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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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投じられた猛火

「それで、なにがあったのよ?」

 応接セットに移動すると、対面に座ったジャレンスにさっそく用件を聞く。世間話をしにきたわけじゃないだろうし、面倒事はさっさと終わらせたい。

 本当はジークルーネやフレデリカたちも同席させたかったんだけど、残念ながら忙しくて不在だ。辛うじて残ってたフレデリカの秘書官を同席させると、ジャレンスが切り出す。

「単なる戯言だと思っていますが、酷く不穏な噂を耳にしまして」

 噂話という割にはジャレンスは深刻な様子だ。思わず顔を見合わせた秘書官が続きを促す。

「どのような噂ですか?」

「……キキョウ紋の入った外套は酷く目立ちます。その外套を着た女と目玉のタトゥーを入れた男が行動を共にしていた、と」

 ふーむ、なるほど。ウチのメンバーとレギサーモ・カルテルの構成員が一緒にいたって噂を耳にしたと。なるほど、なるほど。

「ちょっと待ってください。それは、誰が言っていたのですか?」

 衝撃的な話にもフレデリカの秘書官は落ち着いてる。さすがは事務方のトップを支える有能な女だ。こいつもウチに入ってから長いからね。十分に頼りにできる存在だ。

「現段階ではまだ噂ですが、その出処は確認しています。どうやらガンドラフト組が各所でそのような噂話を流しているようなのです」

 まったく、面倒なことをしてくれる奴らだ。


 どれ、一応考えてみよう。

 本当にキキョウ会メンバーに、そんなのがいる可能性についてね。そもそも噂自体がでっち上げの可能性が高い気がするけど、仮にいるとするならだ。

 ウチにはまだスパイがいるからね。そいつらがあえて敵に接触した可能性は排除できない。可能性としてはね。ただし、そんなことをオルトリンデたちがむざむざと許す可能性は低い。考慮に値しないほどに低い。これまでの裏切者やスパイに対する一部の隙もない処置、その実績が噂話の可能性を否定する。だから私は戯言だと切って捨てられる。


 だとすれば、次に考えられるのは偽旗作戦か。成り済まして行為の結果をなすりつけることだけど、そういや変装の魔道具なんて便利な物だってあるんだし、やろうと思えばメンバーの姿に化けることだって可能だろう。キキョウ紋の外套だって、そのくらい安物でいくらでも代用できる。目立つ外套の効果を考えれば、わざわざ魔道具なんて使う必要だってない。レギサーモ・カルテルに扮するなら、目玉のタトゥーの絵でも描いておけば余りにも簡単にできてしまう。


 でもね、普通はメンツを大事にするようなカッコつけた組織ってのは、そういうことはやらないもんだ。暗黙のルールのようなもので、そういった事柄は実はいくつもあったりする。戦争にだってルールがあるように、裏社会にだってルールがないことはない。完全に守られるかはともかくね。


 特に男が女に成り済まして悪事をなすりつけるなんて、いくら腐った奴らでもできはしない。自分たちのプライドが許さないだろうし、もし他の組織にバレようもんなら、永遠にバカにされる材料だ。組織としては致命的なほどのダメージを負うと言ってもいいかもしれないレベルに相当する。それだけ情けない行為ってことだ。

 ただし、それは通常であればだ。残念ながら今のエクセンブラは通常の状況じゃない。なりふり構わず何でもやる奴らが居てもおかしくないし、ひょっとしたら不利なことは揉み消せばいいと開き直った奴らだっているかもしれない。そうはいかない絶対に守るべき掟ってのもあるにはあるけど、それは今は良いだろう。


 実際のところ、理屈として成り済ますこと自体は簡単なんだ。

 跡目争いが激化してるマクダリアン一家のどこかの派閥。用意周到で容赦がないガンドラフト組。そしてメンツなんて関係ない余所者のレギサーモ・カルテル。こいつらの誰かが、キキョウ会に成り済ました可能性はある。


 周囲の状況も鑑みて、私はキキョウ会に関するふざけた噂を総合的に否定できる。

 ただし、ほかの連中がそう思ってくれるかは微妙なところだ。特に敵を求めてるような連中はね。ああ、それが目的かもしれないわね。


「どのくらい噂が広まってるか、そして信じてしまってるか。なんにせよ、否定する動きは早いほうが良いわね」

「はい、早急に手配します」

 秘書官は言葉通りに動き出してくれた。

「あくまでもガンドラフト組が故意に流している噂です。まともに取り合う人や組織は少ないと思われますが……」

「そう願いたいわね。とにかく早く知らせてくれて良かったわ」

 些細なことでも早く動く。ジャレンスはだからこそ理事にまで出世できたんだろう。


 忙しい合間を縫ってきたらしいジャレンスが帰って間もなく、事態は動く。

 バカバカしい噂話を真に受けたアホどもがいたからだ。



 まだ日も沈み切らない夕刻と夜の狭間。黄昏時に屋上から見る街並みは、それなりに風情があって悪くない。

 天気のいい日には気晴らしに眺めることもあるけど、残念ながら今はそんな場合じゃない。六番通りが戦場になってるとの急報が入ったんだ。

「マクダリアン一家が動いたようです」

 急に慌ただしくなった事務所のなかで、冷静さを保った秘書官が情報を取りまとめてくれてる。

「状況は?」

「六番通りの各拠点に対して集中的に攻撃が行われています。支部だけではなく、王女の雨宿り亭、エレガンス・バルーン、それからエピック・ジューンベルにもです。戦闘団や警備局によって今のところ大きな被害は抑えられていますが、敵の数が多く無傷とはいかないようですが」

 ちっ、寄って集って数を活かし広範囲に対して襲いかかる。どこぞから湧いてくる虫みたいな奴らね。ジャレンスからウチがレギサーモ・カルテルと繋がってるなんてデマを聞いた時点で想像できたことではあるけど。あらかじめ守備重視でメンバーを配置できてたことは良かった。


「追加情報です!」

 私に報告する秘書官に追加の報告書が渡された。彼女はさっと目を通すと教えてくれる。

「……会長。六番通りを除いた支配下のシマ全域で、キキョウ会直営の施設以外に対する攻撃も行われているようです。それから巡回中の戦闘団メンバーに対する襲撃も確認されました。マクダリアン一家は本気のようですね」

 直営以外ってことは、普通の住民がやってる店舗に対する無差別攻撃だ。六番通りじゃ、その報告はなかったわね。

 それと施設だけじゃなく、メンバーに対する直接攻撃もか。戦闘団メンバーなら、普通に返り討ちにするだろうから心配はしてない。外出中のフレデリカやエイプリルは、ジークルーネたちが一緒のはずだから、そっちも心配はないと思う。

「本気、か。ウチに対する全面戦争はいいとしてよ。それにしては、どうにもおかしいわね」

「そう思います。なんというか、ちぐはぐな印象を受けます」


 ああ、そうか。本気の割に攻め方がおかしいんだ。

 一方じゃ直営の施設だけに対して攻撃。もう一方じゃ普通の店舗に攻撃。他方じゃメンバーに対してときた。

 特にウチのメンバーに対しての攻撃なんて無意味とさえ思える。マクダリアン一家は数は多いけど、ウチのメンバーに比べれば一人ひとりの戦闘力は大きく劣る。そこそこの人数差で挑まれたところで、結果に差は出ない。今だって当然のように反撃で完膚なきまでに叩き潰してるらしいし。戦闘力の差については相手だって理解してると思ってたんだけどね。どうせやるなら一点集中、罠を用意して誘い込むようにするのが定石だろうに。


 襲撃方法はバラバラだし、認識の甘さも随所に見える。

 そんでもって、もう一つ。この本部に対するアクションが何もないのはおかしいだろう。

「おそらくですが、跡目争いが関係しているのではないかと」

「うん、そうね。そうでなきゃ説明がつかない」

 マクダリアン一家は派閥単位でバラバラに攻めてるんだと思われる。統一感のなさはそれが原因に違いない。奴らと同等以下の組織相手ならそれでもいいだろうけど、個々が強力なウチに対してそれは悪手にすぎる。


 敵のアホさに期待するのはバカのすることだけど、こうまでアホ丸出しだと、返ってどうしていいのか分からなくなる。なにかの罠とさえ疑いたくなるってもんだ。迂闊に敵の本丸に攻め込んでいいのかどうか、もう少し様子を見るべきか。

 まぁ今の段階で攻め込むには、こっちも手が足りない。戦闘団はシマの守備で散ってるからね。さすがに私や本部待機のメンバーだけで敵の本拠地に乗り込むのは無謀だ。相手は腐っても五大ファミリーなんだ。必要があるなら一人でだってやってやるけど、そこまで拙速に動く理由はない。しばらくすれば各地で敵を返り討ちにするだろうから、戦闘団の手も空くはずだ。


「待機メンバーを動かしますか?」

「少なくともジークルーネたちが戻るまでは様子を見るわ。事務局メンバーは外出するなら単独は避けて慎重に。入ってくる情報は適当にまとめて報告しなさい」

「分かりました」

 また何か入ってきたらしい報告に目を通す秘書官は忙しそうだけど、この場の仕切りを任せても問題ないほど優秀な娘だ。さすがはフレデリカの秘書官ね。


 それにしても見るからに慌ただしい。玄関はほぼ開けっ放しになってて、情報局や伝令の戦闘団メンバーがひっきりなしにやってきては戻っていく。

 さらにはその合間を縫うようにしてシマの住人からの救援要請や苦情なんかの対応に追われる事務局メンバーもいる。こんな時だってのに、手紙や荷物の配達員が訪れたりもするしね。仕事なんだからしょうがないけど。



 あれ。ちょっと待てよ。

 派閥ごとに攻め方が違う。さっき私はそう考えた。これだけウチのシマ全域に対して攻撃があるなら、本部にだって必ずある。だったら、この本部を攻めようとしてる奴らのやり方は? いつ、どうやってくる?


「もうっ、この忙しいのにお菓子の差し入れ? 重っ! 誰よこんなに大きいの送ってきて。邪魔だからそっち置いといて!」

「まあまあ。もう少ししたら交代で休憩にしようよ。その時には甘いものがあったほうが嬉しいじゃん?」

「みんな睡眠時間少ないからなー。ストレス解消と疲労回復にお菓子タイムにしよっか」

 暢気な会話がどこか遠くから聞こえるような気がした。


 ――ふと、適当に置かれた大きな菓子箱に目が留まる。

 ――直後、猛烈な魔力の高まりが膨れ上がった。血の気の引く嫌な予感に怖気が走る。


「ぜんいんっ、伏せなさい!」


 咄嗟に叫んだ。半分裏返ったような声だったけど、出ただけマシだ。

 凍り付いたような時間の中で、意識だけが加速してスローモーションのように時の流れが遅くなる。


 半自動的に展開するアクティブ装甲。刹那の時間で多重展開するも、ピンポイントで防御することに特化したこの装甲じゃ、事態の打開には何の役にも立たない。


 絶望を食い破ろうとする強い意志。

 しかし、間に合わない。足掻いても、どうにもならないことはある。奇跡なんて、都合のいいことは起こらない。

 仲間を守るべく発動させた新たな魔法は、間一髪で間に合わなかった。


 戦闘団レベルには鍛えられてない事務局メンバーが多くいるこの場面。咄嗟の判断で身を守る行動が取れたのは、限られた少数だけだった。どこか遠い意識のなかで、私はそれを把握した。



 激しい光と衝撃波がアクティブ装甲の隙間を通して私を吹き飛ばす。

 壁に叩きつけられると同時、身体を押し潰すような重さが圧し掛かる。肺が強く圧迫され、息が止まった。

 高温を伴った衝撃は容赦なく文字通りにこの身を焦がし、焼き尽くさんとする。

 本部の室内だったがゆえに、外套の守りはない。全身が無防備に焼かれる。


 目が見えない。鼓膜が破れたのか音もまともに聞こえない。

 どうしてか身体は痛みを感じない。不思議と熱さも感じない。むしろ、なぜだか冷たさを感じた。

 込み上げる恐怖。


 得体のしれない恐怖感に思わず悲鳴が漏れかける。

 息の止まった状態じゃ声も出せず、ただ焦燥だけが膨れ上がった。


 混乱。そうだ、私が感じてるのは激しい動揺。


 なにかが起こった。そして、なにもできなかった。

 最高戦力たる私がいたのに、なにもできなかったんだ。

 力が足りなかった。考えが足りなかった。疲れがあった。それでも油断はなかったはずだ。あんな直前まで膨大な魔力に気づけないなんて、普通じゃない。小細工にしてやられたんだ。

 いや、もう理由なんかどうでもいい。ただ、取り返しがつかない。


 失うことの恐怖。

 死ぬことの恐怖。

 覚悟してたつもりの恐怖。


 状況を確かめたいけど、身体が言うことを聞かない。それどころか全身は重くなる一方だ。呼吸すらままならず、思考が霞む。

 今までにない恐怖を抱えながら、闇のなかで途方に暮れた。


 このままでいれば、私は死ぬ。

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