未来に続く花畑
クラッド一家のシマから本部に戻ると、マクダリアン一家との抗争には大方の決着がついた状態だった。どのチームも徹底的に追い込みをかけ、十分以上に目的を達成してくれたらしい。まだ戻らない戦闘団についても、残すは後処理程度という連絡はあったから、しばらくすればそれも片付くだろう。
すでに戻って待機中の幹部とは簡単に情報共有だけして、幹部会を改めて翌日というか、もう今日だけど、午後に行うことにした。特に今後についてはその幹部会できっちりと話し合う必要がある。
当直のメンバーを除いて休めるメンバーは先に休ませる。私もベッドに倒れ込み、長い一日をまどろみながら反芻した。
始まりは、日の傾く時間帯になって商業ギルドの理事、ジャレンスがアポなしでやってきたことからだ。彼が言うには、キキョウ会メンバーらしき人物とレギサーモ・カルテル構成員らしき人物が一緒にいたなんて、ふざけた噂が出回ってるってことらしかった。それは嘘だと断じたけど、騙されてしまった奴らもいた。
夕日の暮れる黄昏時、まんまと嘘に踊らされたマクダリアン一家が動く。もしかしたら嘘かどうかなんて、どうでも良かったのかもしれない。そもそも敵対してる同士だし、ガンドラフト組が裏切り者認定したアナスタシア・ユニオンとの協力者って感じになってるわけだったしね。マクダリアン一家にとっては、ウチに仕掛ける理由の補強程度に過ぎなかったんだろう。
とにかく敵を求めるマクダリアン一家は、ウチのシマで暴れるわメンバーを襲撃するわの総攻撃を行った。極めつけは本部への荷物の配達を装った爆破攻撃。多大な犠牲を出してしまった、キキョウ会にとって過去最悪の事件だ。気持ちの整理は簡単にはつかないけど、二度とあってはならないということだけは確実だ。これについては、今後の対策が必須となる。
夕食時を過ぎた頃合い、本部爆破を受けて集まった幹部への状況説明で、マクダリアン一家を潰す決意を固めた。
確実に潰すための情報収集に時間をかけ、日を跨いだ時間帯になってから、マクダリアン一家への報復開始。私も切り札まで投入し、かつてない攻撃的大魔法を使った。
そして深夜、クラッド一家での一幕。
再び目の当たりにした赤い霧の魔道具と初めて見た浄化の魔道具、さらに結界魔法の魔道具までもが登場した。怒りを呼び覚ます、爆破攻撃まで見ることになった。図らずも伝説の剣士と思いっきり闘えたお陰で胸のもやもやは晴れたけど、まだ分からないことも多い。
不明点は情報局に調査と整理をしてもらい、その上でクラッド一家とアナスタシア・ユニオンとの情報交換をすれば、大筋は見えるようになるだろう。
はぁ~。とりあえずはひと段落だ。夜明け前には戻ってこれたけど、長い長い一日だった。
たった一日で色々なことがあったけど、振り返るとやっぱり哀しみが強い。仲間を失うショックってのは、簡単に拭えるもんじゃないわね。たぶん、生涯忘れようったって忘れられない苦い記憶になる。
……今日は疲れた。ごちゃごちゃ考えるのは止めて、寝てしまおう。
いつもなら起床するような時間になって、ようやく眠りにつけた。
目が覚めると、妙に薄暗くて湿っぽい。まだ昼くらいのはずなんだけど、どうやら天気が良くないらしい。
本来なら春真っ盛りのこの時期は、なにをするにも気持ちの良い季節だ。遊んでる暇がないのが悲しいところね。
とりあえずは目覚めのシャワー、そして食事を速やかに終わらせた。
今日はやることがある。大事な用事だ。
バルジャー・クラッドは、もう敵の動きはないって言ってたけど、状況を整理するとジョセフィンやオルトリンデたちも同じ意見だった。だからこそ、敵への警戒は最小限にし、やるべきことの手配をしておいてもらった。
マクダリアン一家の残党みたいな奴らの攻撃はあるかもしれないけど、そんなことは些事と今だけは捨て置く。どうしても外せない仕事のメンバーを除いて、リリィがやってる農場近くに全員で移動した。
余ってる郊外の土地は、ただの荒れ地に近い。
ここの荒れ地の一部はキキョウ会として確保してあった土地だけど、これまでに使う機会は皆無だった。なぜならここは、墓地として買った土地だからだ。命の危険を自認、そして強要する組織なんだから当然のことよね。ウチには天涯孤独のメンバーも多いし、墓くらいは自前での用意が必要だ。そういうのが集まるエリアも街には点在するけど、色々と馴染まない理由もあって別に用意することになった経緯がある。もちろん行政区の許可も取ってるから合法の墓地だ。抜かりはない。
雨が降りそうで降らない曇天の中、墨色の外套で揃えた私たちは、丁重に運び込んだ棺桶を掘られた穴の中に並べ、上に厚手の布を掛けた。本来なら直接、土の上に寝かせるのが普通だから、軽量アルミニウム合金の棺桶は、このタイミングで消し去ってしまう。
埋葬のやり方は土地によって違うし、宗教によっても異なる。だけど、キキョウ会においては生前に特別な要望がなければ、ブレナーク王国において最もスタンダードな方法で行うことになる。
ブレナーク王国に限らず、大陸で広く信仰される多神教。その教会の司祭を招いて葬儀を進行してもらう。
私としては宗教には風習としての行事以上の興味はないけど、別れの儀式ってのは生者にとってこそ必要だ。みんなのため、故人の尊厳のためにも疎かにするつもりはない。教会への寄付金も惜しまずグレードの高い奴でやってもらってる。そのためか、今回きてくれてるのは位の高い司祭らしい。
黒の祭服をまとった司祭が行う見慣れぬ儀式、良く分からない荘厳な言葉の羅列。幾度かの浄化に似た魔法が広がって、清廉な空気に満たされる。私たちは厳粛な気持ちを強めながら、その様子を見つめる。
すすり泣きや嗚咽のように激しい泣き声も聞こえる。顔見知り程度じゃなく、仲の良かった娘たちだろう。思いっきり泣いていい。ここはそういう場所だ。
嘘のような人生経験を重ねてる私は神の存在を否定しない。だけど同時に信頼や親愛を寄せるような気持にはなれない。だから私は神に祈ったりしない。ただ、故人一人ひとりを思い浮かべながら、彼女たちに対しての祈りをささげるのみ。
しばらく見守ってると、一連の儀式が終わったらしい。
「お集りの皆様、ご一同様を天に還して差し上げてください」
荼毘に付し、埋めてやるという意味だ。ここのやり方は場合によりけりだけど、私たちは自分でやれるからやる。すなわち魔法の炎で火葬にし、その後に埋葬する。他人の手に委ねる必要はない。
仲間である私たちの手で天に還す。宗教行事に疎い私のような人間であっても、これには大きく感じるものはある。
泣き声が大きくなった。しかし手を止める者はいない。全員の思いを込めた魔法で焼き尽くし、眠らせてやった。
最後に花を手向ける場面、ここはキキョウ会オリジナルでやることにした。
穏やかで優しい微笑みのリリィが涙を浮かべながら前に出る。常には白い衣装を好む彼女だけど、今日ばかりは墨色と黒系で統一した格好だ。
リリィが祈りをささげるようなポーズをとると、ひらひらと花の雨が舞い落ちる。曇天の空から、水の代わりに大量の花の雨を。
赤、白、黄、ピンク、紫、大きな花びらから小さな花びらまで、たくさんの種類の花が。これだけあれば、先に逝ったあの娘たち全員にとって、どれか好きだった花があるに違いない。
天より舞い散る花びらは、辺り一面を埋め尽くすまで降り注いだ。
儀式が終わり司祭が去ると、みんなで墓碑の前に立つ。
どんな悪戯にもビクともしない、頑丈で大きなモニュメントだ。材料としてノヴァ鉱石を使ってるから、よっぽどのことがあってもビクともしないし破壊することも難しい。ノヴァ鉱石のラブラドライトのような不思議な模様と輝きは目立ちすぎることと、表面加工が私以外には不可能になってしまうことから、表面はアリストンホワイトの疑似大理石でコーティングした。疑似ってのは本物よりも、ずっと丈夫で長持ちって意味でね。大がかりで立派なこれは、キキョウ会メンバーのための共同の墓碑。
モニュメントの正面には、私たちキキョウ会らしい墓碑銘が刻まれてる。これを読むと、少しだけ笑ってしまうかもしれない。実際にみんなで一緒に見てると、メンバーの顔にもほんの少し笑顔が見られた。
墓碑銘として、こう刻まれてる。
キキョウ紋に集いし跳ねっ返り ここに眠る
この沈黙の石の下に眠るものは 地獄の底でなお輝きを放つものである
目の前にあるものよ 祈りを捧げよ
見向きもせぬものよ 汝に災いあれ
暴こうとするものよ 地獄にて待つ
墓碑銘はこれを作った時、だいぶ前だけど、その時に当時のみんなと一緒に考えたものだ。遠い未来、いつか私もここに入る予定だ。そう思えば、なかなかにイカした墓碑銘なんじゃないかと思う。
裏側の端っこには故人となった十三人の名が小さく刻まれてる。これが増えるのは、まだまだ先の遠い未来であることを願う。
「そろそろあたしらは戻るぜ。残してきた奴らと交代してやりてぇからよ」
「わたしも戻りますよ。こんな時でも予定が押してますからね」
まだ名残惜しそうなメンバーにも、他のメンバーが肩を抱いて徐々に去っていく。日常に帰らなければ。私たちにはやることがいくらでもある。
最後まで残る私とヴァレリア、それとフレデリカに、同じく残ってたリリィが寄ってきた。
「あの~、ここをお花畑にしてもいいですか~? お手入れも農作業の合間にできますし~」
墓碑が見渡す花びらの満ちた荒れ地、ここは将来的に灰となったメンバーがたくさん埋まる場所だ。そこを花畑にしようってことらしい。灰になった後は、綺麗な花となって咲き誇るか。悪くない。
「リリィ! それはいいと考えだと思います。凄くいいと思います」
「ええ、素敵なアイデアですね、リリィ。ありがとうございます。彼女たちも喜ぶと思いますし、わたしからもお願いします」
ふーむ、いいわね。考えれば考えるほど、良いアイデアと思える。
郊外の花畑か。たしかに荒れ地にぽつんとある墓標なんて、凄く寂しい光景だ。どうせなら周辺の荒れ地も買い取って、盛大な花畑にでもしてもらおうか。
それに綺麗な場所には自然と人が集まってくる。ひっそりとしたほとんど人がいない空間ってのも悪くはないかもしれないけど、それよりも多少は賑やかなほうがみんなも喜ぶだろう。
遠い未来の事ばっかり考えるのもおかしいけど、この先何十年、何百年が経ったとしても、ノヴァ鉱石と疑似大理石のモニュメントはきっとここにあり続ける。例えキキョウ会がなくなったとしても私たちがいた証は、ずっとずっと花畑に囲まれて残り続けるかもしれないんだ。それはとっても悪くないことのように思える。
少しだけ先の未来を考えたとしても、もしここに人が集まってくるようになれば、ちょっとしたお茶屋や食事処を作ってもいい。花をモチーフにした土産物を売ってもいいわね。エレガンス・バルーンのお陰で花好きが多いことも分かってるし、ちゃんとやればきっと人が集まる場所になる。
そうなればお店のための雇用が生まれるし、花畑を保守管理し、墓守のような仕事をする人だって雇えるようになる。さすがにここについては、金儲けまで考えるのは野暮だと思うけど、利益が出なければ長続きしないのも事実。いつまでもリリィに頼るわけにはいかないし、人の手が入らない場所はすぐに荒れてしまうこともある。だからこそ、無理なく継続できるシステムを作ることが理想だ。
なんだかややこしいことまで考えてしまったけど、結局のところはこうだ。キキョウ会メンバーの眠る場所がいつまでも綺麗に保たれるとしたら、それはとっても喜ばしいことだと思うから。
「ねぇ、ちょっと提案っていうか、思いつきがあるんだけど……」
権限と実務担当者が揃ったこの場で、私の考えは即決された。あとのことは良きに計らってくれるだろう。