表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/464

朝から始まるエスケープ!

「先頭車両はオフィリアが運転、ミーアとリリアーヌと私が乗車! 私が道をならすから、リリアーヌは障害物の撤去に集中! 若衆は装甲車でその後ろに。最後尾のジープに残りが乗って、蟻が見えたら魔法で牽制しなさい!」

「おいっ、 早く行こうぜ!」


 この道はクリムゾン騎士団が切り開いてくれた道とは限らない。もし違うようなら、すぐに立ち行かなくなるかもしれないんだ。その場合には、できるだけ魔法で障害を排除しながら進むつもりだけど、最悪は覚悟を決めて戦うしかない。


 各車両に乗り込むメンバーとは別に、私とリリアーヌはジープの屋根に上がる。ここは荷台になってるけど、今は荷物を積んでないからスペース的には問題ない。

 ただし、当然ながら不安定な道の逃避行だから、へばりつくように乗ったとしてもかなり危ない。それでもこれが効率的で私たちなら問題ないからこれでやる。

「楽しくなってきましたねえ」

 笑顔のリリアーヌの好みはやっぱり変わってる。私はかなり嫌だ。


 今回は超極薄魔力の膜は使わないから、視界の確保と魔法の行使には外にいるのが一番だ。昨日は夜間でしかも雨、見えない状況だったから仕方なくやったけど、消耗が激しくていざという時に困る。視界の確保ができる日中帯は、なるべく消耗を押さえたい。昨日は逃げ切るのに数時間を要したから、今回も同じようになると想定すべきだろう。はぁ、始める前から憂鬱になるわね。


 オフィリアが鳴らしたクラクションを合図にして、またもや逃亡が始まった。



 ちょっと進んだだけで分かったけど、この道は間違いなくクリムゾン騎士団は通ってない。

 まず道らしい道とは違う不思議な道なんだ。車両が通行したような跡もなければ人が通った痕跡もまったくない。

 普通なら森に飲まれてもおかしくないような、そんな道だ。なぜか樹木どころか草すら生えてない一本道がある不思議な光景。なにかしらの自然現象の賜物か、あるいは魔法的な要素か、答えは出そうにない。


 ひょっとしたら現代において誰も知らない未知の場所を通ってるんじゃないかとも夢想してしまう。こんな道の話はどこにも出てこなかったし、現に人の立ち入った痕跡が皆無の道なんだ。蟻に追われる状況じゃなければ、周辺探索してみたいところよね。


「ちょっとユカリノーウェさーん! 手伝ってくださいよー」

 意外と綺麗な道だったから、窪みや突起みたいのは少ないんだけど、どこからきたのか大きな石とか倒木や枝の塊なんかは結構転がってる。リリアーヌはそれを逐一排除してくれてるけど、私の出番はほとんどない。好奇心に駆られるまま、不思議な道の観察と周辺に何かないか眺める観光気分だ。

「あー悪い悪い。じゃあ私は石をどかすから、それ以外はあんたね」

「配分がおかしいような……」

「あっ、あそこに窪みが! 忙しいわねえ!」

 後ろからはまだ蟻が付いてきてるらしいし、まだまだ振り切るには時間がかかりそうだ。



 朝から始まった逃亡は結局、夕方近くまで続けられて終了した。いくらなんでも、しつこすぎる。

 途中で雨が降ってきたときには、かなりしんどい思いをしたけど無事に逃げ切れたのは良かった。

「こんなのが何度もあったんじゃ、たまんないわね」

「本当に疲れました……。早くご飯にしましょう」

 常に笑顔を崩さないリリアーヌも大分お疲れらしい。見るからに消耗した様子だ。

 想定とは違う形だけど先に進むペースはかなり早い。今日はもう野営にしてしまうことにした。変に移動してまた魔獣の群れに遭遇するのは避けたい。

 休憩する暇もなく移動を続けたから、誰もが疲れてる。いつもは元気なみんなも、口数少なく食事の準備を進めた。


 それにしても周りを見るとやっぱり変化が激しい。

 草木の生えない道は相変わらずだけど、周りの景色がだいぶ変わってきた。

 大陸南東部の小国家群の辺りは、まだいわゆる普通の森って感じだったけど、廃道を進むにつれてジャングルのような様相を呈してきた。そしてこの辺になると、大きく隆起した台地が遠目にいくつも見られる。この分だと逆に亀裂や谷なんかもありそうだ。


 通路を逸れて森に入るのは、魔獣以外の要素でも非常に危険と思われる。そういや毒草とか肉食植物の話なんかも冒険者ギルドで聞いてたけど、まだ見掛けてはいない。どこにあってもおかしくないし、ますます道から逸れるのは避けるべきね。うーん、迂闊に暗闇の森に入るとか、冷静に考えると完全にアホね。


「そういや、食料の備蓄はどう? まだ足りる?」

「えーっと、明日の分までは十分です。節約すればもう少し。昨日は蟻の襲来で、積み込みを途中で放棄してしまった分、少なめです。それ以外は保存食になりますね」

「そう。調達できるタイミングがあったら、なんでも確保しておきたいわね」


 在庫管理をしてる若衆の答えに、微妙な不安を覚える。逃げてばかりじゃ食料が尽きる。魔獣肉の確保が上手くいけばいいけど、並行して野生の果実は摘んでいってほうがいいかもしれない。

 ちなみにキノコや山菜はミーアたちでも見分けるのが難しい毒を持った種類があるらしく、飢え死にする状況でもない限りは食べないことにしてる。


「あっ、あそこ、実が生ってますよ」

 タイムリーなことに、若衆が食材候補を発見したらしい。

「また変なのじゃないわよね? 食べられるか確認しとこう」

「ですね。いくつか持ってきます」

 私だけじゃなく、痛い目に遭ったみんなも慎重だ。サンプルに持ってこさせた実は、ヤシの実のような硬い外皮に覆われた実だった。

「誰か知ってる?」

 互いの顔を見る仕草からして、残念ながら誰も知らないらしい。うーん、どうしたもんか。

「ひとまず、割ってみますか?」

「そうね、見た目や臭いでダメなら味を試すまでもないし」

 実を採ってきた本人が頷き、硬い実を左右の手に持って思い切りぶつけた。


 あっさりと皮が破れ、飛び散る汁。途端に充満する臭気。

「くさっ!?」

「な、なんだこれ、くせえ!」

「ううっ、強烈な干物みたいな臭いですかね? 早く遠くに捨ててきましょう」

 激臭汁の付いてしまった若衆が涙目で捨てに行く。なんだろう、外套の浄化刻印が機能しないってことは、毒判定がないことになる。食べたことないけど、ひょっとしたらドリアンみたいな特徴の果実ってことかな。なんにせよ、臭くてこいつを食べる気はしない。


 ひと騒動の後、主に精神的な疲れを引きずりながら食事を終えると各々で横になる。人通りもないから、平らな通路のど真ん中でごろ寝だ。夜警の番には運の悪いローテーションで、アルベルトとグレイリースが立つ。疲れてるところ悪いけど、順番だからしょうがない。

 私はいつものようにヴァレリアを侍らせて、おしゃべりもせずに眠ってしまう。軍用寝袋の機能性は驚くほど高く、防水性はもちろんのこと適温を保ち通気性にも優れる。おまけに軽くてコンパクトで丈夫だ。兵隊のみならず、アウトドアには最適ね。


 そういや、元のルートに戻るって選択肢はなくなったも同然ね。ここまで進んでおいて今更引き返す気は起きないし、戻ったところでまた蟻に遭遇してしまえば完全な無駄足だ。もう突き進むしかない。幸い、方角的には西に進めてる。だったら問題ないと思っておくしかない。

 さて、どうせまた明日も楽には進めないだろう。嫌な覚悟をしつつも、束の間の休息に沈み込んだ。



 ……んー、うるさい。

 無意識に身じろぎして騒音から逃れようとしてると、はっとして目を開ける。

「起きろ、起きろー! 敵襲だあ!」

 言葉を認識すると同時に、むくりと上体を起こした。

「はぁー、勘弁して欲しいわね」

「……眠いです」


 寝入ってからまだ一、二時間といったところだろう。面倒だけどわざわざ起こすってことは、少数の敵じゃないはずだ。群れみたいのがまた近づいてるってことになる。

 少数の敵なら夜警の当番が倒してしまうし、そもそも弱くて少数の魔獣程度なら、魔道具が機能して近づかせない。

「ミーア、まさかまた蟻じゃないわよね?」

「今度は探知にかからないです」

 寝袋を片付けながら確認するも、どうやら蟻じゃないらしい。

「せめて敵の正体が知りたいわね。食べられる魔獣ならいいんだけど」

「探りに行ったグレイリースがそろそろ戻るはずだ。あたしらは片付けと迎撃の準備だな」

 グレイリースなら闇夜の森でも大丈夫だ。帰還を待とう。


 野営道具を片付けて装備の確認をしてると、必死な形相のグレイリースが戻った。嫌な予感しかしない。

「どうした!?」

「ヤバイですよ!」

 情報局で鍛えられてるにしては、なんともまた要領を得ない報告だ。動揺してるわね。

「と、とにかく逃げましょう! ム、ムカデ! 大型のムカデがきます!」

 空気が凍り付き、ぞわっとする。

 動きが止まったのも一瞬、即座に車両に乗り込み逃げ出した。


「冗談じゃないぜ。大型ムカデなんてよ」

 まったく同感で車内に忌避感が満ちる。蟻のほうがまだマシだ。戦うどころか見たくもない。

 夜間で視界を十分に確保できないことから、今回は最初から切り札全開、道の安全確保は私が完璧にやってやる。昨日と変わらず屋根の荷台に上がったリリアーヌには、前方や横手に魔獣が現れた場合の対処と警戒を任せる。


 逃げてから少しすると、後ろから破壊音が轟き始めた。

「ユカリノーウェさーん! ムカデの足が速いです! このままじゃ追い付かれますよー!」

「嘘っ!?」

 時速五十キロくらいは出てるはずだ。足が多い虫にしてもやけに速い。

 少し速度を上げる程度ならまだ余裕はあるけど、付かず離れずの距離で逃げ続けるより、一気に距離を離してしまえば諦めてくれる可能性もあるか。ただ、それをやるには負担も大きい。

「最後尾で魔法攻撃してくれてますけど、このままだと飲み込まれるかも……」

 それは嫌すぎる想像だ。


「なんとかしろ、ユカリ!」

「あーもうっ、消耗度外視で行くわよ! リリアーヌは前方の障害物だけに集中! ミーアもそれの援護! 私は道の整備を加速させるから、オフィリアは全力でぶっ飛ばしなさい!」

 所々にある障害物以外は意外と綺麗な道だけど、完全に整備された道には程遠い。多少の凸凹でもスピードを出せばそれが大きな事故につながる可能性はある。未知の場所で油断なんて決して許されない。

 移動速度が増せば増すほど、認識すべき情報量と魔力の使用量は激増する。だけど、やるしかない!

「うおおおっ、頼んだぜー!」

 加速するジープに同期するように意識を加速させた。ここからが正念場だ。



 引き延ばされたような時間の中で、ただひたすら魔法の行使に没頭する。意識の外側でミーアとリリアーヌが障害物を排除してくれてるのはなんとなく分かる。

 どれだけ時間が経ったのかは分からない。一時間? 二時間? あとどれだけ続ければいい?

 うなりを上げるジープのエンジンに負けじと、まるで機械のように淡々と、しかし正確無比に土の地面を平らな石の道に変えてしまう。


 苦しいけど徐々に必要な手順や魔力の消耗は最適化され、力が尽きるにはまだまだ猶予がある。

 集中、集中だ。苦しくてもムカデなんぞと戦うよりはずっとマシ。前に一度だけ倒したことがあるけど、返り血ならぬ変な汁が付着したときには絶叫してしまったし、腹から大量の卵が零れ落ちたのを見た影響で、立ち直るのに三日を要した。うねうね動くたくさんの足も嫌だし、存在の何もかもが生理的に無理だ。思い出しただけでもゾッとする。


 さらなる魔法の効率化、極限を求めて魔法に集中すると、ムカデのことさえ忘れそうになる。

 時間経過の感覚が鈍い。透徹した魔法理論を組み上げられそうな境地に達するんじゃないかと邪念が入ったタイミングで、身体を揺すられた。

「もう大丈夫です、お姉さま!」

 視界に色が戻る。計器の灯りに照らされた車内。変わらずに暗い外。

「ユカリ、速度を落とすぞ。外の様子がおかしい」

 どうやら脅威は去ったらしいけど、同時に別の問題が発生したみたいね。

「追手がないなら、一旦停まって全員で話そうか?」

「ああ、どうにも妙なことになってやがるぜ」


 減速して停止すると、後続車も同じように停まって全員で集合した。

 私は半分以上意識が飛んでたから、現状認識が弱い。あ、異変の話を聞く前に、ムカデの事だけは確認しないと。

「で、ムカデはどうなったわけ?」

「見てなかったの? 先頭車両が急加速してからはすぐに引き離せたわよ。その後もずっと飛ばしっぱなしだったから、さすがに追ってくることはないと思う」

「ずっとってどれくらい? まだ真っ暗だし、夜中よね?」

 襲撃で目が覚めたのは真夜中だった。今の季節、朝日が昇るのは速いから、真っ暗な今は朝にはまだ遠いはず。ということは、長くて三時間か四時間の移動か。


 ところが、みんなの態度が妙だ。

「それが、もうとっくに朝のはずなんです」

「どう見ても夜なんだが、逃げ出してから八時間以上は経ってるからな。明るくならないのは変だろ」

「八時間って、そんなに? 全然気づかなかったわね」

 まあいい。しかしなるほど。時間的にはたしかに余裕で朝の時間帯だ。どんなに天気が悪かったとして、夜と同じ暗さにはならない。しかも星明りさえない闇だ。車両が放つヘッドライトの灯りだけが、不気味な森を照らしてる。


 それにしても不気味だ。明るさの問題だけじゃなく、妙な寒気がするというか。

「……静かですね」

 ミーアの呟きが嫌に響く。妙な違和感がある。おかしい。明らかに変だ。

「ここって森の中よね。虫の鳴き声どころか風の音さえしないってのは、どういうことよ?」

 誰も答えを持ってない。おかしいことだらけだ。みんなの間にも緊張感が満ちる。


 すると、静かな森に足音が聞こえた。無言の私たちには嫌でも聞こえる。

 どう考えても誰かが歩く音だ。ゆっくりと、大地を踏みしめる、二足歩行と思われる足音。

 こんなところに人がいるとは思えない。だったら魔獣?

 魔獣ならなんのことはない。虫の魔獣だったら嫌だけど、二足歩行はたぶんないし、一匹だけなら目を瞑ってても倒せる。だけど、何かが違う気がする。嫌な予感としか表現できない


 ヘッドライトの照らす道の向こうから、そいつは姿を現した。


苦手の虫から逃げて到着したのは……。

ここから旅の新たなフェーズに突入します。

次話「ダークフォレスト・ファンタジー」に続きます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 魔物と魔法のファンタジー・ワールド! 連日の魔法酷使でユカリが新しいステージに開眼しそう!? イケイケのキキョウ会も虫々大行進には勝てない!? ムカデ汁をブッ掛けられたトラウマから 巨大…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ