表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/464

金色の骨竜

 スケルトンドラゴンは大きいから、攻撃を当てるのは楽な部類だ。強固な防御力は厄介だけど、ダメージが通るからには倒せないことはないはずだ。

 そしてさすがはドラゴンと言うべきか、骨のくせにこいつ自身の攻撃はかなり鋭い。長い尻尾と短い腕の振り回し、噛みつく攻撃。どれもが重くて食らえばひとたまりもない。


 凄まじい緊張感が脳と身体を活性化させ、鋭敏さを増す。まだ使ってこない未知の攻撃にも警戒が必要だ。

 これが内蔵する魔力量は半端じゃない。必ず、魔法を使ってくる。その兆候を見逃すことは死を意味するけど、むしろそこからが正念場だろう。序盤なんて余裕で乗り切ってみせる。


 バットを叩き込むと僅かに骨の破片が飛ぶ。殴ったり蹴ったりもしてみたけど、ダメージは薄い。体力勝負になることだし、効率だけを追求してバットを叩き込むことに全力を注ぐ。

 みんなの動きもパターン化し始めた。デカブツだけに攻撃の兆候は掴みやすい。確実に避けてから魔力を込めた武器で削る。

 狙う場所もどこが弱点に相当するのか不明だから、ばらけてやってる。普通のスケルトンみたいに分かりやすい弱点なんてないかもしれないけど、もしあれば一気に畳みかけられる。


 最も打撃力のある超硬バットで叩く私は首の骨を担当し、アルベルトは気になるのか羽と思われるところを集中的に叩いてる。常識的には皮膜もない骨の翼で飛んだりはしないと思うけど、アンデッドの時点で非常識極まりない存在なんだ。なにが起こってもおかしくないし、懸念事項があるなら潰しておくに限る。まあ、魔法がある以上は羽を潰しても関係ないかもしれないのが面倒な話なんだけど。


 リリアーヌとミーアはコツコツと足を削ってバランスを崩そうとし、ヴァレリアだけは縦横無尽にナイフで切りつけまくってる。高速で立体的な動きは見事なものだ。骨竜の腕を蹴り、足を蹴り、空を覆うように生える羽を蹴り、三次元的な移動と同時に攻撃をこなす。与えるダメージは少ないけど、ゼロじゃない限りその作戦には意味がある。最終的には全体を削り倒さないといけないかもしれないんだ。どこか弱点でも発見できれば儲けものだし、色々と試すことに価値がある。


 そして重要なのはグレイリースの役どころだ。グレイリースの影魔法は、スケルトンドラゴンの影にも作用できる。パワーの違いがありすぎるから動きを封殺するような真似はできないけど、動き始めの初動に影響を及ぼすことはできた。このアシストがあるだけでも、かなり楽になる。


 意外にもアクティブな動きで身体を縦横に振り回すアンデッドには、こっちも手を焼く。連続で叩けるのはいいところ五、六発程度だ。

 肩の辺りに取り付き、首を滅多打ちにする。少しだけ飛び散る破片。あまりにも太い骨を砕き尽くすには、あと何発必要か。骨の竜は機械的に身体を動かしながら、首を振って私を噛み砕こうとする。分かってる攻撃には、それが致死の一撃だろうと怯むことはない。


 頭部を飛び越えながら一撃入れつつ、また逆の肩口に着地、すかさずバットを叩き込む。意識の隅にはみんなの動きもある。全員が似たような感じだ。

 回避と移動と攻撃、ルーチン作業のような状態だけど、油断はまったくない。そんなことが許される敵じゃない。

 全力に近い状態で戦い続ける。毎日毎日、必死に繰り返してきた訓練と乗り越えてきた実戦。それが私たちを支えてくれる。困難を前にしても、これまでの努力と結果が絶対的な自信に繋がってる。


 何度目かの光魔法が、ヴェローネから打ち出された。ほっとくと光が弱まってしまうから、こういうのも地味にありがたい。

 結構な時間に渡って何か予想外の攻撃があるはず、と思いながら削ってると、ついにその兆候は表れた。

「なんかくるわよっ!」

 一斉に退避し、私の背後に集まる。対物理、対魔法の盾の準備はいつでもできてる。なんでもこいっ!


 ふと動きを止めたスケルトンドラゴンの魔力が爆発的に広がると、次に巻き起こったのは激しい噴煙だ。

 金色の骨の全体から噴き上がるような、禍々しい漆黒の煙。いわゆる瘴気というものだろう。凄まじい猛毒だ。吸い込んだとしたら、たちまち鼻どころか肺まで溶けてしまうようなヤバいやつ。


 それでも恐れる理由はない。かつて私が実験で生み出した毒は、いま目の前にある瘴気以上だった。誰にも言ってない秘すべき技で、人に対して使うことはない毒ガスだ。浄化魔法の刻印は、その毒さえ見事に無効化した実績がある。

 我がキキョウ会が誇る特製の外套は、毒ガスだけに限れば最高峰の防御力がある。特化してるが故なのかもね。

「そんなもん、こっちには効かないのよっ」

 恐ろしい攻撃にも挑発的に笑って気合を高める。

 ガスなら盾は不要だ。果敢に猛毒の煙の中に突っ込んで、バットを振り回した。



 身体にまとわりつくような漆黒の瘴気でも、漏れなく浄化してしまう刻印魔法の見事なこと。

 またもや首の骨を叩きながら様子を見る。変わったのは瘴気と激しくなる動き。本当にそれだけなのか、油断は許されない。

 スケルトンドラゴンの挙動、魔力の揺らぎを見逃さず、ただ繰り返す。ルーチンにはもう慣れたものだ。


 今の私は首の骨を砕くためのマシーンだ。

 暴れる敵の身体に張り付き、位置を修正しながらバットを叩き込み続ける。太く頑丈極まる骨を削って削って、欠片を剥がしていく。油断なく、確実に進めていく。

 すでに成果は目に見えてある。ある一部分だけが徐々に細くなってきた。元の状態から比べて、三割程度は削っただろうか。首を落とせば勝てるのかは分からない。それでも諦めるという選択肢がない以上、ダメなら次を試すだけだ。


 どんどん激しくなる動きに手を焼き始めると、みんなも同じことを考えたらしい。とりあえず、激しく動き回る足を何とかしたい。

「お姉さま、ナイフください! たくさんです!」

「こっちにもお願いします!」

 足元を攻撃してたミーアとリリアーヌにヴァレリアも加わったらしい。そんなにたくさんのナイフをどうするつもりなのか知らないけど、必要なら渡すだけ。

「分かった! 後方にばら撒くから、拾ってきなさい!」


 一本一本、丁寧に作って渡すような状況じゃない。一気にやる。

 宣言すると早速、トゲの魔法の要領で地面からナイフを大量に生やした。

 細かいところを無視した頑丈さだけが取り柄の即席ナイフだ。普段使いにはとても向かないけど、使い捨てなら上等な部類だろう。


 三人は私の魔法を確認すると、スケルトンドラゴンの傍を離脱してナイフを集める。

 すぐに舞い戻って、なにをするのかと思ったら、ナイフを差し込み始めたんだ。関節部分の隙間に。

 削る攻撃は中止して、股関節や膝関節の部分に大量のナイフをこれでもかと突っ込む。頑丈さだけが取り柄のナイフと言えども、さすがに大質量で硬い骨に挟まれると折れてしまう。

 それでも構わずにナイフを突っ込み続けると、やがて骨の稼働が阻害されて動きが止まる。無理に暴れようとするけど、今度は転倒してしまった。

「でかした! 畳みかけるわよ!」


 逆巻く業火の如く噴き上がる瘴気をものともせず、私たちはひたすらに削る。動きの止まったボーナスタイムだ。もう終わらせるつもりでガンガン削る。

 背中の羽に取り付くアルベルトは、比較的に細い骨に存分にハンマーを叩きつけまくってる。ボーナスタイムを活かしてすでに何本も折ってるみたいね。


 そうしてると、時間経過と共に瘴気の勢いが増してることに気が付いた。

 浄化刻印は勢いなんて無関係に毒ガスを浄化してくれるから問題ないけど、またなにかの兆候に思える。みんなも同様の警戒を覚えてるのか、攻撃の勢いが衰えた。

「なにかおかしいです! 一旦、離れましょう!」


 呼びかけに応じて下がる前に、最後の一撃をくれてやる。

 半分ほどまで削った首に渾身の一撃を叩きつけると、確かな手ごたえがあった。ちゃんと見る前に飛びのいてしまったけど、ひびを入れられたような気がする。


 離れて集まると同時、倒れたままのスケルトンドラゴンから吹き上がる瘴気が異常な量に達する。もうドラゴン自体が見えなくなってしまったくらいだ。

「なにが起こってんだ?」

「不気味ですね」

「まさか、削ったところの再生じゃないわよね……」

 あれだけやってノーダメージにされるのは業腹ね。違う現象だと思いたいところだけど。

 瘴気の量と濃い魔力濃度で、なにが起こってるのかは全然分からない。迂闊に手を出していいもんかどうか悩むところだ。

「どうします? とりあえず魔法でも一発撃ちこんでみましょうか?」

 さすがおっとり風武闘派エルフだ。でもまあ、そうね。黙って見ててもしょうがない。

 ニヤリとした顔を見合わせると、一斉に攻撃を始めた。



 嫌がらせのように魔法を打ちまくりガンガン鉄球を投げ込むも、すぐに効果が薄いことは理解できた。

 高濃度の瘴気がバリアのような役目を果たしてるらしく、まともに攻撃が通った気がしない。いや、それどころか攻撃で着弾した魔法が瘴気に変換されてるような気すらする。

 …………気のせい、じゃない!

「吸われてるっ!? 攻撃中止!」

 気がするだけならまだいいけど、本当に吸収されてるとしたら攻撃は逆効果だ。手出しせずに様子を見るべきね。


 魔法攻撃を止めても関係なく、どこまでも増していくような濃度の瘴気には腰も引ける。気体から液体に、さらに粘度を増して固体になっていくかのような錯覚を覚える。

「……なんかヤバくないですか?」

「瘴気というよりはもう、塊?」

 事態は動く。気体からずんぐりとした塊のようになった瘴気は、グネグネと形を変えて、金色の骨だったドラゴンの姿を変えてしまう。


 巨大な胴体、頭、羽には、漆黒の肉や被膜が形成され、同色の鱗まで生え揃いつつある。どう見ても気体の瘴気とは違う。

「なによ、あれ。スケルトンからゾンビに進化してるわけ?」

「ゾンビというよりは、普通に復活してませんか?」

「まさか生き返ることはないだろ。新鮮なゾンビ?」

 なんだそりゃ。

 でも確かにゾンビという感じはしない。腐れた状態じゃなくて普通に欠損もなく肉付きがいい。鱗も立派で硬そうだ。


 不思議なことに、目の前の異物の変形と同期するように周囲の温度が急激に低下していく。

 冥界の森は季節を問わずに寒いみたいだけど、明らかに異常な冷気が漂い始めた。温度調節機能付きの外套がなければ凍えてしまいそうな、そんな冷気をむき出しの顔に感じる。


 金の骨から漆黒の竜へと変わりつつある巨大魔獣は、見る見るうちに形を整え、最後に空洞だった眼窩に金色の眼が宿ると、その光る眼で私たちを見下ろした気がした。横倒しにしたはずだったけど、いつの間にか立ち上がってしまってるわね。骨に与えたダメージは残ってると思いたいけど、さてどうか。


 そして漆黒の竜は肉の付いた喉を震わせる。

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 とっさに耳を塞ぐほどの咆哮だ。まるで怪獣ね。

 それにしても金色の骨のほうがまだ神々しい感じがした。漆黒の竜はカッコいいけど、あまりにも禍々しい。黒竜ならぬ邪竜と称すべきね。見た目はともかく強さは如何ほどかってのが問題だけど。


 金の骨の時点で強力なアンデッドだったことは間違いない。凄まじい耐久力と私たちですら一撃でも受ければ瀕死は確定の攻撃力があった。肉体を取り戻したアレはどんな能力を発揮するのか。少なくとも弱くなってることはないだろう。しかも強烈な冷気で身体を冷やされる。やりにくいわね。

 非現実的なアンデッドの変化、恐るべき伝説の竜、次々と起こる未知の現象。もういちいち驚くのもアホらしい。一つひとつの理由を考えるのも疲れるだけだ。どうせ結論なんて出ないんだ。

 そうだ。なんにせよ、やることは変わらない。私たちがやるべきことは、目の前の敵をぶっ倒す。ただそれだけ。


 ひょっとしたら未曾有というべきかもしれない脅威を前に、自分自身に問う。


 恐れはあるか?

 あるわけない。あっても意識もせずにねじ伏せる。

 疲れたか?

 むしろ気力が湧き上がる。

 仲間は大丈夫か?

 弱者はいない。怯むどころか心地良い戦意が場を支配する。

 倒せるか?

 愚問としか言いようがない。


 そうだ。まったく問題ない。

 金の骨から進化した邪竜。そんな極上の獲物を前にして、オイシイと思わない奴がいるか?

 ドラゴン? 邪竜? 伝説の魔獣?

 まともな神経してたら戦うどころか逃げるだろう。いや、その前に腰を抜かしてあっさり殺されるかもね。


 だけど私たちはキキョウ会。困難を乗り越え、更なる先の困難を求め、乗り越える者たちだ。

 みんなが同じことを思ってるはず。


 伝説レベルの魔獣だってさ。

 だから、なに?

 そんなのは知らない。知ったことじゃない。

 私には勝利の確信しか湧き上がらない。

 目の前に居るのは、ただのオイシイ獲物だ。


「うふっ、あはははははははははっ」

「あーはっはっはっはっはっはっ」

「くーっふっふっふっふっふっふっ」

「は、腹いてぇ」

「楽しくなってきましたね!」


 思わず笑ってしまうと、釣られたようにみんなまで笑い出す。

 こんなに楽しいことがあるだろうか?

「まったく、冥界の森ってのも悪くないわね!」

 楽しい時間の始まりだ。力が滾る。

 デカブツめ。また這いつくばらせてやる。


強力なボスと言えば変身ですよね。メタモルフォーゼしました。

もちろん簡単には行きません。

次話「邪竜との激闘」に続きます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 何かキキョウ会メンバー全員、滅茶訓練されてるwww 巨大な動く骨なんつー常識の埒外な存在を相手に 各自で色々考えて効果的な攻撃してるしwww 溜め攻撃みたいな瘴気放出にも即応してるし 関節…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ