魔境、冥界の森
数時間の休憩の後、オフィリアの目覚めを待たずに私たちは出発した。
先頭車両のハンドルは若衆の一人が握る。眠ったままのオフィリアは後続車両に乗せて、その介抱役はヴェローネに任せた。
はぁー、それにしてもレイスの恐ろしさは骨身に染みて痛感した。
そもそも戦う気なんてなかったけど、全力で避けるべき相手だってのが明確になったわけだ。
痛い目を見たせいで、余力の全てを敵の魔力感知に注ぐ。同じ失敗はしない。
もし精神的に消耗してるオフィリアがもう一度レイスに接触してしまえば命にかかわる危険だってある。改めてより慎重に、警戒を厳にして進む。
変わらぬ景色がどこまでも続くと思いきや、不意に変わった兆候が表れてることに気づいた。
「ユカリノーウェさーん、空の色、明るくなってませんかー?」
屋根の上からおっとりした声が上がる。
「うん、気のせいじゃないと思うわ。出口が近いのかも!」
ほんの少しだけ、さっきまでの闇に数滴の光の雫を落とした程度だけど、空が明るくなってるんだ。ここから先、進めば進むほど明るくなると信じたい。
「やりましたね!」
運転する若衆の声が弾む。いい加減、みんなもうんざりしてるところだ。変化は歓迎できる兆候ね。
芽生えた希望を胸に、気合いを入れて先に進む。
またもや長い長い道のりを走り続けると、今度は明らかな異変がお目見えした。
「ユカリノーウェさーん、なんか変ですよー?」
なんか変ってなによ、まったく。まあ変なのは私も分かってるけど。
「森が……切れてませんか? それにあれって」
そうだ。森が不自然に開けてる。それに加えて、空の明るさもぐっと増した気がする。
相変わらず星は出てないけど、例えるなら普通の夜くらいの感じ? 微妙に分かり辛いけど、完全な闇に近かった状態よりはずっと明るい。
そんでもって、もっとおかしなものがある。
「あいつがラスボスってわけね。分かり易くてちょうどいいわよ」
森が大きく開けた中央付近、まだずっと先の地平線の辺りに鎮座するのは小さな山だ。
まだ遠いから分かり難いけど、山のように見える黒いシルエットは超大型のアンデッドで間違いない。そんなのと戦いたくないと思うのが普通だけど、あからさまな状況の変化とあってテンションは高まる。靄のような感じはないから、レイス系統でもないと思うしね。
慎重に進むこと幾ばくか。超巨大アンデッドからは離れた場所で停まると作戦会議だ。この辺りにはラスボスの影響か、普通のアンデッドどもが近寄らないらしく、周辺警戒の必要性が薄い。
「それにしてもデカいな。羽っぽい部位まであるぞ」
「あれほど巨大な魔獣はそう見れないですよ。アンデッドですけど」
「完全にスケルトン系ね。あの大きさ、ひょっとしたらドラゴンかもよ? 皮膜のない骨の羽ならさすがに飛ばないとは思うけど」
あまりにもファンタジーな存在。ついに出たかって感じね。
ドラゴンは未踏領域の奥地にのみ存在するとされる伝説の魔獣だ。現代社会において実際に遭遇した奴はいないらしい。未踏領域で武者修行してたという《雲切り》ならひょっとしたら見たことあるかもしれないけど、公になってる資料だと昔の文献でしか出てこない幻のような魔獣だ。おとぎ話ではよく登場するから、幻の割にはメジャーな魔獣でもある。
「伝説の魔獣かはともかく、避けて通れない以上、倒すしかないわ。覚悟はいい?」
「やるしかないんだろ? だったら押し通るだけだな。ドラゴンだろうが、ぶっ倒してやるぜ!」
迂回できる道はない。周囲には石化した死の森が広がってるし、隆起した台地もある。どう考えても車両で突破は難しい。先に進むためには、あのデカブツを倒して排除するしかないんだ。
「ヴェローネはどう? やれそう?」
「うぇっ!? だ、大丈夫」
「止めておいたほうが良さそうですね。オフィリアもまだ眠ったままですし、戦力ダウンは痛いですが」
足手まといになられても困る。うーむ、二人の離脱は結構痛いけど、しょうがないか。
「そうだ。あれだけ的が大きいんだし、最初は遠距離で攻めてみよう。それで倒せれば楽だし、ダメージが通るならヴェローネもここからなら参戦できるわよね」
「えーっと、それならなんとか」
「決まりね。じゃあ、戦いの前に最後の休憩にしようか」
保存食以外の最後の食事だ。これでストックは尽きる。むしろ足りないから保存食にも手を付けることになる。保存食は保険のつもりで持ってきた物なのに、必要に迫られて使うとは思わなかった。ホント、なにがあるか分からないもんよね。
気持ちの少量だけオフィリアの分を残して食事を済ませると、周囲に魔物がいないのを良いことにゆっくりと休んだ。
コンディションを整え、各々で準備を済ませれば、いよいよ決戦だ。
「あれがドラゴンの骸骨、言わばスケルトンドラゴンかは分からないわ。それでも超強力なアンデッドであることは間違いない。ひょっとしたら伝説級の魔物かもね。だけど、そんなことは関係なくぶっ倒す。そうよね?」
みんな何気ない様子でいてくれるけど、今から戦う相手は本当にヤバい敵だと思う。抱え込んだ魔力量は人じゃあり得ないほど膨大だし、アンデッドなら生物に有効な攻撃にも効果がない。しかも未知の相手だ。どんな攻撃方法を持ってるか、弱点も分からない。それでも。
「当然です!」
「凄い魔力を感じますよねぇ。あそこからは動かないですけど、すでに押し潰されそうな感じもします。まあ関係ないですけど」
「スケルトンでもドラゴン殺しとなれば箔も付きますよ。ま、誰も信じちゃくれないでしょうが」
「遊んでられる相手じゃないことは確かだな。あたしも本気で弓を引いてやるぜ」
「わたしの攻撃が通用するかちょっと心配ですけど、やれるだけやってやります」
「えっと、援護だけはするから!」
ヴァレリアが間髪置かずに答え、リリアーヌとグレイリースが軽い調子で合わせる。アルベルトがハンマーから弓に持ち替え、ミーアは火力に不安がありそうだけど戦意は十分。
我がキキョウ会メンバーに恐れる様子は微塵もない。若干一名、普段なら頼れる技巧派を除いてだけど。
戦闘支援団の若衆二人には、変わらず車両の守護に専念してもらう。車両を守ることは休ませてるオフィリアを守ることでもあるから、こっちも重要だ。流れ弾とか普通にありそうだしね。
「さーて、久々に強そうな対魔獣戦よ。気合入れていくわよ!」
「おう!」
勇ましい返事を合図に、まずは遠距離攻撃を一斉に放つための準備に入った。
思い返せばここまでの道中、逃げてばかりだった。アリに始まりムカデとアンデッド、ろくなもんじゃない。やっとまともに戦える状況が、強力かつ未知の相手との戦闘だってのに大きな悦びを感じさせる。ぶちかましてやろうじゃないの。
この場面は遠距離攻撃が得意なメンバーとそのサポートをするメンバーに分かれる。
私は投擲、アルベルトは弓、リリアーヌは風魔法、これがメインの攻撃だ。
ヴァレリアとミーアはリリアーヌの魔法に合わせて炎を混ぜ込み、グレイリースは影魔法で敵の様子を探る。なにかしらの効果が認められた場合には、グレイリースなら即座に看破するはずだ。
それぞれが身体強化魔法を極限まで高め、魔力を練り上げる。もちろん魔法薬も使用済みのブースト状態でだ。
アルベルトが弓に矢をつがえると、雷光が発生した。
リリアーヌが指揮棒を構えると、遥か上空で風が渦巻くのが分かった。
ヴァレリアとミーアが集中を高め、リリアーヌのタイミングに同調させる。
グレイリースが影を伸ばし、ヴェローネは私たちの感覚を強化してくれた。
普段よりも鋭い感覚を有した身体でソフトボール大のタングステンを生成する。今の状態なら全員のタイミングも完璧に合わせることが可能になるはずだ。
ピタリと合う呼吸。強化された感覚を活かし、合図もなく同期したタイミングで攻撃を放った。
先手必勝。これで片が付けばいいんだけどね。
音の壁を突破したタングステンが飛び、その真横に並ぶように雷光をまとった矢が随伴する。
紅蓮の炎と化した竜巻が目標の直上に出現する。
大きな頭蓋骨への着弾は、完璧に同じタイミングだった。
それぞれの攻撃は猛烈な破壊を生み出す大規模魔法の威力に匹敵するだろう。どれもがブーストにブーストを重ねた規格外の攻撃だ。
炸裂した攻撃は一瞬だけ闇を白く塗り替える。
黒い山のようなシルエットは攻撃後もそのままだけど、さてどうか。
「グレイリース、効果は?」
「……目標は健在! 投擲と弓矢の直撃で傷は付けられましたが、有効なダメージは無さそうです!」
マジ? 有効打なしとか、信じられない頑丈さね。あの骨、ひょっとしたら対魔法防御で最高峰のオリハルコンみたいな構造してるのかも。特に魔法が効いてないのが厄介だ。
「あれでほとんど無傷かよ?」
「私とアルベルトの攻撃だけ辛うじて有効ってことは、物理有効で魔法無効ってことかもね」
「あーそれだとわたしの指揮棒じゃ厳しいですね。予備の剣でも使おうかしら」
ふーむ、魔力を込めた超硬魔導鉱物を使った武器による、直接打撃でしか活路は開けそうにないか。
それしかダメなら、それをやるだけだ。
「上等、上等! 白銀の超硬バットで叩きのめしてやるわよ!」
「弓よりハンマーが活かせる場面だよな。こっちほうがあたし好みだぜ!」
「折って砕いて、粉々にしてやります」
「行きましょう!」
闇に慣れた経験と強化された感覚があれば、複数で攻めてもより効率的な攻撃が可能になる。これまでの積み重ねが、ここでものを言うことになるわね。
この場の守備を若衆とヴェローネに任せ、一斉に走り出す。
未知の空間で未知の強敵。これ以上のシチュエーションもなかなかない。高揚感に包まれ、わくわくが湧き上がる。結んだ髪を跳ねさせながら、超硬バットを握りしめた。
超速で躍動するように駆けるヴァレリアの背中を追いながら、ぐんぐんと迫るデカブツを注視する。膨大な魔力量と凄まじい防御性能を持つ骨。単純な鉱物とは違うけど、やっぱり魔導鉱物に近いように思える。触って確認してみたいわね。
そういやその他大勢のアンデッドが寄り付かないなら、暗闇で戦う意味はない。
「照明弾、上げろ!」
端的に言うと、一斉に光魔法が打ち上った。はっきりと姿を現すと、予想以上のそれに驚く
「き、金色の骨? しかも、やっぱりドラゴンっぽいっ!」
「こいつは凄いぜ!」
「あははははははっ」
なんて豪華な敵なんだ。具体的な敵の正体が分かったわけじゃないけど、とにかく凄そうな敵に私たちテンションはマックスだ! 場違いにも歓声が上がる。
最速で敵に迫ったヴァレリアが、速度の乗ったナイフを突きこむとあっさりと弾かれてしまった。だけど傷くらいはつけられたかな。
ヴァレリアの武器は分類が難しいけど、ナイフというよりは短剣に分類されると思う。刃渡りは肘から手首以上の長さはある大振りで頑丈な得物だ。そいつを易々と弾くとは、やっぱり硬い!
この一撃を入れた直後から、爆発的に膨らむ敵意が私たちを捉えた。空っぽの骨が急に意思を獲得したかのようだ。そして膨らんだ敵意と同時に攻撃が始まる。
ヴァレリア以外が攻撃する前に、金色のスケルトンドラゴンは、後ろに伸びた長い尻尾を振り回した。
凄まじい速度、そして質量だ。こんなのをまともに食らえば、外套の防御力があったって衝撃で死んでしまう。
各々で回避行動を取ると、私は避けながらもチャレンジだ!
空中に逃れると、迫りくる尻尾にタイミングを合わせてバットを振る。
巨大な尻尾に対して、私の身体とバットはいかにも小さい。だけどね、
「勝負っ!」
フルスイングからの激しいインパクト。爆発が起こったかのような衝撃に吹っ飛ばれた。
「いいいぃったーっ!?」
信じられないことに腕の骨が折れた。私の骨は高級魔導鉱物さえ凌ぐ頑丈さを誇る。にもかかわらず、骨折した。互いの速度と硬度から生じる威力が凄まじいからこその結果だけど、こんなことは鍛え始めてから初めてだ。
それでも結果は残した。腕の骨と引き換えに、尻尾の骨の一部は破壊した。全体から見れば僅かな傷にすぎない。だけど確実に傷を負わせた。今のところは再生するような、ふざけた能力はないみたいだし、これならなんとかなりそうね。
さくっと怪我を治しながら戦果を高らかに宣言。
「砕いた! 削って、削って、削りまくってやるわよっ! そのうち勝てる!」
頼もしい返事が届くけど、みんなだって分かってるはずだ。少し削ることさえ私たちは全力を叩き込む必要がある。何度繰り返せばこいつが動かなくなるのか、気が遠くなるほどね。
だけどやるしかないんだ。文句ひとつ言わずに挑む。その先の勝利を信じて。
冥界の森のラスボス? との戦いが始まりました。
超大型で超強力な魔獣戦はこれが初めてになるでしょうか。
激しさ増す次話「金色の骨竜」に続きます。