怪しいボロ屋
まだ街が寝静まる早朝から私たち遠征組は出発した。
人目を避けてぶっ飛ばしながら移動し、本来なら南西の廃道に向かって進むべきルートをいきなり寄り道して南方面に向かって進む。真南よりはちょっとだけ西寄りなだけ、まだマシかもしれない。
大きな期待を胸に旅立ったものの、エクセンブラの近隣でいきなり景色が変わるわけもなく。ただただ長閑で変わらない風景に、早くも飽き始めてしまう。
どこまでも続くような草原に伸びる街道を突っ走り、川に架かる橋をいくつか越えると、地平線の向こうに森が姿を現す。この森林地帯を境として、ブレナーク王国と小国家群とは国境線を引いてるらしい。
森は広がったり狭まったりするから国境線としては微妙な気がするけど、この辺りには人もいなければ有力な鉱物資源も観光地もないらしい。きっと誰も気にしてないんだろう。
歴史的にもトラブルはないのか、国境付近にもかかわらず物々しい気配は全然ない。砦のような軍事施設どころ掘っ立て小屋ひとつなければ、国境警備に就く人だっていない。道中ではすれ違う人たちもいたけど、その数も多くはなかった。土地余りを実感すると同時に、平和なもんだと思う。
昼頃になって森の入り口までたどり着くと、休憩のために一旦下車した。
手持ちの軽食で腹を満たすことにし、その前に改めて直近のことを確認しておく。
「これから入る国はナルクトプレスといって、気性の荒い獣人が支配する国らしいわよ。要警戒ね」
普段は小国家群としてしか認識してない地域だけど、それぞれに国名だってちゃんとある。もちろん特色だってあるみたいだけど、観光にきたわけでもない今の私たちにとっては、どうでもいい情報だ。
一応の警戒を伝えてるってのに、みんなは気楽な様子。多くが初めて訪れた土地らしいのにね。
「あたいらの目的の場所は町からは遠いんだろ? 麻薬製造の関係者くらいにしか遭遇はしないんじゃないか?」
「珍しい魔獣はいるかもしれないぜ? 早く戦いたいな」
オフィリアが戯れに炎を弄び、アルベルトが身体を解すようにハンマーを振り回す。本人に言ったら怒るだろうけど、オフィリアは少年のような性格の女だ。好奇心旺盛なところが特にね。そんでもってアルベルトはその悪友のポジションね。落ち着かない奴らだ。
「多少のトラブルは景気づけに良いかと思ったのですけど」
「気性が荒いっても、いきなり襲い掛かってくるわけじゃないですよね?」
「それはそれで面白そうだけどね」
リリアーヌがおっとりと勇ましいことを言い、ミーアは若干不安そうにしながらも油断がない。ヴェローネはみんなの適当な様子に苦笑してる。おっとり風の武闘派と妹ポジション、そして全体を良く見てる姉ポジション。良い組み合わせの冒険者パーティーだったんだなと思う。
「お姉さまのその髪型も素敵です」
「あ、あっちに木の実が生ってますよ!」
「んー、背中が固まって痛いよー」
ヴァレリアは私の髪形を気にし、若衆の二人はいかにも自由だ。
どうにも緊張感のない連中で締まりがない。まあ周囲には人はおろか小型の魔獣すらいないから、緊張する意味もないんだけど。
まあ別にいいか。無駄に緊張してても疲れるだけだ。ただ座ってるだけでも移動は結構疲れるもんだからね。
「背中や腰が痛いって言ってるメンバーもいることだし、しっかりと休んでから出発しようか」
長旅になるんだ。疲労はこまめに抜いておきたい。疲労が蓄積すれば身体の動きが鈍くなるだけじゃなく、判断力も鈍るしミスも犯す。体力に余裕があると思っても休めるときには休んだほうがいい。
「メシのあとでここらを少し歩いてみるのもいいかもな」
エクセンブラ北東の森は恵みの多い場所だった。食料になる植物や魔獣は多いし、魔法薬の材料になる物だってたくさんあった。他国の森、それもこれからたくさんの用事がある中で採集活動をするほど暇じゃないけど、状況を調べるくらいはいいだろう。南部の小国家群は縄張り意識が強いらしいから、迂闊なことは控えるべきだけどね。
「じゃあ、一時間ほど休憩。あんまり遠くには行かないように」
しばらくは自由時間とし、それぞれ食事をしたり身体を動かしたり、好奇心に従って森に入ったりと行動を始めた。移動に疲れたのか、いきなり草地に寝そべるのもいる。
私はヴァレリアと一緒に食事の準備をする。準備といってもバスケットを持ってくるだけだけど。さくっと食べ終えると食休みだ。
「お姉さま、わたしの髪も結んでもらえますか?」
「うん、こっち」
目の前に招き寄せると、セミロングの髪を手で梳きながらまとめ上げてやる。すべすべとした柔らかな手触りが気持ちいいし、エピック・ジューンベルでも流通させてる高級シャンプーの香りがまたいい。んー、柑橘系のいい匂いだ。
これまでの私は伸びた髪をかんざしでまとめるか、そのまま流してるだけだったけど、今回の旅に際しては有用な魔道具を手に入れたこともあって、髪型を変えてる。
黒いベルベットのリボン型魔道具は、強力な雷避けの加護が付与されてるんだ。リボンは腕に巻いても効果がなく髪につけないといけなくて、どうせだったらってことで簡単にポニーテールに結い上げてる。時期は春真っ盛り、そして南部は比較的に暑いこともあって、ちょうどいい髪型かもしれない。
髪型だけじゃなく、旅装も今のところはラフな物だ。他国を通過するのに物々しい戦闘服の集団じゃ、余計な騒動を引き寄せかねない。ただでさえ女の集団なんてトラブルを招きそうなもんなのに、余分な要素を付け加えなくたっていいだろう。そんなわけで移動中は戦闘服じゃなく、みんなで気楽な旅行者っぽい感じに統一してるんだ。
私は季節柄墨色じゃなく月白のロングカーディガン風の外套で、ひざ下までの丈があるマントみたいな感じにしたのを着てる。インナーはシンプルなVネックのロンTにキュロットパンツ、足元はショートブーツといった普段と比べてかなりラフな格好だ。目元を隠す大きめのティアドロップのサングラスがやや厳つい程度かな。
みんなも割と似たような感じで、ヴァレリアもマント風の外套はともかく、その下はTシャツにショートパンツといった軽装だ。
妹分の髪型を私とお揃いにしてやると、彼女は満足したのか今度は森に入っていった。元気ね。探索は元気の余ってるみんなに任せて横になった。
緑色の絨毯を広げたような草原には、青紫色のキキョウがそこかしこに咲き誇る。春にはエクセンブラ周辺でもよく見られる光景だ。そんな自然に囲まれながら寝そべると目を閉じた。
眠ることはせず、ただじっと草花の香りに包まれて日を浴びる。訓練以外で街の外に出る時は、気晴らしにブルームスターギャラクシー号を乗り回す時くらいか。たまにはこうしてピクニック気分で過ごすのも悪くない。今日は別に遊びにきたわけじゃないけど、休憩中くらいはいいだろう。
それぞれで休憩時間を終えると、森の中には入らず国境沿いを進む。
情報によればナルクトプレスの中心地とはかなり離れた国境付近の僻地に私たちの最初の目的地はある。
ただ、南部の小国家群において麻薬プラントと思われる場所はいくつかあって、具体的にはどこがアタリなのかは分かってないのが実情だ。候補地の全部がアタリの可能性もあれば、逆に全部がハズレの可能性だってある。ウチの情報局にしてはちょっと曖昧な感じだけど、滅ぼしてしまった相手から明確な情報が得られないとなれば仕方がない。しかも候補地の全てを回るほどの時間はないから、アタリを引ける可能性はさらに下がる。
そもそも目星をつけた畑にしてもだ。他国で畑を手に入れたところで、それがなんだという気持ちは若干ある。ただ、リリィのアイデアと能力があればどうとでもできそうなのはあるし、他国に拠点を作ることができるメリットはなにかしらあるだろう。先々を考えたとき、あちこちに種をまいておけばどこかで芽が出るかもしれないんだ。やれることはやっておけ。
今のところは観光と仕事で気持ちは半分半分かな。ダメで元々だから気楽なのは否めない。
物見遊山のような気分で流れる景色を眺めてると、やがて目印となる岩陰に車両の通れる道を見つけた。実はこれはダミーで、もう少し先にある車両が入るには少々厳しそうな隙間こそが本命だ。
自然と警戒心を強め慎重に奥に向かってジープを走らせる。
曲がりくねって見通しの悪い道をノロノロと進んでると、徒歩で先行偵察に出てたミーアが報告に戻った。
「どうだった?」
「少なくとも麻薬畑ではなかったです。代わりにボロ屋がいくつか建っていましたが、見張りがいて中までは確認できなかったですね」
威力偵察が必要な場面ならミーアだけで少数程度の見張りは倒せるはずだけど、今回は軽い様子見だけの手筈だったからね。視覚と魔力感知で得た情報の報告になる。
「ハズレか。見張りは何人だった?」
「外に二人、裏手の森にも一人です。ボロ屋の中にはまだ何人もいるみたいでしたけど。それに表側の二人はカードゲームに夢中で真面目に見張りをする気はないようでした」
遊んでるとしても一応は見張りだと考えるべきだろう。こっちが姿を見せればそれなりの対応は取られると思うべきで、まさか友好的に話しかけてくるはずもない。
それにしてもこんな僻地の建物に見張りとはね。一体なんの施設なんだろうか。非合法の何かがあるのは間違いないと思うけど。
「生産拠点とは別の貯蔵庫という線もありそうですねえ」
「そもそも何者かという疑問もあるんじゃない? もしクラッド一家やアナスタシア・ユニオンの系列組織だったとしたら、迂闊に手を出すとあとが面倒になるかもね。今回は情報局も慎重だったし」
「確実とは言えないですけど、たぶん蛇頭会の関係だと思います。蛇系の代紋だけは確認してますんで」
みんなが可能性を検討するなか、ミーアが足りなかった情報を付け足した。
「蛇系ならクラッド一家やアナスタシア・ユニオンはないだろうな」
「エクセンブラから逃げた蛇頭会の残党か、最初からここらで活動してた奴らか。面倒事ならスルーしたほうが良さそうだがな」
「どうしますか、お姉さま」
うーん、気になるといえば気になる。こんなところのボロ屋でなにを隠し守ってるのか。金になりそうな話とは別にして、好奇心を刺激されるわね。ああ、考えれば考えるほど気になってくる。
大きな目的の道中にして、余計なトラブルになりそうなことなら避けるのが賢明な場面。だけど私だけじゃなく、ここにいるみんなも気になってるのは丸分かりだ。疑問が増えるのは精神衛生上良くないと思うし、それほどのリスクもないだろう。だったらやってしまえ。
「成果ゼロで去るのは気に食わない。かといって私たちがキキョウ会だってのは、姿を見せれば即バレるわよね」
戦闘服を着てなくてもキキョウ紋の外套と胸のバッジは付けたままだ。それにキキョウ会の幹部は顔も名前も徐々に売れてきてる。特に私は大陸東部の裏社会じゃ、すでに有名人の部類だろう。全然嬉しくないけど。
「むやみに殺すのは避けたいが、正体を知られて報復されるのも面倒だわな」
「こっそりと無力化、ですね」
そこで一人のメンバーに注目が集まった。
少人数相手なら、遠距離攻撃や奇襲でもこっちの正体を悟られずに倒せると思うけど、より効率的に無駄な破壊や殺害を回避しながらオーダーを達成できるメンバーもいる。心得た彼女は偵察してくれたミーアに先導されて移動を始め、私たちも戦闘支援団の若衆を車両の守備に残して後を追った。
起伏のある道なき道を最短距離でなんなく走破すると、少し先に森の切れ間が見えた。先行したメンバーはその淵で様子をうかがってるらしい。
開けたスペースには話に聞いたとおりにボロ屋があって、エクセンブラでは見掛けることのない木造建築だった。ボロ屋と評するだけあって年季が入ってそうな建物だけど、不思議と趣が感じられる。多少の痛みはあっても基本的な造りは悪くなさそうだ。
エクセンブラは石造りの建物ばっかりだけど、あれは魔法で作ってしまうから、木造建築よりもよっぽど手間がかからず値段も圧倒的に安い。木造だと魔法でぱぱっと作るのは難しいだろうし、こういうところに文化の違いが感じられて旅を実感できる。うん、こういうのっていいわね。
意識を変な方向に飛ばしてると、奇襲が始まった。
遠目だと何が起こってるのか全然分からないけど、あらかじめ攻撃方法を知ってれば状況は理解できる。
起こったことは見張りが全員同時に倒れたということ。密かに魔法で締め落としたんだ。
「上手くやるもんだ。裏手の見張りまで同時にか」
「派手さはなくても、汎用性はかなり高いですね」
これは情報局のグレイリースが得意にしてる魔法だ。
影魔法。己の影を動かし、影を通じて対象に影響を及ぼす魔法だ。具体的には魔法使い本人の影を伸ばして、対象の影に接触させる。突き刺す、押す、引っ張ることができ、熟練すれば締めることさえ可能になる。射程はかなり長く、本人の能力にもよるけど同時に複数の影を操れる。影の移動だけで非常に悟られにくいメリットもある。夜間なら特にね。ただし威力はそれほどでもなく、例えば骨まで断ち切るようなことはできない。それでも正しく魔法らしい、恐るべき能力だと思う。
魔法によって伸ばされた影に締め落とされた敵は倒れ、外の見張りはこれで片付いた。
偵察と無力化を行ってくれたミーアとグレイリースが周囲の状況も確かめると、こっちに合図を送る。それを受けて近寄ると、次の行動だ。
「私が真ん中の建物、ミーアは左、グレイリースは右を。ほかは近寄る奴がいないか警戒、それと念のために周辺の探索を。トラップが隠されてる可能性もなくはないわ。魔道具なら分かりやすくていいけど、それ以外のは要注意よ。ヴァレリアとアルベルトは裏手に何かないか探ってきて」
小声でざっと指示を下すと、無言で頷く一同。
ボロ屋の中にいる人々の魔力を感知する限り、まだこっちの動きを感づかれた様子はない。慎重に動いて、この蛇頭会系列と思われる謎の拠点を探ってやろう。