エクセンブラ商業ギルド
ゆっくり起きても良い予定のはずが、習慣で朝は早く目が覚めてしまう。
寝坊助なのが数人はいても多くは日の出くらいに目を覚ます。だいぶ早起きだ。
まあ酒でもあれば別なんだろうけどね、夜に起きててもやることがない。しょうがなく早寝早起きしてると言えなくもない。
朝食前に体操をして、そこら辺を軽くランニング。筋力トレーニングもやって軽く汗をかくと、浄化魔法で汚れを落す。本当はお風呂に入ってさっぱりしたいんだけどね。そんな贅沢は街に着くまでの我慢だ。
朝食には持ってきた食材がまだ余ってるんで頑張って消化する。街に入ったら店で食べるし、余らしてもしょうがない。
雑談しながら食休みをすると、ちょうどいい時間になった。
「そろそろ行くわよ!」
私は色々と不慣れだから、街に入る際に運転はせず、後ろで大人しくしてることにした。
野営してた所からも見えてはいたけど、門にはチェック待ちの車両が列を成してる。
これが思ったよりも時間がかかる。各人のレコードに期限付きの査証のようなものを登録するらしい。それを破れば犯罪行為になるし、滞在を延長する場合には別途料金がかかる。
最初は無料らしいんで特に支払いは発生しないけど、住民登録する場合にはこれまた料金が発生するようだ。
滞在について細かいこと言えば、ケースバイケースで料金が発生したりしなかったりとあるらしいけど、いまのところ私たちには無関係ってことらしいんで気にしない。
うん、めんどくさい話はなるべくスルーしたい。
「レコードの確認と登録だけではなく、積荷のチェックもされています。そこで時間がかかってます」
「へえ。トラックの積荷なんて、全部調べてたら大変だろうにね。なんか便利な魔法とかないの?」
「程度の低い魔道具で調べたんじゃ、いいネタを見逃すこともあるかな。真面目な振りして、獲物を探してんのさ」
「ああ、なんかイチャモン付ける機会を狙ってるわけね」
だとしたら、私たち女ばかりの一行は大丈夫なんだろうか。
お宝だって積んでるし、かなり不味いんじゃ?
「大丈夫ですよ。お宝はシートの下に隠してますし、丁寧な挨拶は最初にしときますから」
ジョセフィンがそう言うなら大丈夫なんだろう。こうした場面は初めての私が、どうこう言ってもしょうがない。
微妙に緊張しながらチェックの様子を密かにうかがってると、ようやっと私たちの番がまわってきた。
数人の係員が私たちの車両に取り付いて仕事を始める。
これまでずっと様子を見てたけど、思ったよりは丁寧な印象があった。丁寧ってよりはフレンドリーかな? 私たちの車両に対しても、特に横柄な態度はいまのところ見られない
穿った見方をするなら、私たちを『誰かの女』かもしれないってリスクを多少なりとも考えてたりね。
「全員、レコードを出してくれ。それから積荷を確認するから協力してくれな」
「レコードは全員分まとめときました。こちらを確認してくださいね。あ、荷台も開けてますから、どうぞご自由に」
代表してジョセフィンが応じ、レコードカードの束と一緒に小粒の宝石を手に握らせた。
なるほど、賄賂か。こうすればスムーズに行くわけね。分かりやすい。
手の中をチラッとたしかめた男は、仕事仲間に首を少しだけ振る合図のようなジェスチャーを送った。
「……ご協力に感謝だ。滞在の目的はなにかな?」
「えー、しばらく滞在してみてから、街に合えば住民登録しようかなと。いまのところはそんな感じです」
「だったら住民登録の際には、審査があるから行政区に行くといい。それから、えー、積荷にも問題ない。ようこそ、エクセンブラへ!」
宝石を渡したあとの検査は明らかに手抜きだった。私たちは車両から降ろされてもないしね。
とにかく無事に入れるみたいで、密かにほっとした。
それにしてもだ。賄賂は別にして、門番たちの態度は意外なほど良かった。もっと雑に扱われるのかと思ってたのに、第一印象としてはなかなか悪くない街だ。
まあ考えてみれば門番は街の顔でもある。誰もが門を通って出入りすることを考えれば、街の評判そのものに直結する職業とも言える。物腰丁寧までいかなったとしても、人当たりの良い仕事をするのは当然かもしれない。
ジープに乗ったまま大きな門を通過すれば、広々とした目抜き通りが真っ直ぐに続く。
多くの街の場合、どこかの広場を中心にギルドが集まる傾向にあるらしい。エクセンブラも例に漏れず、一番大きな中央広場に各ギルドの建物が集まってるようだ。商業ギルドもきっとすぐに見つかる。
ゆっくりと徐行しながら中央に向かって進む。
車両は通常、一部の金持ちや商人以外が個人で所有することは珍しいから、街中を走る車両の数は少ない。街中での移動には、徒歩か自転車代わりのキックボードみたいな魔道具が主流になってるようで、軽快に移動する多くの人を見かけた。
私はおのぼりさんみたいに、キョロキョロと周りを見回してしまう。
職人の街らしく、オシャレよりも実用性といった感じの服を着た人が多い。進むにつれ、人も屋台も多くなって活気を感じる。
ただし、良い面ばかりじゃない。
活気のある街の雰囲気にそぐわない、暗い顔をした人々も数多く見かけた。おそらく難民だろう。貧しい身なりで獲物を狙うような目付きの男たちもいる。隣国から流入した人々も少なくないと思えたし、お世辞にも治安が良いとは言えそうにない。
第一印象は悪くないにしろ、腕力と度胸のない奴が一人で歩くのは止めておくのが良さそうだ。特に夜はね。
ローターリーみたいになってる中央広場と思しき場所に出ると、周囲はかなり大きな建物がひしめく場所だった。
それぞれが特徴的な看板を掲げ、どのギルドだというのが一目瞭然になってるらしい。お陰で目当ての商業ギルドはすぐに見つかった。
商業ギルドは商人の出入りを想定して、トラックのような大型車両も駐車できるよう、大きな地下駐車場を備えてあった。
魔法と魔道具による建築や様々な人工物は、私の故郷に劣らないどころか凌駕するクオリティの高さを感じさせた。見ただけじゃよく分からない物もたくさんある。どこもかしこも好奇心を刺激してやまない。
うん、やっぱり必要最低限の収容所と、無駄が溢れたシャバは違う。なんだか無性に楽しくなってきた。
車両の駐車は商業ギルドに用事のある人なら誰でも可能で、特に問答されることもなく係員の案内で駐車できた。
女の一行が珍しいのか、ジロジロと見られる不愉快さを除けば問題はない。
商人ギルドに入ってぞろぞろと移動する。
こっちは理事の客だ。不慣れ場所でも知らない人だらけでも、まったく遠慮はいらない。
さり気なく全体に目を走らせる。
フロアの奥には大きな受付カウンターに小奇麗な受付嬢たちが控え、周りを見ながら待機する警備員も待ち構える。
多くの商人らしき人たちが受付でやり取りしてるのが見えるんで、商売繁盛って印象だ。ひょっとしたら戦時特需でもあるのかもしれない。かなり賑わってる。
少し様子を見てから空いたカウンターに行くと、受付嬢がにこやかに出迎えくれた。
「エクセンブラ商業ギルドへようこそお越しくださいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
なんだろう。このよく教育された間口業務の感じ。違う世界だってのに、凄い既視感だ。
丁寧なのはいいことだからね、もちろん文句なんかない。
「……あー、理事のジャレンスさんに取次ぎを。礼を受け取りにきたと伝えてもらったら分かるはずよ」
「確認いたします……恐れ入りますが、応接室でお待ちくださいますか? ただいま、ジャレンスは来客中となっております。少々お待たせしてしまうことになってしまい申し訳ありません」
私の怪しげな言い分にも表情を変えることなく、すごぶる丁寧に、そしてにこやかに応対する受付嬢だ。
それに比べて私のひどさよ。もうちょっとマシな言いようがあったはずだ。ただ思い返してみれば、こっちは自己紹介してなかったと思う。
きっとジャレンスから訪問客があるかもって通達があったに違いない。そうじゃなければ、いくらなんでも面会なんかできっこないだろう。なかなか気の利くチョビ髭じゃないか。危なかったわね。
「構わないわ。応接室はどこに?」
「係りの者がご案内いたします。それから応接室は少々手狭になっておりますので、代表者の方だけでご面会くださいませんか? お連れの皆様は奥のラウンジでお待ちください」
ふーむ、全員で行ってもしょうがないし、別にいいか。まさか罠ってことはないだろう。
もしもの時には上等だ。その時はその時ってもんよ。
「お姉さま、一緒に行きます」
「じゃあヴァレリアだけ一緒に行こうか。悪いけどみんなは待ってて」
「ええ、こちらはラウンジで待っていますので、後はお願いしますね」
お宝がずっしりと入った袋を受け取る。
そうしてフレデリカたちに見送られながら、係りの人に従ってヴァレリアと上の階に向かった。
応接室はいかにもって感じの革張りのソファーとローテーブル、壁際には花瓶と絵画がセットされた部屋だった。係りの人はすぐに立ち去って、取り残された。
それにしても茶の一つも出さないとは。こんなもんなのかね。
どれくらい待てばいいのかも分からないし、自前で用意してやれ。半分は嫌味みたいなもんだ。慣れた魔法行使でアルミカップを生成、紅茶フレーバー回復薬を注いで一息つく。
何か珍しい魔道具でも置いてないかと思って見ても、ぱっと見て用途の分かりそうな物はない。
手持ち無沙汰に部屋をうろうろ物色してたら、いきなりドアが開いた。待ち人の登場かな。
そんなに時間は経ってなかったから、案外早かったなと思ったら、そこにいたのは知らない男だった。誰だろうね。
「貴様がジャレンス様を訪ねた者か。女ではないか」
なんだこいつ。ヴァレリアが瞬時に襲いかかろうする気配がしたから袖を掴んで静止した。
「ふん、ジャレンス様は忙しい。貴様らなどに構っている暇はない。さあ、分かったら帰るがいい」
よく分かんないけど、私たちを追い返したいらしい。
ふーむ。見た目はまだ若いどっかの御曹司っぽい風体のボンボンだ。ジャレンスの取り巻きってところかな。
あの時の状況からして、ジャレンスが簡単に裏切るとは思えない。たぶん、こいつの独断だろう。
「聞いているのか、僕を誰だと思っている!」
「お姉さま、どうしますか?」
どうしますかと言いながらも、ヤってもいいですかと目で語りかけてくるヴァレリア。
もちろん、いきなり流血沙汰を起こしたくはない。まだ礼を受け取ってないこともあるし、大きな目的である換金もできてないからね。このまま追い出されるのは都合が悪い。それに喧嘩上等ではあるにせよ、街に入って早々のトラブルは避けるべきだろう。
もしやるならジャレンスの裏切りが確定してからでいい。
と、思いはしてもだ。常識的にはね。
トラブルを避けたいって気持ちはあっても、こんな坊ちゃんの言うことに従うなんて冗談じゃない。下手に出るなんて、真っ平ゴメンだ。
物事は最初が肝心。ここで引くのは違うと思えるし、そもそも私はそんな殊勝なタマじゃない。うん、やっぱ喧嘩上等だ。
「ヴァレリアは大人しくしてなさい。いい?」
素直にこくんと頷く妹分を横目に、なんか喚いてる坊ちゃんを無視してソファーにドカッと腰かけた。
さらに短パンから伸びる足を思い切りローテーブルの上に投げ出してやる。弾みで紅茶が零れるくらいの勢いで。我ながら随分とデカい態度だ。
ソファーに座ってなにが悪い。
私の美脚を拝めたことに感謝しろ。
話があるなら、しょうがなく聞いてやらないこともない。
言いたいことが態度だけで伝わっただろうか。
坊ちゃんにとっては完全に予想外の行動だったんだろう。呆気に取られてる。
驚いたのも束の間、すぐに顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
「き、貴様! その態度はなんだ!? 僕の言うことが聞こえなかったのか!」
「うるさいわね。こっちは客よ? 関係ない奴がしゃしゃり出るな。捻り潰すぞ」
最後の言葉だけドスを利かせて、ギロリと睨む。
「なっ!? き、き、貴っ様あああ、女の分際で! 僕の事を知っての狼藉か、もう許さないぞ!」
「はあ? あんたなんか知らないわよ。そもそも誰? ましてやお前如きの許しなんて、私が必要に思うわけないじゃない。出て行くのはそっちのほうだって、まだ分かんない?」
やれやれって感じだ。
坊ちゃんはもう我慢できないとばかりに、私に向かって手を伸ばしてしまった。バカな奴め。
その挙動には速さも力強さもまるでない。喧嘩もしたことなさそうな素人の動きだ。
私は足を投出した格好のまま、身を乗り出して無造作に坊ちゃんの胸倉を掴んだ。そして力任せにぶん投げる。
壁際のキャビネットに激突したせいで派手な音はしたけど、大した怪我はしてないはずだ。
当たりどころでも悪かったのか、痛そうにはしてるけど自業自得だ。むしろこの程度で済ませてやったことを感謝するべき。
アホな坊ちゃんを無視して、少し冷めてしまった紅茶をすする。
すると、慌てたような足音が聞こえてきて、開けたままだったドアから入ってくるチョビ髭オヤジ。やっとか。
「これは何事ですか!?」
ドアを開けたまま騒いでたからね。近くの部屋や通りすがりには聞こえてたかもしれない。
こっちは社会的に地位が低い立場とはいえ、なんにも非はないはずだ。収容所だってもうないし、せいぜい利用させてもらうとしよう。
「こいつはあんたの差し金? いきなり部屋に入って理不尽なことを言い始めた挙句、手を出されたたんだけどさ。あんた、約束は覚えてるわよね? 私は相手が誰だろうが売られた喧嘩は買うつもりよ。裏切ったら、タダじゃ済まなさい」
床に這いつくばって呻く坊ちゃんを指差し、座ったまま言葉と態度で恫喝する。
多数の盗賊を相手取った私たちがどれほどの力を持つか、こいつなら理解してる。
もちろん互いにトラブルを避けたい意思があることは承知してるはずだ。その上で、私はあえて脅す。
先走った坊ちゃんのお陰で、理事には負い目ができたからね。とことん付け入ってやる。
「まさか、そんな事を……本当ですか? 待ってください誤解です、助けていただいた時の言葉に嘘はありません」
「へえ、じゃあこいつは何?」
「モーガスト、お前はなんと言う事を……申し訳ありません、これは甥です。モーガスト、お前はすぐに出て行きなさい。近々女性が訪ねてくる事があれば、それは大切なお客様だからと職員には伝えていたはずだぞ」
「で、でも、こいつは」
「この方がそのお客様で、助けていただいた恩人だ。お前はこのジャレンスの顔に泥を塗るつもりか? いいから出て行きなさい。お前には別の仕事があったはずだ」
チョビ髭オヤジがビシッと言いつけると、腰を押さえてうな垂れながら退室していった。だけどね、最後に私を睨んだのはいただけない。
「ジャレンスさん、こう言っちゃなんだけどね。あの坊ちゃんが仕出かしたことの落とし前も、きっちりと付けてもらうわよ?」
「否応もありません。誠に申し訳ない」
こうも素直に謝られると逆にやりづらいわね。
ローテーブルから足を下ろして熱い紅茶を注ぎなおすと、ジャレンスには対面に座るように促した。
「今日はこっちも色々と相談に乗ってもらおうと思ってたのよね。あんたに免じて坊ちゃんの件は水に流すわ。その代わりに、できる範囲で構わないから力を借りるわよ」
「元よりそのつもりでしたから構いませんとも。それから、その節は大変お世話になりました。改めまして、エクセンブラ商業ギルドのジャレンスと申します。よろしければ、お名前をお聞かせください」
「うん、自己紹介してなかったわね。私は紫乃上、それからこっちは妹分のヴァレリアよ」
ヴァレリアはボディーガードのつもりか、ソファーには座らず後ろに立ったままだ。随分と可愛らしいボディーガードだけどね。
「ユカリノーウェ様にヴァレリア様ですな。ようこそおいでくださいました。それで早速ですが、ご相談とはどのような事でしょう?」
余計なことで時間を食った。ジャレンスも忙しい身だろうし、さっさと本題に入ろう。
「まずは例の盗賊から奪った財宝があるから、その換金ね。それから住む所の紹介なんかもして欲しいわ」
「財宝ですか、それは興味深いですね。鑑定料はわたしの裁量で無料とし、お得意様価格で買い取りもいたしましょう。現物を拝見してもよろしいですか?」
ヴァレリアが袋ごとお宝をテーブルの上に乗せると、宝飾品や宝石から並べ始めた。
「ほう、なかなかの量と質ですな。鑑定士を呼びますからお待ちください」
呼び鈴みたいな魔道具を使うと、すぐに鑑定士が登場した。一つずつ丁寧に鑑定し、ジャレンスと値段を決定していく。
フレデリカとジョセフィンの鑑定で価値は分かってるから、それと比べておかしな金額でなければゴネる気はない。むしろお得意様価格とやらに期待しておこう。
ヴァレリアを横に座らせて、紅茶を飲みながらその様子を眺める。鑑定士は最後に金貨を確認すると出て行った。
「……お待たせしました。切りよく金貨も含めて、二億ジストではいかがでしょうか。もちろん色は付けさせていただきました」
想定よりもかなり多い。うん、多い分にはなんの文句もない。
「それで構わないわ。レコードを渡せばいいの?」
「はい、お預かりします」
そう言って、台座型の魔道具をいじり始めた。
私のレコードをその上にかざすと、チャリーンと軽快なふざけた音が鳴って表面に数字が表れる。
「これで支払いが完了しました。ご確認ください」
言われるままにレコードに残高を表示させると、たしかに振り込まれたみたいね。
よしよし、これでしばらくは安泰だ。
あまりにも簡単に大金が手に入って現実感が薄いけど、これは夢でも幻でもない。
持つべきものは便利なコネ。これからもよろしく頼むわね!
あとは住む場所か。良いところがあればいいんだけど。
やっと街までたどり着きました。
次は住処です。