狩りの拠点
魔力感知で人の動きを観察しながら建物に忍び寄る。このタイミングで外に出てくる奴がいるなら、誰であろうと殴り倒すと決めておく。
幸いにも邪魔は入らずまずは窓から覗き見ると、中には真昼間からだらしなく眠る男が一人。周囲に散らばる酒瓶を見れば、酔いつぶれて寝てるのは一目瞭然だ。広い部屋と無駄に金のかかった内装からして、この場所で一番偉い奴って可能性もある。こいつは当分、目を覚ましそうもないし放っておこう。
左右に目を向けると、ミーアとグレイリースはいつの間にか窓を開けて侵入するところだった。カギは破壊したのか、無事に侵入経路を確保できたらしい。妙に手慣れた感じがさすがというか、ちょっと普段の行動が気になってしまう。それは置いておくとして、私にとって泥棒は不慣れだから、早さよりも確実にいこう。
一階を壁に沿うように回り、窓から中を確かめる。そうすると水回りや倉庫のような部屋を除いて、全て窓が塞がれてることが分かった。塞がれた部屋に人が集まってることから、多分だけど閉じ込められてるんじゃないかと思う。ふーむ、なんとなく状況が読めてきた。
建物を一周すると、トラップを気にしながら玄関から侵入し奥に進む。扉はちょっと力を入れたら普通に壊れた。
入り口近くには広めの台所があって、開け放たれた棚には穀物やなんかの食糧品が保管されてるらしかった。ついでに冷蔵庫の魔道具を開けて見ると、少量の食料しかないことも分かった。これから調達するタイミングだったのか、穀物の在庫も含めてかなり少ないし、酒瓶の在庫も残りは僅かだ。もしかしたら物資調達に出払ってる奴らが、すぐに戻ってくる可能性もある。急いだほうがいいわね。
台所を出て建物を探索すると、構造的にいくつかの部屋に少人数ずつ閉じ込められてるっぽい。
実際にそれらしい部屋の前に行くと、外側から鍵をかける扉だったことから、閉じ込められてるのは確実。閉じ込めてるってことは、見張りの奴らの仲間だって可能性はない。問題は誰が閉じ込められてるかってことだけど。
「開けてみないことには、始まらないか」
魔力感知だけじゃ、具体的にどんな奴らが中にいるのか不明だ。そっと鍵を外し、扉を開いた。
少し開けただけで淀んだ空気が漏れ出るかのような錯覚を覚える。たぶん、外套の浄化刻印が機能してなければ不快な臭いを感じたかもしれない。
思い切って扉を大きく開ける。窓が塞がれた暗い部屋には、光源としてロウソク程度の光しか発しない照明器具に照らされる男たちがいた。
疲れ切った顔をこっちに向け、疑わしそうに私を見てる。視線に構わず観察すると、全員が元は屈強な身体をしてたと思われる獣人たちだ。たぶん、ここら辺の土地の男たちだろう。
「……女? 誰だ、お前は」
衰弱した様子の男たちのなかでも、まだ気力は萎えてないのか鋭い視線を投げて寄越す大柄な体躯の獣人。こいつをはじめ、結構強そうな連中が揃ってそうなのに、どうして簡単に閉じ込められたままだったのかと不思議に思うも、すぐに原因は知れた。
「私はただの通りすがりよ。それより、それって魔法封じの腕輪?」
「……見張りはどうした?」
魔法封じの腕輪は男性用のごつい腕時計を想像すれば分かりやすい形をしてるけど、こいつらが付けてるのはそれよりもずっと細い感じだ。廉価版か進化版か、どっちにせよ私が知ってるのとはちょっと違うらしい。まあ基本的な構造は同じみたいだけど。
「と、通りすがりだと? 奴らの仲間じゃないのか?」
死んだようなツラを困惑に染める獣人ども。
質問に質問を返すとはなってない奴らだ。着けたままだったサングラスを外して睨みを利かせる。
「うるさい。質問するのはこっちよ。あんたたちはなに? ここでなにやってるわけ?」
手っ取り早く、魔力の威圧で格の違いを教えてやる。
増々困惑を強める感じになってしまったけど、リーダー格なのか鋭い目つきの熊っぽい獣人が代表して答えてくれるらしい。
「俺たちは奴隷狩りに捕まってここにいる」
「奴隷? 外にいた奴らより、あんたたちのほうが強そうに思えるけどね」
魔法封じの腕輪があっても、内在する魔力量はなんとなくでも分かる。屈強な体つきといい、この連中が簡単に捕まるとは思えない。
「奴らは男の留守を狙って村を襲う。人質を取られてしまっては、どうすることもできん」
なるほど。その人質も一緒に捕まってると思うんだけど、それはいいんだろうか。まあ殺されるよりはいいってことかな。
さしずめここは奴隷狩りの拠点ってところか。蛇頭会は奴隷売買にも手を染めてるし、そういう人員や拠点があっても不思議でもなんでもない。
ほかの部屋やミーアとグレイリースが見に行った建物にも、同じように集められた被害者がいるんだろうね。
ちなみに我がキキョウ会は奴隷売買にはノータッチだ。これからもやる予定はない。美男美女や有望な魔法適性の持ち主を連れ去って売り捌く、大して元手もかからず儲かりそうな商売ではあるけどね。ただ、その手の被害にあった経験者はキキョウ会にもいるからね。内部から無駄な不興を買うことになるし、クリーンな商売をたくさんやってるウチにとっては、発覚した場合のリスクのほうがデカい。キキョウ会が裏社会の組織といえど、諸々の理由から絶対に手を出すことはない商売だ。
残念ながら奴隷として捕まった奴らを横取りするメリットはないことから、私たちにとってここはハズレだ。ほかに金目の物も無さそう。こんな僻地のボロ屋にある財宝程度じゃ、邪魔な荷物になるだけだろう。
「ふーん。じゃ、そういうことで」
構ってる暇はない。次だ次。
「ま、待て!」
踵を返すと慌てた声がかかる。
「なに? もう好きにすればいいと思うけど。私は通りすがりだと言ったはずよ? こっちは忙しいのよ」
魔法封じの腕輪は鍵があれば外せる。このボロ屋の中か、見張りの誰かが持ってるだろう。そいつを取り上げれば普通に外して逃げるか、こいつらなら敵を倒すことだってできるかもしれない。犯罪者の拠点ならどこかに武器庫だってありそうだし、これ以上の世話は不要だと思うけどね。
降って湧いたチャンスに困惑してた連中だけど、ようやく実感が湧いてきたらしい。頷き合うと、リーダーっぽい奴を残して全員が部屋の外に出て行った。
まだ何か言いたそうな熊獣人だけど、別の建物や外に残したみんなの様子も気になる。
「今度こそ私も行くわよ。それじゃ」
「せめて名を教えてくれ。この借りは必ず返す」
そういうことなら、まあいいか。
「……私はキキョウ会の紫乃上よ。エクセンブラじゃあそこそこ名も知れてるから、その気になったらいつでも返しにくるといいわ。ただ、私はこれから大陸西部に行く旅の途中だから、当分は戻らないけどね」
「エクセンブラのキキョウ会、ユカリノーウェだな。分かった」
神妙に頷くのを見ると、今度こそ外に出た。
こっちより先に用を済ませたミーアとグレイリースも、同じような状況だったらしい。外には建物から脱出した獣人がいて、敵を縛り上げたり誰がいるか確認したりで忙しいみたいだ。家族や友人を探して大声を上げてる奴までいる。
ここが奴隷狩りの拠点なら、いつ誰がやってきてもおかしくない。運が良ければ何日も余裕があるかもしれないけど、奴隷狩りから戻る奴や捕らえた奴隷を受け取りにやってくる奴なんかはいるだろう。食料の在庫が少なかったこともある。できるだけ急いだほうがいいと思ってると、リーダーっぽい熊獣人が外に出てきて、状況の確認を始めた。
なんとなく獣人たちの様子を見てると、ウチのメンバーも集まって報告してくれる。
「奴隷狩りの拠点で間違いないな」
「監禁されていた人数が多いです。比べて少数の見張りしかいないということは、出かけている連中がいて、そのうちに戻ってくると思われますよね」
「ユカリが言っていたように、調べてみたら周辺には罠が仕掛けられていたぜ。すべて破壊したから、もう問題はないがな」
「裏手には小型の車両が一台だけありました」
奴隷の移送に使うはずの大型車両がないってことは、現在使用中ってことなんだろうね。一応、獣人どもにも教えといてやるか。
獣人は散開して武器や自分たちの家財を探したり、体調の思わしくない人の看護をしたりと忙しいみたいだ。リーダーっぽい奴に改めて状況を教えておいてやる。サービスだ。
「早くずらかったほうがいいわよ。移動用の魔道具が一台しかないし、敵の人数も少なすぎるわ。奴らの仲間が戻ってくるはずよ」
「村を襲った奴らはもっと多くいたから、それは分かっている。しかし、衰弱している者が多くて動くに動けない」
ふーむ、たしかに。一応、奴隷は商品だからか、少なくともこの場において死者はいないらしい。だけど、特に女は衰弱が激しいみたいだ。なにがあったかは、男連中の形相を見れば分かるけどね。それに栄養状態の良くない子供や怪我を負った男も少なくない。
「どうするつもり?」
「ここで待ち構えて奴らを殺す」
逃げるには厳しい状況と報復への強い意志。多少の怪我なんかどうでもいいって感じで、差し違えるまでの気迫と覚悟だ。
「……よし、気に入った。交換条件よ」
「なんだと?」
「あんたたちが奪った魔法封じの腕輪、あれと交換に回復薬と食料を出す。それでどう?」
熊獣人にとって意外な提案だったのかフリーズしてたけど、気を取り直してこっちの真意を探るように、しかし頷いた。
「……全員分、出せるか?」
「もちろん。その代わり、例の魔道具は全部もらうわよ」
ウチのメンバーのところに戻って物資交換での獣人の支援を伝え、アルベルトとミーアには車両に積んだ回復薬と食料を取りに行ってもらった。残ったメンバーには周辺の警戒を続けてもらい、私は物陰でいくつかの回復薬を生成する。通常の回復薬とは違う別の薬だ。一足先にこれだけ熊獣人に説明しつつ渡しておく。
「女に渡しなさい。毒を疑うなら捨ててもいいけどね」
「いや、ここまでしてもらって無礼を働くつもりはない。感謝する」
ちょうど荷物を取りに行ってくれたメンバーが戻り、食料と木箱に入った回復薬も渡す。特製の水晶ビンに入った超複合回復薬は、半分が中級の効果があるし数も十分だ。今となっては複合回復薬はローザベルさんを通じて発表済みだから、秘密の薬じゃなくなってる。そこらの奴にあげてしまっても、特に問題はない。
「色々な効果がある特製だから、どんな症状の人にも効くはずよ。こっちの色が第四級相当、そんでこっちの色が第六級相当の効果になってる。無駄遣いはしないように」
「そのような貴重品を……。そうは見えないが、治癒師ギルドの関係者か商人なのか?」
さすがに用意周到すぎるからか、面食らってるわね。表には出さないように頑張ってるらしいけど、騙されてるんじゃないかとちょっとは思ってるらしい。
「まあ近いところではあるけど、私は金持ちだからこのくらい余裕で持ってんのよ。とにかく、これで回復は問題ないはず。あとは逃げるなり、最初に言ってたとおり敵を倒すなり、そっちの自由よ」
「……いや、一度口に出したことは違えん。奴らは殺す」
私を疑う気持ちはあっても、こいつらに取れる選択肢はないも同然だ。降って湧いたラッキーを素直に受け入れることにしたらしい。
「上等よ。じゃあ、今度こそ私たちは行くわ」
「ユカリノーウェ、感謝する。そういえば西に行くと言っていたな?」
「うん。だから礼がしたいってんなら、ずっと後でいいわよ」
実際のところ、獣人たちがどうなるかは分からない。返り討ちにあって全滅するかもしれないし、上手いこと報復を遂げるかもしれない。でもこれは彼らの戦いだ。私たちが顛末を知るとしたら、それは熊獣人が生き残って礼をしにきてくれた時しかないわね。
物の交換を終わらせると、速やかに撤収して車両を出した。
「思惑とは違ったが、面白い物は手に入ったな」
「あれはたぶん新型の魔法封じの腕輪ね。敵の拘束にあれ以上使える物はないし、下手な財宝なんかよりも貴重よ」
特殊な魔道具は手に入れようと思っても、なかなか入手する機会自体がない。絶対必要ってほどじゃないけど、あれば役には立つし欲しい連中だって捜せばたくさんいそうだ。高値で売りつけることも容易いだろう。
「しっかし、奴隷狩りは初めて目の当たりにしましたよ。話には聞いてましたが、実際に見るとムカつきますね」
グレイリースが入ったボロ屋には女たちが囚われてたからね。運の悪いことに腹の立つ現場をちょうど目撃してしまったらしく、相応に怒りも大きい。
「ムカつきますよねえ。あの人たちは残って戦うと言ってましたが、本当に大丈夫なんでしょうか」
さすがにいつ戻るとも知れない敵を待つほど、私たちは暇じゃないからね。報復に付き合ってやることはできなかったけど、正面切って戦うならあいつらだってそこそこはやれそうだったし、きっと大丈夫だろう。
それに蛇頭会のような連中がエクセンブラ周辺にいると、いつか面倒事を街に持ち込みそうで気に食わない。あの獣人どもが排除してくれると、こっちのメリットにもなるからね。サポートしておいてやるのは正解だと思ってる。
「ま、なんとかするわよ。たぶんね」
「わたしはリリィのために畑が欲しかったです」
「次はアタリだといいですねえ」
消費してしまった回復薬を補充しながら雑談を交わす。非常食も半分程度を放出してしまったから、この先はなるべく現地調達で賄うつもりだ。ざっと見ただけでも食料になりそうな森の恵みは見かけるし、森の淵でも魔獣を少しは見かける。問題ないだろう。
まだ日が沈むには時間があるから、進めるところまで進んでしまう。さて、次はなにが出るかな。
まずは前哨戦といった具合で、軽いトラブルに遭遇した一行です。
当然ながら、まだまだ油断はできません!
次回「人の消えた村」に続きます。
活動報告を更新しましのたで、よければそちらもチェックしてみてくださいね。