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外部委託と旅の準備

 客人の定宿になってるホテルに行くと、ロビーで待ち構える赤い服の女。

 ボーイッシュな雰囲気の彼女は、ローズマダー傭兵団の団長イングリッド・ウエストの右腕的な存在だ。赤系統で揃えた鎧が特徴の傭兵団だけど、普段着まで赤いってことはないはず。単純に好きな色なんだろう。


 対する私は月白の外套、今日はハイネックの襟と隠しボタンの仕立てが気に入ってるチェスターコートでロビーを闊歩すると、相手もすぐに気づいて立ち上がった。

「お久しぶりです、ユカリノーウェ会長」

「うん、久しぶり。なんか話があるんだって?」

「はい、団長の部屋までご案内します」


 挨拶もそこそこに部屋まで案内されると、中には私服姿の団長だけがリラックスした様子で待っていた。

 イングリッドは厚手の黒シャツにデニム風のロングスカートといったラフな格好だ。委員長っぽいイングリッドの私服はなんか意外感がある。カチッとした格好を好みそうな気がしたからね。

「まさか会長にお越しいただけるとは思っていませんでした」

「たまにはね。さっそくだけど、先に用件を済ませようか。私は回りくどいの好きじゃないし」

 知った間柄だ。堅苦しいのは抜きに進める。


 勧められたソファーに座りお茶の用意までしてもらうと、イングリッドは困ったような口調で話し始めた。

「実は休暇をとることになりまして」

「休暇? たまにはいいんじゃない? わざわざ畏まって言うことでもないと思うけど」

 不思議なことを言うもんだ。休暇くらい、忙しいウチのメンバーだって交代でとってる。

「個人でならそのとおりなのですが、今回は傭兵団として暇を出されてしまいまして……」

「暇を出された?」


 つまりはクビを告げられたのかと思って詳しく聞いてみれば、そういうことじゃないらしい。

 ローズマダー傭兵団はこれまでに辺境伯領の防衛に従事し、その後はキキョウ会との物資交換の輸送に貢献してきた。

 ところが辺境伯領に攻め入るレトナーク側の勢力がなくなり、新生ブレナーク王国が街道の警備に力を入れてる昨今、輸送任務にも危険は少なくなったのが現状だ。


 いくつもの盗賊団が壊滅して往来での安全が大幅に増した結果、商人や旅人にとっては嬉しい反面、護衛の需要は下がることになった。それでも弱い魔獣程度は普通に出現するから、最低限の護衛は必要ではあるものの、傭兵団という物々しい集団を使う必要性まではない。

 もちろん運ぶ荷物の重要度によりけりだけど、警備が厳重であればあるほど人目を引いてしまうこともある。辺境伯にとっては秘密裏の物資交換だから、目立つのは避けたいのが本音という事情もあって、ローズマダー傭兵団は任務から外されることになったらしい。


 ただし、これまでの実績や流動的な世界情勢を踏まえ、辺境伯はこの傭兵団を手放すこともしたくない。そこで休暇だ。

 今は暇な時期だから本格的な骨休めをしろと。まとまった休みなら団員に里帰りさせてやることもできるし、たまには旅行に行くのもいい。ということで、暇を出されたってわけね。


「しばらく休んでから輸送任務には復帰させてもらおうと考えていますが、飼い殺し状態には不満を感じる団員も多いので悩みどころですね」

 雇い主と団員のことで苦労してるみたいね。


 ふーむ、でもその状況で辺境伯の元を去らないってのは、待遇のいい伝手を手放したくない事情かな。せっかく作った団の維持にも安定収入は欠かせない。

 休暇明けに少数編成で輸送任務を交代でやりながら、別の任務を割り当ててもらうつもりなんだろう。それでもドンディッチに留まれば戦闘の機会は少なくなるし、暇な状況はさして変わらない。飼い殺しと思うのは仕方ないわね。


「なるほど、難しいところね。その休暇っていつまで?」

「冬になる前には戻ってこいと言われています」

「まだ春よ? ずいぶんと長い休暇ね」

 軽く聞いてみただけだったけど、まさかの長期だ。日数で表すと、軽く六百日は超える休暇になる。

「故郷に顔を出したい団員にとってはいい機会なのですが、戦闘集団としての練度が下がるのは避けられないでしょうし、団長としては頭が痛いです」


 うーん、強制的な長期休暇で仕事から長く離れれば、能力は確実に落ちていく。故郷に戻ったらそのまま戻ってこない団員だっているかもしれない。例え十分な金を支給されたとしても、暇すぎるのも考え物だ。

 あれ、ということはだ。ローズマダー傭兵団はすでに暇を持て余してるってことよね。イングリッドの口ぶりからして、全員が故郷に帰る感じじゃないし。うん、そうだ。これって、使えるわね。


「……その悩みを解決できそうな手があるけど、乗ってみる?」

「どういうことでしょう?」

 身を乗り出す委員長。

「エクセンブラの状況は知ってるわね? 人手が足りないのよ。冬まででもいいから雇われてみない?」

「詳しく聞かせてください」


 都合のいい期間限定、高い確率で戦闘の機会があって、ビジネス上の付き合いだってあるから金払いも安心確実。ローズマダー傭兵団にとって、これ以上ないタイムリーな仕事話だ。

 こっちにとっても都合のいい話であって、おそらくイングリッドの今日の相談ってのは、これを最初から目論んでた可能性は十分にある。


「具体的な内容と金の話は別に詰める必要があるけど、簡単に言えばやって欲しいのは見回りね」

「それは治安維持活動の理解でいいですか?」

「うん。ウチもシマが一気に広がったのはいいけど、ギリギリの人数で回してるからね。ちょっとした仕事話も湧いてきてて、どうしても人手が欲しかったのよ。あんたたちが手を貸してくれれば助かるわ」

「こちらとしても渡りに船の話ですが、団長として危険に見合った報酬は要求することになりますよ?」


 足元を見られないためにもトップとして当然の要求ね。こっちとしても足元を見られるわけにはいかないけど、それは互いに分かった上でやってる話でもある。フェアな取引が成立するはずだ。

 傭兵団を私の一存で勝手に雇うのもどうかと思うけど、まあ大丈夫だろう。蓄えてる金には余裕があるし、これから入ってくる稼ぎだって莫大なんだ。財務を預けてるメンバーだって反対はしないと思う。特に現場を回してる戦闘団は諸手を挙げて歓迎してくれるだろう。

 ローズマダー傭兵団の実力はこれまでの交流で把握してる。見回り程度なら問題なくこなしてくれるし、どこかの拠点防御を任せるってのもありだ。


「安く済ませようなんて考えてないわよ。なんなら前金で払ってもいいし、悪いようにはしないわ」

「明日にでもそちらにお邪魔させてもらえますか? 条件を詰めたいです」

 さっそく食いついたわね。互いにとって利益のある話だし、上手く進んでくれるだろう。

「私からみんなには話しとく。また明日、よろしくね」


 相談事が終わると茶飲み話だ。ドンディッチの気候から時事ネタなんかを引き出しつつ、輸送で通ることになるレトナーク側の様子なんかも。

 新生ブレナーク王国が街道警備の名目でレトナーク側にまで進出してるから安全なこととは別に、完全に乗っ取る気であることも察せられる。武力行使はなくても事実上の侵略は進んでるらしい。

 ちょっとした雑談でも交流は大事だ。小さなところから信用に繋がるからね。イングリッドの部下が何かの報告に戻ったタイミングまで居座ってしまい、帰ることにした。



 外を歩けば春の穏やかな気候が気持ちいい。日差しが大分強くなってきたわね。

 街路樹から漏れる木漏れ日を鬱陶しく思いながら、道すがら傭兵団について改めて考えてみた。

 ローズマダー傭兵団はウチの一個戦闘団よりも人数は多い。個々の戦闘力では見劣りするけど、それでも傭兵団としては実力派だ。ある程度のことなら任せられる。

 上手く話がまとまれば、どれかの戦闘団の少なくとも半分程度は自由に動かせるようになるだろう。つまりは大陸西部への遠征に連れて行くことができるって寸法よ。これで出せる戦力の目途が立ったと思う。


 あ、そうか。ウチのメンバーは手一杯。だったらこの際、もっとアウトソーシングしてしまおうか。ある程度の戦力を抱えてて、組織として信用もあって、金さえ払えば仕事を引き受けてくれるところなら知ってる。

 冒険者ギルドと傭兵ギルドに話を持っていけば、たぶん組織として断りはしないだろう。ウチはそっちのギルドとも交流はあるから話も通しやすい。表向きフロント企業を通した治安維持の依頼なら、真っ当なギルドが引き受けるには十分な理由だ。ギルド所属の人間も増えてるし、仕事が得られるなら向こうにとってもウエルカムだと期待もできる。

 ウチにはウチの事情があるけど、あまりにも人手が足りない状況だ。事情は一旦、脇に置いてくほうがきっといい。


 そうよね。手が足りないなら借りればいい。なに、金ならあるんだ。金で解決できることは金で解決してしまおう。

 永続的に金を払ってどうにかするつもりはない。ウチは集金する側であって、払う側じゃないんだ。あくまでも短期的な話になる。とりあえずは、これで少しは余裕をもって回していけるだろう。



 本部に戻ってローズマダー傭兵団の短期雇用、そして戦闘系ギルドへの依頼の話をすると、おおむね賛成の意見で占められた。

 反対というか懸念事項として、キキョウ会の完全支配下にあったシマの体制が崩れること、不良冒険者のようなのが紛れ込む可能性なんかが挙げられたけど、短期間だけと割り切れば影響は大きくないと結論付けた。


 新規獲得のシマには新たな支配者としてキキョウ会が睨みを利かせる必要があるけど、重要拠点が本部くらいしかなくて安定してる稲妻通りについてはギルドの連中に頼むことになるだろう。六番通りも重要拠点は別にして、通りの見回りくらいなら任せて問題ないと思う。

 賛成派が圧倒的に多かったのは、単純に少しは楽をしたいって気持ちもあるかもしれない。


 実はこれまでにも手を借りるって話も無くはなかったけど、裏社会の勢力だけでやってきた仕事を他に頼むことには大きな抵抗感があったことは否めない。

 だからこそほぼ独力で頑張ってたんだけど、ここにきて私が遠征に出ることになったからね。お供だって連れて行きたいし、そうすると人手不足の点で外部の戦力を雇い入れるのはやむを得ない。みんなも会長の私だけを遠征に送り込むことには反対だったから、もうこれはしょうがないことでもあった。

 雪の季節になれば自然と暇になるし、最長でもこの春から夏、秋と経由して冬の始まりまでだ。日数的には多いけど半年程度と考えれば短期の内に入ると思ってる。


 そして冬を経てまた春になる頃には、キキョウ会はさらに大きく力を付けた組織に持っていけてるはずだ。

 教導局長のフウラヴェネタによれば、この春から期待以上に見習いは増えてるし、夏にはもっと激増するんじゃないかと予測されてる。どれだけの人数が見習い研修を突破できるか分からないけど、上手くいけば今後一年でキキョウ会は大幅に人数を増やせる見込みだ。それも随時に正規メンバーへと昇格していくから、時間が経てば経つほどにみんなの負担は減っていく。まあ減ったら減ったで新たなことに取り組み始めると思うから、結局は楽にはならないと思うけどね。


 まだまだウチはやることが一杯、山のようにある。それでも楽しみでもあるんだ。面倒な麻薬カルテルや覇権主義国家のことなんて、早く終わらせてすっきりしたい。気合を入れ直し、決意も新たにした。



 方針を決めてから事務局メンバーにはローズマダー傭兵団やギルドとの交渉を任せ、戦闘団には私と同行するメンバーの選定を任せた。多忙な事務局だけど、親交のある組織との交渉なら簡単にまとめてくれるだろうから心配はない。


 西部への遠征メンバーとしては、今のところはワイルド系エルフのアルベルトを中心とした元冒険者や旅慣れたメンバーで編成する予定らしい。

 森林地帯での探索と敵地での火力、近距離から遠距離までカバーできる戦闘適正からして、元冒険者としても優秀なアルベルトは妥当な人選と思う。彼女をメインに編成してくれれば、私の同行者として不足はない。


 他にも遠征に行くとなれば準備も色々だ。移動に使う大型ジープのメンテ、装備の点検と補修、物資の買い込み、組織内での調整はもちろん関係各所との調整だってある。


 兵站としては最小限の範囲で持っていくだけで済むけど、それなりの準備は要る。

 水は魔法があるから不要だし食料も基本的には道中の森で現地調達できる見込みだけど、調味料は欠かせない。非常食だって準備しておくべきだろう。

 ジープや魔道具に使う魔石も最悪はなくてもいいけど、持っていけるなら準備はするべきで、武装の予備だって可能な限りは持っていきたい。


 回復薬と魔法薬は個人としての標準装備でもあるけど、潤沢な予備もあるにこしたことはない。これから殴り込む場所はチンケな事務所とは違う規模だからね。これも最悪は現地で作成できるけど、あらかじめ準備できるならそのほうがいい。

 無駄な物を持っていく気はないけど、ギリギリにする必要もないからね。あればいいと思うのは持っていくし、そのための買い物をする理由としてはちょうどいい。気分転換にショッピングと洒落込もう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >月白の外套、今日はハイネックの襟と >隠しボタンの仕立てが気に入ってるチェスターコート おう!白の長ラン……じゃない、チェスターコートですね! 襟がビロードなのは弔う気持ちを表したもの…
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