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拠点

 一番の目的だった盗賊から巻き上げたお宝の換金が無事に済んで、なんだか肩の荷が下りた気分だ。

 今度はミントフレーバーの回復薬を少し注いで気分をリフレッシュ。無意識に入ってた力が抜ける。


「話は変わるけど、あの時なんでトラック運転してたわけ? あんな時間に一人でさ」


 商業ギルドの理事なのに、不自然な形で出会ったからね。経緯が気になる。

 聞いてみれば、唐突な出会いでしたね、なんて言いつつジャレンスは語り始めた。


「実はギルドの会合で隣街に滞在していたのですが、どうしても早く帰らなければならない事情がありまして。急ぎでしたので、一人で飛び出したのです」

「そこまでの急用って、なんかトラブルでもあった?」

「いやあ、お恥ずかしい話なのですが、妻の誕生日です。思いのほか会合が長引いてしまって、予定通りに帰れなかったものでして。移動用の魔道具も空いていたのがトラックしか無かったので仕方なく。想定外の事態に遭遇しましたが、お陰様で間に合いました」


 そんな理由で下手すれば死にかけたってのか。呆れるしかない。

 さすがに誕生日のために命までかけるのはやりすぎだ。価値観は人それぞれだし、過ぎたことはいいけど。

 もしかしたら愛妻家だからこそ、私たちが女でも見下したところがないのかもね。


「そうだったんだ。ま、今後は気をつけることね」

「はは、そうですね。少しばかり経緯を話をしたら、妻にもこっぴどく叱られましたよ。ところで、あとは住む所というお話でしたか。宿ではなく、定住されるということですか?」

「いい所があればね」

「ほう、それはそれは」


 ジャレンスの目がキラーンと輝き始めた。商人の目って感じだ。


「どういう意味よ?」

「ええ、現在どの街でも戦力が不足していてですね。貴女方ほどの実力がおありなら、女性とはいえ、どこの街でも歓迎されるでしょう」

「私だけじゃなく、ほとんど全員が『街のため』なんて殊勝な気持ちは持ってないわよ」


 跳ねっ返りの集団が、そんな献身性を持ち合わせてるはずがない。


「そうかもしれませんが、降りかかる火の粉を払わずにはいられないでしょう? 治安維持部隊や対魔獣の騎士団、傭兵、冒険者が少ない今、その実力だけで住民申請は通りやすくなります。よろしければ住民申請も代行しますので、我々にお任せください」

「へえ、願ったり叶ったりね。で、ほかにも思惑があんじゃないの?」

「お見通しですな。こう言っては何ですが、貴女方からは金のにおいがするのです。商人のカンってところでしょうか」


 当然といえば当然か。前に渡した回復薬の件もあるし、いまも何気なく使ってるアルミカップも注目されてるっぽい。

 年頃の女の集団で実力者が揃ってるのもポイントが高そうだ。そんなの珍しいだろうからね。


「そのカンが当たってるといいわね。どっちにせよ、お互い良い関係を築いていけることを期待してるわ」


 ウィンウィンの関係ってやつね。

 いまのところ、こいつとなら上手くやっていけそうな気はする。



「それで住む所に関して、何かご希望はありますか?」


 呼び鈴型魔道具で物件資料と思しき書類の束を持ってこさせたジャレンスは、素早くページを捲りながら候補を探してくれる。

 さてどうしたもんか。隣に座るヴァレリアの頭を狼耳ごとわしゃわしゃ撫でながら、うーんと考え込む。

 別に普通でいいからいくつか候補が見たいかな。立地とかもまだ良く分かんないし。

 私がどうしたもんかと答えあぐねてると、気になる物件でも見つけたのかページを捲る手を止めた。


「特別、これといったご希望が無いようであれば、おすすめをご紹介しますが?」


 良さげな物件を提案してくれるらしい。


「どんな感じのとこ?」

「建物としては十分な大きさです。少しばかり事情のある物件でして、価格が非常に安くなっているのですよ。そう遠い場所でもありませんので、街の見物がてらに見に行きませんか?」


 実際に見られるなら話が早い。百聞は一見に如かずだ。


「ヴァレリア、フレデリカも連れて行って、現物を見てみよう」

「はい、お姉さま」

「ジャレンスさん、案内頼んだわよ」

「ええ、早速参りましょう」


 一階に戻ってラウンジに移動すると、いかつい女連中が高級感のあるラウンジの真ん中で思い思いにくつろぐ姿が目に入った。場違い感が凄い。


「お待たせ。無事に換金できたから、あとでレコードで分けるわね。ちょっと物件紹介してもらいに近くまで行くから、その後でいい?」


 みんな特に異論もないようなんで、商業ギルドを出てからジャレンスの先導で移動を始める。

 なんか流れで全員ぞろぞろと付いてきちゃってるけど。


 中央広場からいくつかの路地を通過していくと、どんどん雑多な街並みになってきた。


「この辺りは職人街です。個人でやっている工房や店がたくさんありますから、あとで行かれてみてはいかがですか。装備品に服、魔道具から日用品まで大抵の物は揃いますし、頼めばオーダーメイドもやってくれます。中央通りに並ぶ大店おおだなとは違った魅力の商品がありますからお薦めですよ」


 へー面白そうね。

 あとでチェックしに行くことは決定だ。



 通りかかる場所の説明を受けながら、思ったよりも長い距離を歩いて行くと、ようやく目的地に着いたらしい。


「あちらの建物です。中もお見せできますので入ってみましょう」


 路地の四つ辻を曲がると奥は袋小路になってるらしい。その一番奥の建物が紹介してくれる物件みたいなんだけど、なんか思ってたのと違う。

 アパートとかマンション、あるいは一軒家を想像してたんだけど、どう見てもそんな雰囲気じゃない。

 周囲の生活感ある建物とは違った、なんというか、石造りのオフィスビル?

 一階はシャッターとかのないガレージっぽい開けたスペースで、端には広めの階段がある。そこから上がった二階以上が居住スペースみたいだ。


 階段を上るジャレンスを追ってぞろぞろと後を付いていく。

 カードキーのような魔道具で入り口を開けると、だだっ広い事務室の様な空間に入った。


「この建物って? 普通の住居じゃないわよね」

「いえ、相場からは考えられない程に安値で放出されているビルなのです。少々問題はありますが、貴女方であれば問題にならないのではないかと、紹介させていただきました。皆さんで住まわれるには、ちょうど良い大きさでもあるかと」


 色々とおかしいところがあるわね。


「おっ? 皆で住むのか?」

「なんだなんだ、それはそれで面白そうじゃねえか」

「お買い得ならいいんじゃない?」

「そうそう、なんたってあたしら金持ちだしな! ぽんと買ってみるのもありと思うぜ!」

「楽しそうっすね」


 収容所組はもうその気になって盛り上がってる。

 そんなつもりじゃなかったんだけどね。ふーむ、どうしたもんか。


「ユカリ殿、我々もご一緒させてもらっても良いだろうか?」


 ジークルーネたちも一緒に住む気満々みたいだ。

 フレデリカは仕方なさそうに、ヴァレリアは迷惑そうにしながらも少しだけ楽しそうに見える。


 もうそれでもいいかな。

 気に入らなければ勝手に出てくだろうし、その前に私が出てくかもしれないしね。

 新しい街で束の間の集団生活をしてみるのも、悪くはないのかな。


「そう言えばジャレンスさん、さっき問題があるとか言ってたけど、それって……」


 あ、誰かきた。勝手に入ってくるみたいだけど。


「あれ? 開いてるじゃねーか」

「だから言ったじゃないすか。入ってく奴らを見たって」

「おう、誰かいるのか?」


 どやどやと登場したのは、数人のガラの悪い男たちだ。

 さっきまで楽しそうにはしゃいでたみんなも、いまは静かに侵入者を観察してる。


「なんですか、貴方たちは? ここは私有地ですよ。すぐに出て行ってください」


 ジャレンスが前に出て大人らしく対応する。

 私はみんなに目配せだけして、とりあえず様子見だ。


「はあ? なんだこのジジイ」

「おめえこそ誰だよ、俺たちゃブルーノ組だぞ!」

「おう、おっさん。商業ギルドの関係者か? ならちょうどいい。さっさと俺らの組に引き渡せ」

「なんだあ? ついでにそっちの姉ちゃんたちもオマケしてくれるってのか? ひひっ」

「なんだよなんだよ、結構いい女もいるじゃねえか! そこの胸のデカい女、俺の女にしてやってもいいぜ!」


 下品な笑い声をあげながら、不愉快な目が私たちを捉える。

 うん。あーもう駄目だ。特に我慢の必要はないだろう。やってやれ。


「ジャレンスさん、この物件の問題ってコレのこと? もしそうなら、いますぐ解決してもいいわよ」

「はあ、そのとおりなのですが、タイミングの良いやら悪いやら。それに見たところ、この人たちは正規の構成員ではなさそうです。この場だけでは解決にならないと思いますが」

「なら、こいつらの親玉からケジメ取ってやるわ。みんな、私は念のためサラちゃんたちを守るから、そっちの雑魚は任せるわよ」


 アンジェリーナやヴァレリアを始めとした武闘派が前に出た。

 街中だし相手も武器を持ってる様子はないから、素手でやりあうみたいだ。


 素手ならいつも私の訓練を受けてるみんなにかかれば問題ない。それにチンピラどもは大して強くなさそう、というよりもはっきり言って弱そうだ。鍛えてる私からしてみればね。

 戦う人数はちょうど同数、チンピラは完全にこっちを舐めきってる。その様子にヴァレリアたちは怒り心頭だ。


「みんな、殺したらダメよ! 痛めつけるだけにしときなさい!」


 自分たちの新居になるかもしれない場所なんだ。そこで人死には避けたいと思うのは当然だろう。

 うーん。みんな無言だけど、分かってくれたんだろうか。まあ死んでなければどうにでもなる。適度にストレス発散してもらっても別にいいかな。


 元祖喧嘩っ早い女ナンバーワンのアンジェリーナが、巨体とは思えないスピードで突撃した。目標は奴らのなかでの一番の体格の持ち主だ。

 どうするのかと思いきや、そのままショルダーチャージを食らわせて相手を吹っ飛ばした。

 それを皮切りに怒号をあげながら大勢で激突し、あっけなくチンピラどもは沈黙した。あまりにも骨がなさすぎる。



 不法侵入者が座り込んだり倒れたりしたまま、痛てえだの苦しいだのと弱音を吐くなか、アンジェリーナがチンピラのリーダー格を捕まえて引きずって連れてきてくれた。

 有無を言わせぬパワーと迫力は、生意気なチンピラでも下手には逆らえない雰囲気があるらしい。


「痛てっ、おいやめろ! こんな事してタダで済むと思うなよ、てめぇら、ぐあっ!」


 ゴミでも放り捨てるように、投げ出された哀れな奴。

 うるさくわめくもんだから、私とアンジェリーナ、それとジークルーネとで威圧して黙らせる。自分の立場くらいは理解できるらしい。


「お前たち、ブルーノ組とか言っていたな? そこのボスと話がしたい。どこにいるか教えてくれないか」


 なぜかジークルーネがチンピラの髪の毛を掴みあげて、ノリノリで尋問を始めた。元青騎士も私たちのノリに染まってしまったんだろうか。

 でも、意外と楽しそうで何よりだ。


「お、親父……そ、そうだ、旅行中だ! 旅行中だからいねえ。それに女の分際でこんな事してタダじゃ済まねえぞ? いまなら許してやるからよ」


 やれやれ、何を言い出すかと思えば。

 親父とやらに、私たち女にボコボコにされて負けたことがバレたくないだけだろう。

 ジークルーネが悪い笑みを浮かべながら、置いてあった剣を取り出して抜剣した。

 ゆっくりと肩口に剣先を置きながら、もう一度問いかける。


「わたしは嘘吐きが嫌いなんだ。覚えておけ、いいな? ではもう一度だけ訊く。ボスはどこにいる?」


 役者が違いすぎる。ジークルーネの冗談とは思えない脅しにチンピラは簡単に屈した。



 こいつらの話によれば、なんとこのビルの真裏がそうらしい。随分と近い場所に親玉がいたってわけだ。

 建物は横がびっちりと隙間なく詰まってる構造で、裏側にはショートカットできない。真裏の建物でも一旦は路地まで出て向かわないといけない。


 察するに、このビルを手に入れて事務所の拡張でもしたいんじゃないかな。向こうの事情なんかどうでもいいけど。

 実際のところ、ブルーノ組の事務所はジャレンスさんが知ってたらしいから、本当はチンピラに聞くまでもなかった。


「じゃあ、とっとと乗り込んで話つけようか。面倒事はなるべく早く片付けたいわ」

「ユカリ殿、わたしも今回は同行させて欲しい」


 うーん、ジークルーネにはここで非戦闘員を守ってて欲しかったんだけどね。

 とは言えだ。せっかくやる気になってるのに水を差しちゃ悪い。

 戦力的には少数で乗り込んでも足りると思うけど、今後のことも考えれば十分に脅しをかけておきたい場面でもあるか。中途半端が一番ダメだ。

 もう集団で乗り込んで力の差を思い知らせるのが効果的かな。どうしよう。


「ユカリ、いっそのこと全員で行きませんか? わたしやサラちゃんたちはさり気なく守ってもらえる位置にいれば大丈夫でしょう? それに、むしろこの全員の顔を覚えておいてもらいましょう。わたしたちの誰かに手を出したら報復すると、最初にガツンとやるのが良いと思います。どうせ身内は調べられてしまえば、すぐに分かってしまうのですしね。隠す意味はないでしょう」


 さすがフレデリカ、いいアイデアね。


「ならそうしようか。あ、でも行きたくない人は残ってても構わないわよ」


 一応そう言ってはみるけど、残る人は誰もいないらしい。


「よし、チンピラどもを何人か連れて行くわ。力自慢は適当なのを抱えて一緒に連れてきて」


 私はリーダー格の首根っこを掴んで引きずって歩く。苦情は全部無視だ。嫌なら自分でキリキリ歩けばいい。

 なんかね。予想外のトラブルなんだけど、ちょっと楽しくなってきた。

 特にみんなのやる気に満ちた熱気が心地いい。私もこのノリは結構好きみたいだ。


 さてと、街に着いた初日から一発かましてやりますか。

 ちょっと引き気味のジャレンスには釘を刺しておく。


「そんなわけなんだけど、なんか文句はある?」

「ゴホン! いえ、問題ないでしょう。多少のいざこざは日常茶飯事ですから。しかしやりすぎは禁物ですぞ。それだけ留意してくだされば、例え役人が出張るような面倒事になったとしても、こちらで何とか対処しましょう」


 おー、そいつは助かる。


「気が利くわね。じゃあ行ってくるから、少しだけ待っててくれる? このビルの説明がまだちゃんと聞けてないし。そう長い時間、待たせるつもりはないわ」

「かしこまりました。お待ちしています」


 身体強化魔法を使ってるせいなのか、高揚感だけが私を満たす。

 これから見も知らないブルーノ組とやらに殴り込もうってのに、少しの恐怖も感じないのはなんでだろうね。それどころか楽しみでしょうがない。

 我ながらちょっとばかし、頭おかしいわね。

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