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人の消えた村

 星明かりすらほとんど届かず、人工の光など存在しない森の街道。

 小国家群においても人の往来は普通にあるから、当たり前に街道は存在する。ただし、獣道に毛が生えた程度の悪路だ。無視できない穴ぼこや石、最悪は倒木まであったりする。昼間でも徐行しかできないような悪路だから、夜間の移動なんてもってのほか。ある程度のレベルの魔法が使えないと、車両での移動なんて到底無理があるわね。

 田舎にしても酷いもんだ。当然、危険だから素直に休息をとり、夜が明けてからの出発となる。


 火を焚きながら寝る時には二人だけ夜警に立てる。人数が少ないから会長の私もローテーションには加わって、さっそく順番を消化する。順番は夕食時のゲームで適当に決めた。

「昼の移動はミーアに負担をかけてるし、夜番はやらなくてもいいのに」

「いえ、それはそれで落ち着かないですから。最初のうちに夜の森の気配に慣れておきたいというのもありますし」

「ふーん、そういうもんか。でも無理はしないようにね」


 ミーアは元冒険者の斥候として、地形や敵勢存在の情報収集、目標の追跡や退路の確保など優れた技術を有してた。そんな彼女はキキョウ会での日々を過ごすうち、新たな特殊スキルを目覚めさせるに至り、よりスペシャルな存在となってる。

 それは絶対的な方向感覚と距離感の把握を可能とする、『天の眼』と呼ばれるスキルだ。常時、正確なマッピングをし続けられるって感じかな。だからどんなに複雑な地形や道筋を通ったとしても、決して迷うことがない。未知の土地を訪れることにおいて、これほど心強い能力もない。

 ただ、スキルがなかったとしてもミーアの技能は信用に値したし、ウチのメンバーならそれに近い技能を有してるのはほかにもいるから、当初はミーアの遠征参加を必須とはしてなかった。まあなんにせよ、頼りにできるメンバーが一緒にいてくれることはありがたい。


「魔法が苦手な分、ほかの部分で頑張らないといけないですから」

「いやいや。十分、頑張ってると思うけど」


 己の活躍を必要以上に謙遜してしまうのは良くないことだ。

 たしかに、ミーアの魔法適性はほとんど役には立たないだろう。それというのも彼女の魔法適性は探知魔法の一種だけど、よりにもよって蟻を探知することに特化した良く分からない魔法なんだ。

 昆虫のアリ。これを探知したい場面はそう思いつかない。それでも汎用魔法はそこそこレベルで使えるから、別にキキョウ会の水準としても不足はないんだけどね。

 そして天の眼は、魔法適性の不利を補って余りある。元々の優れた技能に、スキルが乗っかれば鬼に金棒なんだから。加えてナイフを主体とした戦闘能力も十分だから、文句のつけどころはない。


 退屈しのぎに小声で話しながら、夜の森の初日を送る。

 火をおこし、周囲の魔力の動きから意識を離さず、それでもなるべくリラックスして夜警を務める。慣れればどんどん楽にこなせるようになるだろう。



 夜が明けると、身だしなみを整えてから身体を動かし、少し休んできちんと朝食をとる。

 規則正しい生活は旅においても必要だ。長旅になるんだしね。しかも大事の前に身体を鈍らせるわけにはいかない。コンディションには気を配っていかないと。


「そろそろ出発するわよ。このまま道なりに進んでいけば、昼過ぎにはトレスマリアに入れるはず」

「トーリエッタさんの故郷だったか? そこまでは順調に行けそうだな」

 服飾店ブリオンヴェストの女主人であるトーリエッタさんは、ウサ耳が特徴的な獣人だ。トレスマリアは、ウサギ型の獣人が多い国らしい。そこに向かう道も既知のものだから、少なくとも国境を越えるまでは特に問題なく進めるだろう。私たちが行くのはまたもや大きな町からは離れた僻地だけどね。

「私はそれまで寝るわ。道なりに行くだけだから、ミーアもそれまで寝てなさい」

「そうですね、そうさせてもらいます」

「ああ、今日の夜番も眠れるなら寝といたほうがいいかもな」

「さっき起きたばかりだから、わたしはちょっと無理かな……」


 みんなの雑談を聞き流しながら大型ジープに乗り込むと、隣にヴァレリアが陣取るのを見ながらもさくっと寝てしまう。道中では食料も集めておいてくれることを期待しておこう。



 目が覚めると変わらずの森の景色。日の明るさから、昼頃というのが分かる。

 肩に寄りかかる妹分の軽い感触と寝息が可愛らしく、寝起きに心を和ませる。

「んーっ」

 起こさないように気を付けながら首や足を伸ばすと、助手席に座るオフィリアが振り返った。

「ちょうど国境を越えた辺りだ。起き抜けだが、そろそろ昼飯にするか?」

「いつでもいいわよ。途中でなにかあった?」

「ヴァレリアが張り切って大物魔獣を狩ったくらいだな」

「ユカリが好きな鳥型がいたから、張り切ってたわよ」

 運転中のヴェローネも加わって教えてくれる。

「そっか。じゃあ、適当に開けた場所を探して昼食にしよう」

 気持ち良さそうに昼寝する妹分の髪を触りながら、鳥肉の味を待ちわびた。



 昼食後、町に向かう街道からは離れ、僻地に向かってひた走る。

 大型ジープの通れない場所は無理矢理に道を広げて突破した。隠された場所に行こうとするなら、これくらいの障害は想定済みだ。

 しばらく険しい道のりを進んでると、ミーアの天の眼のナビがなければ、どこをどう通ったか、進むべき方角は合ってるか怪しく思ったことだろう。


 予定よりも時間が押して、そろそろ野営の準備をしようかと思ってると、先行する車両がストップした。窓からリリアーヌが身を乗り出すと、手ぶりで下がるように伝えられる。これを受けるとヴァレリアも同じようにして、後続の装甲車にも下がるよう伝えた。


 全員で車両を降りて集まると、先行車両のメンバーが状況を報告する。

「少し先で森が開けてやがる。かなり広い畑みたいだったが、麻薬畑かどうかは近づかないと分からないな」

「もう少しで日が暮れるので、それから偵察に行ってきます」

「あたしも行きますよ。二手に分かれて探りましょう」

「そういうことなら夕食はそのあとね。とりあえずは日が完全に暮れるまで待機。誰か近づくようなら、捕まえて拘束しなさい。魔法封じの腕輪がさっそく役に立つわね」

 ちょっと乱暴だけど、こんな怪しげな僻地に一般人がいる確率は低い。

「夜までは散開して警戒しましょう」


 本当は誰かがいてもやり過ごしたいところだけど、車両を隠せるスペースが見当たらないから、実力行使に出るしかない。偽装系の魔法は高度な魔法で、汎用魔法じゃいくら頑張っても限界がある。ヴェローネのような技巧派でも光学迷彩はとても無理だし、短時間じゃ物理的に偽装を施すのも難しい。

 そもそも夜も間近な森をうろつき始めるような奴はいないと思う。現時点だとこの辺に見張りのような奴もいないらしいし、こっちが発見される可能性はないと思っていいかな。

 そのまま特にトラブルもなく完全に日が落ちると、ミーアとグレイリースが偵察に出掛けた。


 車両の中で軽い食事をしながら静かに待つ。暗闇でも僅かな星明かりがあれば目が慣れて少しは見える。それでも夜目が利くような特殊能力でもなければ、行動には支障をきたすだろう。ミーアやグレイリースは当然のようにできるし、ヴァレリアやオフィリアたちもそれは元から可能な特技だ。私も訓練で少しは鍛えてるけど、みんなに比べればイマイチなのは否めない。今回の旅で少しはレベルアップしようと思ってる。ああ、だったら即行動ね。

「ちょっと外出てるわ」

「なにかあった?」

「眠気覚ましの散歩よ。ミーアとグレイリースがいつ戻るか分からないし、ヴェローネはこのまま待機してて。私もすぐに戻るから」


 実際、オフィリアは緊張感もなく即寝てしまったし、ヴァレリアも軽食を食べると寝てしまった。若衆の二人は真面目なタイプだから寝てないと思うけど、アルベルトとリリアーヌはたぶん寝てるだろう。静かにしてないといけないし暇だからね。ここはヴェローネが見張ってれば十分。なにかあればみんなも即座に起きるから特に問題ない。



 外に出ると夜でも蒸し暑いような空気に包まれる。森に入るために肌を出す服からは着替えたけど、外套の温度調節機能がなければ少し歩いただけでも汗をかきそうだ。

 道から森の中に入るだけで闇はより濃くなる。足元すら見えにくく、前方を見通すなんてほぼ無理だ。急に目が良くなることは無いから、感じ方を鋭くしていくしかない。


 目を瞑って三次元的に空間を捉える。自分が動くだけでも空気は動き、音も響く。複合的に周囲の情報を捉え、自然に感覚を同化する。魔力はより密に。自然のなかの魔力を精密に観測すれば、物の形自体を浮かび上がらせることさえ可能になる。

 ただ、魔力感知は精度を増せば増すほど疲労が激しくなり、それだけに頼ると戦闘にはとても適さない。複合的に、そして自然にできるようにならないと、ミーアたちの水準には到達できない。比較対象のレベルが高すぎるけど、私は目標は高く設定する主義だからこれでいいんだ。

 実験として軽く動きながら周囲の気配を探ってると、強い魔力が二つ引っ掛かった。

「戻ったわね」

 無事に偵察が終わったらしい。


 車両に戻ると、みんなが外に出たタイミングだった。

 偵察に出てくれた二人は途中で合流でもしたのか、一緒に戻ってきたみたいね。

「ずいぶん時間かかったけど、どうだった?」

「この先の開けた場所ですが、畑じゃなくてただの荒れ地でした。たぶんですが、元は畑だったんじゃないかと思いますが、今はなにも育ててる気配はなかったですよ」

「少なくともこの春に作付けはしていない様子でした」

 最初にグレイリースが、そしてミーアも補足してくれる。

 使ってない、あるいは放棄した拠点ってことなのか。またハズレかと思ってると、面白そうにグレイリースが続ける。

「あたしは畑のずっと奥に村があったんでそっちを見てたんですが、ミーアさんが厄介そうなのを見つけましたよ」

 報告に面白そうだと思う気持ちと面倒そうだと思う気持ちが半々になる。みんなも大体同じだろう。


「……厄介そうな報告はあとで聞くとして、村ってのは?」

「家屋の数からして、百人以上はいそうな村でした。ただ、誰もいなかったですがね」

「誰も? 廃村だったのか?」

「そうとしか言えないですけど、人が去ってからまだそれほど時間は経ってないように思えました。家財道具もそのままでしたし、妙だと思いませんか?」

 ふーむ、急に消えた村人か。人が消えたなら畑が荒れ地に変わってるのも理解できる。これだけ聞くと不気味よね。でもグレイリースの様子からして、その答えはミーアが発見してるんだろう。


 ちょうどグレイリースがミーアに視線を向けて、私たちも同様にミーアを見て話を促す。

「わたしは畑から南側に続く道を見つけたのでそちらを見に行きましたが、そこで厄介なものを見つけてしまいました……」

 なんか申し訳なさそうな態度のミーアだけど、当然ながら彼女に非は一切ない。ミーアは一度溜息を吐くと、淡々と続ける。

「見つけたのは地下に続く広い洞窟です。見張りが五人もいて、中で何をしているのかまでは確かめられませんでしたが、おそらく採掘だと思います。掘り出した鉱物を積んだトラックがありましたから。それと見張りをしていたのは、マクダリアン一家の残党です」

「ミーアさんに聞いてあたしもちょっと見てきましたが、見覚えのある顔がいたから間違いないですね」

 ほう、マクダリアン一家か。エクセンブラから出て行った残党がここに集まったのか、元からここにいた連中か。

「消えた村人とも繋がると思いませんか?」

「強制労働だろうな。元マクダリアン一家のクソ野郎どもなら、やりそうなこった」


 ふーむ、採掘場でなにが掘り出せるのか分からないけど、残党どもが集まってるからにはそれなりの金になる話だろう。新組織旗揚げの資金源にするつもりか、どこかに取り入るためのか。

 なるほど、これは良さそうだ。採掘場と広い畑、マクダリアン一家の残党を倒せば村人に高値で恩を売りつけられもする。一石二鳥どころか三鳥、それ以上にもなりそうね。うん、悪くない話だ。

「これ以上の探り入れは難しそう?」

「深夜か朝方になれば少しは警備も緩むかもしれません」

「そっか。悪いけど深夜にもう一度偵察に出て。偵察が無理だったとしても、夜明け前に強襲するわよ」

 イケイケドンドンだ。

「面白くなってきたな」

「状況がイマイチだけど、マクダリアン一家が仕切っていた場所なら、ウチに代わることで取引もスムーズに行きそうね。そうすると村人が無事でいてくれるといいんだけど」


「雑に扱っても一応は大事な労働力だろ? まさか皆殺しにはしないだろ」

「そういえば村人は全然いなかったんですよね? とういうことは、子供や老人まで連れ去って働かせてる? 赤ん坊はどうなんでしょう?」

「いくら悪党でも無駄な殺しと反発を招くようなことはしないと思いますよ。それに村人だってバカじゃないですからね。労働力の徴集を少しずつされてたと考えるなら、女子供はどこかのタイミングで逃がしたとしても不思議じゃないですから」

「もしくは人質に取ってるとかね」

「そんなところか。ガンドラフト組や蛇頭会なら、奴隷として売り飛ばすことくらいはしてそうだけどな」

 あらかじめ最悪を想定しておくことで、いざという時の心構えができるというのはある。そういう意図もあるんだろうけど、嫌な想像はこれくらいでいいわね。

「ミーアとグレイリースは食事してから時間まで休憩。私たちも休めるだけ休んでおくわよ」


 深夜の森で敵のアジトに強襲。なかなかに面白いシチュエーションだ。ふふっ、楽しくなってきたじゃない。

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[良い点] お!作中で「魔法」ではなく「スキル」に触れるのは割と久々ですね! 異世界ならではの技能のウンチクは嫌いじゃないので 読みごたえが有ります! ユカリが持ってるスキルで描写されたのは "投擲…
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