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かごの中の一日

 基本的に跳ねっ返りしかいない収容所の中では、ちょっぴりお転婆な私も目立たず普通に日々を送ることができる。

 まあ何というか、何を言われても聞かないというか、懲りないというか、はっきり言ってバカが多い。私にとっては有難いバカどもだけどね。

 彼女たちのバカっぷりのお陰で、特別取り繕ったりすることもなく、普通に日々を送れる。自然体でいられるのってありがたいことだ。


 授業の後は、お昼ごはん。

 味気ない食事は、栄養補給として割り切るようにしてる。

 シャバに出たら美味しいもの食べるんだ、絶対。それは最早、生きる目的になりつつある。

 食堂に移動し、いつものように無心で栄養補給に勤しんでると、不躾ぶしつけにもいきなり怒鳴り散らされた。


「おい、てめえ! 誰に断ってあたしの専用席に座ってんだ! ああっ!?」


 目を向けるまでもなく、ここの名物女だと察する。

 こうして誰彼構わず日常的に喧嘩を売って歩いてる頭のおかしい巨漢の女だ。私も何度喧嘩を売られたか数え切れない。

 常にイライラしてるみたいなんだよね、コイツ。一体何なんだか。


 巨漢の女がいつも座ってるのは反対側の席のはずだけど……あっちは空いてるわね。

 無視してもいいんだけど、ここは収容所だ。舐められるような態度は取れない。


「物覚えの悪いアンタに教えてあげるけど、アンタがいつも座ってる席は向こう側よ?」

「いいからどけっ!」


 巨漢女は乱暴に言いながら、ビンタをするように勢いよく横殴りに手を振り払った。まったく、手の速い奴。

 不意の攻撃をなんなく避けるけど、手に持ってたパンに当たってしまった。


「あっ!?」


 私のパンが。全然美味しくないパンだけど、貴重なカロリー源をよくもっ。


 あくまでも個人的な考えだけど、私は金を無駄にする奴と、食べ物を粗末にする奴は昔からどうにも気に食わない。

 今のはわざとじゃないんだろうけど、貴重なカロリー源を奪ったことに違いはない。

 この怒り、押し込めておけるほど、私は大人しくない。


 無言で立ち上がると、周りの人たちが急いでテーブルを端に寄せて退避し始める。みんな慣れたものだ。

 ありがちだけど、こういう場所では舐められたら終わりだ。跳ねっ返りばかりがいる環境なんだからね。

 一度でも弱みを見せれば、ずーっと舐められて、下っ端の使い走りのように扱われる。

 売られた喧嘩は、買って叩きのめすに限る。


 それから、ありがたいのか残念なことなのか、ここの職員たちは大抵のトラブルは見て見ぬ振りをする。

 喧嘩なんてしょっちゅう起こることだし、助けを求めたりしなければ放っておいて貰える。もう面倒で付き合ってられないだけなんだろうけどね。でも再教育機関の職員として、それはどうなんだと正直思う。


「おらあっ!」


 こっちの物思いなんかには一切構わず、さっそく殴りかかってくる巨漢の女。今度はグーでだ。相も変わらず考えなしの女。

 私は前に突き出された拳を掴むと、腕ごと脇に抱え込みながら懐に入り、身体を沈めて背中を密着させる。そして勢いに任せて巨体を背負いあげ、一気に投げ飛ばす。一本背負いだ!


 あっという間に投げ飛ばし、腰から床に叩き付けてしまう。

 悶絶する巨漢の女。自身の体重がかなり重いこともあって、結構なダメージだろう。

 この巨体を投げ飛ばすのはもう何度目になるか。いい加減に学習して欲しいもんだ。


「ヒュー! さっすが!」

「惚れ惚れしちゃうねぇ」


 のんきに見物してるお調子者たちが囃し立てる。これもいつものこと。

 特に気にも留めず、テーブルを直して残ったままの食事を再開する。


 昼食の時間が終わる頃には、下級の治癒魔法を使える職員が巡回でやってくるはずだ。

 あの女が怪我をしてたとしても、魔法で治してくれるから心配ない。



 食後はどっぷりと勉強するのが基本だけど、気分が乗らない時には軽い読書タイムにすることもある。

 そういう時は、この世界定番の物語を読んで楽しむんだ。

 意外なことに出版が盛んなようで、学術書や娯楽小説だけじゃなく、驚くことに新聞や雑誌まである。書物の類はかなり豊富だ。

 楽しみつつも、色々と勉強になる充実した図書館ライフが送れる。


 最近は特に、新聞は必ず読むようにしてる。

 新聞はファックスみたいな魔道具から毎日定時になると出力される仕組みで、しかもフルカラーときたもんだ。凄くない?


 その新聞記事によれば、この収容所があるブレナーク王国と、東側の隣国であるレトナーク王国のどちらも、今はかなりキナ臭い。

 ブレナーク王国は数年前から王位についた傍若無人な通称、独尊王のせいで、優秀な者や聡い者はどんどん国外に流出してるらしい。

 そこそこ上役の高級官僚まで国を脱出することもあるらしく、このままじゃ国家の運営自体がままならない事態になってしまいそうなんだとか。当然、国家が運営してる、この収容所は他人事じゃ済まされない。


 隣国のレトナーク王国では少し前にクーデターが起こって、現在は軍事政権が権力を握ってる。

 クーデターを起こした側はまったく民衆の支持を得ていないらしく、非常に混乱してるそうだ。それでいてブレナーク王国に侵略する気配も見せてるんだとか。


 どちらの国の民衆も、たまったもんじゃないだろう。

 この両国については皮肉にも、収容所の中のほうがシャバよりも平和っぽい。



 勉強や読書の後は運動場でこれまた日課のトレーニングに励む。

 トレーニング仲間のゼノビアに声をかけて、一緒に身体を動かすんだ。


「ゼノビア! きたわよ」

「ユカリ、いつもの時間だね。やろうか」


 ゼノビアは女性ながらも、そこそこ有名な傭兵なんだとか。

 傭兵は完全に実力主義だから、男至上主義の社会でも相応の実力さえあれば、女でも文句が付けられないでやっていける貴重な職業らしい。

 彼女は引き締まった体をして、見るからに強そうなんだけど、女性らしさも失わない絶妙なバランスを保ってる。私も見習いたい。


 ちなみにゼノビアの収容理由は男への暴力って話だ。

 しつこいナンパ野郎をぶちのめしたら、良い所のボンボンだったみたいで、腹いせに訴えられたあげく問答無用で収容所送りになったらしい。

 ホントひどい話だ。まあさすがに違法とは言い難い状況もあってか、刑務所じゃなく収容所送りになったみたいだけどね。


 そのゼノビアは剣士なんだけど、私の投げ技を目撃して大いに興味を持ったみたいで、最初は彼女から声をかけてきたんだ。

 基礎体力と筋力のトレーニング、組み合って相手のバランスを崩す練習に、寸止めだけど投げの練習をする。

 畳がないから、実際に技を掛け合って投げる練習というのがとてもやりにくい。

 健康のためにも運動したいなと思ってたから、ゼノビアの申し出はありがたかった。一緒なら一人でトレーニングするよりも、ずっと効率が良いしね。


 ところが、ずっと日課にして二人でトレーニングを続けてると、自分もやりたいという人がだんだんと集まってきたんだ。

 日によって違うけど、多いときには三十人くらい集まっての合同トレーニングとなる。ここは暇だしね。運動は健康と暇つぶしに持ってこいというわけなんだ。

 ついでに、運動は美容にもいいなんて言ったら、もっと集まりそう。面倒なことになりそうなんで、そんなことは口にしないけど。


 そうして和気藹々とした空気の中、しばらくトレーニングを続けた。


「あー、疲れた。そろそろお風呂の時間よね。汗流したい」

「そうだな、混まない内に早く行こうか」


 お風呂といってもシャワーしかないけどね。

 その後は夕食、そして収容所作業が始まるまで自由時間となる。



 食後にまた図書館に移動すると、次は魔法の勉強だ。

 オー、イエス! 魔法!


 一言で魔法といっても色々あって、多くの属性に分類される。

 火や水、補助や支援、治癒、召喚、錬金、などなど他にも数多く存在するらしい。


 すべての人は大抵は一つか二つの属性に魔法適性があって、その分野についての魔法に長ける。もちろん個人差は大いにあるようだけど。

 適性外の魔法もある程度は使用可能なんだけど、適性のあるものに比べて、効果は著しく劣るし高度な魔法は使えない。適性がなければまったく使えない魔法もたくさんあるって話だ。


 そして。なんとなんと、私にも魔法適性があったんだ!

 すべての収容者は、入所する時に鑑定の魔道具にかけられて、個人情報が明らかにされる。その結果に基づいて試問されるんだけど、びっくりしたもんよね。


 私の魔法適性は、薬魔法と鉱物魔法の二つ。どちらも珍しい魔法適性らしく、自分でも色々調べてるけど具体的には、まだよく分からない。

 薬魔法は治癒魔法の派生系、鉱物魔法は土魔法の派生系、といったところみたいなんだけど。

 まあこういったニッチな魔法適性は結構あるらしいから、メジャー属性でなくても悔やむことはない。むしろ何であれ魔法が使えるってだけでワクワクだ。


「また魔法を調べているのですか? ユカリも好きですよね」

「いいでしょ。魔法なんて、そもそも知らなかったからね」

「田舎だとそんなものなのでしょうか?」


 異世界の田舎の事情なんて知らないし答えようがない。まあ、こういう時はスルーよね。


「はあ、早く魔法使ってみたい。フレデリカは鑑定魔法だっけ? どんな感じ?」

「どんなって言われましても。魔法はイメージ次第なので、個人個人で違うのですよね。わたしのを聞いても参考にならないと思いますよ。むしろ魔法は苦手なほうですし」


 残念なことに、とてもとても残念なことに、収容者には漏れなく魔法封じの腕輪が付けられてしまってる。これがあると魔法が発動できなくなるって寸法で、お蔭で私は魔法未体験なんだ。


 基本的な魔法の発動イメージは学習済みなんで、あとは実際にやってみるだけ。

 一日も早く試してみたいんだけどね。これも今となっては私の生きる希望だ。

 ほんと、早くやってみたい!



 横に座るフレデリカは新聞を読んでるから、ついでにちょっと聞いてみる。


「国の状況はどう? ちょっと怪しい感じよね」

「ええ、この収容所は僻地にありますから、影響は少ないと思われます。そうは言っても油断はできないでしょうけれど」


 隣国との情勢について軽く話を振ってみると、思ったよりも深刻に捉えてるようだ。


 新聞情報を読む限りだと、実際に戦争が始まった場合、ブレナーク王国が対抗できるかは非常に微妙なところ。むしろ厳しいと思う。

 さらにゴシップ雑誌の情報でしかないけど、隣国レトナークの軍事政権はまともな統治もせずに、ただ無法に暴れまわる山賊集団とまで非難されてる。本当にそんな国に侵略された場合は悲惨なことになるだろうし、この女子収容所もきっとただじゃ済まない。


「うん。いざって時の心構えと、手段は考えといたほうが良いと思うわよ。ここじゃ新聞読む人は少ないし、今のところ危機感持ってるのは私たちだけかもね」


 新聞と雑誌は、この収容所じゃ数少ない情報源。フェイクが混ざってる可能性は否定できないけど、それでも参考にはなる。


「戦争が始まってから考えていたのでは、手遅れになってしまうかも知れませんね。わたしからも知り合いには話しておきましょうか。非常事態になった場合にどうするか、少しは考えておかないと。ユカリも頼りにしていますよ」

「さすが元詐欺師ね。口の上手さに自信がおありのようで」

「詐欺ではありません! 合法ですよ、合法! なんですか、ユカリだって密入国者でしょう? コソコソするのは上手いはずです!」


 私は何の準備も心構えもなく、気が付いたらこの異世界にいたから、コソコソも何もないんだけどね。


 ここにきてしまった時は当然ながら、この世界の身分証明証も持たない不審者で密入国者。

 何もしてない、というか何もできずに呆然としてるところを、巡回中の騎士に発見され捕らえられ、不法に侵入した流民として収容所送りになってしまったのだった。南無。


 まあ刑務所じゃなかっただけでもありがたい話だ。不幸中の幸いってやつね。

 常識的には不幸にすぎると思うけど、どんな状況でも気合と根性で大抵どうにかなるもんよ。


「コソコソするのは今、関係ないでしょうよ。とにかく、先のことも考えて情報収集は大事だからね。新入りに街の様子なんかも聞いておきたいわ」

「ええ、その辺は任せてください」

「さすが元詐欺師、口が達者だこと」

「それはもういいですから!」


 具体的に行動を起こすのはまだ先になるだろう。そうならないのが一番だけど、嫌な予感て当たるもんだからね。

 あとは私自身の魔法適正の勉強だ。出所した後で必ず役に立つ。やっぱりお勉強大事。



 消灯の前には一日の締め括りに、収容所作業が行われる。

 ほんの数秒で終わってしまう、ぜんぜん大したことない内容なんだけど、一応は重要な仕事だ。


 作業内容は魔石への魔力充填で、さわって魔力を込めるだけの簡単なお仕事。

 魔法封じの腕輪の影響で魔力をほぼ使わないから、一日の終わりにはたんまりと込めることができる。込めるというか、さわると勝手に吸い取られるんだけどね。


 魔石は様々な魔道具のエネルギー源として活用されてるから、人々の生活には絶対に欠かせない必需品。その一助になってるなら結構なことだと思う。

 それに魔力は使えば使うほど鍛えられて総量が増える。収容者にとっても、実はそれほど悪い話じゃない。


 今夜もぐぐっと、目一杯魔力を吸い取られてから眠るんだ。

 仕事の後では、早めにベッドに入る。おやすみ。


 こうして私は収容所に入れられるという幸運(?)に助けられて、今に至るのだった。

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