜ。だがヴェローネの話によれば、どうやら火が通用するらしいな?」
「私たちの汎用魔法じゃ、肉を焦がすのがせいぜいよ。あんたならどこまでやれる?」
「やれるとこまでだ! さっそくぶちかましてやるぜ。誰か、アレの動きを止められるか!?」
元気な奴がいると空気が変わるわね。疲れてた私たちにも活力が戻る。
それに魔法適正が火のオフィリアなら、少しは期待してもいいだろう。
私たちの疲労を考えてもこれ以上、戦闘を長引かせるのは下策だ。手があるなら、一気に決めるべきね。
「遅れた割には偉そうだが、あたしらに任しとけ!」
「アルベルトさんの雷撃とあたしの影魔法でなんとか止めますよ!」
「よっしゃ、あたいが接近するまででいい! 上手いこと止めてくれよ。あとは任せて全員、離れてろ!」
怒鳴るようにしながら、簡単に作戦とも言えないような作戦を立ててしまった。
元気全開のオフィリアは走り出すと、全身に火を纏うオリジナル魔法を使った。
紅蓮の炎の塊と化したオフィリアを全力で援護すると、無事に至近距離までたどり着く。
邪竜に取りつくと同時、剣を鱗の剝がれた肉に深々と突き刺した。それだけだと効果は薄いけど、さて。
「リリアーヌ、風で包め!」
オフィリアの要請に従い、リリアーヌが風の繭で邪竜をオフィリアごと包み込む。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
急激にオフィリアが纏う炎が巨大化して邪竜を飲み込んだ。
風の繭の中で温度が上昇し、ぐんぐんと炎の輝きが増していく。
あの高温状態の中で術者が生きてられるのはどういった絡繰りなのか気になるけど、きっとオフィリアは深く考えてない気がする。
風の膜が温度上昇を遮断してくれてるんだと思うけど、漏れた熱で極寒状態だった周辺の空気にも熱が宿る。
オーブンのように熱せられた風の繭の中で、突き刺した剣を通して内部からも焼き尽くそうってことなんだろう。果たしてどこまで上手く行くのか。
なんとかして、これで終わって欲しいところだけど。
「おおおおおおっ、もっと、もっとだ! こんなんじゃ足りねぇ! ユカリ、みんな、あたいに火を寄こせ!」
聞こえた叫び声に対して、風を使うリリアーヌを除いたみんなで火を送り込む。
細かいことは考えず、ただ火を放つ。勝手に有効利用するだろう。
「まだまだあんだろ!? 全部、全部だ! これじゃ全然、足りねぇえええ!」
危機を煽る声に対し、出力をガツンと上げた。残った魔力の全てを投じるほどの全力で。
みんなも何となく分かってるはずだ。ここが勝負を分ける正念場に違いない。
私、ヴァレリア、アルベルト、ミーア、グレイリースから出力を最大限に上げた炎を送り込む。少し遅れてヴェローネと若衆の二人からも炎の塊が続々と投じられた。
もはや余裕はなくなり、魔力はもう限界が近い。長い時間の放出には耐えられない。
吸収した炎はオフィリアによって昇華されたのか、青白く輝く眩しいものへと変容する。
冥界の森を光で包み込まんとするかのような輝き。もう眩しくて見てられない。
時間にして一分か二分か。そこまで長い時間じゃないけど、永遠に続くかのように思われた時間。
唐突に輝きが失われ、炎が跡形もなく消え失せた。
宙に浮かんだままの光魔法によって、どうなったのか状況は一目瞭然。
地面はマグマのように赤い光を放ちながら熱を発してる。オフィリアの周囲だけが不思議とその状況からは逃れてるらしい。
魔力の枯渇によって、それを成したオフィリアはぶっ倒れてる。完全に気を失ってるようだ。
そして。肝心の邪竜はと言えば。
漆黒の鱗に一切のダメージはない。熱によって赤く変色するようなことすら無かったらしい。冷え冷えとしたままの姿だ。輝く炎によって包み込まれる前の状態と同じ。
冷や汗が浮かび、緊張が走る。
――ところが。
倒れることすら無かった邪竜から、一枚の鱗がボロっと剥がれ落ちた。
最初の鱗が切っ掛けとなったかのように、二枚、三枚と場所を問わずに落下を始める。
咄嗟に倒れたオフィリアを守るための盾を展開し、様子を見る。
剥がれ落ちる鱗は連鎖するように勢いを増し、崩れるようにして無くなっていく。
そこから姿を現すのは金色の骨だ。内部の肉は焼き尽くしてしまったのか、鱗の下からはダイレクトに骨が露となる。
「……振り出しに戻ったってわけ? いや、違うわね」
最初に与えた骨へのダメージは健在だ。随所に綻びがある。
しかもだ。炎に包まれた時に悪あがきでもしたんだろう。感じる魔力がやけに小さい。アンデッドをこう評するのもおかしいけど、奴は瀕死だ。
もう一押しで倒せる!
呆然としたように様子を見るみんなにハッパをかける。
「ヴァレリア! 首の後ろの脆くなってるところにナイフを突き立てて固定! ミーアとアルベルトは私たちと同じように攻撃! グレイリースはオフィリアの回収!」
「は、はい!」
今がチャンスなんだ。魔力の枯渇が影響してるのか、金色の骨竜に戻ったアンデッドは動きが止まったままだ。
ヴァレリアが力を振り絞るように駆け抜けて首に取りつくと、削った部分の骨に使い捨てナイフを当ててそのまま手で固定。
「行くわよっ!」
追い付いた私は渾身の力を込めて白銀の超硬バットをフルスイング。歯を食いしばり、ナイフの柄を目がけて正確に。
インパクトの直前にヴァレリアが手を放して退避。
削れてヒビが入った場所に、杭を打つように楔を叩き込んだ。
会心の手応えと、ボギィッっと豪快な音を鳴らしながらの完全破壊。
支えを失った頭部が落下した。
「まだよっ! やれるところは全部、砕ききってやる!」
ヴァレリアは使い捨てナイフを取り出すと、綻びのある骨に刃を当て固定する。すかさずバットをぶち当て粉砕。一発でダメなら、二発、三発、壊れるまで。
同様にしてミーアが固定したナイフとアルベルトのハンマーが同じ結果を残す。
すでに重大なダメージを与えてた首、背中、羽、足、腕、尻尾。全身をバラバラにするつもりで、可能な限りの部位を破壊する。こんな攻撃ができるのは、動きの止まった今しかない。
疲労と魔力の使い過ぎで悲鳴を上げる心身に鞭を打って、最後の気力を振り絞る。
そうしてると、いつの間にか薄まりつつあったアンデッドの魔力は欠片も感じられなくなった。
金色の骨と漆黒の鱗の山となった広場に落ちる沈黙。
異常な冷気はなくなり、マグマのようになってた地面も冷えて固まってる。気を失ったオフィリアをグレイリースが抱えたまま、全員でなんとなく警戒を解けずにいる。
「や、やりましたよね?」
「これ以上はもう無理です……」
微妙にフラグっぽいセリフが聞こえたけど、もう大丈夫と思える。
どれだけ叩いても終わりが見えなかった敵だけに、本当に終わったのかと、いまいち自信が持てないんだ。
「車両をこっちに呼び寄せるわよ。最悪、ドラゴンが復活しても無視して先に進めるようにね」
さすがにこれ以上の戦闘は無理だ。
三台の車両ごとヴェローネたちを呼び寄せると、少し進んだところで休憩にした。
この辺は十把一絡げのアンデッドどもが近寄らない影響もあって、休むには打ってつけだ。一応の周辺警戒と金色の骨の残骸にも警戒は必要だけど、アンデッドがうようよいる場所に比べたら休みやすい。
「もう駄目です。本格的に休まないと死にます」
微笑みを取り去ったリリアーヌが真顔で宣言すると同時にいきなり寝ようとする。
気になることは色々とあるけど、たしかにもう限界だ。
「……私ももう無理。寝る」
ふらつく身体を横たえると、反応も待たずに目を閉じてしまう。地面でごろ寝だけど、そんなのはもうどうでもいい。
「あたしもダメだ」
「わたしも……」
前線で戦ってたみんなも同じようにして寝転がってしまったらしい。
「ちょっと、みんなまで! もうっ、分かったけど、三時間で起こすわよ? こっちも疲れてるんだから」
愚痴を零すヴェローネの嘆きを聞きながら寝入ってしまった。
半分寝たような感じのまま意識が戻る。
どれだけ眠れたのか。身体が重い。目を瞑ったまま状態を確かめると、魔力は半分程度は回復できたらしい。ただ体力と気力も限界まで消費したせいか、まだまだ休み足りない。
「ユカリ、起きたの?」
「……ん、まだ眠いけどね。時間は?」
「そろそろ三時間かな。みんなも起こす?」
見張りをしてくれてたのはヴェローネだけみたいね。危険はないと判断したのか、若衆の二人も休ませてるらしい。
「このまま寝かせとこう。見張りは私がいればいいわ。あんたも休んでいいわよ」
「そう? ふわぁ~あ、実はもう限界だったのよ。あとよろしくー」
いかにも眠そうに言うと、早くも寝息を立て始めてしまった。
気を利かせて掛けてくれたらしい毛布から這い出ると、まだ寝足りない身体に活を入れて起き上がる。
私のすぐ傍で丸まって眠るヴァレリア含め、全員が泥のように眠ってる。
正確に測ったわけじゃないけど、ドラゴンとの戦闘は半日以上に及んだはずだ。ただ長いだけじゃなく、緊張を強いられる戦闘には、さすがのみんなもへろへろね。無理もない。
我が身を振り返ると、みすぼらしい姿に笑うしかない。ボロになり果てた墨色のピーコートや穴だらけの服は汚れてしまって酷いものだ。浄化で身体を清めてから着替えると、やっと人心地ついた気がする。
それにしてもだ。なんとか無事に倒せたから良かったけど、とんでもなく想定外の対魔獣戦だった。
なんかもう大きなことを成し遂げてしまった気分で、家に帰りたい感じになってしまう。これが本来の目的とは何の関係もない出来事で、終わるどころか始まってすらいない移動中だって現実が悲しい。
これからレギサーモ・カルテルだの、帝国だのとの戦いが待ってるかと思うと気が滅入るわね。
「はぁ~、疲れた」
休んだはずなのに、疲れが抜けた気が全くしない。
戦闘の被害も結構ある。ショックなのはやっぱりボロボロになってしまった外套だ。
着替えは余分に持ってきてるから、これから先の戦闘にも支障はないけど、お気に入りが使えなくなるのはやっぱり悲しい。しかも修繕するようなレベルじゃなく、最初から作り直したほうが早いってレベルで穴が開いてしまってる。ほかのみんなも同じような感じで、これはもう破棄するしかない。
それと武器。私のバットやグローブは無事だけど、ドラゴンの硬すぎる防御と液状の瘴気によって使い物にならなくされてしまったものも多い。オフィリアの剣は最後の超高熱攻撃で失われてるしね。これも予備があるから戦闘は継続できるけど、武器には大金がかかってることもあるし、みんなにとっては大きな損害だ。
外套の下に着用してた服にも被害はあるし、消耗品の類も使ってしまった。キキョウ会標準装備の魔法薬や回復薬は私が補充できるけど、各自で準備してた回数制限ありの魔道具やなんかは補充が効かない。
それでも被害らしい被害のほとんどが装備類だけってのは、常識はずれの相手を考えれば運が良かったと考えるべきだろう。ヴェローネと若衆のお陰で車両と積荷が無事だったのも大きい。これはお手柄ね。
ただ、失った物は色々とあるけど、その引き換えには十分なリターンが見込めるかもしれない。
激戦を終えた場所を見やる。
「あれは出来る限り回収すべきね」
山と積まれた金の骨と漆黒の鱗。物凄い貴重品に違いない。
大量にあるからもちろん全部は無理だし、巨大な部位は持って行けないけど、車両に載せられるだけ載せるつもりだ。
自分たちで使う用途のほか、高値で買ってくれそうな相手に売り捌けば、億単位の儲けになると期待できる。
取引相手としては、ロスメルタかベルリーザのような大国にコネを持ってる商会になるかな。もしくはギルドに持ち込んでみるのもいいかもしれない。
損害と獲得できたものを比較してみれば、結果としては良かったと思う。
金銭的な面では大幅なプラスが見込めるし、なにより強力無比な伝説のドラゴンと戦えた経験は得難い。
仮に私ひとりで戦ったとして、持ち得る全ての手段を投じたとしても勝利の見込みは薄かっただろう。誰にも教えてない切り札まで使ったとしてもね。それでもチームなら勝てるんだ。単独では勝てない敵、長時間に及ぶ戦闘経験は、今後にポジティブな影響をもたらしてくれると思う。
そんでもって、世界にはあんなのがいる。まだまだ未知の存在や場所、出来事はたくさんあるはずだ。ふふっ、世の中まだまだ面白い。
なんとなくジープの荷台に上がって物思いにふける。周辺の警戒は意識の片隅程度で十分だ。静かな冥界の森は考え事をするにはちょうど良かった。
一人での見張り中に酒を飲むわけにもいかず、考え事にも飽きてきた頃。
ぼーっと身体を休めて戦闘の疲労が抜けると、耐えがたい空腹に襲われた。
残りの食料は保存食や菓子類しかないし、量も多くはない。そんな状況で先に一人で食べてしまうのは良くないだろう。
そろそろ起こすか。もう十分に休めたはずだし、今の状況で惰眠は不要だ。
ぶわっと攻撃的な魔力を広げると、飛び上がるように起きるメンバーたち。
油断なく周囲を探る姿といい、腑抜けはいないようね。
「目が覚めた?」
「お姉さま!」
「今のって、ユカリかよ?」
「勘弁してくださいよ……」
「そんなことより、お腹空いたわ」
文句をスルーして空腹を告げると、誰かの腹の虫が大きな音を鳴らした。
未知の強敵、対アンデッドドラゴン戦はこれまでとなります。
これまでで最も大変な戦いだったかもしれないですね。
長い戦いでしたが、これは旅の目的とは何の関係もない通りすがりの一幕です。
しかもまだ冥界の森を抜けたわけではありません。
続く旅の次話「芽生えた希望と絶望」に続きます。




