準備万端、未知の旅路へ!
遠征に向けた個人的な物資調達という名のショッピングに出かけると、まずはドミニク・クルーエル製作所に寄って、ブルームスターギャラクシー号のオーバーホールを依頼した。しばらく街を離れるから本格的な整備にはいい機会だ。
「こいつの面倒は任せておけ。改良パーツもあるから、もっとよく走るようになるぞ」
「うん、急ぎじゃないからじっくりやって。それと二号の件は忘れてないわよね?」
「戻ってきたら試作機に乗せてやる。まったく、一号とは全然違うから骨が折れたぞ」
愚痴りながらも楽しそうに笑うドク。ブルームスターギャラクシー号より小さい中型車として発注してる二号機は、この分だと遅いながらも一応は進んでるみたいね。そっちも期待しておこう。
製作所を出ると六番通りで多くの顔なじみに挨拶しつつ、適当に練り歩く。途中でトーリエッタさんに捕まって身体測定されたり、ブルーノの愚痴に付き合わされたりとハプニングはあったけど、だいたい予定通りに目的の店に到着できた。
中央通りにある高級店に気後れすることなく入ると、聞き覚えのある声が出迎える。
「ようこそお越しくださいました、ユカリノーウェ様」
やってきたのは行きつけの高級アクセサリー店。顔見知りの販売員が、にこやかな笑顔を振り撒く。
魔道具としての機能を備えたアクセサリー集めは、数多い私の趣味の一つだ。遠征に役立ちそうな魔道具でもないもんかと訪れてみると、販売員のお姉さんにさっそく別室に案内されてしまう。
いつもの部屋に行くとさっそくお勧めの品々を紹介されるのを、しばらくは黙って聞く。少しうざったいセールストークだけど、私の興味を把握した商品の選別と説明はしっかりしてるから聞き応えはある。
「…………以上となります。新しく入荷しました商品では、ユカリノーウェ様にはこちらがお勧めでしょうか」
「なるほど。とりあえず、このイヤリングは興味深いわね。魔法の効果も思ったより良いし、特に軽さとデザインが気に入ったわ」
耳に挟むタイプの物だけど、小さな花のつぼみをモチーフにした細工は絶妙に可愛らしくもエレガントだ。少し開いたつぼみの中にはオパールが埋め込まれてて、これがまた綺麗なんだ。
魔道具としては香水のように微かな良い香りを放つって物で、イヤリング自体も取れやすいから戦闘には全く向かないけど気に入った。うん、特に花の匂いの効果が素晴らしい。
遠征には関係ないけど普段使いとしてイヤリングを確保し、続けて本命に言及する。
「それとこのリボン、これは凄いわね」
手触りの良い、黒いベルベットのリボンだ。見た目としては質感が良くてフォーマルな感じもあるけど、至ってシンプルなもの。装飾品として私はリボンを付けるようなガラじゃないけど、魔道具としての効果が素晴らしいんだ。
説明によればこの魔道具は強力な雷避けの加護を付与されたものらしい。効力としては落雷の直撃をも楽々と退け、例え話としては雷雲の中に飛び込んだとしても無傷で切り抜けるほどの効果があるんだとか。
今回の遠征で同行することになる予定のアルベルトは雷魔法の名手でもある。広範囲に及ぼす彼女の攻撃魔法を考えれば、ぜひとも欲しい魔道具だ。
具体的な効果は実証実験が必要と思うけど、この高級店は紛い物や三流品を取り扱わないという意味で信用に足る。一級品の魔道具ともなれば、その程度の効果があったとしても不思議じゃないからね。雷避けの効果が話のとおりなら、かなり使える魔道具だ。
「さすがはユカリノーウェ様、お目が高い。こちらは魔道具ギルドの営業部から買い付けた物でして、出所も効果も折り紙付きの一品でございます。その分、お値段も少々お高くなってしまいますが、ご満足いただけるかと」
「ギルドから直接? そんな仕入先まで開拓してるなんて、やるわね」
「ありがとうございます。ユカリノーウェ様の髪色にも良くお似合いだと思いますよ」
「うーん、私はリボンってガラじゃないから腕にでも巻いておく感じになりそうだけど」
「それはいけません。こちらは髪につけることが、効力を発揮する前提になっています」
「……そんな条件があるわけ?」
なんでも、リボンは髪につけることによって、髪の毛から魔力を吸収して効力を発揮する仕様らしい。他の部位では意味がないんだとか。
試しに手に取らせてもらうと、手に持った感じじゃ特になんともないんだけど、髪に触れさせるとくっつくように吸いついて、極微量の魔力を吸われた感覚もあった。なるほど、髪に結ぶと解けにくい作りにもなってるらしい。
普段の髪型はかんざしで適当にまとめるか普通に下すかって感じだけど、たまには結んでまとめるのも悪くはないか。黒のリボンなら、見た目としてもまあ許容できる。
「いかがでしょう?」
「今日はさっきのイヤリングとこのリボンだけにしとくわ」
「お買い上げありがとうございます。どちらもケースはサービスさせていただきますので」
慣れたやり取りの後では、いつものように会計を済ませ、見送りを受けて退店した。
その後、小腹を満たすために屋台通りに立ち寄って食べ歩くという、久々にのんびりとした時間を満喫した。忙しいばっかりじゃ、精神的に良くないからね。みんなも順番に休ませるようにしないと。
装備や道具のメンテが終わり、物資の調達も完了すると、あとは人員の調整をして出発のタイミングを計るだけ。
アウトソーシングの話も上手く進めてくれたらしく、遠征に出せる戦力にもかなりの余力ができた朗報もある。同行するメンバーは完全に任せてたけど、思った以上に心強いメンバーだった。
遠征組メンバーとして、最初の予定通りにまずは第三戦闘団長のアルベルトが組み込まれた。ハンマーを使った接近戦、弓矢を使った遠距離戦、魔法を使った広範囲高火力を実現できる対集団戦、そして元冒険者としての見識は頼りにできる存在だ。
次に第九戦闘団長のリリアーヌも行けることになった。彼女も広範囲高火力戦闘においてはキキョウ会随一の戦力だし、アルベルトとは元冒険者仲間だ。長旅や野外活動には慣れてるから、こっちも同じく頼りになる。
アルベルト、リリアーヌと元冒険者組が行くとなれば、ほかのメンツも黙ってない。無論、元々彼女たちの仲間だったオフィリアとミーアとヴェローネだ。キキョウ会に入る以前には、五人で冒険者パーティーを組んでたメンツだからね。
オフィリアの戦闘技能と火力には文句ひとつ出ないし、ミーアの斥候としての能力は特殊スキルも相まって群を抜く。ヴェローネの技巧はどんな場面でも頼りになるから、様々な相手や状況に対してとれる幅が広がる。
結局、なし崩し的に五人の参加が決まってしまったんだとか。私としては嬉しいけど、だったら自分もなんて言い出すメンバーを宥めるのには、各戦闘団の副団長や補佐のみんなが苦労したらしい。
元冒険者に加えて、情報局からも副局長のグレイリースが同行する。南部と西部を直接に視察できるチャンスだから、情報局員が同行するのは想定済みだったけど、まさか副局長が行くとは思わなかった。これはグレイリース自身が希望して、ジョセフィンが認めたから実現したらしい。これまでに鍛えた能力を活かす意味でも、見聞を深める意味でも絶好の機会になるだろう。
そして会長付警護長のヴァレリアも、本来の仕事を果たすべく同行できることになった。ヴァレリアは対集団戦においての火力の面ではそれほどじゃないと思うけど、速さでもってかく乱する戦法は十分に戦果を期待できる。特に道中における森林地帯での対魔獣戦闘では一番頼りになるかもしれない。森林地帯の見通しが悪い環境でもかなり鼻が利くタイプだから、そういった場所だと最も戦果を望めるだろう。
以上が私と一緒に旅に出る幹部たちだ。
幹部メンバー、特に戦闘団長が五人もエクセンブラを留守にすることについては、当然のように紛糾したらしい。だけど副団長や補佐以下により多くの経験を積ませること、そして会長の私が不在になる状況での緊張感をもった仕事の機会は滅多にないってことで強引に決まったらしい。まあ一理くらいはあるかな。
ただし、幹部を七人も引き連れて行く分、若衆は戦闘支援団から二人だけと少ない編成だ。若衆には主に移動用魔道具がトラブった時の対応と荷物の管理をしてもらう予定だ。
元は単独で行く可能性もあったことを考えれば、十分な人数、そして潤沢な戦力をそろえられたと思う。まさに少数精鋭、彼女たちとならロスメルタの期待を上回る戦果を残せるはずだ。
余談としては武闘派のグラデーナたちや、元冒険者の経歴を持つロベルタやヴィオランテたちも行くといって相当にゴネたらしい。さすがにこれ以上はメンバーを割く調整が利かなくて無理だったけど、私としては一緒に行かせてやりたい気持ちはある。それでも抱えてる仕事やほかのメンバーのことを考えると、そうもいかないのが悲しい台所事情よね。
移動には大型ジープを二台と小型の装甲車を使う。装甲車には人員よりも物資を優先して積み込むことになった。道中は主として魔獣と戦うだけになるだろうし、私たちは未踏領域でもない森の魔獣如きに遅れはとらない。護るべきは物資を優先すると決めたわけだ。
先発する王都のクリムゾン騎士団には、当初は三日遅れで出発すると伝えてあったけど予定は変更した。色々と考えた結果、大幅な寄り道をすることに決めたから、遅れて出発するどころか、むしろ早く出発することにした。
寄り道してる間に騎士団がせっせと切り開いてくれた安全な道を後ろから追いかけるつもりだ。寄り道がどの程度の日程を食うかは未知数だけど、たぶん早くは済まないだろう。どうせね。だから追い付いてしまう心配は特にしてない。実際、急いですぐに追いついてしまっても意味があんまりないし、大陸西部の現地近くで追いつくくらいのペースがベストだと思う。
早めに出発する理由は単純。ようはせっかくの旅に際して、大陸南部で飯のタネになるようなことでもないか探すつもりなんだ。
キキョウ会の役目は敵に打撃を与える主役じゃないから脇役に徹する。だけど脇役やるために遠出するのも面白くはない話だ。
ガキの使いでもないんだから実りを求めるのは当然で、多くの見習いが昇格するだろう来年以降をも見据えた行動が私たち幹部には求められてる。行けって言われたから行くだけじゃなく、キキョウ会なりの戦果を独自に獲得しようってのは当然のことね。
まあ空振りに終わる可能性だってなくはないけど、やるだけはやらないと。
転んでもただじゃ起きない精神と似たようなもんね。私たちのゆくその先に、まだ見ぬ何かがあるはず。ついでにそいつを探しに行ってやるってね。
慌ただしい時間が過ぎ去って、出発前日。最後の幹部会で情報局から面白い話を掴んだとの報告があった。
「消滅した五大ファミリーの遺産?」
「そうです。彼らが消えても金の成る木がいきなり消えたりはしませんからね。その一部が大陸南部にあるという話ですよ」
広大なエクセンブラを支配する五大ファミリーの内、三つもの組織が消え去った。マクダリアン一家、蛇頭会、ガンドラフト組。こいつらのシノギは様々な手段によって成り立ってたと思うけど、その一部が南部に関係するってことらしい。
「南部と奴らにどういう繋がりがあったんだ?」
「いくつか知り得た情報はあったんですが、確実なのは麻薬の原料の生産地ですね。大組織が捌く麻薬の調達先として、別の組織から仕入れるルートもあったようですが、それだけではなく独自に生み出すシステムも構築していたようです。麻薬には様々な種類があり、原料となるものも様々ですが、一部は確実に南部にあると掴んでいます」
たしかに。どこからか仕入れるよりは、生産から仕切ったほうが上がりはデカい。国内でそんなことをやれば王国に摘発されるリスクはあるけど、他国である南部でそういった生産プラントを確保できれば、そりゃやるだろうね。小国家群がひしめく東南部であれば、どうとでもやりようはあるに違いない。
ただ、麻薬プラントを手に入れてもね。ウチの流儀じゃない。それはみんなも同感らしく、焼き払うかなんて囁きも聞こえてくる。
「もちろん、麻薬をどうこうという話ではなく、それを使って別のことができないかという話です」
「別のことか。例えばだけど、大規模な畑で原料の生産をしていたとして、その畑を別の事に使うとか? でも栽培に適した植物が別にあるかどうかって問題があるわね。隠れ家でも作る?」
「隠れ家を作るのは面白そうですが、管理を考えると今は無理そうですわね」
「畑なら使いようがあるかもしれないが、原料が樹液だったとしたらそいつを加工する工場があるだけだぞ?」
「残念ながらそこまで具体的な情報はないですね。現地で確認してもらうしか……」
「もし畑のような場所でしたら~、適した作物は~、なにかあると思いますよ~」
「それもそうだな。少し遠回りになるが遠征組にはついでに実態を調査してもらおう」
手がかりが何もないよりはいい。それはみんなも同感で、最後には現地調査をしてみようってことでまとまった。今のところ、有用なアイデアがリリィ以外からは出ないのが厳しいところだけどね。
「よし、じゃあ盛大な見送りパーティーといこうじゃねえか! あー、やっぱりあたしも行きたかったな」
「わたしたちも行ければ良かったんですけどね」
「しょうがないっすよ。残念ですけど」
まだ遠征に参加できない無念さを滲ませるメンバーもいる。色々と片付けば、彼女たちには外に出る仕事を割り振ってやるのもいい。南部に金の成る木が本当にあったとしたら、また行くことになるんだし、その時にはいくらでも活躍の機会があるはずだ。
留守中はみんなでなんとかしてくれるだろうとして、あと一つ。残念ながら間に合わなかったことがある。
「遠征のことはこれくらいにして、私が不在の間に合流するメンバーのことは分かってるわね?」
「カロリーヌのことですね? 受け入れ態勢は整いつつあります。具体的な仕事内容と手順については、予定通りにカロリーヌと相談の上で決めて行く手筈です」
「うん、出発前に会えれば良かったんだけど、近々には合流できるはずよ。色街についてはカロリーヌに一任できるから、施策についても任せて構わないわ。これで具体的なシノギの話ができるようになるわね」
「ええ、見習いの昇格や外部委託の経費も掛かりますからね。収入増に繋がる話ができるのは嬉しいですね」
さて、こんなもんかな。
「じゃあ、宴会に備えてこのくらいにしとこう。はっきり言っていつ帰ってこれるかも分からない旅になるけど、私が帰ってくる頃には少しは状況もマシになってることを期待してるわよ」
「ユカリ殿、こう言ってはなんだが、わたしとしてはユカリ殿の旅のほうがきっと難儀なことになる気がするな」
「ははっ、違いねぇ。ユカリみたいなトラブルメーカーと一緒じゃ、街に残るより苦労するだろうぜ」
ジークルーネの不吉な予感に反論できないでいると、余計な茶々まで入って笑いが起こる。
まったく、嫌なことを言う奴らだ。だけどまあ、退屈な旅になるよりは大変なほう面白そうかも、なんて思ってしまう自分もいる。
それはそれとしてだ。思えば外国に行くのは初めてだ。ブレナーク王国から出て、しかも未知の廃道を突破する旅。これがワクワクせずにいられるもんかって感じよね。まだ見ぬ世界へ向けて、胸が自然と高鳴った。
準備も整え終わり、本格的な旅に出かけることとなりました。
仲間を引き連れ、予定では楽な旅になるはずですが、果たしてどうなるでしょう。
あっさりと旅は終わるのか、あるいは苦難の連続となるでしょうか。
この先の未知への第一歩、次回「怪しいボロ屋」に続きます。




