背後にいる敵
約束した会合の当日。朝から忙しい一日を過ごしてると、昼前頃になってやっとクラッド一家の使いが訪れた。
バルジャー・クラッドが要望したエピック・ジューンベル・ホテル&リゾーツでの会合、その時間を知らせにきてくれたんだ。
前に聞いたときは単に午後って話だったけど、どうやら会合の前にホテルの視察や食事をしたいらしく、会合そのものは夕食後の時間帯を指定してきたんだ。ちゃんと料金は払うらしいから別にいいんだけど、暢気なもんだと思ってしまう。
一応の配慮なのか私への同行は要望されず、勝手にやってるから許可と手配だけしておいてくれってことらしい。
しかもクラッド一家の関係者だけじゃなく、妹ちゃんたちやほかにも情報提供者が一緒にホテル見物をするかもってことらしいけど、もう好きにしたらいい。警備局とホテル側にはクラッド一家ご一行様が遊びに行くから、問題がない限りは好きにさせるかエスコートしてやれと通知しておいた。
会合相手が暢気に遊んでる間も私たちキキョウ会は忙しく働き、食事もジャンクフードで済ませてしまう悲しさよ。
少し不機嫌になりつつも時間が経ち、そろそろ移動することに。
キキョウ会の参加者は私とジークルーネとジョセフィン、それと開催場所からしてゼノビアたち警備局も幹部や補佐は出席させる予定だ。グラデーナとヴァレリアにも参加させたかったんだけど、マクダリアン一家のシマでの仕事が忙しくて無理だった。会長警護が本来の仕事のヴァレリアも、警護が不要な場面ではどんどん違うことをやらせる方針だからね。ほかのメンツも同様に忙しく、ウチからの参加者は限られる。実際のところ、相手方の参加人数とかも知らないし、多けりゃいいってもんでもない。私としてはできる限り一緒に情報共有したいってだけなんだけどね。
目的地は近いから、気分転換がてらに徒歩でさくっと移動。裏にある関係者口からホテルに入ると、スタンダードな会議室に向かった。
会議室は社交で使うような絢爛豪華な部屋とは違って、シンプルな内装になってる。エクセンブラは貴族みたいな連中だけじゃなく、ビジネスで訪れる金持ちだってたくさんいるから、そういう人たちが商談や仕事で使うことを想定した部屋になる。
バルジャー・クラッドとしては、社交用の部屋を見たかったのかもしれないけど、全ての部屋は予約済みで現在も使用中だから、見せてやることはできない。本当は万が一のミスや緊急時に備えて、最初から予備として準備されてる最上級クラスの部屋もあるんだけど、それは本当にいざという時のために使うものだ。いくら私が要望したところで支配人もいい顔はしないだろうし、そこまでしてやる状況でもない。話をするだけなら、会議室で十分なんだからね。自慢だけどスタンダードな会議室ですら、一般向けのホテルと比べればクオリティの違いは一線を画すんだ。
場所の提供をするからには、私たちはゲストじゃなくホストになる。
ゲストが遊んでる間に準備を整え、あとは約束の時間になるのを待つのみ。この間に支配人やゼノビアから、遊んでる奴らの一日の様子を聞こうかと思ってると、ちょうど待ち人たちがやってきたらしい。
「会長、お客様がお見えになりましたが、当初お聞きしていたよりも人数が多く、このお部屋ではかなり手狭になってしまいます」
「そんなに? 今から別の部屋の準備は間に合わないわね」
「急ぎ準備をさせているところですが、同じくらいの部屋しか空いていなく……」
「空き部屋があるなら上等よ。急な話なんだし、しょうがないわ。単なるお付きの人とかには、その別部屋に待機してもらうことにしようか」
スタッフと話してると少しの間をおいて、バルジャー・クラッドを先頭に知った顔がずらずらと入ってくる。その途中で現れた顔に私は思わず硬直した。
「ニジョーオーファスィさん。俺も各地で色々と見てきたほうだが、ここまでとは思っていなかった。人員、設備、食事、酒、ケチの一つも付けてやろうかと思っていたが、文句どころか称賛する以外にないな」
「驚きました。まさかこれほどとは」
なにやら褒めてるらしい言葉も、右から左に抜けて行ってしまう。
原因はここにいるはずのない女。
「少し見た程度だけど、本当に素晴らしいわ。さすがはわたくしの自慢のお友達が作ったホテルね。今日はここに宿泊していこうかしら?」
世間話でもするように話す女を夢か幻かと思ってしまうのも仕方がない。もちろん似てるだけの別人じゃないらしい。声や喋り方まで本物と同じとくれば、もう間違いない。
ブレナーク王国の超重要人物、ロスメルタ・ユリアナ・オーヴェルスタ公爵夫人、その人だ。
「……あ、あんた、なんでここにいんのよ?」
「あら、なんでとは失礼ね。せっかく、お友達が会いにきてあげたのに」
笑顔で冗談を飛ばすけど、そんな理由でのこのこ出歩けるほど暇な女じゃないはずだ。
つい呆然としてしまったけど、周りをよく見るとクリムゾン騎士団のフランネル団長もいる。その他にも護衛や文官みたいのも伴ってるわね。なんだか大所帯みたいだ。
クラッド一家の陣容も似たような感じだ。異様な存在感を放つ《雲切り》は別にしてね。アナスタシア・ユニオンも同様。全部の陣営が集まると結構な大人数だ。
ロスメルタの登場は意外だったけど、いるものはしょうがない。切り替えよう。
ゲストを立たせたままじゃいけないと思いつつも、これじゃ椅子が足りない。予定外の客がこんなに増えたんじゃ、そりゃ部屋も手狭になる。
「そのお友達のことは後で聞くとして、これだけ人数が多いとここじゃ座りきれないわ」
どうしよう。ロスメルタほどの重鎮がいるとなれば、いざという時の予備を貸し出させようか。というより、なんで私にそれが知らされてないのか。いつホテルに到着したのか知らないけど、真っ先に教えるべき事だろうに。ゼノビアに目を向けると、首を振ることから知らなかったらしい。秘密裏に到着してついさっきホテルに入ったってこと?
「ごめんなさい、ユカリノーウェ。せっかくなのだけど、あまり時間も無くて。この部屋に残るのは最低限の人数で構わないでしょう? 悪いのだけど、残りの方には外で待っていただいても良いかしら」
有無を言わせぬ調子だ。こっちとしても話が早くていいけどね。
「ではそうしよう。ベルナールとクロードだけ残れ」
「こちらはギスケードとコルドラが残って」
バルジャー・クラッドと妹ちゃんも無駄に反抗することはせず、素直に残すメンバー以外を追い払う。これを受けて待機してたホテルのスタッフが別室に案内を始める。
「じゃあウチはジークルーネとジョセフィンで。悪い、ゼノビア。警備局は万全の警備体制を敷いてくれる?」
「ああ、大丈夫。これほどのゲストを迎えられたんだ。みんなも気合が入るよ」
スタンバってくれてたゼノビアたち警備局の幹部には、このまま総出で警備の指揮に当たってもらう。たぶん外にはクリムゾン騎士団の連中もいると思うけど、ここはウチの庭だ。余所者には万全の警備なんてできっこない。
改めて各陣営が席に着くと、お茶だけ用意させてさっそく話を始める。
「情報交換の前に、なんでロスメルタがいるのかだけ教えて」
これだけでも聞いておかないと落ち着かない。
「レディには俺がご足労願った。行動的なこの御方なら、必ずいらしてくれると思っていたよ」
「ええ、そうよ。呼ばれたの。エクセンブラには色々と用事もあったから、いい機会だと思って。サプライズをしてあげたい相手がいてね。それと、ユカリノーウェにも会えるから」
王都からわざわざね。本気で急いだってそれなりに時間のかかる距離だ。忙しいロスメルタが仕事の合間を縫ってきたってことは、その別の用事が本命なんだろう。サプライズってのがちょっと怖いけど。こっちはそのついでって感じなのかもしれないわね。
「ふーん、まあ細かいことは聞かないわ。じゃあ、ドン・クラッドから始めてくれる? 今回の言い出しっぺなんだし」
貴族の事情に首を突っ込むのは止めとこう。雑談はこれで終わりだ。
「いいだろう。クロード、始めろ」
「はい。わたくしめはバルジャー・クラッド様の秘書を務めます、クロードと申します。以後お見知りおきを。ではさっそくですが、我々の『敵』について知り得る限りの情報を提供させていただきます」
いよいよか。他のみんなも神妙に耳を傾ける。
「エクセンブラ五大ファミリーの一つとして数えられたガンドラフト組ですが、おそらく以前よりすでにレギサーモ・カルテルに侵食されていたものと思われます。詳細は省きますが、五年ほど前からになると我々は考えています」
ズバリきたわね。一年の日数を考えると、五年前ならもう大昔だ。それだけの時間があれば、乗っ取りも可能かもしれない。
「侵食が始まった理由は、蛇頭会にあると考えて良いでしょう。彼らはメデク・レギサーモ帝国においての敵同士。そのような事情から、レギサーモ・カルテルはエクセンブラに根を張る土台としてガンドラフト組を利用しようとしたと思われます。世界各地において、蛇頭会あるところにレギサーモ・カルテルあり、その逆もまた然りです。エクセンブラにおいても、それは進行中であっただけのことだと考えられます」
乗っ取られてたってのはウチでも考えてたけど、蛇頭会との絡みまでは想像してなかったわね。そうだとすれば、蛇頭会が最初に滅ぼされた理由にも合点がいく。良く知る敵同士ってことは、ガンドラフト組が乗っ取られたことにだって、蛇頭会なら真っ先に気付きそうなもんだ。
本国の敵同士であり、密かに乗っ取った事実を気付きそうな相手。しかも当時、蛇頭会は弱体化してるタイミングだった。レギサーモ・カルテルからしてみれば、叩かない理由がない。
それにしてもだ。そもそも秘密にする理由が分からないわね。
「レギサーモ・カルテルの動きに不審な点は多いのですが、状況から推測は可能です。またそれを示す証拠も我々は発見しています。それによると、重要なのはブレナーク王国が一度崩壊したことに始まります」
なんだか壮大な歴史を語る、語り部みたいな奴ね。若干、白け気味になりながらも、重要な話を聞き逃しはしない。
「国家の崩壊は他国にとっても一大事です。しかもブレナークだけではなく、レトナークの情勢までもが第三国からの視点で見れば、非常に怪しい状況にありました。その様な状況においても北のドンディッチも南の小国家群も、領土の侵略に動く気配はありません。大陸東部において、非常に大きな空白地域が生まれる可能性が高くなったことになります」
空白地域か。街の中でそれが出ることを私は警戒してるけど、視野を広げれば国でもそう見えたわけよね。
「無政府状態の地域になると仮定すれば、国家としての武力集団は皆無になります。すなわち軍事的な意味での空白地域です。さて、ブレナークとレトナークの南北において領土的野心のある国家はありませんでしたが、その他はどうでしょうか?」
その他ね。北と南にはいない。東には大洋が広がり、西にはロマリエル山脈がそびえ立つ。少なくとも隣接した場所にその他の勢力はないように思われるけど。
「……レギサーモ・カルテルの本拠地、大陸西部の帝国ですね?」
妹ちゃんが答え合わせでもするように発言する。
「左様です。覇権主義を掲げる、メデク・レギサーモ帝国の思惑が表に出てくることになります」
大陸の東部と西部とでは、距離的にはかなりの開きがある。それというのも人跡未踏のロマリエル山脈は、東西の距離で考えると、およそ三千キロメートル以上にも及ぶからだ。東西を行き来するには、北か南へ迂回しないといけない。その南北ですら、ロマリエル山脈は二千五百キロメートルを超える幅がある。
西部の国家が東部に手を伸ばす。それも北と南をすっ飛ばして。そんなことが可能なのか? やれるとしてもなんのために?
「メデク・レギサーモ帝国は、かつては小国から成り上がり、現在では大陸西部で覇を唱えるほどに大きな国となりました。しかし、近年においては拡大も行き詰まりを見せています。それというのも、帝国の南には大海の森と呼ばれる数多の湖沼を含む大森林が広がり、強力な魔獣も多く軍を進めるには難しい土地となっています。北には大国ベルリーザと同盟を結ぶ中小規模の国家群があり、容易に攻め落とせるものでもありません。そこで東部です」
うーん、北も南も難しいから東に行くってか。それにしても超長距離に及ぶロマリエル山脈を迂回してまでとはね。
ちなみに帝国の西というか、大陸の西側には海があるんだけど、これは魔海と呼ばれる海で、船は一切出せないほどの難所になってる。つまり海路での迂回は不可能だから、帝国は陸路で進軍するしかない。ついでに魔海を隔てた向こうには未踏領域が広がってるけど、この辺は雑学だし今は関係ないわね。
「気の長い話となりますが、大陸の東西に覇を唱えることができたとするならば、情勢はまた大きく変わるでしょう。帝国はそこに夢ではなく、現実として手を付け始めたのではないかと考えられます」
帝国の侵略か。なんだか話が大きくなってきたわね。それにね、どうにも話が回りくどくていけない。
「それで? 麻薬カルテルと帝国になんの関係が?」
短くまとめて言えとばかりに、つい口を挟んでしまった。
語り部の初老のおじさんは気を害した風もなく、滔々と続きを語る。
「あのような麻薬カルテルが存在していること自体、帝国との関連性を疑わざるを得ません。強大な軍事力を誇る帝国が、あのような無法の集団を見逃す理由がありませんので。つまり、レギサーモ・カルテルは帝国と繋がっているのです」
自信満々に言い切ったわね。たしかに状況証拠としても十分か。どこまでズブズブなのかは不明だけど、一定以上の関係性はあるんだろう。
聞いてるみんなの反応に満足そうにすると、クロードとやらは先を続ける。
「ガンドラフト組を侵食する計画は、少なくとも当初の時点では帝国の思惑とは無関係でしょう。しかし、ブレナーク王国の崩壊が帝国の野心を刺激するに至り、その野心と思惑を一致させた麻薬カルテルが、邪魔になる勢力の排除に乗り出したということです。秘密裏に侵略を進めようとしていたのは、ドンディッチに悟られないためでしょう。かの国の邪魔が入るようですと、距離の関係もあって帝国は野心の成就が厳しくなります」
「しかもだ。エクセンブラは急速に力を増しつつあり、復活した王都も驚くほど立て直しが早い。時間が経てば経つほど、帝国が付け入る隙は無くなっていく。焦っているということさ」
一通り語って満足したのか、饒舌な語りが一旦止まり、バルジャー・クラッドが最後に補足した。
ふーむ、なるほど。要はレギサーモ・カルテルの背後に帝国がいたと。
しかし帝国の思惑とは別にブレナーク王国の状況は突然変異の如く変わってしまった。余裕で征服できるはずの崩壊国家が、いつの間にか復活して以前にも増して力を付けつつある。
ブレナーク側の勢力に撃退されたレギサーモ・カルテルだけど、そのまま黙って引くほど甘い連中じゃない。
そして背後にいるメデク・レギサーモ帝国は、子飼いの麻薬カルテルが一度撃退された程度で大陸東部の支配を諦めるはずがないと。
まったく、随分とでかい話になってきたわね。ロスメルタがここに居る理由もそういうことなら理解できる。
ここで今度はロスメルタの秘書っぽい奴が話し始めた。
「王宮の見解も大筋で同じです。レギサーモ・カルテルは単なる尖兵であり、本命はメデク・レギサーモ帝国であると結論付けています。一度や二度、撃退した程度で諦めるような相手ではありません。再度の侵攻はより苛烈になることを覚悟しておかなくてはならないでしょう。エクセンブラだけではなく、王都でも広く暗躍していた形跡があります」
「そういうことよ。帝国は周辺国への攻撃は一時停止して、本格的な遠征軍を送り込んでくるわよ」
「はい、ただしそれなりの準備期間を経てのことになるでしょう。急いだとしましても現状の戦線処理や遠征軍の組織には少なくない時間がかかるはずです」
レギサーモ・カルテルは帝国の尖兵としてブレナークを弱体化させようと暗躍。王都でゲルドーダス侯爵家と組んで麻薬を過剰に流通させることを画策し、エクセンブラではガンドラフト組に成り済まして裏社会をかき回した。
特にエクセンブラでの混乱の引き起こしは結構上手くいってたと思う。ガンドラフト組は乗っ取られ、蛇頭会は消滅、マクダリアン一家はキキョウ会と対立させて消滅、アナスタシア・ユニオンには大打撃を与え、クラッド一家にも本家壊滅の打撃を与えた。規格外の剣士によって最後の詰めは阻止されたけど、それでもかなりの戦果だ。
もしバルジャー・クラッドまでもが殺害されてたら、エクセンブラは大混乱に陥ったことだろう。裏社会によって保たれてた街の秩序は急激に悪化し、とんでもないことになったと思われる。
話の流れからして敵の情報交換っていうよりも、メデク・レギサーモ帝国への対応をどうするかって内容になってるわね。
さてと、正直に感じたことはと言えばだ。
面倒、死ぬほど面倒。戦争なんて、そんなことにキキョウ会を巻き込まないで欲しい。ウチはただでさえ忙しいんだ。そんなアホみたいなことに付き合ってる暇なんてない。
言いたいことは分かる。ブレナーク王国のピンチはエクセンブラのピンチ。降りかかる火の粉は払わねばならない。マクダリアン一家が使った爆弾だって、一連の経緯から考えて帝国から流れてきたものに違いない。戦う理由としては十分と思うけどね。
それでも国と国との戦争となれば、正規軍の出番のはずだ。エクセンブラの守備隊はずっとしょぼいままだけど、王都にはまだ整備中とはいえそれなりの軍隊があるはず。自衛戦争なら使わざるを得ないし、それでも苦戦が予想されるなら外交でなんとかするべき場面でもある。直接、敵国に対して話し合いをする以外にだって、ドンディッチや南の小国家群に軍事同盟の打診をしたりね。ブレナークが狙われてるなら、それはもう大陸東部の脅威でもあるんだから。
まあそうはいっても他人事じゃないんだ。協力するくらいなら吝かじゃないけど、どうにも雲行きが怪しい気がする。




