雲を切る男
爆発か。最悪な手段を気軽に使う奴らだ。ウチの本部で使われた爆弾と、今回の爆発には関連性があると考えるべきだろう。おいそれと使える手段じゃないし、威力が高すぎることからして、改造してでっち上げたブツじゃなく、最初から『爆弾』として作られた魔道具と思われる。だとすれば入手先だって限られる筈だ。
マクダリアン一家の次男一派が爆弾を使ったのは調べがついてたけど、入手先までは明らかになってない。さっきクラッド一家に対して使われた爆弾はガンドラフト組が仕掛けた物に違いないし、そうなると入手先はガンドラフト組だってこと? いや、決めつけるのは早い。逆のパターンだって考えられるわね。
「赤い霧の魔道具を考えると魔道具繋がりで、例の爆弾もガンドラフト組が用意した物でしょうかね?」
似たようなことを考えたらしい。頬に手を当てたポーズでリリアーヌは疑問を口にするけど、たしかに魔道具を使った戦法を乱発してくるガンドラフト組が製造元と考えるのが自然か。
「かもね。まあ奴らの口を割るのが手っ取り早いわ。適当に何人か捕まえて帰るわよ。絶対に吐かせてやる」
「ではご同行願いましょうね」
状況に対して穏やかな微笑みは不気味にも思えるけど、味方としては頼もしい気もする。
敵のことはいいとしてだ。被害状況を気にせずにはいられない。
「妹ちゃんは大丈夫でしょうか……」
ピンチを脱したと思ったら、またピンチか。あの娘もトラブルとは無縁でいられない体質らしい。
「運のいい娘よ。きっと大丈夫」
クラッド一家の本家が壊滅的なダメージを受けたのは見れば分かる。だけど、バルジャー・クラッドや《雲切り》が簡単にくたばるとも思えない。クラッド一家の非戦闘員や幹部の家族については厳重な守りがあってしかるべき状況だったはず。
妹ちゃんだってアナスタシア・ユニオンの重要人物なんだ。クラッド一家としても万全の体制で守らなければならない対象だ。そこに生存の望みを賭ける価値は十分にある。だからこそ、乗り込もうとしてる中折れ帽の集団を阻止しなければならない。情報源として確保する必要だってあるし、どっちにしろ私たちは奴らと一戦交えないと。これ以上、好きにはやらせない。
私たちがいた高台からクラッド一家までそこそこの距離があるけど、中折れ帽の集団が出て行った民家もちょっと遠い場所にあった。徒歩と車両の違いはあるけど、到着するタイミングはそれほど変わらないはずだ。なんとか間に合わせないと。すでにかっ飛ばして運転する若衆をこれ以上急かすことはできないから、焦れる気持ちは我慢だ。
現場に到着すると、少し出遅れたらしい。大きな門の向こうにガンドラフト組の姿が見える。
「生存者がいるかもしれないから、広範囲の攻撃は禁止で。ヴァレリアとリリアーヌは適当に何人かの確保を優先しなさい。私は生存者を探すわ」
「ではなるべく戦闘不能状態で捨て置くことにしておきますね。戦闘団にも指示しておきます」
「わたしは偉そうな奴を最初に捕まえます」
実力差があれば手加減も余裕でできる。敵の数はそれなりに多いし、ちょいと加減を間違えたところで数人を確保するには十分だ。
「うん、速攻で片付けるわよ」
クラッド一家の敷地内は車両を入れられる状態じゃないから、路駐してから中に踏み込んだ。
みんなが敵に向かって突貫していくなか、白銀の超硬バットを持ったまま、ざっと魔力感知を実行する。
生存者がいれば助けてやって恩を売るつもりだし、妹ちゃんたちが生きてればどこかにそれらしい反応があるはずだ。
「……妙ね」
敷地の中には弱い魔力反応がいくつもあって、瀕死の重傷者か魔道具かの判別が難しい。それとは別に瓦礫の山となった屋敷には、魔力反応が不自然に感じられない大きな空間がある。それが妙に思える。
「これって、魔力を遮断する空間?」
魔力の遮断って今までには宝箱に使われてたのを見たことがあるくらいだった。だけど攻撃的魔道具の隠蔽や拠点に使われてたりすると、かなり厄介な代物と思える。魔力感知を頼りにする癖がついてる私たちにとっては脅威と考えていい。これからは認識を改める必要があるわね。
とにかく魔力感知で分からないなら、近くに行って調べてみるしかない。屋敷跡に取り付こうとする敵もいるし、急がないと。
駐車場で行われる戦闘をスルーして、一人で庭園まで走り抜ける。遠距離攻撃は誰がどこに埋まってるか分からないから使えない。投擲は避けられた際の流れ弾が怖いし、地面から突き出すトゲも使いにくい。もしかしたら瓦礫を利用して隠れてる人がいるかもしれないし、それは魔力遮断を伴った瓦礫かもしれないんだ。そんなことを思えば、迂闊に攻撃するわけにもいかない。面倒だけど安全重視で地道に排除するしかないわね。
全力で走る勢いも利用して前を行く敵の背中に超硬バットを叩きつける。腰骨や背骨を粉砕して行動不能に追い込むと、先を行く次の獲物を追いかける。これでも一応は手加減してる。ただ、先行する敵が多くて一番乗りにはなれそうもない。なにをしようとしてるか不明だけど、とにかく邪魔しなければ。
何人かを背後から倒し、庭園を半分ほど走破したところで、突如として瓦礫の山が吹っ飛んだ。瓦礫の山と化した屋敷の内側からだ。
同時にそこに取り付こうとしてた男が袈裟懸けに真っ二つになった。と思った矢先に、もう一人が胴体を一文字に断たれ、さらにもう一人が脳天を割られて倒れ伏した。ほんの一呼吸での早業だ。目の良くない人が見たなら、三人が同時に倒れたように感じただろう。
動きが速すぎる。足の運びは全力でのヴァレリアはもちろん、加速魔法を使ったゼノビアをも凌ぐかもしれない超速だ。そしてあの剣速。尋常じゃない速度だ。この私でも目で見てからじゃ、あんなのはとても避けられやしない。破格の強者だ。
恐るべき早業を成したあいつ、剣を握って周囲を睨む男には見覚えがある。
でも戦うところは初めて見た。これが当代最高峰の剣士、生きる伝説とも呼ばれる《雲切り》か。
足を止めた私の前で、一方的な殺戮が起こる。
ぬるっとしたような不思議な歩みで瞬時に敵に迫ると、一撃で二枚に斬って捨てる。避けるとか防ぐとかそんな次元じゃない圧倒的な速度と技、バカバカしいほどの力の差。武器を構えていようが、お構いなしにそれごと斬られる。
真正面からの攻撃は無造作なように思えて、計り知れない高度さを秘めた戦闘技術がある。目を剥いて見ずにはいられない。
吸い寄せられる視線を剥がして《雲切り》が現れた瓦礫のほうを見ると、そこにはシェルターのような大空間が。
「あっ、いた!」
入口の開いたシェルターの中にはバルジャー・クラッドや妹ちゃんの姿を見つけることができた。他にも結構な数の生存者がいるらしい。あれが魔力の感じられなかった空間か。どこまで用心深いんだと思うけど、それが功を奏したってところね。
ひとまずの安心感を得ると、再び最強の剣士の戦いに意識を向ける。
奴の闘い方は単純極まりない。敵に迫り斬って捨てる。一人の敵に二度は剣を振らない。ただそれだけなのに、魅せられる。力みの全く感じられない、それでも力強い剣は敵の体を簡単に通り抜けては余計な血飛沫を上げることさえしない。場違いにも静けさすら感じるほどだ。技の極みとは、こうまで美しいものなのか。見ててゾクッとする。
あまりの圧倒的な実力差に、敵はあっさりと強者に対するのを諦めた。逃げようってんじゃない。剣士を躱してシェルターに向かって突撃を始めたんだ。シェルターは見るからに頑丈だし、爆発に耐えきった実績からも遠距離攻撃じゃビクともしないだろう。バルジャー・クラッドの殺害が目的なら、剣士を無視して接近するのが賢明だ。あれを正面から破ろうとするよりは、少しだけ可能性は高いかもしれない。
それでも二つ名を持った剣士の一太刀は異常だ。破格の剣士はさらなる真価を見せつける。
無造作に振られた剣が敵を斬る。空間に線を引くような一撃は、複数人を諸共に斬り捨てた。明らかに間合いの外にいる奴らを巻き込んでだ。今の一撃は半径にして十数メートルはあったはずだ。そんな化け物を抜けるはずもなく、死の半径に飛び込んだ敵は火に入る虫の如く命を落とす。
驚異の移動速度を誇った剣士は、いまは動かずただ剣を振るのみ。次の敵はまだ謎の間合いの外、いや、違う。広がってる!?
さっきよりも確実に距離を伸ばした銀閃が通り抜ける。
一度、二度、三度、四度。
振るうたびに銀閃は距離を伸ばし、死を撒き散らした。実にあっけなく、周辺の敵は全てが両断された。
最後の敵が倒れると、夢から覚めたような気持ちになってしまう。そして思うんだ。
「あれが剣技? そんなわけあるか!」
ただの剣技であるはずがない。あれはもう『斬る』という魔法だ。そうでもないと説明できないし、おそらく間違いないだろう。具体的な魔法適正は分からないけど、ユニークかつ奴に最も適した魔法であることに疑いようがない。剣技を活かし、剣のためにあるような魔法だ。
あの銀閃はどこまで届く?
伝説として語られるように本当に雲まで?
あれを私は受けきれるか?
銀閃と圧倒的な近距離戦闘能力は、単なる努力や鍛錬で到達できるレベルじゃない。類稀な才能の持ち主が、心血を注ぎながら膨大な時間を捧げる。その果てに至るような極致だ。狂気を感じさせるほどの技の冴え。
戦うまでもなく理解する。悔しいけど若輩者の私じゃあ、まだあれには及ばない。私は強者だからこそ、そのレベルの違いを理解できる。少なくとも小細工なしで戦えば敗北は濃厚。あれは本物の特別だ。
ボキャブラリーの少ない人間にとって、奴は凄いとしか言いようがない。
でもね……なんてものを見せてくれるんだ。
「くふっ」
ああ、ゾクゾクする。背中に甘い痺れが走るようだ。
どうしよう。試してみたい。小細工なしなら私は負けるけど、なんでもありなら話は別。
それにね。だって、こんな機会は滅多にない。
今だけ、ほんの少しだけ、全てを忘れてもいいんじゃないか?
私にだって、色々と持て余すものがある。
熱い身体と燻る心。あいつなら、きっと私のフラストレーションを晴らしてくれる。なんせ、奴は私よりも強いんだから!
笑みが広がる。
どうしたって、笑いをこらえきれない。
「うふっ、うふふっ、くふふふふふふっ」
身体強化魔法の出力がテンションにつられるように高まり続け、魔力の激流がグルグルと身体中を駆け巡る。
魔法薬のインチキブーストはもう使ってある。魔法と魔法薬による合わせ技の身体強化は、単純に出力だけなら《雲切り》をも上回るだろう。
墨色の外套にほのかに煌めく刻印魔法が、高ぶる力をさらに嵩上げしてくれる。
僅かに漏れ出る魔力によって、カーボニウム鉱の外套は重鎧をも凌ぐ強固な守りとなってくれる。
トーリエッタさん特製のグローブを嵌めて、白銀の超硬バットまで手に持った。
ついでに、かんざしの魔道具、ブレスレットの魔道具、外套に仕込んだ装備一式。足りないものなど何もない。
全力だ。現時点で出せる、私の全力全開。
そいつを遠慮なくぶつけられる相手が、目の前にいる。
こんな機会、今までに一度だってない。
自分でも分かるほどに蕩け切った視線を投げる。
男だったら、受け止めるわよね?
こんな美人の誘いを受けるなんて、人として当然のことよね?
奴はしかめっ面を険しくすると、なんと、剣を振った。
超速で迫る銀閃。
はっ、それでこそ!
「…………ああっ、もうっ、たまんないっ!」
躍動する身体を、本能のままに動かした。
できるかどうかなんて関係ない。やってみたいことをやる。
夢みたいに綺麗な銀閃を避けるなんて勿体ないこと、するわけない。
胸元を両断するように迫った銀閃に、白銀の超硬バットをフルスイングで叩きつけた。高めのストレートを、狙い撃ちだ!
超重にして超硬のノヴァ鉱石を核にし、対魔法防御として最高峰にあるオリハルコンをコーティングした特製バットは、衝撃波を生み出しながら銀閃を完璧に芯で捉えた。
「よっしゃ、手応えっ、重っ!?」
まるで実体を伴った剛剣を受けたかのような感触だ。でも、捉えたからには押し返せる。
「うおりゃああああああーーー!」
気合いで振り抜くと、砕くような手応えと共に霧散する銀閃。ふっ、勝った。
勝ち誇った笑みを浮かべると同時、奴は無言で剣を振る。何回も。
「むっつり野郎め、ムキになったかっ」
上等、上等、どんとこい。一度やったからには、もう要領は掴んでる。
迫る銀閃を打ち砕いては一歩を進める。右打ちが左打ちに、そしてまた右打ちに。
「スイッチヒッター舐めんじゃないわよっ」
テンションが上がる。楽しい。魔法の線のような攻撃であって球じゃないけど、これほどまでに手応えのあるバッティングができるとは。
魔力の塊である銀閃を次々と打ち砕き、無に帰す。
でもだ。慣れてくると、ちょっと物足りない。速さ、鋭さ、重さ、どれもが半端なもんじゃないけど、芸がない。
微妙な不満を覚えながら順に打ち砕くと、今度は剣士の銀閃がいくつも重なるように迫った。
あはっ、いいわね。こうなると順番には打ち砕けない。となれば。
気合い、気合い、気合い、気合いがあれば、なんでもできる!
「こおおおんのくらいでええええええええええええっ!」
横に構えてバットを振るんじゃなく、正面の大上段から振り下ろした。折り重なるような銀閃を大根切りでまとめてねじ伏せたんだ。叩きつけた勢いで地面を爆砕しながら、魔法が砕け霧散する。
続きはこない。銀閃の連鎖はここで止まったようね。驚異的な攻撃ではあった。でも、私には通用しないことがはっきりした。
奴の代名詞になってる《雲切り》だけど、はっきり言って奴に遠距離攻撃の才能はないわね。大した攻撃ではあったけど、真っ直ぐストレートの銀閃一辺倒で、変化球とか一切ないみたいだし効果も一定だ。剣士の本領はやっぱり接近戦ね。雲を切り裂けたところで、私には傷ひとつ付けられない。
やっと来ました。強い剣士の出番です。
しかし、今話ではまだ前哨戦。戦いはまだ始まったばかりです。
次話「最高峰の戦闘力」に続きます。
余談ですが、今話で100万字を超えてしまったようです。
ここまでお付き合いくださいまして、誠にありがとうございます。
ぜひこの機会に一言コメントなど残していってくださいね!