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赤い霧の攻防

 とにかく、分からないことを気にしてる場合じゃない。一つひとつ、片付けよう。

 まずはそうね、邪魔な遠距離攻撃をなんとかしたい。いくら頑丈なアナスタシア・ユニオンの連中でも、一方的な攻撃と正気を失った身のこなしじゃ長くは持たない。


 それと赤い霧。なんか毒みたいだけど、これはなに?

 まぁいい。色々と疑問はあるけど悠長に考えるよりも今は行動だ。

「これ以上は、やらせないわよ」

 一息に対魔法装甲で支援、妹ちゃんたちを囲むように多重展開した盾で、遠距離攻撃を遮断した。

 次はこの霧か。どうにかしたいけど、その前にこの空間から脱出させたほうが早そうね。


「お姉さま、これは……」

 聞き慣れた可愛らしい声の持ち主が隣に立った。いいタイミングね。応援があれば打てる手も増える。

「きたわね、ヴァレリア。ひとまず妹ちゃんたちへの攻撃は遮断してるけど、この赤い霧が良くないわ。盾の一部だけ開けてあるから、この空間から順番に連れ出してやって。退避先はそうね、私の背後、建物の中にしようか」

 疑問に思うことはたくさんあるだろうけど、まずは動いてもらう。それに私だって見たまま以上の説明はできない。

「でもお姉さま、同士討ちをしているように見えます。あれは?」

「分からないわ。たぶん、この赤い霧のせいとしかね。暴れてる奴らは殴り倒していいから。いける?」

「やってみます!」

 頼りになる妹分だ。疑問が晴れなけりゃ動けないような奴は頼りにならない。今は考えるより先に行動することが重要な場面。私たちは助けるためにわざわざきたんだからね。


 妹ちゃんたちに近づこうとする動きを狙って撃ち込まれる攻撃は、通路のように追加の盾を展開して遮断する。これに加えて敵の排除も順次進めなくては。やられっ放しは性に合わないし、好きにやらせておくのは癪に障る。弱った妹ちゃんへの攻撃、それを助けようとするヴァレリアへの攻撃。どっちも万死に値する愚行だ。私が敵に容赦する理由は一つたりとも存在しない。


 魔法攻撃がやってくる方向を探れば、敵がどの位置にいるかはすぐに知れた。

 なるほど、裏庭全体を囲い込むように散らばってる。包囲網による安全圏からの遠距離攻撃。密度もあるし徹底した戦法には、ガンドラフト組のある種の決意を感じさせる。

 それにしてもこの赤い霧。風魔法か何かで空気の流れが固定されてるのか、拡散する様子がない。試しに風を起こして吹き散らそうとしてみるけど、ドーム状の空間の中でかき回されるだけだった。


 とにかく敵を減らす。こっちにも撃ち込まれる攻撃はアクティブ装甲の守りを突破できない。無視だ。

 自動的に行われる防御の隙間からは、狙い澄ました鉄の剛球を放る。

「ちっ、面倒ね」

 包囲された敵を全部倒そうとするなら、相当な時間を要する。まとめて倒す手がないわけじゃないけど、切り札を使うのはできれば避けたい。適当なところで撤退してくれると助かるんだけどね。


 鉄球を投擲して少しずつ包囲を崩しながら、この状況を考える。

 この赤い霧は毒で間違いない。それに薬魔法適正持ちの私には、これがどういった毒なのかも、集中して探りを入れればある程度は看破できる。こいつは普通の毒とは違う。毒は毒、それもマヒ毒で身体機能の一部を奪うような類がメインなんだけど、さらになにがしかの魔法薬が混ざってるような代物だ。しかも何種類もの毒がブレンドされた結果、状況からして幻覚剤のような症状を生み出すらしい。なるほど、意図してそうしたのか偶然かは不明だけど、毒ガス攻撃で制圧する戦法を使ってるのは間違いない。即死するような毒じゃないのは、あえてそうしてるのか使えない理由でもあるのか。


 こうなってくると、単純な回復薬での対処はできなくなる。そもそも毒が強力だから、ランクの低い回復薬じゃ効果は薄いし、こんな風に持続する毒ガスの空間を作られたんじゃ、離脱しないと上級の回復薬を持ってても意味がない。即効性のある毒なら、離脱自体も困難になるし。


 毒対策くらいどこの組織だってやってるはずだけど、ここまで凝られると対策ってのもなかなか難しいものがある。そういう意味でもキキョウ会は特別だ。

 無論、私たちキキョウ会に毒ガスは効かない。上級魔法に相当する浄化刻印がこの外套には刻まれてるからね。シャーロットの刻印魔法は完璧に作用して、私を毒のフィールドから守ってくれてる。多少の精神的な忌避感はあっても、恐れる必要はまったくない。


 上級浄化魔法の使い手とその上級魔法を再現する刻印魔法の使い手、さらには上級相当の刻印魔法に耐え得る素材の確保。この全部が揃ってないと、毒ガスを完全に無効化するなんて特殊な装備は作れない。いくら金を積んだって、そう簡単には実現できない代物なんだ。しかも数を揃えるなんて、それこそ莫大な予算に加えて権力まで兼ね備えてなければ無理な相談だろう。

 この状況で一人だけ正気を保ってた妹ちゃんも、立場からして毒対策の特別な魔道具を所持してるんじゃないかと思われる。


「あーもうっ、キリがない!」

 結構な数の敵を倒しても、攻撃の圧力が弱まった気がしない。それに肝心の毒霧空間を保持してる奴が分からない。狙って倒すことができない以上、運任せだ。

 赤い霧は即死するような毒じゃないけど、長時間晒され続ければ死に至る。早く処理したいと、どうしても焦りが出る。ああ、そうか。この場を私とヴァレリアだけで処理する必要はない。連れがいるんだし、素直に応援を呼ぼう。

「ポーラ! 裏庭の掃除、手伝って!」

「……おうっ!」

 頼りになる武闘派を大音声で呼びつけると、即座に応える勇ましい声。続けて上の階の窓ガラスを突き破って、イカツイ女が登場した。くるりと回って綺麗に着地を決める。

「うぉっ!? なんだこれ?」

 カーテンかなにかで遮られてたのか、外の様子は知らなかったみたいね。カッコ良く登場したけど、かなり驚いたらしく挙動がおかしい。まぁ、ビックリするわよね。

「こいつはただの毒霧よ。落ち着きなさい」

 アクティブ装甲の内側に呼び寄せながら簡単に説明する。

「げっ、毒かよ。外套がなきゃ危ねぇとこだな。それで、どうすりゃいい?」

 毒と聞いて一瞬だけ怯んだっぽいけど、すぐに刻印魔法を思い出して落ち着いた。浄化フィールドは身体の線に沿うような極薄い範囲にしか作用しないからね。毒霧空間にいるってのは、普通ならかなりの忌避感があるもんだ。いくら外套があるといっても、平然とできる私たちが異常なのは自覚しておくべきだろう。

「毒の発生源を潰したいんだけど、それが魔道具か魔法使いか分からないわ。それに空間が固定されてて風で散らせないのが厄介になってる。毒と空気の固定、どっちも魔法使いの仕業ならさっさと倒したいから、周辺にいる奴らをなんとかしてきて。どっちかを倒せれば、この状況は脱せるから」

 ぼんやりと薄く光る外套の刻印が気になるのか、そこに手を当てながら聞くポーラ。

「おう、手当たり次第に倒せばいいんだな? だったら任せろ!」

 切り替えの早い武闘派の女は、説明を聞き終えると即、獰猛な笑顔を浮かべて突撃していった。ちまちまと投擲で倒すよりか、よっぽど早く処理してくれるだろう。


 入れ替わるように救助役をやってくれてるヴァレリアが、目的の妹ちゃんを抱えてきた。暴れてた獣人たちの対処も終わったらしい。こっちも仕事が早いわね。さすがだ。

「お姉さま! 盾の中の全員を倒して、あと回復薬も使いました。順番に連れ出します」

「うん、私は守りと支援に徹するから、残りも頼んだわよ」

 妹ちゃんは限界だったのか意識はない。ただ、間違いなく助けられる。これから助ける連中も回復薬で一時的に持ち直しただろうし、最悪は回避できたわね。


 背後の妹ちゃんとヴァレリアに意識を割きながら、敵の攻撃を完全にシャットアウトする。さらにはポーラを手伝うべく、彼女がいるのとは違う方角の敵へ鉄球をぶち込み続ける。こうしてるうちに建物内部での戦闘音がほとんどしなくなった。

「会長! え、これは!?」

 状況報告に若衆がきてくれたみたいだけど、毒霧にいちいち驚かれて、その度に説明するのも面倒だ。

「毒よ。裏庭は毒霧が満ちてるけど、私たちキキョウ会が怯む必要はないわ。あんたが全員に伝えなさい。それで?」

「あ、はい! 内部の敵は排除し、助けられる人は全員助けました。ポーラ団長はどちらに?」

 もうそこまで終わったか。建物内の掃討が終わったなら、あとは外だけ。前庭はボニーたちがまだやってると思うけど、問題はこの裏庭ね。

「周辺の敵の掃討をやってるから、第五はこっちを手伝いなさい」

 彼女は頷くと即座に動くべく団員を呼び集め始めた。


 若衆に準備させてると、背後のアナスタシア・ユニオンの連中が意識を取り戻したらしく、徐々に騒がしくなる。

「お、お嬢!? し、しっかりしてくれ、お嬢!」

「クソッ、ガンドラフト組の野郎どもはどこだ!?」

「こそこそと不意打ちしかできねぇ、腰抜けどもが! ぶっ殺してやる!」

 攻撃の手を止めて後ろの様子を窺う。元気になったのは良いけど、毒霧が片付いてないし、勝手に入り込んだウチだっている。なんかややこしくなりそうね。私たちの存在が余計な混乱を招きかねない。

「おい、トニーはどこだ!? おいっ、俺と一緒にいたはずだ!」

「みんなはどこにいったんだ? あ、誰か倒れてるぞ!」

「こっちもだ、まだ向こうにもいる! 回復薬持ってこい!」

 助けられる範囲で力を尽くしたはずだけど、到着した時点ですでに十分ヤバい状況だったんだ。犠牲者が多くてもなんら不思議じゃない。

 潮時ね。妹ちゃんのピンチは脱したし、もう引き上げたいところだけど。


 ここでポーラが戻ってきてくれた。

「ユカリ! ガンドラフト組が撤退を始めやがった。近くにはもういねぇはずだが、霧が晴れねぇぞ!」

「逃げた?」

 復活しつつあるアナスタシア・ユニオンに気を取られてるうちに、敵は引き上げたらしい。

 高級幹部が居ないとはいえ、五大ファミリーの一角を追い詰めた状況で随分とあっさりしてる。イレギュラーに対する引き際としては潔いんだろうけど。

「たぶんだが、この場の指揮官みてぇな野郎を倒したからだ。あたしも無傷とはいかなかったがな。それよりも毒霧だ」

 赤い霧のせいで気づかなかったけど、よく見れば血まみれじゃないか。顔や髪が血で汚れてるのは返り血だけじゃないみたいね。もう完全に治ってるけど、ウチの戦闘団長に手傷を負わせるほどの奴がいたとは。


 敵が引き上げたのはいいとして、毒霧をそのままにはしておけない。普通に邪魔だ。

「……魔法使いの仕業じゃないなら魔道具か。だったらもう、全部ぶっ壊す!」

 アナスタシア・ユニオンの連中も、この毒霧がなくなるなら文句はないだろう。


 裏庭の環境を保持するためと思われる魔道具や警備のため思われる魔道具が随所にある。これのどこかに敵のが混ざってるはずだ。

 ひとつずつ確かめながらなんてやってられない。一気にぶち壊す。

「ヴァレリア、今だけストップ!」

 救助で移動中のヴァレリアを止めると、周辺に感じる魔力反応を貫くように鉄のトゲを一斉に生やした。

「お? よっしゃ、行くぜ!」

 風の結界みたいなのを形成してた魔道具が壊れたらしく、毒霧が拡散を始める。これをポーラが風の魔法で上方に押し流すと、やっと赤い視界がクリアになった。


前回と今回は今後における前哨戦といった感じでしょうか。敵対組織のやり方が少し判明しました。

アナスタシア・ユニオン邸宅における戦いの結果は次話に続きます。

次回はその次のエピソードの準備も含めたお話となる予定です。

次回「身近にある死の危険」に続きます。よろしくお願いします。

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