特別ライセンス
ホテルでの会合翌日。
昨日は色々なことを聞かされたけど、独自でも情報を仕入れるべく冒険者ギルドに向かうことにした。
かのギルドとは以前に揉めたこともあって、一時期は微妙な関係だったことは事実だ。
不良冒険者にまつわる事件の後で冒険者ギルド本部とは手打ちをしたけど、街の支部とはこれといって話し合いなんかはしてなかった。あの時にはギルド支部は文字通りに吹っ飛んでたし、とても話をするような状況じゃなかったからね。だけど、今となっては過去の話。
こっちとしてはもう済んだ話だし、ギルド支部も上層部が刷新されてるから、双方にとって悪感情を残すようなことにはならなかった。
汚職に手を染めた職員や不良冒険者が一方的に悪かったのは誰でも分かってることだから、根に持つ必要がないことでもある。むしろ一部の冒険者たちは、あの時に肩を並べて一緒に戦った間柄にもなる。そういうわけで互いに詫びを入れるなんて状況はすでにない。その後のちょっとした交流もあって、今の関係は悪くないどころか良好とさえ言える。
今回の旅にあたって、冒険者ギルドでなら廃道や大陸南部の情報が手に入るんじゃないかと思って調べにきた。
エクセンブラ支部は爆発で資料がなくなってると思うけど、知見のある人はいるだろうし、ギルド間通信を使えば他の支部との情報のやり取りは可能だ。ファックスみたいな魔道具だってあることだしね。それに大陸南部の国にも冒険者ギルド支部はあるんじゃないかと思ってる。そこからも何かしらの情報が得られるんじゃないかと考えたわけだ。クリムゾン騎士団でもその辺は調査済みとは思うけど、独自で調べる努力はあってしかるべきだろう。
楽をしようと思えば私はただ先行する騎士団についていけばいい役どころだけど、何も知らずに全てを任せてしまうほど楽観はできない。個人としてもある程度の知識は持っておきたいと思うのは自然よね。まあ個人的な興味も多分にあるけどね。こういう機会でもないと大陸南部に関する資料なんて、そうそう調べようとはしないだろうし。
それにどうせ行くなら、より多くの戦利品だって欲しい。今回約束されてる報酬は、ロスメルタの暗黙の了解だけしかない。それが大きいってのは分かってるけど、それだけとも思ってしまうんだ。知識があれば、何か思いつくことがあるかもしれない。組織の会長として、欲は張っておくべきだ。
ただ、普通は情報が欲しいといったって、いくら良好な関係があったとしても、はいどうぞとくれるわけじゃない。特にギルドメンバー以外となれば、取得できる情報は限定的になるだろうし、しょうもない情報にすら法外な金を要求される可能性だってある。情報ってものには、それだけの価値があるんだ。
しかも大陸南部は危険地帯だけど、古代遺跡なんかもある場所だから、冒険者以外に簡単に情報をくれるとは考えにくい。
それでもだ。キキョウ会の場合はちょっと違う。なにしろ、私たちにはその『権利』があるんだから。
冒険者ギルド本部との手打ちの際、キキョウ会はある魔道具を手に入れた。そいつは換金性のあるものでもなく、戦闘に使えるものでもない。
なにを貰ったかと言えばそれはズバリ、『ギルドカード』だ。ギルドカードは身分証明証兼クレジット機能のあるレコードカードと同じく、複雑な機構を組み込んだ魔道具そのものでもある。
通常、ギルドカードというのは個人に対して与えられる物だけど、特殊な事情からキキョウ会は特別も特別、そんな特権を付与されたカードを貰うことになった。
それは組織に対して贈られたカードであり、会長の許可証さえ伴えば、ウチのメンバーに限り誰でも使用可能になってる共用のカードでもある。例外中の例外ね。
しかも冒険者ギルド本部所属扱いの、第二級特別ライセンスだ。
第二級ってのは、最高ランクである第一級のひとつ下を示す階級のこと。
冒険者の階級は魔法と同じく、第一級から第七級まで存在する。これは伝説の大魔法使いが定めた魔法の区分けを参考にしたものとされてて、実際に第一級魔法を使える者が伝説を除いて存在しないのと同じように、第一級を冠する冒険者は今のところただの一人も存在しない。
事実上、第二級が最上位になってるわけだ。おそらくは伝説の大魔法使いに匹敵する業績でも残さない限り、第一級冒険者と認められる者は現れないだろう。
余談はともかくライセンスがあれば階級に応じた待遇にはなるけど、各支部で資料の閲覧が許可されるし、第二級ともなれば機密情報にすらアクセス可能になる。もちろん機密の内容にもよるから、無許可で閲覧できるのは重要情報のなかでも一部だけになるだろうけど。
それに情報の取得とは別に、多くの特典だってある。
素材の買取価格は少しだけど割増しになるし、提携の宿泊施設や商会なんかに行けば割引だって受けられる。第二級ならギルドに納める会費だって無料だ。ほかにも色々とあるけど、冒険者ならぬ私たちにとってはあんまり意味がないものになるわね。まあそれでも凄い効力を持ったギルドカードってことだ。
ただし、キキョウ会が貰った第二級特別ライセンスの『特別』ってのが実はミソだ。これは特別なんて名称がついてるけど、要はギルド側から見て特別に与えてやってるって意味になる。
通常のギルドメンバーなら、毎年の会費を払って不祥事を起こさなければ資格を喪失することはない。だけど特別扱いされてるライセンスは違う。これには有効期限が設定されてる。基本的には毎年自動延長されるんだけど最長十年で無効になり、ギルド側の都合によっては途中での打ち切りが可能なんだ。キキョウ会の場合にはその辺の交渉もあって、打ち切る場合には事前の書面でもって通知し、一定の期間を置いてからライセンスが無効になるって取り決めがある。
まあ特別扱いだけあって、優遇措置が色々とある割には付随する義務はないといった都合の良すぎる待遇だ。これが永続するわけはないわね。
これまでに私自身が特権を使う機会は無かったけど、結構な凄い権利が色々とあるから、情報局はそこそこ活用してる。あとは教導局も訓練で魔獣を狩った際の買取で優遇措置を受けてるみたいね。そういうわけでギルドカードが必要な際は、キキョウ会本部に保管してるあるのを貸し出すことにしてる。
そして今日は私自らが権利の行使をしようとしてるわけだ。
久々にやってきた中央広場は、すでに灰燼に帰したあの時の名残はまったくない。繁栄著しいエクセンブラなればこそ、以前にも増して立派になってるくらいだ。
冒険者ギルド支部は以前のお役所然とした造りとは打って変わって、より近代的な美術館のような姿に生まれ変わってる。なかなかにしゃれてるわね。世界に冠たるギルド、そして超高度成長を続けるエクセンブラ支部に相応しいと思える外観だ。
月白の外套に紫水晶のキキョウ紋を誇示しながら中に入ると、初めて入った内部を見回す。
ふむ、受付が並ぶ基本的なシステムは変わらないけど、前よりも天井が高くなった分だけ広々としたように思える。空いてる時間帯を選んだから冒険者の姿はまばらで、そのせいかより広く感じた。
真新しいけどこれといって見るべきものはない。さっさと用事を済ませようと思ってると、近くを通りかかった女と目が合った。
「あら? あなた、キキョウ会ね。以前にも会ったことがあると思うけど」
「……かなり前になるけどね、私も覚えてるわ」
目の前のグラマラスで派手な美女には確かに見覚えがある。ずっと前、オフィリアたちに手紙を出そうと思ってギルドにきた時に応対してくれた人だ。あの時は親切にしてくれたし、なにより超ド級の美女だ。会ってみれば思い出しもする。
「特別ライセンスでしょう? 良ければわたしで用件を聞くけど」
「じゃあ頼むわ。欲しいのは情報よ」
「情報? いつもの人じゃないのね。いいわ、付いてきて」
いつも訪れてるのは情報局のメンバーだから、久しぶりにきた私がそれを求めるのを不思議がってるんだろう。
個室に案内されると形式上、ギルドカードの提示と会長の許可証が求められたからさくっと差し出す。私は会長だから許可証は不要だけど、余計なくだりを省くためだ。
事務的な手続きを終えると具体的な話を求められたらから、大陸南部やメデク・レギサーモ帝国に関する全般的な情報を求めた。現状の私には又聞きの薄い知識しかないからね。どんな話でも傾聴に値する。
「大雑把ね。一般的なことで良ければ口頭でも答えられるけど」
「資料をまとめたり取り寄せたりするのも大変だろうし、口頭でいいわよ。時間をかけたくもないし」
「それじゃあ、なるべく客観的に話すようにはするけど、ざっと話していくから質疑応答は随時にどうぞ」
「うん、遠慮なく」
クラッド一家はともかく、ロスメルタやクリムゾン騎士団に問い合わせればそれなりの体裁の資料はくれると思う。それは別にやるとして、物事は多角的に見て考えたほうがいい。私は第三者の立場にいる冒険者ギルドの話が聞きたいんだ。
結構な長い時間に渡って美女を独占し、色々な話を聞くことができた。
気がつけば、二時間は経過してたらしい。
「もうこんな時間か。付き合わせて悪かったわね」
「無茶な相談じゃなければ、いつでも歓迎よ。受付にいるよりも、こっちのほうが楽しいし」
ナンパが鬱陶しいってのが主な理由かと思うけどね。気さくな美女とは今度、お茶でもしに行こうとか話しつつ退散した。
帰り道で聞けた話を忘れないよう反芻する。
廃道については残念ながらこれといった新情報はなかった。代わりに東南部の小国家群、南中央部に広がる深く険しい冥界の森、西南部の海洋国家アルワードについては一般的な情報ではあったけど、初めて聞く話も多くてかなり参考になった。
特に出現する魔獣についての情報は有用だった。私でも危険と思える魔獣もいるみたいだし、事前に知ることができたのは大きい。それと食料にできる魔獣のことも有用な情報だ。持参する物資が減らせるし、種類も出現数も多いらしいから別の意味でも楽しみだ。
点在する村々の情報も何かに使える可能性はあるし、ざっくりとだけど危険地帯の情報も仕入れることができた。古代遺跡については目的から逸れ過ぎるから、聞くのはやめておいた。知ればきっと気にせずにはいられなくなるからね。
メデク・レギサーモ帝国についての一般的な情報も手に入った。あそこにも冒険者ギルドはあるらしく、情報のやり取りは定期的にここエクセンブラ支部とも行われてるらしい。それによれば街の暮らしとしては、ここと変わらず一般的、あるいは常識的なレベル。軍事国家として軍の規模は大きく精強だけど、それを支える経済も大きい。発展した国じゃないとそれは無理だから意外でもないけどね。悪名高い帝国といえど、普通の国民にとっては普通の暮らしが一般的ってことみたいね。
帝国領において酷いのは、裏社会と無法地帯同然になってる占領地だって話だった。正式に自国領土として領主を据えた場所と待遇が異なるのは普通だと思うけど、想像以上の酷い場所だと思っておいたほうが良さそうだ。
一応の事前情報として過酷な住民生活を知りはしたけど、私たちにとっては無関係なことでもある。所詮はただの通りすがりだし、きっと二度と会うことは無い人たちだ。気まぐれを起こす可能性は否定しないけど、たぶん私はちょっとやそっとのことじゃ気にせずスルーしていくだろう。
そしてどこをどう攻めるかなんてのはクリムゾン騎士団が決めるから、戦略目標とか戦術目標なんかも私が気にすることはない。
気に入らないことはやらないつもりだけど、おかしな話にはならないと思うから心配はしてない。実際に行ってみないと分からないことだってたくさんあるし、ある程度は出たとこ勝負になるはずだ。
なんとなくでも色々と知れると、心の準備もできるってもんよね。
あとは具体的な準備だ。今までにない長旅になりそうだし、道なき道を進む展開もありそう。装備は見直す必要があるわね。
それと人員も。今のところキキョウ会の人員は私だけだ。でもそれはちょっとどころじゃなく寂しい。どうにか捻出したいと思ってる。
新規に獲得したマクダリアン一家のシマの管理に忙しいみんなを思いながらも、甘味処で店員のお姉さんとダベってから本部に戻る。糖分を補給したお陰で少しは頭も回るようになった気がする。
稲妻通りの我が家たる本部、焼杉のような黒い板に銀色の文字が映える看板を見ながら本部に入ろうとすると、慌ただしい人の出入りにちょっと顔をしかめてしまう。ここのセキュリティはどうにかしないといけないわね。
「この書類、大至急で商業ギルドに届けて!」
「怪しい奴らがうろついてる? とりあえず戦闘団に伝えてあとは任せとけ!」
「あのー、ちょっと相談なんですけど、付きまといがありまして……」
「酷い奴らがいるんだよ、どうにかできないかい?」
「新参の商会ですが景気のいい話を聞く割には支払いが滞ってますね。理由にもよりますが、場合によっては追い込む必要がありますよ」
「人手はどこも足りてないよ! そっちでなんとかして!」
「おらっ、忙しさを理由に訓練サボんなよ? 時間作ってやりにいくぞ!」
「え~、代行はちょっと空気読んでくださいよー」
うん、すっごい忙しそうだ。そろっと覗いてまた出て行こうかと思ってると、目ざとい奴に見つかった。
「ユカリ! いいところに」
フレデリカの奴、会長を雑用に使う気じゃないわよね。
嫌そうに見返す視線にも構わず、頼まれごとをされてしまった。なんでもドンディッチとウチとの交易を事実上仕切ってる、ローズマダー傭兵団が街にきてるらしい。それの相手をしてこいってことみたいね。
「別にいいけど、いつもなら表向きに作った商会がやってる取引じゃないの?」
「そうはそうなのですけれど、今回は別の話があるようでした。事務局は手が離せないので待ってもらっていましたが、待たせ過ぎるのも申し訳ないですし」
「なるほどね。そういうことなら引き受けるわ」
別に嫌な相手なわけじゃない。話くらいなら私が聞いてやるか。
冒険者ギルドから獲得した魔道具がここまできて、ようやっと登場しました。
不良冒険者とのいざこざから始まったギルド支部との闘争エピソードで、第144話「方々からの贈物」において登場したくだりです。(超説明口調)
戦闘に使える物ではなく、『権利』といったオチでしたが有用であることは間違いないでしょう。
もう少しだけ旅への準備フェーズが続き、その後の旅はちょいと長くなる予定です。




