支配すべきシマ
中央通りの界隈と歓楽街は、決して譲ることのできない莫大な利益を生み出すシマだ。
高級店が軒を連ねる中央通りに進出できるなんて、こんなチャンスを逃すわけにはいかない。ケツ持ち代を取るだけでも結構な額が期待できるし、もし手を加えられる余地があれば可能性だって大きく広がる。むしろそれを目論んでもいる。
歓楽街についても今さらだ。カロリーヌの出番を作ってやれるし、期待できるシノギは少なく見積もっても中央通りを超えるだろう。カロリーヌの手腕に加えて女所帯であるキキョウ会の評判が、確実にそれを可能とする。やる前から簡単に確信までできるほどだ。
マクダリアン一家の本拠地を押さえるのも当然よね。ここを支配する者がマクダリアン一家に代わる次の支配者って意味で分かりやすいし、位置的に支配しきれなかったエリアに対して、睨みを利かせられる絶好の場所でもある。それとあの広大な敷地は、不動産としてそれだけも価値が高い。
「ユカリ殿にしては現実的で欲張ったところがないように思えるが、実際には我々の人員ではそれだけでも厳しい」
「ええ、厳しいことは確実です。ですが、ここを他の勢力に渡すわけにもいきません」
「情報局としても先々を考えるなら、無茶をしてでも確保するべきと思いますね。旧マクダリアン一家の支配領域の中で、どこも要所中の要所です。むしろ見逃すべき理由のほうがないですよ」
キキョウ会のリソースとしては、これまでの支配地だけならようやく余裕が出てきたところだった。
組織を再構築し、フウラヴェネタによって鍛えられた見習いだって、徐々に正規メンバーへと昇格してもいる。少しずつ増強しながら仕事がうまく回ってるところだったんだ。ここからちょっとくらいなら融通を聞かせられるってくらいには余裕はあった。
だけど、いきなり現状に加えて、マクダリアン一家の総本山周辺を押さえ、中央通りの一角と歓楽街まで支配しようとするなら、厳しくなるのも必然。厳しいのなんて分かってるけど、無理ではないはずなんだ。
私たちの言葉を受けると、みんなもそれぞれの反応を返す。
「副長たちのお話では『厳しい』ということでしたが、無理とは言っていませんでしたよね?」
「その『厳しい』の基準って、相当なレベルのことを言ってますよね……」
「現状の維持にプラスして、広範囲の新規開拓をやろうってんですから、そりゃ厳しい」
「うー、休みが減るのは悲しい。だけど今後を考えると間違いなく必要か」
苦労のレベルが察せられるだけに、はいそうですかと簡単にはいかないらしい。新参幹部にだって考え方があるんだし、尻込みとはまでは言わないけどね。
新しい幹部が話す様子を見てた古参がここで口を開く。
「あたしとしては無理なのか、無理じゃねぇのか、それをはっきりしてくれりゃいいぜ。無理ならやらねぇ、無理じゃねぇならやる。シンプルな話だと思うがな」
「迷う必要なんてないんじゃないっすか? だって、ユカリさんはもう決めてるんすよね?」
「そういうこった。おう、ユカリ。厳しい局面を乗り越えたんなら、当然、あたしらにも見返りがあんだろ? デカいシノギになるシマなんだ、ケチな話にはならねぇはずだ」
そういう話は好きだ。まさにシンプルでね。それにやっぱり古参の幹部はこういう時に貫禄が出るわね。頼もしさが一段も二段も違う。
「私も鬼じゃないからね、無理でもやれなんて言わないわ。厳しくても可能だと思ったから言ったまでのことよ。それと支配が進めば全員の報酬は確実にアップするわ。金だけじゃなく、住む場所のグレードだって上げるし、食事も酒も予算の枠は激増よ。そうよね、フレデリカ」
鬼だと思ってましたなんて小声には、次の臨時ボーナス査定で悔い改めさせてやろう。
「試算がまだですので具体的には言えませんが、アップすることだけは本部長として保証します」
「ヒューッ! そいつを聞ければ、あたしは十分だぜ」
大変な思いをすることは確実。だけど見返りも確実なら、やる気も起こる。
それに、せっかくマクダリアン一家を倒して奪い取った新しいシマなんだ。気合一発、ドカンとやってやろうぜってくらいの気持ちでいてくれなきゃ、こっちが困る。まさに気合いの入れどころなんだ。
今の雰囲気からあえて言わなかったけど、シマの支配は進めることは進めるけど、レギサーモ・カルテルのことだって忘れちゃいない。そっちの対処にだって動く必要は出てくるはずだから、厳しさはさらに上がる。
上がったところにもう一声だ。莫大も莫大、超が付く利権にウチは食い込んでる。忘れちゃいけない、闘技場のことも考える必要がそろそろ出てくる時期だ。あっちは建設局のプリエネが色々と対応してるけど、建設そのものが終わってしまえば今度は具体的な興行にシフトする。
初期の計画だとそろそろ箱は造り終わるはずだったけど、政治的な理由で遅れが生じてるらしいんだ。そっちはそっちでロスメルタの介入があるはずだから楽観視してるんだけど、現状としては遅れてくれたほうがウチにとっては都合がいい。色々な利権が絡むから、ウチの都合でわざわざ遅らせるようなことはできないけどね。
うーん、それにしても厳しい。ヤバいくらい厳しいわね。どうにか少しでも楽ができるような方策はないもんか。
「……フウラヴェネタ、見習いの教育はどう? 少人数でも近々卒業できそうなのはいたりする?」
教育中のが育ってくれてれば、人手の確保には一番手っ取り早いんだけど。
新任幹部のなかでは一際頼れる教導局長に、ダメ元で期待の視線を送ってみる。
「ちょうど申し上げようとしていたのですが、一定の時期に大勢入った見習いをそろそろ正規メンバーに昇格させようと考えています。三十人足らずですが、元気の余っているような娘が多いです。それに今後もある程度まとまった人数が、定期的に見習いからの昇格を見込めています。急激な戦力アップとまではいきませんが、少しはお役に立てるかと」
なんと、素晴らしい。聞いてみるもんね。さっそく幹部一同が盛り上がる。
「そいつは朗報じゃねぇか! いいタイミングだぜ」
「急激な戦力アップと評しても差し支えない人数ですね。戦闘系メンバーだけではなく、事務局にも人員が増えると助かるのですけれど」
「でかした、フウラヴェネタ。それだけ正規メンバーが増えるなら、かなり現実的になってくんじゃねぇか?」
とりあえずで三十人近くも増えるのか。十分にありがたい。ちょっと考えただけも、新しいシマの対応にはかなりの人数が必要になるからね。
マクダリアン一家の本拠地と周辺、中央通り、歓楽街。最低でも常時即応できるレベルで、三班の臨時編成が欲しい。
本拠地については拠点防御と見回り、近所の有力者との折衝とその護衛、周辺の威力偵察もやって欲しい。全部の同時進行となるから、人数だって相応に必要になるんだ。
中央通りは見回りと商会との折衝がメインになるけど、きっちりやっとかないと他に取られる心配だって強い。目立つ場所でもあるから、キキョウ会のシマであることを常時見せつけておかなくてはならない。必然、人数がかかる。
歓楽街は用心棒として、そして管理者としての腕の見せ所になる。カロリーヌが合流してくれるまでは、まずは絶対の守護者として君臨し続ける必要がある。揉め事やトラブルの宝庫でもあるから、実力を見せつけるには打ってつけの反面、とにかく手がかかることになるだろう。もちろん、人数は多いに越したことはない。
なにより、どこもウチにとっては新規のシマで安定した場所じゃないんだ。舐めてかかってくる奴らだって多いだろうし、特に新興勢力はチャンスとばかりに必死になってるはずだ。危険も多いし、トラブルの多さや難解さだって段違いになる。とても新人に任せることはできない。
配置を考えると新人は各セクションに振り分け、中堅と古参を臨時編成に回す。それでも三十人ぽっちで三班の編成だと全然足りない。
足りない分は全部の部署からギリギリの人数を捻出させるしかない。遊んでられる人員は皆無になるから本部付直率若衆も丸ごと編入させて、グラデーナとヴァレリアにも協力させれば、格好がつくくらいの体制には持っていけるか。
ああ、それとカロリーヌはもう即時返還を求めよう。
「よし、教導局のお陰で光明が見えてきたわ。具体的に誰をどこに配置するかはまた明日にするけど、今日と明日の守備も必要よ。油断してシマを放っておいて、気付いたら取られてましたなんて間抜けはないわよね?」
「最低限だが若い奴らを現地に残してる。明け渡してやるような間抜けは、ウチの戦闘団にはいねぇはずだぜ」
「こっから先、数日が山だな」
まさしくね。五大ファミリーの支配体制が完全に崩れたんだ。マクダリアン一家だけじゃなく、ガンドラフト組だっていなくなったし、アナスタシア・ユニオンは弱ってる。クラッド一家でさえ本家をやられてる様子を見れば、このまま何も起こらないなんてありえない。蛇頭会の跡地だって、睨みを利かせる奴らが居なくなった今となっては空白地域と同じだ。
裏社会は大ニュースでひっきりなしになってるはず。きっと新興勢力だけじゃなく、五大ファミリーの下に甘んじてた組織だって動き出す。群雄割拠の時代に突入したと考えて間違いない。
「あとですね、皆さん。分かってると思うけど、臨時編成する班は新人じゃ務まらないです。幹部は異動させるメンバーを考えておいてくださいね」
「重要度を考えれば、戦闘団の幹部が複数人移動することも検討するべきかもしれません」
さすが。いいアドバイスだし、みんなも良く考えてくれる。
「厳しいことは分かってるが、やるしかねぇんだ。とりあえずは明日にしようぜ」
「そうですね。また新情報でも出てくれば、せっかく考えても無駄になるかもしれないし」
「嫌なこと言うなよ」
これで当面の目標とシマに対する目途はついた。あとは明日の情報交換を経て、具体的に考えるだけね。
さてと、ここらでお開きかな。
「こんなところね。他にも要望があれば検討するけど」
「いやいや、これ以上は勘弁してくれ」
「もうお腹いっぱいですよ」
さすがにこれ以上のことは全員が嫌そうだ。
すでに話した確保するシマについてはいい。それ以外に何かないかってのは、一応は聞いておかなくちゃね。欲張っても管理が追い付かない以上、初めから手を出さないってのは、みんなも分かってる。だけど一応ね。
特にはないってよりも、余計ないこと言うなよって空気が流れ始めた直後だ。
「それにしても惜しい、惜しいですねぇ。他にも芸術品を扱う商会が集まるシマや、酒蔵のあるシマなんかもいくつかあったりするんですが、とても手が回りませんよね……」
うっ、そう言われてしまうと惜しいけど……。
「欲張りすぎは感心しませんわよ? それに考えてみれば直接に支配しなくても、どこかにさせておいて上前だけはねてしまえば良いのでは?」
「なに?」
「おいおい、シャーロットよ、お前も随分と悪どくなったじゃねぇか」
「上前はねちまえだなんてよ!」
ははは、なんて笑う声。お嬢のシャーロットも随分と逞しくなったもんよね。
「なにを言っとるんじゃ。すでにそれはやってるじゃろ」
呆れた声を出す顧問のばあさん。僅かに時が止まった。
あれ、そういやそうね。さっき取り決めたシマは是が非でも直接に支配したいシマだけど、それ以外はそうでもない。
「わたしは直接支配がいいのかなと思って言いませんでしたが、手っ取り早い手ではありますよ」
「……たしかに、直接支配に拘る必要はありませんね。キキョウ会はすでにそのような組織を傘下に加えているのですから、増やすことに問題がなければ、それはそれでよろしいのではないかと」
ふむ、傘下の組織は存在感は薄いけど、それなりの貢献度は認めるざるを得ない部分もある。マクダリアン一家に襲撃を受けた際には、そのシマの守護に成果を上げてたみたいだし、上納金だってきっちりと払い続けてる。たまーに相談に乗ってやったり手を貸してやったりもしてるみたいだけど、関係性としては悪くない間柄になってる。
せっかく広い広い未支配領地ができたんだ。今までの功績を考慮して、あいつらに新しいシマの支配を打診するのもありか。それと条件さえ合うなら新たな組織を支配下に加えるってのもありだ。
「直接支配するよりは楽だが、新しく加えるならそいつらの監督とか管理はいるからな。結局、すぐには手が出ねぇんじゃねぇか?」
「いきなり襲撃されるイメージでいましたが、五大ファミリーを倒したキキョウ会を侮るのはおかしいですよね? 抗争を吹っ掛けてくるのがいないことはないでしょうけど、スジを通してこられる場合もありそうな……」
スジを通してくるか。そういうのが出てくると面白いわね。
「なるほどな。きちっとウチにスジ通してから、どこぞのシマを支配しようって魂胆か。向こうの態度と上納金次第になるが、上手くまとまる話もあるかもな」
「マクダリアン一家を倒したのはウチなんだから、しょぼい条件で易々と許す気はないわよ? 突きつける条件を相手が飲むかっていうと、微妙だと思うけどね」
「あくまでも支配をさせてやるってスタンスだな? まあウチにとって気に入らない商売でも始められると面倒だからな」
「難しいですわね。シマ全体で上がるシノギの大きさや商売の方針で揉めるようですと、結局はまた抗争になってしまう可能性も出てきますわよ」
「いいじゃねぇか、やってみてダメなら喧嘩で解決だ。あたしはそれでいいと思うがな」
結局、話し合いはなんやかんやと長引いて、またもや深夜の就寝となってしまった。
色々と考えることもやることも多いけど、どうしても手に入れたいシマに注力するのが最善ね。ここが失敗するようなことがあってはならないんだ。私が望む未来へのシナリオは、またみんなで相談するとしよう。
そんでもって、まずは明日だ。いったい何が出てくるか、楽しみでもあり、面倒な予感もあるわね。