森の地下
草木も眠る丑三つ時でも、森のなかはそれなりに騒がしい。
静かなようでいても虫の鳴き声はするし、夜行性の魔獣の鳴き声も時折は聞こえる。風が吹けば木々の葉が盛大にざわめきもする。
それでも人の足音が混ざれば、警戒をする人にとっては強い注意を引き付ける要素となる。
もちろん、うっかり音を立てるようなマヌケはいないし魔力の隠蔽も完璧。気を付けておけばそこそこ接近しても悟られることはないだろう。
今回は夜間にもかかわらず、全員がサングラスを装着した怪しい集団だ。見つかったら問答無用に攻撃を受けてもおかしくない。
不寝番の立つ採掘場と思われる洞窟の前には複数人の見張りがいて、そのすぐ近くには大きなログハウスが七棟もある。
せっかく明け方前の強襲だってのに、夜型人間しかいないのかログハウスに人のいる気配はほとんど感じられない。各棟に数人ずつといったところか。
ログハウスの数とサイズからして、本来ここにはかなりの人数がいてもおかしくない。十分な人数がそもそもいない可能性もあるけど、それならそれでいいんだ。どっちにしろ時間をかけて調べる暇はないし、出たとこ勝負でやってしまう。
「敵は多いかもしれないし、少ないかもしれない。村人がいるかもってのもただの推測よ。最悪は枯れた採掘場でしかなくて、残党どものただのアジトかもしれない。不愉快な状況に遭遇することも十分にあり得るわ」
「今さらだろ。バカ共をぶちのめして、ついでに金目の物でも奪えれば、それだけでもあたしはいいぜ。なあ?」
半分は冗談でネガティブなことを並べ立てるも、オフィリアやみんなのやる気は変わらないらしい。それぞれの武器を構えて戦意を示す。深夜のテンションと揃いのサングラスで、妙な気持ちの高ぶりもあるっぽい。
「よし、じゃあさっさと始めよう。誰がやる?」
誰ともなく、全員がニヤッとした。
「分かった。倒したらミーアが先行、私とヴァレリア、アルベルトとヴェローネが続いてオフィリアは最後尾に。リリアーヌとグレイリースは別行動で、ログハウスの襲撃後にこの場所の確保。いいわね?」
全員が頷くや否や、ナイフの投擲で二人を同時に倒すと、ミーアも同じくナイフを投擲して二人を倒した。
ヴァレリアが投げナイフから少し遅れる程度の超速で飛び出すと、見張りが誰何の声を上げる間もなく打倒する。
月白のコートを纏った美少女が注目を独占するのをいいことに、オフィリアが別の角度から迫り見張りを斬り倒す。
こっちの存在がバレて敵の動きが活性化しようとするタイミングで、ヴェローネから限界まで輝度を高めた光魔法が放たれ闇に慣れた見張りの眼を焼く。
絶妙な援護で生まれた隙は、残った敵の全員を倒すには十分だ。ほんの僅かな時間で制圧は完了した。
強い光はログハウスから観測された可能性はあるけど、すでにそっちに向かったリリアーヌとグレイリースがどうにかするだろう。それにログハウスに居る奴らは寝てるか酔っ払てるだろうから、気づかれても影響は少ないと思う。
手筈のとおりにミーアが先行して私たちはその後に続く。
洞窟の中は意外と広いけど、分岐が多くちょっとした探索でもなかなか骨が折れそうだ。ミーアは魔力感知だけじゃなく、反響してくる音や風の流れ、あるいは足跡なんかまで考えて進むべき道を選択する。迷いのない動きは無造作に進んでるようにしか見えないけど、人の集まるエリアに向かって着実に進んでるんだろう。
複雑に入り組む坑道は、魔力感知だけだと正解のルートを導き出せない。これほどの技術を目の当たりにすると恐れ入るもんよね。
徐々に下っていく道を駆け抜け、途中で見かけた強面を容赦なく倒しながら進むと、大勢の人の気配にかなり近づいてきた。ゴールは近い。
あと一つか二つ通路を曲がって下れば目的地というあたりで、一旦ストップした。
「さすがね。ミーアのお陰で無駄な探索をしなくて済んだわ」
「凄いです」
「これが特技ですから」
「冒険者時代よりも凄くなってない?」
「ここまでのレベルじゃなかったろ。やるな」
照れた感じのミーアだけど、誇るべき技能だ。みんなからも肩を叩かれ賞賛の声が上がった。
さあ、ここからが本番だ。すぐそこに迫った目的地は、かなりの大空間と思われる。
「マクダリアン一家の残党にしてはやけに人数がいるわね」
「やっぱり村人が絡んでそうだな」
「ここからじゃ何言ってるのか分からないが、怒鳴り声みたいのが聞こえるぜ」
「強制労働、でしょうね」
状況からして間違いなさそうね。
「人数と配置を見てきます」
やけに速い忍び足のミーアは姿を消すと間もなく戻った。
「近くに敵はいません。直接見てもらったほうが早いので、一緒に行きましょう」
様子を見に行くと、想像を上回る巨大空間が広がってる。私たちの現在地は、螺旋状に緩く長く続く通路の一番上だった。お陰で大空間を上から見渡せる。
普通ならこの見晴らしの一番いい場所には見張りを立てるもんだと思うけど、たぶん道中で倒した奴らがその役目を担ってたんじゃないかと思われる。
煌々とした魔道具の照明で照らされ、真昼のように明るいから隅々まで良く見えた。
「……こいつは、凄いな」
「ここまで大規模とは思わなかったわ」
思わず感嘆してしまうような光景だ。
地下の巨大空間は、野球場くらいの広さはある。深さも二階席上段からグラウンドを見下ろすような感覚だろうか。もしかしたら、深さはもっとあるかもしれない。
まさか森の地下にこんな空間があるなんてね。
非現実的な巨大空間は興味深くて面白く、魅力的な観光スポットにさえなり得るかもしれない。
ただ、そこにいる人間の姿は対照的に醜悪極まる。
「しっかし、なんであそこまでやる必要がある?」」
「いくらなんでも普通じゃないですね」
過酷な強制労働で今にも死にそうな多くの人々。
強要する側の悪態の酷さはなかなかのものだ。裏社会が支配するエクセンブラでもそうお目に掛ることはできない。
いかに強制労働だとしても、非道の限りを尽くした光景がここにはあった。
なにか急ぐ理由でもあるのか、村人は使い潰されつつあるらしい。
そこかしこに死体が放置されてるのは、逆らう者を容赦なく殺し、動けなくなった者は見殺しにした結果だろう。時にはただの気分で殺された者だっているに違いない。この場所はそういう粗暴な空気に満ち溢れてる。
まだ生きてる人たちも疲労の限界にあり、朦朧とした意識で動けなくなるまで身体を動かすだけだ。ここには一切の希望がない。
しかも驚くことに、重労働で過酷な採掘場には働き盛りの男のみならず、老人と女までもが動員されてる。弱い者から死んでいく状況なればこそ、転がる死体には老人が多くみられる。
地獄のような強制労働は、鞭打ちや棒での殴打まで平然と行われ、まるで言う事を聞かない駄馬や家畜を躾けるかのようだ。反吐が出る。私は悪党を自認してるけど、さすがにあんな奴らと同じとは思われたくない。
「ちっ、見てられねぇな。さっさとやっちまおうぜ」
「どう攻める? これだけ明るいと光魔法は効果が薄いし、大きすぎる音は弱り切った村人を最悪、死なせることになるかもしれないわ」
閉鎖空間だからこそ、光も音も効果は高くなると思うけど、たしかに今にも死にそうな村人には酷な仕打ちだ。本当にショックで死ぬかもしれない。村人に恩を売りたい場面でそれはマズい。
だけどスタングレネードの魔法は一気に敵を無力化するって意味ではかなり優秀だ。どうにか使いたいところだけどね。
「敵は五十人と少し、村人は二百人はいそうです。無策で突入した場合、混乱で村人への被害は避けられないかと」
散らばる敵とそこら中に居る村人の配置では、まとめて敵だけを倒す手段はない。どうするか。
「お姉さまの魔法はどうですか?」
首を振る。トゲの魔法はピンポイントで攻撃可能だけど、ここにいる敵の全てを一度に攻撃することは難しい。少数ならともかく、あれだけいると正確に照準したつもりでも誤差が出そうだ。そしてその小さな誤差は致命的な結果を生み出してしまう可能性がある。
「トゲが無理なら回復はどうだ? ユカリの魔法で先に丸ごと回復させてから、ヴェローネの魔法で村人諸共に敵を無力化するとか」
「お、それならいけそうじゃないか?」
うーむ、敵も含めて採掘場にいる全員を霧の魔法で回復、続けてスタングレネードの魔法を投入して全員無力化、か。
乱暴だけど、結果的には村人に被害は及びにくいかな。どんなにこっそり敵を倒そうとしても、気付かれる前に倒せるのが十人程度と考えれば、ほかに取り得る戦法も思いつかないわね。
「……それでいこう。でも私の魔法は村人にも見られたくないわ。霧の魔法を認識される前に、全員纏めて無力化するわよ。いいわね、ヴェローネ」
「こっちは問題なし。タイミングは完璧に合わせて見せるわ」
キキョウ会随一の技巧派には無用な念押しだったみたいね。あとは対スタングレネード用のシールドを張れば、準備完了だ。
一旦、全員で通路に戻ると、そこを塞ぐようにして盾を形成する。鉱物魔法と薬魔法の組み合わせは応用の幅が果てしなく広い。
視界を確保しつつ、それでも遮光目的で透明度の低い盾を展開。続けて遮音を目的としたケイ素化合物のシリコンゲルで作った盾を重ねる。防御力は弱いけど、遮光と遮音には十分な性能だ。
スタングレネードへの備えを終わらせると、今度は効率的に霧の魔法を使うため、超極薄の魔力の膜を展開した。地面を這うようにして高速で魔力の網が紡がれる。これをやると任意の範囲のみに、そして魔法発動のタイミングを合わせやすくなる。
「やるわよ」
頷いたヴェローネがスタングレネードの魔法を大空間で発動させようとしたタイミングで、少しだけ早く超複合回復薬の霧を発生させた。
遮音の盾を通り越して響く鈍い轟音を聞くと行動開始だ。
誤射はできないから飛び道具や遠距離魔法は使わずに近寄って倒す。
誰もがスロープは通らず、大胆に飛び降りてしまう。
軽やかとはいかない着地を決め、それぞれが倒すべきターゲットに向かった。
速いヴァレリアは最も遠い位置の敵に。ミーアが手近な敵を倒しながらそれに続く。
オフィリアとヴェローネの剣が煌めき、アルベルトのハンマーが唸りを上げる。
もがき苦しむ敵はまったく脅威にならないけど、正面から戦って殺す名誉なんか不要な奴らだ。なにが起きたかも分からないまま、地獄に送り届けてやる。
みんなの動きをできるだけ視界に収めながら、自分も動く。こんな奴らに白銀の超硬バットはもったいない。拳だけで十分だ。
首を殴って喉を潰し、頚椎を粉砕する。
胸骨と肋骨をへし折りながら、肺臓や心臓を破壊する。
ボディーブローを叩き込み、肝臓や腎臓を破裂させる。
無造作に掴み上げて腕や肩を握り潰し、頭から硬い地面に叩きつける。
ハンマーのような蹴りが太腿や膝を破壊し、這いつくばらせる。
最後にはきっちりとトドメをくれてやる。
この程度の暴力や血に酔うことはない。見ず知らずの奴らが酷い目に遭っても所詮は他人事だ。見てしまえばムカつきもするけど、怒り狂ったりはしない。
ただ冷静に殺す。禍根を残さないように、ここで完全に始末をつける。
目と耳を潰され、もがくだけの敵なんか相手にならない。小さな虫でも踏みつぶすかのように、大した時間もかけずに敵を殲滅した。
ヴェローネのスタングレネードは強力で、いまだ村人はダメージから回復できない。この間にやれることはやってしまおう。
「あっちに上に続く別の道があるわ。ミーアとオフィリアはあれがどこまで続くか確かめて。地上に出るようなら、リリアーヌとグレイリースの様子を確認してからこっちに戻って」
「ああ、まだ敵がいるかもしれないからな。ついでに片付けとく」
「わたしは村人の責任者を探そうか?」
たしかに村人全員が復活するのを待つ必要はない。代表者を見つけて情報交換と恩を高く売りつけ、今後の話し合いができれば有効に時間を使える。
「じゃあ残ったみんなで聞いて回ろう。ぼちぼち目が見えてるのはいるみたいだし、耳だって完全に聞こえないわけじゃないはずよ」
もし鼓膜が破れてるような場合には、特別サービスでこれ見よがしに回復薬を使ってやろう。怪我が治ってることに対しては、治癒魔法使いがいたことにしておこう。こいつらに事細かに説明する必要はない。
立ち直りつつある人に近寄ると、彼らも状況を何となくでも理解できてるらしい。
横暴な元マクダリアン一家の構成員は死体と化し、見知らぬ私たちが堂々と動き回る姿を見れば、助けが入ったことくらいはそりゃ分かるだろう。
村人に対してはなるべく高圧的にならないように接する。友人知人が殺され、自らも死に近いところまで追い込まれた状態だったんだ。それに霧の回復薬で身体の異常が治ったとしても、精神的な消耗は回復できないし、飢えや渇きは誤魔化せない。決して無理が出来る状態じゃないんだ。
ただし、できる限りの協力はさせる。私たちは女の集団だけど、特に戦場においてはそれなりの凄みを有する存在だ。鈍い奴でもそのくらいは本能で理解するだろう。
やがてアルベルトがそれっぽい風格を持つ獣人を連れてきた。
壮年と思われる獣人は、ウサギじゃなくてクマっぽいけど、どことなくネコ科っぽくもある雰囲気だ。種族としてはたぶん、色々と混ざった結果だろう。白の短髪はおそらく加齢による白髪で、顔を覆う髭まで真っ白だ。不思議と不潔な印象は感じず、むしろカッコよく思えてしまう。ワイルドさを売りにするベテラン俳優を連想させる男だ。
大空間の端っこには仕切ってた連中が使ってた思われるテーブルや椅子がある。休憩用のスペースだろう。まずはここに座らせて、事情を聴く。
そこらに置いてあったコップに水を入れてやって飲ませると、ようやくひと息つけたらしい。目や耳の痛みも和らいだのか、向こうから切り出した。
「……助けてくれたと思って、いいのだろうか?」
こっちの正体が不明なままじゃ、安心するには早い。意地悪するつもりはないから、とりあえずは安心させてやろう。笑顔のサービスで語りかけてやる。
「それで間違ってないわ。自己紹介しとこうか。私たちはキキョウ会。私は会長の紫乃上よ。聞いたことないかもしれないけど、エクセンブラじゃあ、マクダリアン一家とは敵対する間柄よ」
「キキョウ会か。なるほど、その名は聞いたことがある。助けてくれて感謝する」
礼に続けて自己紹介を受けると、こいつは村長ということらしかった。ただし、グレイリースの報告にあった無人の村の村長じゃなく、隣の村の村長らしい。
「隣村? この村の村長は?」
「向こうで皆に介抱されている。ついでだが、もう一つの村の村長も向こうにいる」
三つの村の人々が集められてたってことになるのか。
「とりあえずは事情を聞かせて。なんでこんな状況になってたのか、マクダリアン一家との繋がりもね。言っとくけど、隠し立てする意味はないわよ?」
聞かなくても一応の推測は成り立つ。こんな僻地の隠された村に脈絡なくマクダリアン一家が訪れるとは考えにくい。どうせ元からマクダリアン一家と組んで裏の商売で成り立ってた村だろう。
こんな僻地にある村じゃ、税を納めたところで恩恵はないも同然だろうし、自給自足のような生活がせいぜいだ。より豊かな生活を求めるなら、別の手を考えるしかない。今の状況の経緯まではちょっと不明だけど。
他国の裏社会との繋がりなんて、常識的には非常にまずいはず。公的機関相手なら死に物狂いで誤魔化さないといけないだろうけど、私たちに対して隠されても全然意味がない。無駄に隠し事をされると、その後の話に発展できないから釘を刺しておく。
「恩人に報いることは俺にとっては守るべき掟だ。望むままに答えよう」
ほう、いい心がけだ。洗いざらい吐いてもらおうか。
現在進行形の小エピソードは次話で終わり、その後にまた旅が続きます。
どんどん波乱万丈になりますよ。
本作とは別に新連載(勇者もの)を始めましたので、そちらもどうぞチェックしていただると嬉しいです。ありがたいです。なにとぞ、よろしくお願いしたいです。




