近づく真実
ふぅー。邪魔をされたような、助けられたような。複座な気持ちだ。ちょっとだけ八つ当たりしてやれ。
「ちっ、ドン・クラッド! さっさと止めなさいよ! なにのんびり見物してんのよっ」
そういや《雲切り》の名前はベルナール・クラオンだったか。名前を覚えるのが苦手な私でもヒントがあればなんとか思い出せる。改めて思うけど、こんなのがなんでブレナーク王国なんて田舎の裏社会で用心棒やってんのよ。
「なに、面白そうだと思ってな。そういうニジョーオーファスィさんも楽しそうに見えたが、俺の気のせいか?」
バルジャー・クラッドは涼しい顔で文句を受け流しながら近寄ってくる。よく見てる奴だ。たしかに、口出しがなかったからこそ得た機会だし、まさに死ぬかと思うほど楽しめた。
そしてまだまだ力が足りないとも思い知らされた。次の機会には必ずひと泡吹かせてやると思いながら、転がる白銀の超硬バットを拾い上げる。
勝負は邪魔されて流れた格好だけど、私の負けを認めざるを得ない。心の奥に常よりも熱い火が灯り、表には出さないけど実際かなりムカついてる。楽しかったし得られたものも多かったからいいけどさ!
あー、やっぱ腹立つわね。
さらにこの段になってようやく気づく。ヴァレリアとリリアーヌがちょっと離れたところでこっちを見てたんだ。もし私に何かあれば、即座に仕掛けるつもりがあったんだろう。タイマン勝負に横やり入れるほど無粋じゃなかったみたいだけど、いざという時にはなんでもするってことだ。
三人でなら死力を尽くした《雲切り》に勝てるかどうかってのは、それでもちょっと分からないけどね。うーん、とんでもない奴だったと改めて思い知る。礼の意味も込めて彼女たちに手を上げてやると、まだ続く駐車場の戦闘に戻って行った。
夢中になって遊んでしまったけど、今はそんな場面じゃなかったはず。まあ自分の事など棚に上げてしまえ。
シェルターのなかにいた結構な大人数を引き連れた大将が近づくのを待って、会話を続ける。
「被害の割には余裕そうね。そんなことより状況は? これで終わったと思う?」
本拠地が壊滅するほどの被害に遭って、この余裕はなんなのか。私だったらブチ切れマックスよね。
「こちらの想像以上の手合いだったが、あれ以上の策があるとは思えないな。それにほら、敵が逃げて行くぞ」
退却する敵と追撃で叩くキキョウ会メンバー。今更だけど、中折れ帽の奴ら、かなりできるわね。一撃で倒してしまうリリアーヌや一部メンバーを除けば、結局のところ逃がしてしまってる。
「あんたたちは黙って見てるけど、逃がしていいわけ?」
最高峰の剣士含めて、こいつらの陣営は誰も追撃に向かう様子がない。
「いずれケジメはつけるさ。それに正体が露見した以上は、もうエクセンブラには留まらないだろう。まとめて逃げていくだろうさ。焦ってそれを追っても意味はない。準備万端で借りを返しに行くとしよう」
飄々として余裕ぶってるように見えるけど、実際は腸煮えくり返ってるってことか。それはいいとして、分からないわね。正体が露見? ガンドラフト組が街を捨てて逃げる?
「あんたが何言ってるのか、私にはイマイチ状況が掴めないわ。どういうことよ?」
疲れも相まって、胡乱な目で投げやりに聞く。今は難しいことを考えたくない。
「その前に、マクダリアン一家とはどうなった? どうしてここにいる?」
「もう少しで終わると思うけど、マクダリアン一家とはまだやり合ってる最中ね。こっちには様子見の寄り道しただけよ」
「そうか。マクダリアン一家が倒れれば状況は動かなくなるな。であれば、より急ぐ必要はない。明日、いや、明後日にしよう。アナスタシア・ユニオンも交えて情報交換したい」
状況が動かなくなる、ね。それに明後日か。そんなに余裕ぶってていいのかと思いつつも、ウチよりも状況把握ができてそうなバルジャー・クラッドの言うことを聞いとくのが賢明か。
次に会うまでに独自で情報収集はやるんだし、こっちとしても特に問題はない。どういうつもりなのか全然分からないけど、情報交換はむしろ助かる。
「こっちに異存はないわ。どこでやる?」
ほぼ壊滅したクラッド一家の屋敷を見やりつつ聞く。
「どこでもいいが……そうだな。この際、噂のエピック・ジューンベル・ホテル&リゾーツとやらに寄らせてもらおう」
ふーむ、超高級ホテルをご所望か。
クラッド一家の支配下にも超がつくような高級ホテルはあるけど、ウチのは別格だからね。視察でも兼ねるつもりか。
状況としてクラッド一家もアナスタシア・ユニオンも、本拠地にしてる屋敷は壊滅状態。キキョウ会だって、本部は爆発の被害で来客を迎えられる状態じゃない。あのホテルなら警備も万全だし、場所の提供だけでも貸しにはなる。いいだろう。予約一杯の人気ホテルだけど、会合で使う一室くらいはなんとかなる。
「分かったわ、準備させる。いつから始める?」
「午後がいいだろうが、具体的な時間はあとで知らせる。アナスタシア・ユニオンもそれでいいな?」
「こちらとしても異存はありません」
アナスタシア・ユニオンは事実上、すでにクラッド一家とは同盟関係で間違いなさそうね。強面の獣人どもが油断なく妹ちゃんやバルジャー・クラッドの周囲を固めてる。両陣営の構成員同士に距離はあっても、悪い雰囲気はまったく感じられない。
気になってた妹ちゃんも怪我ひとつ無さそうで安心した。近寄って手を握ってやると、ちょっとホッとしたような顔が痛々しい。立場上、表に出せないけどピンチの連続に不安だったんだろうね。襲撃で多数の仲間を失ったわけだし、敵の更なる襲撃に神経をすり減らす毎日だったろうからね。
「妹ちゃんはこれからどうする? ウチに泊まりにくる?」
少しは気休めになるかもしれない。立場を離れれば、私たちは気安い友人なんだ。
「いえ、嬉しいですが、今の状況です。皆を置いては別行動するわけには……」
本当は泊まりたいんだろうけど、総帥の妹が勝手もできないか。それにやることだって多いだろう。
「しょうがないか。じゃあまた明後日ね」
色々と聞きたいことだってあるけど、今はそんな場合じゃない。最後に頭をポンとして、バルジャー・クラッドに向き直る。
明後日の午後、エピック・ジューンベルにて情報交換、と。
情報交換はいいんだけど、現時点で私だけなにもわかってない感じなのがちょいと気に入らない。ハテナを浮かべた不満そうな顔が通じたのかどうか、バルジャー・クラッドは真っ二つになった死体を指差した。
「服を脱がしてみるといい」
いや、おっさんの死体を裸に剥けだなんて、乙女をなんだと思ってるんだ。
無言の拒絶を返すと、これ見よがしに溜息を吐きながら、背後の部下に同じことを命じた。
屈強なおっさんがおっさんの死体を裸に剥くと、そこに出てきたのは。
「……目玉のタトゥー」
「そういうことだ」
いや、どういうことよ?
死体のおっさんは中折れ帽の集団の一員だった。中折れ帽の集団といえば、ガンドラフト組のトレードマークだ。そして目玉のタトゥーはレギサーモ・カルテルの証。
レギサーモ・カルテルがガンドラフト組に成り済ましたってこと? それだと本物のガンドラフト組は?
はぁ~。もう今日は疲れたし今は真夜中なんだ。緊張も切れてしまって眠気も強い。頭はもう全然、回らない。
バルジャー・クラッドめ、勿体ぶる奴は嫌いよ。はあ、手っ取り早くジョセフィンに解説して欲しい。
敵の正体がだいぶ見えて来たところでしょうか。もったいぶるわけではないのですが、劇中で明確にできるのはもう少しだけ先のエピソードになります。今話で言及している超高級ホテルでの会合で全ては明示される予定です。
次話は趣向を変えて、一つの区切りをつけるお話となります。
次話「未来に続く花畑」をよろしくお願いします。