おっとり系の真実
ヴァレリアを隣に乗せたジープの運転中、これから向かう戦場について黙考した。
目的地はクラッド一家の本家。クラッド一家はエクセンブラ五大ファミリー最大の組織だ。保有戦力の多さに加えて、《雲切り》を筆頭にした強者をも複数抱えてる。それを支える資金力も潤沢で、大貴族を凌ぐような金が表にも裏にもあるって話だし、政財界にも顔が利く。そして金とコネがあれば大抵のことは可能になる。支配領域を超えたネットワークと関係筋は他国にまで広がるとされる。エクセンブラにおけるシマの大きさこそ五大ファミリーは拮抗してたけど、発展の度合いは群を抜く存在だ。
アナスタシア・ユニオンと退場した蛇頭会は、そもそも本拠地が他国にある外様だ。マクダリアン一家はずっと前にクラッド一家から分離した一家といわれてるし、この街に根差した基盤の違いが組織力の差を生み広げたものと思われる。
クラッド一家は強い。それも色々な意味で。キキョウ会としても、じゃれ合いはともかく本気でのケンカはしたくない相手だ。結果がどうなるにせよ、計り知れない被害を出すことになるのは確実だからね。
そのエクセンブラ随一のファミリーが、超武闘派組織のアナスタシア・ユニオンと手を組んだ。
中心となる戦力の不在に加えて、ガンドラフト組の奇襲によって弱体化したアナスタシア・ユニオンだけど、個々の戦闘力が高い彼らは単純な戦力としては侮れない強力なパートナーになるだろう。
対するガンドラフト組の戦力は読めない。奴らはクラッド一家と同じく、エクセンブラに大昔から存在するファミリーらしい。だけどクラッド一家に比べると存在感はイマイチだ。分かりやすい暴力を前面に出した恐怖支配をしてるって意味では有名だけど、特別な強者がいたり、有力な貴族やギルドとのコネクションを持ってるとは聞いたことがない。人身売買や盗品売買、あるいは麻薬の類での闇取引における繋がりが精々だろう。田舎の一地方で威張ってるだけの組織ってイメージが正直なところだ。
抗争が始まる前の情報だと、人数的にはクラッド一家の半数以下とみられてたけど、実際のところは今の状況から考えると不明とするしかない。格上に対して強気に攻める理由が必ずある。
アナスタシア・ユニオンへの攻撃方法が、魔道具による毒霧だったことから、道具をメインに使った戦法が固いか。
そういや、あの時の赤い霧の仕掛けがクラッド一家にも仕掛けられてたとしても不思議じゃない。むしろ、当然のようにあると考えるべきだ。そうすると、人数のアドバンテージは全然生かせない状況も十分に考えられるし、強者であっても持続する毒にやられてしまえば実力は発揮できない。自信ありげに攻め込む理由も、それなら納得できる。
赤い霧については手を組んだアナスタシア・ユニオンから情報が入ってるとは思うけど、撤去が間に合ってなければ結果は同じだろうし。
あ、待てよ、そもそも設置型魔道具のことについては、妹ちゃんにすらちゃんと伝えられてない。罠としての魔道具があったことを認識してない可能性だってある。罠を破ったキキョウ会と連携がとられる前に、ガンドラフト組は急いで攻め入ったのかもしれない。毒霧のなかを自由に動き回る私たちは、奴らにとっての天敵なんだから。
「うーん、なんかヤバそうね」
「どうかしましたか、お姉さま」
いつもの調子のヴァレリアが横にいると、なんとなく落ち着く。私はそんなに心乱されないタイプだけど、癒しがあるのとないのとじゃ気分が違う。妹分の癒し効果はなかなかの効力があるわね。
「ちょっと悪い予感がね。あれ、この音……」
漠然とした予感を話そうとすると、戦いの気配が。クラッド一家のシマに入ってから間もないし、目的地にはまだ遠い。なのに、もう戦闘が?
今回の一件とは無関係な争いかと思いきや、一応気になったんで進路変更する。剣戟の音からして、一般市民同士のケンカの線はない。常時武器を持ってるような連中の戦いだ。酔っ払った冒険者同士のケンカとかならスルーするんだけど……。
通りを曲がったところで、いきなり魔法が炸裂。数十メートル先にある店舗が吹っ飛ぶ光景に出くわした。避難後だったのか、人はいないらしいけど、軒先が滅茶苦茶だ。それに留まらず、魔法が乱れ飛ぶ。どうやら流れ弾が着弾してるみたいね。深夜にもかかわらず、なんて迷惑な奴らなんだ。
派手な破壊を撒き散らす馬鹿どもの姿は、中折れ棒を見れば一目瞭然。ガンドラフト組だ。
車両を一時停止して様子を見る。
「なんでここにいんのよ。クラッド一家の本家に攻め込んでるって話だったわよね?」
「おとり、ですか?」
陽動か。ありそうだけど、速攻で本家に攻め入ったって話とはかち合わない。
うーむ、考えてみればクラッド一家の人数は相当に多い。全員が本家にいるなんてことはないし、むしろ大多数が本家以外の場所にいるのは当たり前。むしろウチのように各シマや重要拠点を守るために分散してるはずだ。潤沢な戦力を一極集中する必要なんかない。全部を同時に護れるだけの戦力があるんだから。
ガンドラフト組からしてみれば、全部を同時に相手取ることは不可能だ。でも本家だけに攻撃なんかしてたら、応援に駆け付けた戦力に後ろからやられるだけよね。攻めるなら、同時多発的に。分断して連携を阻むのは、私たちがマクダリアン一家に対してやったのと同じことだ。しかもガンドラフト組は元より悪辣さで名を売る組織。余所のシマで暴れることに一切の遠慮もない。そして本家に速攻を掛けてることから、本命は間違いなくバルジャー・クラッドの殺害だ。大組織であっても、トップを失えば混乱は避けられない。手っ取り早く決着をつける気なんだろう。
罠、陽動、まだなにかありそうね。はぁ、まあいいか。細かい事なんか私が考えてもしょうがないし、どうせ分かりっこない。それは得意なメンバーに任せておこう。状況は随時、情報局に入ってるはず。
目の前の戦闘も別にいいか。ここはクラッド一家のシマなんだし、奴らが事を収めるだろう。出しゃばる必要はないわね。スルーを決め込み、当初の予定通りに第九戦闘団との合流を急ぐことにした。
道中でいくつか同じような戦闘音を遠くに聞きながらもジープを飛ばす。努めて無視してジョセフィンから教えてもらった待機場所に向かってると、早くも異変を察知できた。
悪い予感や予想はやっぱり良く当たる。状況からして全然、不思議でもなんでもないけど。
「お姉さま、赤い霧です。大きいですね」
「うん、見えてる。ガンドラフト組の奴ら、やりやがったわね」
クラッド一家の本家ともなれば広さも相当だ。マクダリアン一家やアナスタシア・ユニオンの本家と同じくらいの敷地面積はある。それを丸ごと包み込むかのような、巨大な赤い空間が見えるんだ。まだ遠いから確かじゃないけど、たぶんそうなってる。
以前に見た時と比べても、規模があまりに大きい。一つや二つの魔道具じゃなく、いくつも設置されてるんだと思う。だけど、秘密裏に持ち込んで設置したとしても、大量にあればどこかのタイミングで発覚しないわけはない。どうなってるのやら。
アナスタシア・ユニオンからしてみれば、同じ手を二度も食う羽目になってるけど、あれはどうしようもない。察した段階で逃げるしかないと思うけど、果たしてそれが許される状況かどうか。
第九戦闘団の待機場所に近づくと、またもや戦闘音が。ヴァレリアと視線を交わして急ぐ。
向かう先は高台で、クラッド一家のシマの中でも比較的に大きな公園になってる場所だ。見晴らしは良いし、クラッド一家の様子がうかがえる絶好のポイントでもある。なればこそ、敵と鉢合わせる可能性だってそりゃあるわよね。
現場の公園に乗り入れると、まさに戦闘の真っ盛り。乱入するタイミングはちょっと見極めた方が良さそうね。劣勢ならともかく、優勢でかつ、フォーメーションができあがってるところには、なかなか入っていきにくい。
「時間は掛からなそうです。様子を見ますか?」
「そうね、念のため敵の援軍がこないかだけ警戒しておこう。あとはリリアーヌたちに任せておけばいいわ」
どうせだから第九戦闘団が誇るリリアーヌ団長の戦いを見物しよう。
元冒険者でおっとり系エルフのリリアーヌは、魔法による高火力戦闘を得意にしてる。おっとり系ってのは完全に見た目に騙された評価だけどね。
第三戦闘団長のワイルド系エルフ、アルベルトは趣味でハンマーを使ってる変わり者だけど、エルフのイメージらしく弓の腕は超一級品。だけどリリアーヌは弓はてんで使えない。代わりになぜか指揮棒を使う、アルベルトと同じような変わり者だ。
種族特性としてエルフには複数の魔法適正があるもんだけど、リリアーヌはそのなかでも風の魔法を得意とする。風魔法に適性があるってのはいかにもエルフっぽいけど、サポート系は苦手で攻撃に特化してるって意味では変わり者よね。元より竜巻を起こしたり強烈なダウンバーストによる広範囲にダメージを与える魔法が得意だったけど、キキョウ会に入ってからは対人戦にも磨きがかかってるんだ。それも凶悪な方向にね。
第九戦闘団は団長を中心とした方陣を組み、中折れ帽の集団による遠距離攻撃を団員の防御魔法によって遮断してる。互いに密集隊形での攻防だけど、第九戦闘団の優位は明らかだ。彼女たちの反撃の魔法は多彩で、威力も精度も抜群。敵はかなりしぶといみたいだけど、一方的な展開には私とヴァレリアが関与する必要性を見いだせない
多彩な攻撃の中にあって、特に意味不明な恐怖感を伴った魔法がある。現象としては、突如敵の体が膨れ上がって破裂するんだ。これはリリアーヌが使う風魔法の結果。
「いつ見ても凄いですね……」
呆れたような感心したような声音には同意するしかない。
「あの魔法は初見じゃ、ちょっとどうにもできないわね」
よくある風魔法の攻撃として、圧縮した空気を弾丸のようにしてぶつけるってのがあるけど、その亜種と考えればいいのか。リリアーヌの場合には弾丸じゃなくて連続する風の流れを圧縮して使う、ポンプとホースのような魔法になる。やり方としては巨大な風船を一瞬で膨らませるような超高出力の風を、ピンポイントで口から体内に送り込むんだ。すると一瞬で膨れ上がって、ドカンッだ。風を操る精度と狙いの正確性は常軌を逸するレベルと評していい。たぶん実態を知らなければ、なにがどうしてああなるのか想像も難しいほど高度な魔法だ。
戦闘中には魔法を唱えたり、気合の声を上げるために大口開けたりする奴は多いし、ヤバいと思った時にはもう手遅れだろう。フルフェイスの兜でも被ってない限り、装備の防御力なんてまったく通用しない余りに怖ろしい凶悪な魔法だ。対人戦、それも初見なら最強クラスの魔法かもしれないわね。
さすがに普段はこんな魔法を乱用したりはしないけど、彼女たちには仇討ちの際に待機を命じてしまったからね。怒りのはけ口として、ここでは存分に力を使ってるのかもしれない。
それにしても強い。さすがは一つの戦闘団を任せる女だ。キキョウ会の戦闘団長は初期からのメンバーがやってくれてるけど、これはただ単に初期メンバーだからって理由じゃなく、誰もが認める実力があるからだ。そうじゃなければ、武闘派の多いキキョウ会で上に立ち続けることはできない。才能なんて関係ない。不断の努力だけが、それを可能にすることを実感として分かってる。
きっと刺激し合ってるからなんだと思う。仲間としてだけじゃなく、ライバルとしてね。
リリアーヌに限らず、仲間たちの戦いは色々なことを教えてくれる。自分へ取り込める技能、敵として現れた場合への想定、未知の魔法や戦法がまだまだあるって可能性までも。
私は強いし、メンバーたちも強い。だけどその強さは、一人だけじゃ至ることのできなかった強さだと思う。そしてそこにチームとしての強さも加わる。だからこそ、私は自信があるんだ。キキョウ会は強い。どこと戦おうと、負ける気がしないってね。
ある程度のダメージを与えたタイミングで、団員の一人が強力な繭を作って敵を閉じ込めた。あれは味方の攻撃に紛れて密かに準備し、ここぞという場面で一気に展開する第九戦闘団が得意とする戦法だ。敵を閉じ込める系の戦法はキキョウ会において色々とバリエーションがあって実は面白かったりする。
繭はそれ程の耐久力はないんだけど、少しの間だけ持てばいい。
密度の高い繭は空気をも通さない。そして意図的に開けられた穴から、急速に空気が抜かれていく。空気を抜く人は繭を作った人とは別で、ここでは連携の妙技を発揮した。
起こったこととしては、瞬時に繭で敵を閉じ込め、同時に中の空気を抜いて真空にしてしまう。この場面では他のメンバーも攻撃を中止し、繭の保全に全力を尽くすようになる。こうなるともう敵が脱出することはほぼ不可能だ。
少しの時間を置いて繭の中から魔力反応が途絶えるのを確認すると、最後には繭を圧縮し、団員全員の火炎魔法で焼き尽くした。見事な手際だ。
これといって苦戦する様子もなく戦闘が完全に終わると、リリアーヌたちに近づく。状況を聞かなければ。
「お待たせしました、ユカリノーウェさん。突然襲われまして」
頬に片手を当てて困ったように微笑む姿に騙されてはいけない。落ち着いた声音とたれ目、なんとなく和らかな雰囲気を持つ美貌のエルフ。しかし、おっとり系エルフなんて評価はとんでもない。我がキキョウ会においても有数の武闘派だろう。あえて言うならば、おっとり風武闘派エルフだろうか。その血煙にまみれた戦法は、歴戦の勇士をも戦慄させるに違いない。
ちなみにリリアーヌの武器である指揮棒は、滅多に接近戦では使われない。普段は楽隊を指揮でもするかのように、指揮棒を振って魔法を使う。ただし、いざ接近戦となれば、指揮棒で直接敵を切り裂きながら魔法まで使うという複合戦闘の猛者でもある。
とぼけたようなリリアーヌだけど、彼女は素だ。素でおっとり系っぽい武闘派なんだ。
「見事に片付けたわね。ところでジョセフィンからはガンドラフト組が攻め込んだって聞いてるけど、今はどうなってんの?」
ぱっと見、赤い霧に満ちたクラッド一家では、両軍が乱れ争うような気配を感じない。もう終わってるとも思えない様子だ。
「それが到着した時にはもう引き上げていたようで、一度も姿が見えません。赤い霧も移動中から確認できていたので、その頃にはもう引き上げていたのではないかと」
なるほど。一撃を加えて離脱、そして魔道具の発動って感じかな。事前の設置と、強襲の際に強引に持ち込んだって線もあるわね。
赤い霧は相手の消耗を促す毒だ。毒霧を放出させておけば、勝手に相手は弱り続け、いずれはほとんどが死に絶える。だからガンドラフト組は高みの見物を決め込むだけでいい。
アナスタシア・ユニオンの時のように、あからさまな遠距離攻撃はないし、敵は隠れてるみたいね。リリアーヌたちがいるこの見晴らしが良い場所に部隊を送ったからには、このまま完全に引き上げたとは思えない。とどめを刺すべく必ず近くにいるはずだ。敵戦力が弱まるのを待ってるに違いない。
毒の効果としては幻覚剤のような症状が出るのは前に確認した。吸い込めば肺を通して動脈から脳に行き渡り、たちまち効果が表れて正気を失ってしまう。もうすでに大半はそうなってるはずだ。
あの霧に捕らわれたら、キキョウ会や妹ちゃんが持ってるような対毒に強力な効果を発揮する魔道具がなければ無事では済まない。それがどんな強者であったとしても例外じゃない。薬物の効果は強さには何の関係もなく、等しく人に害悪をもたらす。
「敵の動きが見えない中で渦中に飛び込むのは下策ね。どうしたもんかな」
「第九戦闘団がおとりになりましょうか?」
なんてことない風に提案するリリアーヌだけど、頼めば平気でやってくれるだろう。ただ、どうにも嫌な感じがする。それにクラッド一家がこれだけでどうにかなるとも思えない。私たちが焦る必要はない。妹ちゃんとて一度は経験済みの状況なんだし、同じ轍は踏まず、状況を変える手を考えるはずだ。
「うーん、敵の出方を見たいわね。このまま動かないなら救援に出ることも考えるけど。そうだ、飛び込むよりも周辺の索敵に出てくれない? どっかに隠れてると思うからね。そこを叩ければ状況もマシになるわ」
「ではすぐに。見つけたら即、叩きますね」
おっとりと勇ましいことを言う姿にはどうにも違和感があって、長いこと一緒にいてもなかなか慣れない。
とにかく、私とヴァレリアを残して第九戦闘団が索敵に出てくれた。さて、どこに隠れているのやら。
リリアーヌたちが索敵する様子を気にしながら赤い霧の向こうを観察してると、にわかに強力な魔力の波動を感じた。
「動いたわね」
なにが起こるのか、どこの誰の仕業か。答えはすぐに出るだろう。
風魔法とはファンタジー世界において良く出てくると思いますが、攻撃方法に限ってもまだまだ色々な可能性がありそうです。
ほかの魔法につきましても、できる限り凶悪な戦法を考えてゆきたい所存です。