宝石の花
差し込む日の光が眩しくて目が覚めた。
頭がぼーっとする。光の感じからして、たぶん夕方だ。必要以上に眠ったのは随分と久しぶり。惰眠を貪ってしまったわね。
「んー……」
朝まで起きて、午後まで寝るなんてことは滅多にないからね。ちょっと調子が狂う。
ふーむ、みんなとの集合時間には、まだまだ余裕があるか。
「……目を覚ますついでね」
大貴族の屋敷のゲストルームともなれば、個室にバスルームまで完備されてる。
遠慮することはないんだ。使わせてもらって、さっぱりしよう。
起き上がってカーテンを閉め切ると日の光を遮る。
服は全部脱いで浄化魔法で綺麗にしてしまう。ついでに体まで綺麗にするけど、シャワーは浴びる。それとこれとは別ものなんだ。
バスルームに入ると、お湯は溜めずにシャワーを使う。
熱い湯を頭から浴びると、痺れるような感じがして気持ちいい。
この時ばかりは病的に白い肌にも赤みが差して健康的に見える。
「……ふぅ」
ロスメルタは今日は王宮に上がるとか言ってたわね。今頃はもうとっくに仕事してるか。
あんまり居座るのもなんだし、私もちょっと休憩したらもう出よう。
体が火照って熱くなったところでシャワーを止めた。
バスローブに水気を吸わせながら部屋に戻ると、冷えた水で喉を潤す。
目が覚めて胃も活動を始めたのか、空腹を強く感じる。朝まではツマミもなく、ただ飲んでただけだからね。いい加減にお腹も減る。
屋敷の人に言えば食事くらいすぐに用意してくれると思うけど、ロスメルタがいないのにそこまで厄介になるのはね。
よし、街に繰り出してなにか食べよう。
一度決めればもたもたしない。手早く準備を済ませると、一宿世話になった屋敷ともおさらばだ。
「是非またいらしてください。レディもお喜びになりますので」
「うん、すぐにはこれないけど、いずれまた」
最初に案内をしてくれた執事のじいさんに見送られて出発だ。
またこいっていうのは世辞じゃなくて本音っぽい。公爵夫人が気兼ねなく徹夜でおしゃべりできる相手なんて、そうはいないだろうからね。
愛車に跨ってサングラスを装着する。もう夜だけど、風除けは欲しい。じいさんに軽く手を振って挨拶を送ると、外に出た。
屋敷の外は貴族区画だ。一口に貴族区画といっても、邸宅が集まる場所や様々な店舗が集まる場所もある。
当然ながら食事処やカフェのような店もあるわけで、そこに寄ることもできなくはない。できなくはないけど、門前払いされる可能性もある。ドレスコードとかあるなら入れないかもしれないんだ。私の出で立ちは明らかに異質なライダースジャケットだし。
それにここは平和な貴族区画なんだ。自分で言うのもなんだけど、怪しい奴がうろうろしていい場所じゃない。大人しく一般区画に出て行こう。
黒の塗装と銀のパーツで構成されたブルームスターギャラクシー号は凄く目立つ。
独特のエンジン音といい、メカメカしくもカッコいいデザインは当たり前に注目を集めてしまう。
視線やささやく声を鬱陶しく思うことはあるけど、基本的にはもう気にならない。慣れてるからね。バイクに乗ってなくたって、私は目立つ女なんだから。
それに、いちいち他人のことを気にしてるようじゃ、好きなこともろくにできない。
そりゃまぁ、なにもかも気にしないってわけにもいかないけどね。
気にすべきことと、気にすべきでないこと。それは分けて考えるべきだ。それさえできれば、不要なことは気にならなくなる。
「うーん、今はパンケーキの気分かな。どっかいい感じの店はないかなっと……」
すでに日も沈みきった夜の時間帯だ。夕食にはちょうどいい時間だけど、気分的には朝食のような変な感じ。
飲食店が軒を連ねるストリートを流してると、おしゃれな店に目を付けた。
近くからも遠くからも、耳目を独り占めにしつつ決めたのは、テラスのあるカフェだ。
よし、あそこにしよう。パンケーキあるっぽいし。
愛車をテラスの横に停めると、ブーツを鳴らしながら席に陣取る。
すぐ横にバイクがある席だから、これなら心配無用だ。魔力認証のお陰で盗まれる心配は少ないけど、悪戯はされるかもしれないからね。ちょうど空いてて良かった。
「お、お客様、あ、あの」
「パンケーキ頼める?」
サングラスを外しながら、妙に緊張した店員に聞く。
「は、はひっ!」
「じゃあ、パンケーキ七段重ねと適当なサラダの大盛り持ってきて。あと、コーヒーも」
「な、七段ですか?」
「そう。無理なら別にいいけど」
「い、いえ、お持ちします!」
うーん、別に怖がらせてるつもりはないんだけどね。
優しそうな女の子が緊張して顔まで赤くしてるのを見ると、なんだか気の毒に思ってしまう。
待つ間に、なんとなく通りを眺める。
人通りが多く、店も多いから街の雰囲気を掴むにはいい場所だ。
平和な様子なのはよく分かる。以前の荒廃した様子とは完全に別物だ。
楽しそうに歩く人々で溢れ、ならず者やいかにも難民といった者の姿は一切見かけない。そういう人種は別の区画にいたりスラムに押し込められてるんだろうけど、絡まれる婦女子の姿もなければ、泥棒や喧嘩もない。
私からしてみれば退屈極まりないけど、常識的にはとてもいい雰囲気だ。無論、麻薬が蔓延してるなんて想像できる余地もない。昨日スラムで見た光景との乖離が凄まじい。
とにかく平穏なんだ。そんな様子だからしてトラブルが起こるはずもなく、平和のままに注文がやってきた。
「お、お、お、お待たせ、しししました!」
どもりすぎだ。
「うん、ありがとね」
しょうがない。あえて優しく接してやる。
「あああ、し、失礼します~」
意識的に微笑んでやると、顔を真っ赤にして逃げてしまった。なんなのよ、まったく。
微妙な不満を飲み込み、オーソドックスな平たいパンケーキの山とサラダをもそもそ食べる。
特別に美味しくはない。普通だ。コーヒーも普通。まぁ、不味いよりは遥かにマシだ。文句はない。
それを証明するように、お代わりまで頼んだ。空腹だったし、まだ時間もあるからね。
食べ終わってからもまだ余裕があって、時間つぶしの手慰みに、水晶で花の細工物を作って遊んでしまうくらいの余裕っぷりだ。キキョウにバラ、アルストロメリア、カサブランカ、カーネーションも。花の色は色とりどりで、茎まで付けてその部分は色をきちんと分ける。無駄なこだわりはいつものこと。
何度目かのコーヒーのお代わりを頼むほど時間を持て余してると、そろそろ閉店の時間らしい。かなり居座ってしまった。
水晶の花の山から一輪だけ青バラを抜き取って席を立つと、精算して外に向かう。
「あの、お客様!」
「なに?」
ずっと緊張してた店員さんだ。
「テーブルにお花が……」
「あんたにあげるわ。緊張させちゃった詫びに受け取って。ああ、いらなかったら悪いけど捨てといて」
赤くなって緊張しながらも、丁寧に給仕してくれた娘だ。なにか礼くらい残していかないとね。まぁ気まぐれだけど。
驚いた後に嬉しそうな顔をしたのを見て、さっさと愛車に向かった。
もうそろそろ待ち合わせの時間。
ブルームスターギャラクシー号を出歩く人の少なくなった街を軽快に走らせる。ここからは王都での最後のひと働きだ。
標的はオーヴェルスタ家の敵対貴族が運営する商会だ。表向きには高級な装備品、それも盾をメインに扱った店らしい。
盾ってのは、面積が大きくて目立つ装備だからね。紋章を入れるにはうってつけだから、貴族お抱えの騎士団とかは好んで特注の物を使う傾向にあるらしい。あるいは名のある傭兵団や冒険者チームなんかもね。そうなると自然と高級品の需要もあって、こういう商売も成り立つってことだろう。貴族のお抱えはともかく、実戦で稼ぐ人の場合には盾は消耗だって激しいだろうから、買い替えや修理の需要だって高いと思われれる。
ただし、この商会。装備品の商売はあくまでも表向きの話だ。
ロスメルタによれば、裏じゃ盗品の売買や表に出せない商品を扱ってるイリーガルな店でもあるらしい。金持ち相手の高級店のはずなんだけど、そっちの方がよっぽど儲かるに違いない。
不正に貯め込んだ金を何に使うつもりなのやら。個人的には面白そうな店だと思うけど、まぁそれも今日までだ。
待ち合わせの小さな公園に到着すると、みんなはもういるみたいね。
独特なエンジン音で、私が近づいてくるのも分かってたらしい。
「待たせたわね」
「いや、時間ちょうどだ。ユカリ殿、さっそく手順の確認を始めたい」
「うん、頼んだわよ」
いつものようにジークルーネの仕切りで事前確認だ。
「情報によれば、今夜ここでは闇オークションが行われているはずだ。我々はそこを襲撃し、敵対者の頭目のみならず、一味全てに警告を与える」
そうだ。今日、このタイミング。ロスメルタの陣営にとっては逃せない、完璧なタイミングで私たちキキョウ会が王都にいる。
毎日のようにやってるイベントならともかく、偶にしか行われないイベントだって話だし、これってホントに偶然?
疑問はあるけど、今さらの話でもある。上手いこと使われた感じだけど、受けた以上はやるだけだ。
「人を傷つけてはいけないという話でしたが、それ以外は自由ですか?」
「ああ、目的は重大な警告を与えることだ。だが護衛や警備は厳重になっているだろう。こいつらの排除はしても構わんが、非戦闘員は傷つけるな。家屋や設備は破壊し、金目の物は奪い取る。これは存分にやってくれ」
商会の建物の破壊だけじゃ、金持ち相手に大したダメージは与えられない。見た目のインパクトが強いからメッセージにはちょうどいい一方、どうせ魔法ですぐに直せるだろうからね。むしろ敵の資金力を奪うことや精神的なダメージを与えることの方が重要だ。
有用で貴重なブツを奪うことは金銭的な打撃を与えると同時に、こっちの直接的な利益になる。まさに一石二鳥。そんでもって、警備万全なはずの闇オークション会場の襲撃となれば、相手の信用だってガタ落ちだ。これは相当痛いに違いない。
「護衛の奴らは半殺しでもいいってことですか」
「それで構わんが、必要がなければトドメまでは刺さなくていい」
人的被害はなしでって話だったけど、それは非戦闘員に限る。抵抗する奴らを排除するのは当然よね。それでも一応、できる限りは手加減する方針だ。
「金になりそうな物や気になった物は外に運び出し、車両に積み込めばいいと。そのついでぶっ壊しまくる感じですか」
「そういうことだ。周辺警戒と車両の守備も怠るな。油断するなよ。それ以外は全員突撃、敵に思い知らせてやれ」
やることは単純明快。勇ましい返事の後、メアリーたち幹部が中心になって配置を決めていった。
この公園から目的地は目と鼻の先だ。直接は見えず死角になってるから、仮の拠点とするには良い場所だ。
徒歩で正面から乗り込んで、まずは用件を伝えるところから始めてやろう。配置決めが終われば、あとは実行あるのみ。
「さあて、ここからは悪者の出番よ」
この一言が開始の合図になって動き始めた。
歩きながら、なんとなく持ってきてしまった水晶の青バラを胸ポケットから取り出す。
街灯の光を受けてきらめく精巧なバラの出来栄えに満足感を覚えると同時に、こんなものを持ってても今は邪魔でしかない。
特に執着もなく放り捨てると、ぐしゃりと踏み潰した。
本日、登場人物紹介のページを更新しました。(かなり久々です……)
お忘れになっている、なんとなく見てやろう、せっかくだしチェックしてみるか、といった具合でご覧になっていただければ。
https://ncode.syosetu.com/n6864er/
過去分の改稿についても進捗を活動報告しています。よければそちらもチェックしてみてくださいね。