ブルーノ組
階段の手前でいきなり切りかかってきた男がまだうずくまってる。
反対側に折れ曲がった肘は見るかに痛そうだ。でも折れた腕よりも、強く蹴った脇腹のほうがダメージはあるだろうね。
問答無用で殺そうとしてきた奴を生かしておくなんて、我ながら甘い対応だ。追い打ちをかけないことに感謝して欲しいくらい。
殴り込んどいてなんだけど、襲撃の理由が大したことじゃないからね。やりすぎはよくない。
なんにでも落としどころってのが必要で、落としどころを探れなくするほど怒ってるわけじゃないんだ。
それに組織ってのは横のつながりだって、きっとある。方々を巻き込んでの泥沼の戦いなんて、新参者にはハードすぎる。
倒れたこいつだって、死ぬほどの怪我じゃない。この騒動が済めば回復薬を使うか、治癒師のところに連れて行ってもらうなりするだろう。私を殺そうとしたんだから、しばらくは痛みに苦しめばいい。
おっと、下の階からも騒々しい声と音が聞こえる。組の誰かが戻ったかな。まあそっちは任せておけばいい。
気を取り直して三階に上がると、今度は奇襲もなく重厚な扉の前までたどり着いた。
扉の向こうから感じる濃密な魔力の気配は、ボス自身かその護衛のものだろう。まさに、やる気十分って感じだ。
踏み込めば即座に放たれそうな魔法攻撃。たぶんこれはもう避けたり、いなしたりできる次元じゃなさそうに思える。備える必要があるわね。
うん、次は魔法戦メインで行こう。
対魔法装甲を待機状態にしながら、例によってドアを思い切り蹴り破る。
「どっせい!」
新しく自分の部屋を持ったら、私の部屋のドアは凄く頑丈な造りにしておこう。
蹴破ると同時、タイミングを見計らった魔法攻撃が予想通りにやってきた。
半自動的に展開される装甲で、氷の槍の濁流と化した先制攻撃を凌ぐ。そうすると内部の様子が見えた。
かなり広めの執務室兼応接室といった内装だ。
奥の執務机の向こう側にどんと構えて座るのは、恰幅の良い初老の男。歴戦の戦士が小奇麗な格好をすれば、あんな風に見えるかもしれない。そんな風体だ。こいつがボスだろう。なんか貫禄あるわね。
ボスの手前には抜き身の剣を構えた若い男。さらにその横には、次弾を放とうと身構える魔導士めいた格好の中年男がいた。
おそらく、この剣士と魔導士がここの最高戦力。なんだろう、胸がときめく。
ふふっ、さっきの槍使い三人組も悪くなかったけど、こっちのほうがもっと楽しそうだ!
「……お前か、さっきから騒がしいのはよ。しっかし、まさか女とはなぁ。随分とおもしれえ登場の仕方だが、俺たちに何の用だ?」
先制攻撃を何事もないように防ぎ切った私に呆気に取られたっぽいた初老の男だったけど、すぐに気を取り直したらしい。渋い声で話しかけてきた。
とりあえずはボスなのかどうか、はっきりさせておきたい。
「そうね、用はいくつかあるわ。その前に確認しておきたいんだけど、ブルーノ組のボスはあんたで間違いない?」
私の物言いに色めき立つ護衛の男たち。私に攻撃しようとするのをボスが制止して答える。
「ボス? その言い方は好みじゃないが、そうだな。この組を束ねているのはこの俺、ブルーノだ。そういうお前は何者だ」
少しだけ興味深そうな顔をしながら尋ねる、ボス改めブルーノ。
ふーむ、何者って言われてもね。どう答えたもんかな。
ええい、ままよ!
「耳かっぽじって、よく聞きなさいっ。私の名は紫乃上。この花の代紋、キキョウが示すとおり、キキョウ会のユカリたぁ、私のことよ!」
ノリと勢いでやってしまった。
「…………ほう、キキョウ会か。聞いた事はないが、そのキキョウ会のユカリとやらが何の用だ」
妙なノリを華麗にスルーしてのけるブルーノ。
恥ずかしいじゃないか、この野郎。女に恥をかかせるとは、男の風上にも置けない許せん奴。
「なんの用だって? まったく、喧嘩売られたのはこっちのほうだっての」
「なに?」
「あんたが飼ってるチンピラどもよ。商業ギルドの案内で裏のビルを下見してた時に、いきなりずかずかと。飼い主ならしつけくらいやっときなさい」
「ああ、あのガキどもか。世話かけたな。だがあのビルはウチの物になる。キキョウ会だか何だか知らんが諦めるんだな」
すでに自分の物だって決まってるかのような物言いだ。
しかも、その見下したような視線。気に入らないわね。
「商業ギルドからは売り出し中だって聞いてるから、あんたの言い分なんかどうでもいいわ。用と言えば、チンピラどもの落とし前をどうつけるかってことと、今後キキョウ会には手出し無用って言いにきたのよ。用事はそれだけね」
「そんなつまらん言い分を聞く気はないな。怪我しない内に帰れ。女一人でここまできた度胸に免じて、いまなら許してやる」
どこまで上から目線なんだ。ここまで私の侵入を許してるくせに。
「許す、許さない。それはこっちのセリフよ。素直に言うことを聞くならよし、いまなら許してやってもいいわ」
こいつの言い分は理屈が通らない。
それに、元より殴り込んだ身だ。この期に及んでそのまま帰るなんて、あり得ない。
身体強化魔法の影響によるものか、私に緊張や恐怖は全然なく、戦いに臨む歓喜が沸き上がった。
「お前一人で何ができる?」
「何もできないと思うの? とんだボンクラね」
問答はここまでだ。
ブルーノは護衛に向かって顎をしゃくり、待ってましたとばかりに中年魔導士が即座に魔法を放つ。
それと同時に私は防御力重視の対魔法装甲じゃなく、アクティブ装甲ともう一つの対物理特殊装甲を待機状態にした。
大きめに展開したアクティブ装甲が大量の氷の槍を順に防いでいくのに任せて、こっちも魔法攻撃を仕掛ける。
定番の鉄のトゲを魔導士の足元から生やそうと、イメージを具現化する。
すると、どうしたことか魔法が発動しない。なんで? と浮かぶ疑問は押し殺す。いまは戦闘中だ。
即座にもう一度同じことをすれども結果は変わらず。答えの代わりに、魔導士が浮かべる嫌味な笑みに気が付いた。
こいつの仕業か。なんらかの方法で魔法を妨害してるってわけね。阻害系魔法?
ちゃんとした魔法戦なんて初めてだからどうなってるのか分からないけど、とにかくいまの私のやり方じゃ上手くいきそうにない。
経験不足、知識不足が露呈した。やっぱり実戦はいい。
続く氷の魔法を目くらましに使ったような感じで、横手からも剣士の男が斬りかかってきた。
研ぎ澄まされた今日一番の鋭い斬撃。だけど、バレバレだ。
待ってましたと、わくわくしながら初投入の特殊な対物理装甲で受け止めてやる。
剣士は初撃を防がれることくらい織り込み済みのようだけど、そう簡単には済まさない。
この装甲はそれを許さないためのものなんだ。
斬撃が当たった瞬間、弾けるような鋭い音が鳴る。
「がっ!?」
特殊装甲が爆発したんだ。
爆発に巻き込まれたダメージと、完全に意表を衝いた隙を逃さず、むんずと掴まえて力任せに壁に向かって投げつけた。
綺麗に背中からは当たらず、おかしな姿勢で壁に激突した剣士。防具があっても、無傷じゃいられないだろう。
この戦闘はデモンストレーションの意味も含まれてる。私の実力が本物であり、余裕を見せながら勝利することが可能だってね。
魔導士は剣士がやられる様子に若干焦りながら、速度重視で威力の弱い魔法を無軌道に連発する。
軽い。こんなしょぼい攻撃じゃ、アクティブ装甲の守りは崩せない。手数に任せただけの魔法攻撃は、私にはまったく通用しない。
余裕を見せつけながら、ゆっくりと歩いて接近する。
氷の魔法を全弾、なんなく防ぎながら歩み寄る私に、魔導士は顔を歪めながら最後の賭けに出るみたいだ。
攻撃を一旦止めて、大急ぎで強力な魔法の準備をし始めた。
いいわよ、受けて立つのが私の流儀。余裕をかまして歩みを止めてやる。
デモンストレーションとして、ちょうどいい。
魔導士が私の余裕な態度を見て、怒りも露に魔法を発動する。
「……その余裕がお前を殺す。女め、地獄で後悔しろ!」
アクティブ装甲から対魔法装甲に切り替えて、近すぎて何だかよく分からない魔法を凌ぎ切る。だけど、魔導士は驚愕しながらも勝利を確信した笑みを浮かべた。
それを見て私も笑みを浮かべ、背後から轟く爆発音を聞いた。
相手は二人なんだ。油断するはずもない。
やられたと見せかけて油断を誘う。常套手段よね。
背後から斬りかかった剣士が反応装甲で吹っ飛ばされたのは、魔導士の顔を見れば振り返らなくても分かる。
そのまま近づいて打つ手を失った魔導士を背負い投げ、あっさり叩き伏せてやった。そしてブルーノの目の前に歩いてゆく。
「もう護衛は使い物にならないみたいだけど、このまま続ける? あんたもそこそこ強そうだし、やるってんなら私は構わないけどね」
「畜生が。ちっ、俺も腕に覚えはあるが、無駄な怪我はしたくねえ。やめとくぜ」
憮然としながらも潔く負けを認めた。さすがはボスね。
私の要求はもう伝えてある。なんだか考え込んでるみたいだけど、どうするつもりかな。
「……なあ、ウチの組に入らねえか?」
なにを言うかと思えば。
「入るわけないでしょ。あんまり下らないこと言うようなら、あんたもぶちのめすわよ」
「悪い悪い、ついな。ところでキキョウ会とやらは、俺らをどうするつもりなんだ?」
「ん? 別にどうもしないわよ。さっきの要求を飲むならね」
「なるほどな。ところで下の奴らはどうなった?」
「さあ。寝てるんじゃない? 死んじゃいないはずだけど、保証まではしないわ」
「そうか……分かった、お前らの要求を飲もう」
おっと、意外とあっさり。話の通じる奴で助かるわね。
まあ、ここで駄々をこねるような奴なら、私もちょっとキレてたかもしれないけど。
「親父!」
「親父、それは」
「うるせえっ! 俺らは手加減されて負けたんだ。それくらいも分からねえってのか!? しかも女にだっ! もうメンツも何もねえんだよっ!」
復活したらしい護衛が抗議の声を上げても、ブルーノは一喝して黙らせた。
まあね。女相手にボコボコにされた組が、これから同じ商売をやっていけるかは微妙なところだ。でも表でのいざこざはともかく、最終的にどうなったのかは、ここにいる私たちだけしか分からないことだ。黙ってれば大丈夫だと思うけどね。
こっちの要求さえ飲むなら、余計なことを言いふらしたりもしないし。
「それは」
「聞いてたろ? 俺らは誰も殺されてねえ。お前らは本気で殺しにかかってたが、女相手にそのザマだ。こいつらがその気になってりゃ、今日で俺らは終わってた。死体になってな。これ以上の無様を晒すんじゃねえ!」
「……はい」
ブルーノに怒られて悔しそうに現実を噛みしめる魔導士と剣士の姿には、どこか哀れみを誘うものがあった。
とにかくだ、内輪の話は済んだようね。
「さっきも言ったけど、最初に喧嘩を売ってきたチンピラどもの落とし前を付けてもらうわ。具体的に言えば、何かしらの利益を寄こしなさい」
「どういう意味だ?」
「言葉のとおりよ。私たちの利益になることなら何でもいいわ。現金でも価値のある現物でも情報でも何でも。所詮はチンピラどもの対価だから、そんなに大した価値はなくて構わないわ」
「ほう、たしかにな。あのガキどもの対価に、大したものはくれてやれねえな。妥当な取引だが、あとで文句は言うなよ?」
口元に笑みを浮かべながらブルーノは念を押す。
「あとから文句? そんなつまんない真似、キキョウ会はしないわ。ブルーノ組がスジを通すならね」
「面白れえ女だ。女にしておくにゃ勿体無えな。ますます組に欲しくなってきたぜ」
「その冗談はもういいわ。それで、何を寄こすつもり?」
しつこいのは好きじゃない。
はあ、さっさと終わらせて帰りたい。
「そうだな。おい、ついこの前、マルツィオファミリーからぶん獲ったあのシマ、六番通りはどうなった?」
「はい、あそこをどうするかは組の中でまだ調整中です。いまの状況じゃ、どこの組の連中がいつ手を出してくるか分かったものじゃありません。古株が仕切るか、いっそ若い奴に任せるかで決まってませんでしたが。まさか親父」
「そのまさかよ。いっその事こいつらに任せてみようぜ」
「ですが、あそこは前からウチのシマにするって言ってたじゃないですか」
「分かってるよ、んなこたあ。だが俺たちがシマを仕切っても、抗争はなくならねえぞ。俺らは、あのシマが平和ならそれが一番いいんだ。そうだろ?」
「そりゃあたしかに、どっかが抑えてくれるならウチにとっても、余所の組にとっても、本音ではありがたい事かもしれませんが……」
なんか妙な話になってるわね。とっても面倒くさそうな。
利益になるなら何でもってのは迂闊だったかも。
「ちょっと待って。私たちだって面倒事はゴメンよ。どういうことか説明して」
「ああ、実はな――」
話を聞いてみればだ。問題のシマってのは、ブルーノ組が仕切ってる界隈の端っこのほうで、有名な個人工房が集まってる人気の区画のことらしい。
そこはいくつかの組のシマの境界線上にある地区で、どこがそこを仕切るかで争いが絶えない場所になってるんだとか。
どこかの組が獲ったと思ったら、別の組がすぐに獲るといった状況で、随分と不安定な場所みたいね。
当然、そこに住んでる職人たちからは総スカンを食らってると。
本来なら戦後のごたごたで治安の悪い昨今、組の連中にはみかじめの代わりに用心棒の役割を期待されてるのに、抗争を繰り返して逆に迷惑しかかけてない状況だ。そんなわけで、シマの住人は周辺の組の連中に激怒してるらしい。
厄介なのが、その職人連中が職人として凄腕の集まりだってこと。役に立たないボンクラどもの脅しなんかには屈しないし、彼らの発言力は大きくて他の地域にも影響を与えてしまうほどなんだとか。そうなれば別の地区からも本当に用心棒足り得るのか、なんて疑問も噴出しかねない。
ブルーノ組は我こそが地域に安定をもたらさんと、頑張って一時的にシマを獲得したらしいけど、実際はそんなに簡単なはずもなく、戦力増強や他の組と手を組むことまで考えてたところらしい。
こいつらの事情なんか知ったこっちゃない身としては、どうせやるなら根回しをやってからを獲りなさいよって思うけどね。
「そんなシマを新参でしかも女の私たちがもらっても、余計な騒動が起こるだけじゃないの? 正直ね、面倒なんだけど」
「だがお前らには力がある。俺らブルーノ組を屁とも思わねえほどのな。それに新参ってのは、この状況なら悪い話じゃねえ」
「どういうことよ?」
ブルーノは似合わない真面目腐った顔で話を続ける。
「お前らにはしがらみがねえ。それにいままで迷惑かけてきた連中とは違う、新しい勢力だ。はっきり言って、元からある地元の組はシマの連中に嫌われちまってる。組同士の抗争が片付いたとしてもだ、まともにシノギが取れるとは思えねえし、やりにくい事この上ねえ」
「親父の言うとおりだ。それにあのシマの職人連中は亜人が多い。亜人は女でも低く見ないし、力を示せば積極的にお前たちの側に付くかもしれないな」
うーん、どうしたもんか。
一旦持ち帰って相談したいところだけど、それはちょっとカッコ悪い。ここでズバッと決めねば女が廃るってもんよね。
「へえ、そういうこと。で、そのシマを仕切ったとして、どのくらいの稼ぎが期待できる?」
金儲けは大事なんで要確認だ。何をするにも金がかかる以上、お金って大事。そして私はお金が大好きだ。稼ぐのも使うのもね。
昔の偉い人曰く、金は天下の回り物。稼げたって、貯め込むだけじゃ三流よ。バンバン使ってやらなきゃね。
「そうだな、数十件の店や工房がある通りだ。みかじめだけでもそこそこの額にはなる。だが有力な職人が多く集まってるだけあって、商人や個人客までかなり多くの奴らが毎日訪れる。もし自分らのシマになれば、そこで好きに商売ができる。賭場や酒場を開けば、それだけで莫大な金が転がり込むぞ」
「でかいシノギだろ? だがそれだけじゃねえ。もし空き店舗ができた場合、最初に手にするのは誰だ? 当然仕切ってる組のモンになる。そこを転がしてもいいし、自分らで使ってもいい。どうするにしろ、また儲かる以外にないってわけだ」
男どもが景気の良い話を聞かせてくれるけど、さてね。
「ずいぶんと美味しい話に聞こえるわ。当然だけど、じゃあそこを手放してもいいわけ? って疑問が浮かぶわね」
ボスを睨みつけながら問いかける。
ここでの嘘や誤魔化しは許さない。
「さっきも言ったが、安定して仕切れればの話だ。どこの組にとっても簡単じゃねえ。それによ、俺だって全部を譲ると言ってるわけじゃねえぞ」
真剣な顔つきになるブルーノ。ここからが本題か。
「続けて」
「お前らは新参だ。シマを仕切るにしたって、分からねえ事だって多いだろ。そこで俺らの出番てわけだ」
「なるほどね。その代わりに一部の利権は残せって言ってるわけね」
「話が早えな。そう言うこった。賭場とは言わねえ、酒場を一軒やらせてもらう。もちろん俺らの独占じゃねえ。なんせ多くの客が集まるんだ。酒場の数件程度なら共存できるだろうからな。お前らの邪魔にはならねえはずだ」
有力なアドバイザー付きか。
金儲けの手段は必要だったわけだし、いざとなったらブルーノに全部押し付けて、とんずらするのもありっちゃありね。
特に損はないように思える。うん、悪くない、悪くないわね。
「……いいわ。その話、受けようじゃない」
「よしきた! ならさっそく――」
「ただし。もし裏切ったら、潰すわよ」
言葉を遮り、極上の笑顔から最高のプレッシャーを放った。
唾を飲む間を挟んで、ブルーノは答える。
「ああ、分かってる。ブルーノ組の名に懸けて裏切らないと誓うぜ」
「結構よ。シマの話はまた後日にしてくれる? 今日はほかの用事があるからね。それから裏のビルの話だけど」
「それはすっぱり諦めるさ。惜しいがな。ついでにビル前の通りのシマはお前らに任せる。大したシノギは取れねえし、本拠地の前がてめえんとこのシマじゃねえってのも恰好が付かねえだろ」
「それもそうね。遠慮なくもらっとくわ」
まだあのビルを買うとは決めてないんだけど、それは言えない空気。
しょうがない。いまさらあとには引けないんだ。こうなったらもう、やってみるだけだ。
「今日はここまでだな。情けねえが、怪我人連中の手当てしてやらなきゃならんしな。おい、手持ちの回復薬じゃ足りねえだろ。治癒師を連れてこい」
「はい、親父」
おっと。ここはまた小銭を稼ぎつつ、恩を売っておける場面だ。
「あーっと、ちょっといい?」
「なんだ、まだなんかあるのか?」
「回復薬なら融通できるわよ。これから世話にもなりそうだし、安く譲ってあげもいいけど、どうする?」
「安く手に入るってんならありがてえが、お前らそんなツテを持ってやがんのか」
新参のくせになんでそんなツテを持ってんのか不思議に思ったんだろうね。
分からんでもない。回復薬ってのは常に品薄で、安売りすような物じゃないんだ。
「まあね。で、買う?」
「安いならな。本当にすぐ用意できんのか?」
「いますぐにね」
さらなる格の違いを見せてやる。
ポケットの中にいつもの水晶ビンをパパっと作り出すと、さも最初から入ってたように取り出して見せる。そしてこれ見よがしに、ビンの中に液体を満たす。
もちろん回復薬だ。この状況で出すのが、ただの水とは思うまい。
「おい、まさか」
「嘘だろ」
「お前、治癒魔法使いだったのかよ。信じられねえ女だな、つくづくウチの組に欲しくなるぜ」
がっはっはといきなり笑い始めるブルーノ。
ウケを狙ったつもりはないんだけど。
「なんか容器を持ってきなさい。その中に回復薬入れとくから、あとは適当にやって」
「おい、いくつか容器をもってこい。そういや、何級まで作れる?」
「……そうね。第四級ってところかな。四級、五級、六級あたりを適当に作ってあげるわ」
「四級か。ふんっ、底の知れねえ女だぜ」
明らかに疑われてるけど気にしない。
用意された入れ物に適当に回復薬を作ってやると、どんぶり勘定で代金を払わせ、そそくさと撤収だ。
「そんじゃ、近い内にまた」
「おう。なるべく早くこいよ」
一階まで降りると、乱闘を制したジークルーネたちが私を出迎える。
「全員、無事みたいね」
隣に駆け寄ってきたヴァレリアを撫でながら、みんなの無事な姿を確認して少しほっとした。そんなに心配してなかったけどね。
「ああ、こちらは問題ない。ユカリ殿も無事だな」
「ユカリ、首尾はどうでした? 時間がかかっていたようですけれど」
「話はつけてきたけど、ちょっと色々あってね。まずは裏のビルまで戻るわよ」
「色々?」
ここでのんびり話すようなことじゃない。
まずは戻ってからだ。




