多忙を極めるキキョウ会
葬儀の後は日常業務に戻る者、被害のあったシマの様子を見に行く者、住民対応に当たる者、不穏な情報を元に残党狩りに乗り出す者、マクダリアン一家本家の跡地やシマの偵察に行く者、色々だ。控えめに言っても、やることは死ぬほど多い。超忙しい。特に事務局は人数が減ってる影響もあって、全員が忙殺される勢いだ。
現状のキキョウ会では誰であっても忙しさから逃れることはできない。当然、会長の立場としてやるべき仕事もあったけど、その辺は副長が表に立ってやってくれてる。会長はレアキャラにしたほうが、今後の戦略に有効って判断だ。私としては楽でいいし、ジークルーネも全部を自分でやるんじゃなく、相手によってグラデーナやほかの幹部にも回す方針らしい。なんでもかんでも会長か副長が出張るんじゃなく、必要に応じてって感じになるならそれはいいことだと思う。特に広報局長のマーガレットには、出番を多く与えたいところだ。
面倒な仕事を任せた私はといえば、ダメージを受けた本部の修繕と補強を担当した。地味な作業だけど、特別製の床や壁は業者には任せられない仕事でもある。本部を復旧させるためにも、早くやらなければならない。
これまでに分かってたことや、各セクションによって新たに判明したことは情報局に集められて、全体として確度を高めながら綺麗にまとめられていく。そうして情報担当者が全体を把握しつつ、幹部会で各担当者の報告やそれに対する疑問に答え、全員で情報共有を図っていく。最悪は幹部が知るべき情報を報告書にまとめて配るだけでもいいかもしれないけど、顔を突き合わせて話し合うことには大きな意味がある。相互理解が深まるし、新たな着眼点や問題が出ることもあるからね。
キキョウ会の幹部会は定例でやるわけじゃなく、必要に応じて開催される。幹部の誰が招集をかけても構わないんだけど、大体はジークルーネが調整しながらやってる感じだ。
昼間からみんなで忙しく働いて、夜も遅くなってきた頃。ようやく予定してた幹部会が始められた。
「これより幹部会を始めるが、時間も遅いので議題は絞らせてもらう。今日はマクダリアン一家のシマについて、そしてレギサーモ・カルテルについてだ。新任の幹部も意見や疑問があれば、遠慮なく積極的に発言するように。古参の幹部は少しだけ気を使ってくれ」
毎度おなじみ、ジークルーネの宣言から始まった。新幹部への配慮も気が利いてるわね。
いつもの流れだと、このままどれかの局長や団長の報告を促して質疑応答となっていく。だけど、この場はいつもとは違った流れにしようというのか、ジークルーネは報告を求めずに誰かなにか言えといった雰囲気だ。新任幹部にまずは発言させようって魂胆みたいね。
「……それじゃあ、レギサーモ・カルテルについて聞きたいのですが、奴らは一体どうなったんですか? それとガンドラフト組も」
空気に押され、さっそく副局長の一人が発言した。いつもの流れでやると、いつもの感じでほとんど古参の幹部だけで進めてしまうだろうからね。慣れるまでは気を使ってやる必要がある。
それに疑問に思うことがあったらガンガン聞いて欲しい。基本的に私は進行を見守る立場だし、聞いてくれるとこっちの理解も深まる。
疑問を受けると情報担当のジョセフィンが、これまたいつものように答える。情報局にも幹部のはずの副局長やってるグレイリースがいるんだけど、このセクションは常時忙しすぎて、副局長の参加率はかなり低い。それというのもグレイリースは現場に出ることが多く、何日も留守にすることさえ普通なくらいだ。局長的にはまだまだ現場で学んでこいって方針らしい。
本当はジョセフィンも死ぬほど忙しいんだけど、基本的にデスクワークの彼女には出席の義務を課してるから、必ず出てくるようになってる。
たぶんだけど、ジョセフィンとしては幹部会に出席してる時間のほうが休憩みたいなもんだろう。まあ、この辺も徐々に改善していきたいんだけどね。ただ人手を増やしたら増やしたで、誰かの負担の軽減よりも、新たな仕事を割り振る方向に行ってるらしいから、改善の見込みは全然立たない。会長の私としてはもっと負担を減らしたり休ませたりしたいんだけど、なぜか情報局は上から下まで自分で自分の首を絞めたがる傾向にあるらしい。好きでやってるなら別にいいんだけど、ほどほどにして欲しいとは思ってる。それでももし本当に嫌に思ってるメンバーがいるなら、異動願いの一筆も書くだろうと放っておいてる。
「えーっと、クラッド一家でユカリさんたちが見た話が決定的でしたが、ガンドラフト組は完全にレギサーモ・カルテルに取り込まれていた、あるいはそれに類似した状況にあったと考えるべきでしょうね。それがいつからだったのかは、ちょっと分かりませんが。詳細も不明です。実はガンドラフト組が最初からレギサーモ・カルテルだったのか、途中で全員が入れ替わったのか、単純に取り込まれてしまったのか、どれが正解だったとしても不思議じゃありません。謎ですねぇ」
「それは仕方あるまい。ウチはガンドラフト組とは縁が薄い。これまでの要警戒対象でもないし、我々が後れを取るのも無理はない」
副長の慰めのような意見には同感だ。ガンドラフト組と小競り合いをやってたのは、シマが隣り合う蛇頭会とクラッド一家だったんだ。ジョセフィンたちにはそんなところをマークする余裕があるなら、他をやってくれって感じだったのも事実だし。さらに他の五大ファミリーさえ気づけなかったんだから、いくらウチの情報局が優秀だからって、全部を事前に掴めたかどうかは疑問だ。いや、しっかりマークしてれば案外できてしまったかもしれないけど、そんな仮定も今となっては無意味よね。
「会長たちが掴まえた奴らはどうしたんです? 尋問でも何も出なかったってことですか?」
「有効な証言は取れなかったですね。そもそも痛みを感じないというのもあって、なかなか上手く行きません。薬の使い方がもう異常ですね」
想像できたことではあったけど、目玉のタトゥーを刻んだ連中は薬漬けだった。直接的な敵に関する情報を得られなかった代わりに、そういうことの調査はできたんだ。
奴らは魔法薬と麻薬によって、身体能力を極限まで高めてることがはっきりした。強化だけじゃなく、痛覚を無くし、闘争本能を高め、命令に忠実な恐るべき兵士を薬によって量産してることになる。人というのものを使い捨てにする外道そのものだ。だけど、倫理を捨てれば有効な戦法でもある。だからこそレギサーモ・カルテルは巨大な組織になれたんだと思う。
「薬が切れるのを待つのはどうですか?」
「もう遅い。一晩明けたら死んじまった。ローザベルのばあさんによれば、薬切れで死んじまったらしいぜ。なあ?」
「うむ。あれは一旦使い始めたらもう、投与し続けなければ死んでしまうようなヤバいもんじゃ。使い続けたところで長生きも望めんがの」
巨大麻薬カルテルの闇の一端が、これだけでもよく分かるってもんだ。
今までの手合いとはベクトルの異なる恐ろしさに、ちょっとした沈黙が訪れる。
「ガンドラフト組の正体が暴かれたのはいいとして、なんで奴らは逃げたんです?」
また別の副団長が疑問を発した。
「残念ながらそれも確かなことは。色々と深い陰謀の臭いはしますが、こちらの情報源では確定的なことは何も分かりません。非常に悔しいですけどね。いくつか推測は立っていますし、時間さえかければ手掛かりの一つくらいは掴めるかもしれませんが、明日にはクラッド一家とアナスタシア・ユニオンとの情報交換がありますから、それをやる意味もないです。特にクラッド一家は確たる情報を掴んでいるのでしょうし……」
本当に悔しそうなジョセフィン。性格上の問題なのかもしれないけど、さっきと同じで、それはしょうがない。クラッド一家はエクセンブラで一番長い歴史を持つ上に最大の組織なんだ。争う関係だったガンドラフト組についても良く調べてあるんだろうし、むしろウチがそれと同等にできてしまうほうがおかしい。というか、クラッド一家だって、実際にはかなりやられてしまってるわけだからね。そこまでやられて、ようやく確信を持ったとも考えられるんだ。
そもそも対ガンドラフト組なんて、キキョウ会にとっては想定外だったんだ。これまで予測できなかったのはもちろん、これからの予測だって簡単に立つわけがない。それはみんなだって理解してる。
ちょっと軌道修正しとくかな。このままガンドラフト組への疑問が出ても、ウチじゃあ確たる答えを出せない。
「ジークルーネ、レギサーモ・カルテルについては、明日の情報交換後にみんなに周知するってことにしよう。推測だけで確定情報がないんじゃ、ジョセフィンも話しにくいだろうからね」
その推測が間違ってるとは思わないけど、もし外れた場合には訂正しないといけないし、情報が入り乱れるのは混乱の原因にもなるから避けるのが賢明だ。敵について気になるのは分かるけど、どうせ明日になれば答えを教えてくれる奴がいるんだ。そいつを聞いてからでいい。
「それもそうか、承知した。ジョセフィンもすまないな。敵への疑問の答えはまた明日ということにし、議題を移そう。では、マクダリアン一家のシマについてだ」
私たちじゃ分からないってことが分かった。それを理解することも大事なこと。今はこれで十分としよう。
「あたしからいいか? とりあえず、今日、様子を見てきた限りじゃ、今のところ混乱はねぇ。まあ今のところは、だろうがな」
議題が変わると、さっそく仕切り直すべく乗っかってくれる。こういうメンバーがいるから、話がスムーズに進むんだ。
「残党狩りも情報もらったところは片付いてます。情報局の話にあったとおり、血気盛んな連中はこれでほとんど潰せたんじゃないかと。残党への尋問はどうでしたか?」
「潜伏していそうな連中をいくつか吐かせたよ。これも総じて少なそうだったな。あとはマクダリアン一家と関係のある地方の組織、なんつったかな、その辺を目指して街を出たんじゃねぇかって話だ。かなりの大人数がしっぽ巻いて逃げていきやがったらしいぜ」
「裏取りは必要だが、それが本当ならあとは潜伏した残党をいくつか狩る程度で反抗勢力は駆逐できるな。どう思う?」
「楽観は危険ですが、マクダリアン一家については徹底的に叩いた影響もあって、反抗の芽は当初の予想よりもだいぶ少なく見積もって良さそうですね。街に残った関係者も独立した小勢力になっていくと思いますし、もう残党を気にするよりか、流入しようとする新興勢力に注視するべきかもしれません」
「分かった。その辺の判断は情報局に任せる。何か必要であれば要望してくれ」
ふーむ、なるほど。残党への心配が少ないのはいいことだ。新興勢力は気になるけど、そっちだって対処しなくちゃいけないのは承知の上だしね。
「敵のことはいいのですが、シマの支配はどうするんですの?」
「それだな。おう、ユカリ。どこまで取るつもりだ?」
挑戦的な問いにはこう答えよう。
「全部」
迷わず答えたシンプルな言葉に、空気が凍り付く。普段から威勢の良い武闘派も、無理なことには否定的らしい。意外と現実的なのね。案外、ノリでやってやろうなんてのが、ちょっとはいるかと思ったんだけど。みんなも成長したもんよねぇ。
「あの、ユカリ。全部とはどういうことですか? まさか、マクダリアン一家の支配地域の全てを、だなんてことは……」
「お姉さまが本気なのでしたら、わたしは頑張ります」
「わ、わたしだって!」
悲壮な決意をしなくもよろしい。
「未来の話よ。そんなに遠い未来にするつもりもないけどね。現実的にはみんなも分かってるとおり、絞らざるを得ないわ」
凍り付いた空気が、ほっとしたように弛緩した。
もし無理を承知で全部を取ろうとするなら、苦労どころの話じゃない。連日連夜回復薬をがぶ飲みしながら、不眠不休で長期間働き続けないと支配を維持することはできない。いや、それですら無理だろう。
現在の仕事を維持しながらとなるから、新たに得た広大なシマに対するアプローチは必然的に人手不足を極め、各人が何人分の仕事を抱えてさえ回り切らなくなる。
虎視眈々と狙ってくる多数の新興勢力に対抗し、無数にある商会や一般住民の信頼を勝ち取り、維持管理するための相互利益を生み出す体制を模索していく必要だってある。なんにもしないで偶に顔を出す程度じゃ、どこもみかじめなんて払ってくれないし、もし脅し取るようなことでもをしてしまえば、別の組織に大義名分を与えることにもなってしまう。そうなってしまえば円滑な支配とは程遠い。
要は初期の頃に稲妻通りや六番通りでやってたようなことを、遥かに広い領域に対してやらないといけないんだ。ちょっと考えただけでも無理だと分かるし、逆にマクダリアン一家って凄く大きな組織だったんだなってのも、改めて思い知らされる。
「ユカリ、お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ……」
「まったくだ。未来っつーからには冗談じゃないんだろうがよ、とりあえずはどうすんだ?」
そう、冗談なんかじゃない。いつかは獲りにいく。いつかといっても目標としては近い将来、具体的にはまた考えるとしてだ。
まあいつかの話は今はいい。とりあえずの会長としての方針を伝えよう。
「今の時点で欲しいと思ってるのは、マクダリアン一家の本拠地とその周辺、それと中央通りも外せないわ。あとは歓楽街で、これも絶対よ」
これらは誰もが思い付く重要なエリア。欲しいというよりは、確保しなければならない。