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不吉の使者

 早朝のトレーニングを終え、ゆっくりと朝風呂に浸かる。

 汗を流し、まだ朝のうちからの贅沢な時間だ。

「はぁ~~~。極楽、極楽」

 寝転がるような姿勢で体を伸ばし、つい肩など揉んでしまう。ぬるめの湯に全身を浸してると、リラックスして頭も明瞭になる気がする。

 随分と厄介な状況になってるからね。気づかぬうちにストレスだって溜まってくる。こういう時間はやっぱり必要ってことね。

 よし、せっかく頭がクリアになってるんだ。状況を整理してみよう。


 レギサーモ・カルテルの襲撃に端を発した一連の事件。

 蛇頭会がいつの間にか壊滅し、マクダリアン一家を含めた一部の裏社会の組織は、よりにもよって総会の場でトップが殺されてしまった。一時は壊滅した蛇頭会を除く五大ファミリーを中心に結束してたものの、トップが殺された組織は一向に解決しない事件に業を煮やして暴走を始めた。

 ここでガンドラフト組は、アナスタシア・ユニオンこそがレギサーモ・カルテルを手引きした裏切り者だと断定した。根拠は不明だけどね。

 即座に襲撃を仕掛けるガンドラフト組と、それに食いついたマクダリアン一家。


 私たちはアナスタシア・ユニオン総帥の妹ちゃんを助けるため、襲撃に割って入りガンドラフト組を撃退した。

 マクダリアン一家が到着する前に撤退はできたけど、どう考えてもウチはアナスタシア・ユニオンと組んでると思われても仕方ない状況よね。


 実際のところ、アナスタシア・ユニオンが黒幕かどうかは分からない。妹ちゃんがそんなことをするとは思えないけど、一枚岩とはならない大きな組織なら可能性はある。ただ、ガンドラフト組が拙速に攻め込む意味も分からない。どうせなら他に根回ししてからやった方が上手くいった可能性が高い。それをしなかった理由だってあるはずだ。


 アナスタシア・ユニオンとガンドラフト組は完全に敵対し、マクダリアン一家はもう誰にでも噛みつくほど怒り狂ってる。

 昨日の時点でまだ動きのなかったクラッド一家も、今日には方針を打ち出すだろう。のんびり構えてられる状況じゃない。

 そして肝心のレギサーモ・カルテルの動向は依然として不明なまま。


 この状況でキキョウ会はどうするべきか。

 受け身なのは好きじゃない。好きじゃないけど、積極的に動くべき目標も見当たらない。クラッド一家の歩調に合わせるのが処世術としては正しい気もするけど、奴らだって自分の都合で動くはずだ。そこに乗っかってやるのは、はっきり言って気に食わない。気持ちはともかく、ウチも自分のとこの利益を優先し、やっぱり乗っかるというか歩調を合わせるのがベストか。うーむ、そうはいっても判断材料がないままに流されるのも違うし、なかなかに難しい。


 ただ、好きに状況を選べるかどうかすら分からないのが現状だ。もっと、強くならないとね。

 そういや王都でもレギサーモ・カルテルは暗躍してるっぽかったわね。そっちは王都の連中に任せるとして、なーんかスッキリしない。単純に殴り合って解決って風には、なかなかならないらしい。


 うーん、考えてると気が滅入ってくる。やめだやめだ。考えるのはそれが得意なメンバーに任せよう。

 考えを放棄すると、頭の先まで湯に浸かって、ぶくぶくと息が続くまで吐き出した。



 朝も早よから幹部が雁首揃えて集合してる。

 今日、これからどうするかを話し合うんだ。まさかいつもと同じに過ごすわけにもいかないからね。

 以前に比べて大幅に増加した幹部だけど、若衆から昇格した幹部たちはまだ慣れないらしい。緊張した面持ちで古参の幹部が話し合う様子を見守ってる。まぁ慣れの問題だろう。

「結局よ、昨日の今日で分かったことなんか、大してねぇってことか」

「そういうことですね。ガンドラフト組は襲撃後に沈黙を保ったままですし、マクダリアン一家はアナスタシア・ユニオンのシマで暴れているだけです。クラッド一家もまだどうするか決めかねているというか、状況を見極めている段階なんでしょうね」

「アナスタシア・ユニオンはどうなってるんですか?」

「あそこは末端まで含めて姿を隠してます。わたしたちでも動向までは掴めませんが、おそらくは報復の機会を狙っているんじゃないかと」

 それはそうだろう。世界に名を轟かす武闘派のアナスタシア・ユニオンだ。おめおめと逃げ出すなんて、できるはずがない。ここの出方もまた不確定要素になるわね。妹ちゃんがいる限り、ウチに敵対するとは思えないけど。


「新聞ギルドのほうはどうなってる?」

「今のところは暴れているマクダリアン一家の非難に終始するみたいです。静観といったところでしょうか。ただ、雑誌社はあることないこと書き立てるようで、そちらはどうにも……」

「めんどくせぇ、そっちは好きにやらせとけ。あんまりふざけたことやらかすようなら、その時には教えろ。あたしがシメてきてやる」

 たしかに、この忙しい時に構ってる暇はない。ガンドラフト組が流す下らない噂だって、ここぞとばかりに書き立てる雑誌が出ることは想像に難くないし、忙しいからいつものことと、ある程度は見逃すつもりではいる。ただし物事には限度がある。余りにも酷い場合にはいつかのように思い知らせてやるだけだ。


 とにかく今のところ動きはないか。まぁまだ朝なんだし、動くとしてもこれからか。

 じゃあ今日のシフトだけガッチリと組んでおこう。

「みんな、今日は守備を重視で様子を見るわ。いい? まず警備局は総出でエピック・ジューンベルの警備。本部には私が詰めるから、そっちに集中して。ゼノビア、頼んだわよ」

 いつもならこの本部の警備も任せてるんだけど、今日は特別シフトだ。あの超高級ホテルに対する攻撃は絶対に許すわけにはいかない。

「敵の卑劣さは十分に理解しているつもりだ。こっちは任せてくれ」

 ゼノビアでも防げないなら仕方ない。でも上手くやってくれるだろうと信じてる。


「戦闘団は半分をシマの巡回に出して。残りは本部待機と支部にも待機しておくこと。なにかあったら即座に出撃。戦闘団の割り振りは団長たちに一任するわ。戦闘支援団もシェルビーに割り振りを任せる」

「おう、こっちも任せとけ」

 席を離れて話し合いを始める団長と副団長。シマといっても広さがあるから、何かが起こったとしても完全に防げるもんじゃない。できるだけ被害が少なくなるよう、巡回コースの分散や待機メンバーの人数決めも重要なポイントになるだろう。


「グラデーナはフウラヴェネタのところに。万が一にも見習いに被害が出ることは避けたいわ」

 弱いところを攻めるのは定石だ。襲撃を受ける可能性は十分にある。本部付直率若衆も出せば、最悪を想定しても時間くらいは稼げるはずだ。

「おう。フウラヴェネタから見習いどもには話しとけよ」

「ええ、お任せください」


 あとは昨日と一緒かな。マーガレットとジョセフィンはいつもより大変だろうけど。

「そうだ、ローザベルさんとコレットさんは、どっちかが支部に行ってくれない? そっちにも治癒師がいてくれると、安心感が違うからね」

「ふっ、わしが行ってやろう。菓子をたんまりと用意させておくんじゃぞ」

 いつものようにぶつぶつと冗談を交える姿が頼もしい。

 まぁこんなもんか。

「じゃ、あとはいつもどおりに。だけど、必ず動きはあるわ。なにかあったら、すぐに知らせること。いいわね?」

 元気のいい返事が上がるのを聞くと、なんだか満足した。



 警戒態勢の一日を送ってると、午後になって情報局が新情報をちらほらと報告してきた。


 まずは暴走状態のマクダリアン一家についてだ。奴らの異常な暴走には、どうやら理由があったらしい。ボスが殺されて怒り狂うのはいいとして、それだけが原因じゃなかったってことね。分かってしまえば理由は簡単だった。


 マクダリアン一家のボスがまだ健在だったころ、ボス自身が引退するのはまだまだ先になるはずだった。次代を担う立場の人間、つまり後継者が明確に決まってたわけじゃない。それどころか現時点での跡目候補は複数人も名乗り出る状況になってるらしい。

 情報局の調べた限りだと、我こそがというのが五人。

 そいつらは死んだボスの息子、それも長男と次男。若頭の立場にいたナンバーツー。頭角を現しつつあった中堅や、血気盛んで上昇志向の強い若手。ボスが生きてる時に跡目が正式に決まってれば良かったけど、そうはならなかった。突然、死んでしまった。


 残されたマクダリアン一家にとって、レギサーモ・カルテルとそれを手引きした組織は明確な敵だ。その敵を討ったとなれば、組織の中での立場は抜群に強固なものとなるだろう。

 敵を討った者が、次のボスになる。こうなるともう競争だ。組織はまとまるどころか派閥ごとに好き勝手に行動し暴走状態に陥る。仇討ちだけじゃなく、手柄になりそうなことなら、ついでとばかりになんでもする。他の組織と歩調を合わせるなんてやってたら、競争相手に抜け駆けされる。相互不可侵協定なんて守ってる場合じゃない。五大ファミリーとしての力があれば、後からどうとでもできるって思惑もあるんだろう。傲慢にもね。


 もう内部抗争に近いレベルの跡目争いだ。なまじ派閥同士の力に差がないこともあって、競争が激化してるらしい。たぶん、行き着くところまで行かないと、奴ら自身でもどうにもできないだろう。


 暴れるマクダリアン一家と歩調を合わせるように同じく仇討ちに躍起になる別の組織、単に便乗して暴れまわる不届き者。エクセンブラのカオスな状況はますます深刻化してるらしい。


 それとガンドラフト組の動向だ。こいつらは今朝から活発に主要な組織に接触してるらしい。裏社会の組織に止まらず、ギルドや商会、行政区なんかにもね。具体的に何をしてるのかは、これから徐々に判明していくだろうけど、ちょっと嫌な感じだ。



 さらに王都からの情報も入ってきた。

 情報源はオーヴェルスタ公爵家で、もちろんロスメルタが絡んでる話だ。私たちが王都を出てから間もないけど、速報を送ってくれたんだ。

 レギサーモ・カルテルは王都でも暗躍してるみたいだし、そっちも少しは気になってたからね。なにも分からないより、こうして教えてくれるのはありがたい。


 結論として、王都にレギサーモ・カルテルを引き入れたのは、裏社会に特段の影響力のある貴族だった。そいつはゲルドーダス侯爵家。懐かしい名だ。

 かつては私を拉致し、キキョウ会と対立、実行部隊を殲滅して没落に追いやった存在だ。今ではオーヴェルスタ家の軍門に下ったはず。ただし、元とはいえ王都の暗部を仕切る家柄だったんだ。長年のノウハウや伝手が消えてなくなるわけじゃない。たしかに、奴らなら麻薬カルテルとの繋がりがあっても不思議じゃないだろう。

 でも、ゲルドーダス家の当主はロスメルタと敵同士ではあっても、どこか悪友めいた雰囲気もあった。それに権力闘争はあったにせよ、王都をピンチに導くようなレギサーモ・カルテルとの結託を選択するとは考えにくい。なにかあったのか、という疑問にも丁寧に回答があった。


 ゲルドーダス侯爵家は、つい最近になって当主が交代した。代替わりの混乱ってのは最近よく聞く気がする話だけどね。

 交代の理由は単純で、老齢の前当主は病気で死去したらしい。万能に近い魔法があるとはいえ、万能に近いだけで決して万能じゃないからね。例えば死者蘇生はできないし、老衰での死を防ぐことも無理だろう。病気だって、あまねく全てを治せはしない。伝説の第一級魔法が使えれば違うのかもしれないけど、最高でも第二級までしか使えない現代の魔法使いじゃ不可能はいくつもある。まぁ大抵はどうにかなるんだけど、無理なことだってそれなりに多い。


 とにかく、かつては暗部を仕切る立場にあったゲルドーダス侯爵家の当主は交代した。実質的にはもっと前から交代してたようなものだろう。息子の名前は覚えてないけど、たしか奴はロスメルタを随分と敵視してた記憶がある。こいつが中心となって暗躍してたって話だ。


 それにしてもなんでオーヴェルスタの陣営にレギサーモ・カルテルの情報が漏れたのか? これはゲルドーダスにとっては致命的な情報漏洩のはず。これも答えは簡単で、単純に地力の差が表れた結果らしい。

 ゲルドーダス侯爵家の状況を客観的に見ると、当代は先代と比べればまだまだ経験の浅い息子。それに加えて全盛期に比べて遥かに劣化した組織力。

 対するは王国の歴代でも最高の『力』を有したオーヴェルスタ公爵家だ。組織力や情報力、実質的に取り仕切るロスメルタ自身のカリスマや優れた能力などなど。もうとっくにゲルドーダス侯爵家とは比較にならない差が生まれてる。


 覆しようがない力の差だけじゃなく、ゲルドーダス家当代の認識の甘さもあると推測される。昔の力と今の力、自分の力と相手の力の差をきちんと認識できてないんだろう。

 あれだ。久しぶりに運動したおっさんが、若い頃の感覚でやろうとして怪我するのと似たような感じかもしれない。今現在の自分の力を全く把握できてないからそうなる。代替わりして長いわけじゃないから、ある程度はしょうがないのかもしれないけどね。


 まぁ王都においての黒幕が分かっただけで、なにも解決はしてない。ただし、状況報告とは別の、ロスメルタからの私個人宛の手紙にはこうあった。



『親愛なるユカリノーウェ


先日はどうもありがとう。久しぶりに楽しかったわ。

わたくしと離れ離れになって、あなたもさぞや寂しい思いをしていることでしょう。逢いたくなったのなら、いつでも歓迎するわよ。

そういえば、あの後あのボンクラがね――


(しょうもないことばかりなので大幅に中略。)


あ、そうそう。こっちの事は気にしなくてもいいわよ。どうにかするから。


あなたの心の友人より』



 どうでもいいことが長々と書いてあったけど、そこはいい。重要なのは最後の一文だ。

 こっちのことは気にしなくていい、とロスメルタはわざわざ書いてきた。つまりは私たちが王都を気にする必要がないってことだ。約束した物資の支援はするけど、それ以外は不要ってことだろう。


 今まで、王都の平穏はエクセンブラの平穏に繋がってると考えてきたからこそ、キキョウ会はロスメルタに力を貸してきた。ロスメルタもまた、キキョウ会の力を使うことを躊躇わなかった。それが今回、わざわざ無用と言ってきたわけだ。だったら向こうのことは心配ないと考えて間違いない。

 まぁ王都の事は王都の連中に任せようとは思ってたけど、あのロスメルタが言い切るからには、本当に心配無用と思っていい。心の片隅に引っ掛かるようにあった懸念もこれでなくなる。こいつは朗報よね。



 警戒態勢での待機中。時折入る報告を聞く以外はぶっちゃけ暇だ。私は当然のように時間を無駄にはしない。

 ただじっと座ってるように見えて、身体強化魔法の出力を限界まで振り絞り、その先を目指す。清流の如く静かで乱れのない魔力は、外部には一切、猛り狂う魔力を露出させずに、周囲にそれと気づかせない。

 同時に鉱物魔法と精密な魔力操作とで、宝石を花の形に彫刻する。職人が手掛けた珠玉の作品をお手本に、完成度に加えて速度も意識する。


 マルチタスクをもっと拡充させる。

 今度は回復薬の生成まで同時にできるか手を伸ばす。下級ならなんとか、中級になると今は厳しい。だからこそ、訓練で伸ばす。今は難しくとも、いずれは上級まで楽にこなせるようになるはずだ。そうなれば、今度は複数の回復薬を、あるいは別の魔法薬の同時生成を。

 先を目指すことにはキリがない。だけど、面白い。思いつく限りどこまでだって、きっと私は行くことができる。



 密かに充実した訓練の時間を送ってると、いつの間にか夕方だ。日暮れの優しい光が教えてくれた。

 頭の疲労でボーっとしてると、どうやら訪問者があったらしい。いつものように、シマの連中の相談事か、誰かの贈り物か。あー、疲れてるわね。

「ちょっといいですか、会長。商業ギルドのジャレンスさんがお見えです」

「……ああ、うん。え、ジャレンス?」

 意外な名前に、ぼけっとした頭が働き始めた。アポなしでくる場合には、いつだって厄介事を持ってくる奴だ。

「ユカリノーウェ様、お時間よろしいですかな?」

 玄関の方に目を向けると、当の本人が腰を落ち着けるでもなく、そのまま呼び掛けてきた。

 はぁー、絶対に厄介事ね……。


今回は状況説明回となっています。そこそこ多めの文量ですが、話が進んでおらずすみません。

複数話にまたがったエピソードで話が複雑化してきていますので、ここでなんとなくでも整理いただければ。

そして次話「投じられた猛火」に続きます。ここからが正念場です。


追伸です。

最近は少しは味気のあるようにと、あとがきを残すようにしていましたが、諸事情により次回からしばらくの間は書かなくなる予定です。(特に求められているとも思っていませんが……)

何かお伝えしたいことがある場合には、活動報告に書いている可能性はありますので、よかったらそちらも時々はチェックしてみてくださいね。

(ちなみに今日は書いていませんので、チェックはご不要です。)

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