最高峰の戦闘力
遠距離攻撃が終わったなら、次だ。前菜は終わり。そろそろメインディッシュを味見させてもらおうじゃない。はしたなくも思わず舌なめずりしてしまって唇が濡れる。
さて、挑戦の時間だ。ゆっくりと腕を回し、予告ホームランのようにバットを突き付けた。次はお前自身にこいつをぶち込んでやるってね。
「かかってきなさいよっ!」
笑顔の挑発をどう受け止めたのか、しかめっ面の魔力が膨れ上がった。押しつぶし、飲み込もうとするかのような猛烈な闘気。
いよいよという歓喜の直後、瞬間移動かと錯覚するほどの速度に面食らう。端から見てるのと自分がやられるのとじゃ、やっぱり全然違う。
振り下ろされながら迫る魔剣には戦慄を禁じ得ない。これまでに経験したなかで間違いなく最速、しかも微妙にタイミングが取りづらい嫌な振り方だ。訓練で鍛えた反射だけでギリギリに避けると、追撃を本能と直感を頼りにした危うい回避で乗り切った。
《雲切り》の得物は普通の剣とは違う、未知の魔獣素材で作られたと思われる強力な魔剣だ。その切れ味を疑う余地はなく、確実に最高級魔導鉱物で鍛えた剣に匹敵、あるいはそれをも上回る。そうでもなければ、伝説の剣士が自身の得物とする理由がない。いくら極めた技があっても、道具がそれについてこられなければ意味がないんだから。
切れ味を試すには盾を使ってみるのがちょうどいいか。どうせ避け続けるのは困難なんだ。試せるだけのことは試してやれ。
瞬きするほどの思考の時間を置いて、容赦のない魔剣がまた迫る。
剣の軌道に速度重視で鉄の盾を多重展開。紙の如く破られるのを見ながら後退し、続けて複合装甲を展開した。いくつもの合金からなる複合装甲は、これまでの実績だと破られたことはない。単なる斬鉄とは難易度が異なるこれならどうか。
実績とは関係なく半ば確信しながらも、さらなる後退を続けながら次の装甲の展開準備。
無敵を誇った複合装甲が予感のとおりに切り裂かれ、間髪置かずに爆発反応装甲を重ねる。これならどうよ!?
魔剣と反応装甲が触れた直後に爆発、となるはずが、剣先がするっと通り抜けた。
「あはっ!」
どれだけの切れ味があったら、そんなことが可能になるのか。驚愕を通り越し、笑ってしまう。
二つに断たれ、落下すると同時に爆発する反応装甲。どさくさでダメージを与えられるかと期待するも、奴は直前で身を引いて躱してしまう油断のなさまであった。
爆発反応装甲は防御力自体は複合装甲と同レベルに設定した。複合装甲を切り裂けるなら、同様に切り裂くことは可能だろう。だけど、爆発させずに切り裂くことは異常だ。
いくら未知の魔獣素材とはいえ、単なる素材であの切れ味が出せるとは思えない。どれほど高度な鍛冶技術と剣技が組み合わさったとしてもね。たぶんだけど魔法的な性質を付け加えられた魔道具の一種だと思う。あれはまさしく魔剣だ。
あの魔剣を止められる装甲は、少なくとも現時点では用意できない。残念ながら、宙に浮かべた直接の魔力を含まない装甲じゃあ、どうあっても防げないらしい。
おそらくは魔力を十分に込めた魔導鉱物の盾なら、あそこまで楽には斬らせない。だけど私は手に盾を持ちながら戦うスタイルじゃないから、奴にとっては鉄も合金も変わらないんだろう。ほかにも何か手はあるかもしれないけど、即興でやるには危険だしまだ使えそうなアイデアも足りない。
想像以上の切れ味が分かっただけでも今は十分か。お次は打ち合いをしてやる。自慢の超硬バットを斬れるもんなら斬って見ろ!
初見の時よりも速度には慣れた。白銀の超硬バットの心地よい重さが頼もしく感じられる。これなら奴とも切り結べるだろうと信じる。
盾を斬って捨てた剣士は、バットを構えた私を見るなり僅かに動きを止めた。意外に思ったんだろうか。
ひと呼吸の間は私にだって十分な時間だ。こっちから打ちかかってやった。
超重にして超硬のバットに溢れんばかりの魔力を込めて叩き込むと、最小限の見切りで避けられ、逆に切りつけられる。
随分と目が慣れてきた。
玉の汗が飛び、魔剣によって二つに割られる。
身体も存分に動く。
奴と同じように最小限の動きで避け、殴りかかる。
ダメだ、当たらない。でも、向こうの攻撃も当たらない。
バットだけを振り回しても当てられない。身体もあったまってきたことだし、いつもの戦闘スタイルに持って行こう。
魔剣を躱し、バットを紙一重で避けられる。同じと思うなよ!
振り回す勢いに合わせてコマのように回転しながら足技を繰り出した。
唇が弧を描く。
クリーンヒットとはいかなかったけど、蹴りが奴の腿を掠めた。
「武器を振り回すだけが、闘いじゃないのよっ」
余裕ができれば戦い方にも幅を出せる。
魔剣の武装と比べて奴の防御は薄い。全体を覆うような鎧は着用せず、要所要所を地味なプロテクターで覆ってるだけだ。その下は厚手のシャツとやたらと裾の太いズボン。ズボンの形状は珍しいものだけど、私が見る限りじゃ普通の服としか思えない。打撃が決まれば、少なくともダメージは与えられるはずだ。
ところがだ。奴は一度見せただけで私の足技を警戒し、蹴り上げる土さえ余裕で払ってしまう。なんて奴だ。異常なレベルで闘い慣れてる。未踏領域での戦闘経験がこの適応力を生み出したんだろうか。
このまま互いに決め手に欠ける応酬を続ける展開になるかと思ってると、今度はこっちが想定を上回る斬撃に避け損ねてしまった。魔剣が墨色のピーコートを掠めて火花が散る。
こいつ、ギアを一段階上げやがった!
ちっ、手加減とは舐められたもんね。だけど明らかに速度の上がった連撃に、途端に追い込まれてしまう。
思ったとおり魔力を十分に含んだ魔導鉱物であれば容易く切り裂かれたりはしないらしい。自慢の外套は十分な防御力を発揮してくれてる。でも、苦しい。何度も掠める連撃にはバットを打ち合わせる隙も無く、反撃どころか死に物狂いで避けるのが精いっぱいだ。掠めるだけならともかく、まともに受ければ外套ごと斬られる予感に逆らうことができない。
墨色のピーコートが立て続けに火花を散らす厳しい流れの中で、少しだけ甘い斬撃が訪れる。罠だ。追い込まれた私はその罠に乗らざるを得ない。余裕なんて、もうとっくに枯渇してる。ジリ貧なんだ。
「ぐっ、このっ!」
渾身の力を込めてバットを振り上げると、初めて魔剣とぶつかり合った。
あっと思う暇もない。ぶつかったなんてのは完全に気のせいだ。
絡め捕られたバットが宙を舞った。
まんまとやられてしまった悔しさ。この展開に戦士として屈辱を覚えない奴がいるなら、そいつはもう強くはなれないだろう。だけど私には屈辱以上の歓喜がある。伝説と謳われるような強さを目の当たりにし、歓びを感じないような奴は戦士とは違う。守りに入った隠居老人と同じだ。私のような若輩者が守りに入るにはまだまだ早すぎるし、なにより、守る奴より攻める奴のほうが強いんだ。私はずっと攻める側の人間でいたいと思ってる。
それにね。追いかける対象、その具体例があることが喜ばしい。私はまだまだ当分、追う者として生きていける。無論、ここを乗り切れればだけど。
心地良いバットの重量がなくなって寂しさを覚える。さすがだ。得物を使った戦闘じゃ、私はまったく歯が立たない。
武器を奪った剣士はこの状況にも笑み一つ浮かべず、相も変わらずのしかめっ面だ。油断とは縁遠いみたいね。
さてと。徒手空拳になったところで怯む理由はない。ここからは私も己の本領を見せてやる。
私の近接格闘術は素手の状態が一番強い。これまでの戦闘で奴にも似たような能力があるだろうことは想像できる。つまりはこれで互角、そう思っておこう。
バットを失った掌を握ると、魔剣が前触れもなく迫る。空気の動きすら無いような、あまりにも静かで滑らかな攻撃。瞬きする間の油断ですら死に至る、恐るべき技に胸が高鳴る。
吹き出す冷や汗とは裏腹に、美しい剣技を前にして感情は歓喜に染まった。
左上段からの袈裟斬りを懐に飛び込むようにして避け、腹を狙って肘を打ち込む。
瞬時の見切りで下がられるも、逃がすまいと肘打ちから手を伸ばして掴みにかかる。
踏み込みを深く、どさくさ紛れにタクティカルブーツで足を踏み砕いてやれと欲張る。
掴めば私が勝つ。それだけは確信できる。触れる寸前、ベクトルが急転換したかのように横手に回られた。ぐっと伸ばした指先が、奴の服にわずかに触れる。あと、少し!
惜しいと思う暇もない。迫るのは伸ばした腕を断ち切らんとする魔剣。超速で振られる魔剣はあまりにも静かで美しい。伸びた左腕を戻すには間に合わないし、欲張った踏み込みのせいで回避もできない。
カッと血が滾る。やらせはしない。
咄嗟に繰り出す右の拳。静けさとは縁遠い、衝撃波を纏った剛拳だ。刃に触れるのはマズい気がする。でも、剣の腹なら、なんの問題もない!
振り下ろされる美しき魔剣に、乙女の剛拳が触れた。
強い手応え。互いの武器の材質、相性のせいか、衝突にしては意外に澄んだ鐘のような音が鳴った。
音とは別に衝突の勢いは強い。予想外の衝撃に身体ごと吹っ飛ぶ剣士。剣を手放さないのは、剣士の矜持か。
魔剣を殴る拳には、名高い剣士といえども驚きを隠せないらしい。しかめっ面の目を剥いて、愛剣と乙女の拳とを見比べた。
「すぅーーー、はぁーーー」
乱れかけた呼吸を整える。顎を伝って滴る汗がシャツを湿らせ胸に張り付く。
暑い。外套の温度調節機能を超えて身体が熱を発する。連続する緊張が苦しくも、狂おしいまでに興奮を高める。
ドクドクと激しく心臓が高鳴り、静まる様子はない。
――楽しい。
神経の先の先まで研ぎ澄ますギリギリの攻防は、一つの動きごとに私を高みへと昇らせる。
闘いのなかでは刹那の判断を繰り返し強いられる。繰り返し繰り返し正しい判断を下し、正しく行動することが必要不可欠。特別な強者を相手にした場合には、たった一つのミスが命取りになるんだから。全てを間違えず的確に、欲を言えば相手の予測を上回った形でなら尚いい。
紙一重の勝負なら、間違ったほうが負ける。だから最善を選択し続ける。そして私は常に間違わず、相手にとっての最善のさらに上の最善を選び実行できる。だから強い。
この一戦でも同じこと。どれだけ強い相手だろうとも、いつもの私で向かって行くしかない。
次の一手が、奴の想定を上回ることを願って。
やり合い始めてからの実際の時間は、まだそれほど経ってないと思う。
もっと、もっと。終わらせるには、まだ早い。まだまだ惜しい。
ほどけそうな髪に刺さるかんざしを抜き取ると、ポケットにしまった。
ばさりと流れ落ちる紫紺の髪。肩にかかるそれを払うと、指先にまで魔力が循環するよう、開いた拳をゆっくりと握りしめる。
仕切り直しだ。さっきの動きを反芻しながら、つま先から頭のてっぺんまで感覚を研ぎ澄ます。
「……ユカリノーウェ・ニジョーオーファスィ。貴様、その技はどこで会得した?」
意外ね。戦闘中に無駄口を叩き始めるとは。実は会話が好きなタイプだったりして。
「さぁね。乙女の秘密よ」
「戯言を。答える気はないか。ならば、終わらせる」
終わりだなんてもったいない。女がまだまだやる気満々だってのに、少しくらい空気読めっての。こいつ、きっとモテないわね。
宣言どおりに終わらせるつもりなんだろう。非モテ男が正眼に魔剣を構えると、空気がピンと張りつめた。
今までとはまた様子が違う。なにをする気?
唸るような力が収束し魔剣が銀色の輝きを帯びる。
「……まさか、剣に重ねてる?」
あれはたぶん、魔法の銀閃を剣に宿し重ねた斬撃。これから振るわれる斬撃には、その全てに強力な銀閃が発生するだろう。ギリギリの攻防のなかに織り込まれた場合、対処は非常に難しくなる。斬撃を引いて避けても超速の銀閃が迫りくる。
避ける方向と角度まで限定されたとしたら。しかもあの魔力量、さっきまでとは段違いだ。威力、速度、どこまでも伸びる間合い。消耗の激しいあの技は、奴にとっても切り札の一つに違いない。
頭のなかでのイメージが先行し、回避不能な未来予測を叩きつけられる。避けられない、防げない。
斬られるっ――――。
「ベルナール! キキョウ会には手出し無用だ!」
魔法を使った大音声に妄想が断ち切られ、同時に非モテ男の魔力も霧散した。
夢から覚めたみたいに緊張が解け、興奮も一気に冷めてしまった。
最高戦力が激突する回となりました。タイマン勝負を書いたのは久しぶりな気がしますね。
次回は戦闘のあとのちょっとした小話ですので、週の半ば辺りにアップしようと考えています。(文字数少なめです。)
元々は一話に収めていた文量だったのですが、加筆修正時に長くなったので分割した経緯があります。
そんなわけでして、次話は数日後に更新予定です。週末もいつも通りに更新しますよ!




