友人からの招待
降り積もった雪も解け、キキョウの花が咲き乱れる春。
厳しい冷え込みは去ったけど、まだ空気の冷たい朝の時間帯。
明るい日差しを心地よく感じながら、私は今、王都に向かう途上にあった。
組織の再編があって気風が新しくなったけど、今のところは問題どころか上り調子に上手く行ってる。会長が留守にしても全然問題ないくらいの余裕があるってことね。まさに順調そのものだ。
数日程度の外出予定だけど、今回の旅に際しては旅装も新調した。
専属デザイナー兼スタイリストのトーリエッタさんに頼んで作ってもらった、ぴっちりめのライダースジャケットはなかなかに気に入ってる。その墨色の上着を着て、愛車のブルームスターギャラクシー号に跨ってるんだ。素材はいつもの金属糸だけど、コートの形じゃないのは実はあんまり持ってなかったりする。
他は魔獣の革を使った黒のパンツに同じく黒のレーシングブーツ、グローブも色を合わせて戦闘にも耐え得る性能を持った特別仕様の一式だ。背中のキキョウ紋だけじゃなく、所々に付いた大き目のボタンや刻印魔法の紋様がアクセントになってて結構気に入ってる。
おまけのティアドロップのサングラスで目を隠し、長く伸びた髪は風に吹かれるままに流してる。いつもの魔道具のかんざしは外したラフなスタイルだ。
少し距離を空けて走る旅のお供は、私と同じような格好をしてバイクに跨るジークルーネと、そのサイドカーで眠りこける妹分のヴァレリア、小型の装甲車に乗り込んだ第二戦闘団長のメアリーに広報局長のマーガレット、大型のジープに乗った情報局副局長のグレイリースや随伴する多くの若衆だ。
世の中なにがあるか分からないから、メアリーとその配下の若衆は単純に戦力として連れてきた。戦闘団長からメアリーを選んだのは、ストイックな彼女に遠出をさせて見聞を広めさせたり、あと少しはリフレッシュになればと思ったから。
他のメンバーも適当に連れてきたわけじゃなく、みんなで相談して同行するメンバーを選んでる。
マーガレットには広報担当として、この機に王都でも顔を売ってもらう考えだし、同時にウチがやってる事業のアピールもしてもらう。王都からの客をもっと取り込めるかもしれないしね。
かつては少女愚連隊のリーダーで情報局の副局長にまでなったグレイリースには、王都の情勢を肌で感じてもらうために連れてきた経緯がある。幹部としてより多くの経験を積ませるためでもあるし、外から見たエクセンブラというのも私たちにとって役立つ情報になるかもしれない。
それと会長と副長が揃って遠征に出かけるのも珍しい。
今回の旅の目的の一つは、ブレナーク王国の再興を祝う宴に参加するためだ。
他国の賓客も招いた盛大な式典、そしてパーティーなんかが行われてるはずで、もちろん私たちは正式な式典に参加するわけじゃなく、招待主が開く私的な宴に参加するだけなんだけどね。私自身が行くのは招待主からのご指名だし、ジークルーネを同伴するのは本人の希望だ。
以前はグラデーナを伴って王都に行ったけど、今回はジークルーネが同行者になって、副長代行のグラデーナには留守を任せることになった。本人同士が納得してるなら、私としてはどっちでも良かったけど。
元は王国の騎士だったジークルーネにとっては、かなり久々の王都でもあるか。知り合いが王都にいるかどうかは知らないけど、用事さえ済ませれば急いで帰る必要もないんだ。旧交を温める時間くらいはとれるだろう。
久しぶりの遠征だけど、寄り道をするつもりはない。なにがあろうとも、断固として構わずに進む。余計なトラブルを抱え込む余裕はないんだ。
エクセンブラと王都を繋ぐ街道では、昨今の両都市の隆盛もあってか危険は少ない。人の往来も多いし、その分双方の街から出される警備も厳重なんだ。盗賊が跋扈する余地はなくなったと思っていいし、魔獣の被害もほぼない。
往来する人同士の些細なトラブルに私が関与する必要だってないだろう。そんなわけで、少々バイオレンスなやり取りがあったとしても、横目に眺める程度でスルーして進んでる。平和なもんね。
途中にある宿場町を経由して一泊だけすると、そのまま特段のトラブルもなく王都に到着した。
夕方になって到着した王都は、まずそれを囲む外壁を見て我が目を疑う。度肝を抜かれるほどの威容なんだ。
現実とは思えないほど長大で巨大な外壁はエクセンブラにもある魔法文明の産物だけど、これは想像の上を行った。
以前までは戦争の影響もあったかもしれないけど、おんぼろで煤けた茶色っぽい外壁だった記憶がある。優美さとは程遠い印象しかなかった。
だけど、目の前にあるリニューアル後の外壁は、その全てが真っ白なんだ。
大理石のような高級感のある石で形成され、表面も磨かれたように美しい。全体がのっぺりしてるわけじゃなく、随所に紋様が刻まれてたり、門の付近にはびっしりと彫刻が施されてもいる。
この威容を見ただけで王国の復活が印象付けられることは間違いない。復活どころか前を余裕で超えてしまってるけどね。話には聞いてたけど、まさかこれほどとは思わなかった。
王都に入るための審査の列も私たちはスルーできる。これも招待主がくれた紋章の威力だ。ほぼ無審査、それも最優先で丁重に迎えられ、おまけに目的地までの案内付きだった。案内まであるのは勝手にフラフラしてトラブルを起こすなって意味かもしれないけど。
徐行運転で流し見るメインストリートも、これまた以前とは別物だ。いや、別次元ね。
破壊された建造物や瓦礫はもちろん見当たらない。そこらに寝そべった生きてるか死んでるかも分からない人だって全然いない。
あるのは活気に満ちた人々と、美しく整備された街並みだ。
「……うん、なんか前にきた時と同じ街とは思えないわね」
「これは……信じられないな。滅んだあとはともかく、それ以前と比較しても全く面影がない。まるで初めてきた街のようだ」
昔の王都を良く知るジークルーネにとっては、尚のこと信じ難い光景なんだろう。戦前の王都とも比べ物にならない街並みらしいし、珍しく呆気にとられた顔をしてる。
エクセンブラは工業の街だけあって、どこか武骨な感じがして華やかだったり優雅だったりする印象は全然ない。
王都はその真逆を行くような感じで、どこもかしこも華やかだ。少なくともメインストリートから見える光景はね。
道も外壁と同じく白の石材が敷き詰められて整備され、周辺の建物も白を基調とした建材でなっていて、かなりの統一感がある。
さらに白色に鮮やかな色を添えるのは、数多くの植物だ。
春ゆえか色とりどりの花がそこかしこに設置された花壇で咲き乱れ、緑の葉を茂らせた街路樹や植え込みも目に優しい印象を与えてくれる。
ウチのリリィが作った観光名所のエレガンス・バルーンが、街全体に広がってるような感じとでも言おうか。とにかく綺麗な街並みだ。リリィを連れてきてやったら喜ぶかもしれないわね。
どこかに庶民的な区画やスラムだってあるとは思うけど、少なくともメインストリートの近辺には無さそうね。まぁ、王都全体をこんな風にするにはさすがに予算だってないだろうし、きっと主要な場所だけとは思う。
みんなして呆気にとられながらも先行する案内の車両に付いていくと、やがて王城のある街の中心近くに至る。
遠目からも荘厳さをうかがわせる白亜の王城は、あえて言うならフランスのシャンボール城を思わせる作りだろうか。フレンチ・ルネッサンスのような様式が非常にユニークでセンスの良さを感じさせる。それに巨大でもあるし、この規模の街と王城を短期間で作り上げてしまう魔法文明の偉大さを痛感せずにはいられない。ちょっと前にきたときは、ただの瓦礫の山だったのにね。
ふぅ、それにしても遠目に映る光景は圧巻だ。白亜の王城に夕日が映えて、なんともいえない荘厳な美しさを見せつけられる。詩的な才能のない私からしてみれば、凄いとしか言いようがない。
王城を囲むようにあるのは、貴族の邸宅が並ぶ区画だ。
貴族の住む区画に入るには、また小規模な内壁と門があって、一般の街並みよりも絢爛豪華な様相を改めて訪問者に見せつけ圧倒する。
案内係が上級兵士から騎士のような人にバトンタッチすると奥の方に進む。騎士が乗る小型車両もまた、さり気ない高級感があるわね。徒歩の客であれば、乗せていってくれるのかもしれない。
閑静で広い庭を持った邸宅が並ぶ区画は、奥に行けば行くほど、その規模も大きくなっていく。
きっと身分の高い人ほど、王城近くのより大きな邸宅に住めるってことなんだろう。
やがて到着したのは、王城に最も近いと思われる敷地。それも貴族区画の入り口の方にあったのとは比べ物にならい程に広い敷地の邸宅だ。
ここでまた案内係が交代した。騎士っぽい人から、執事っぽい人に。丁寧だけど、いちいち引継ぎとかあるし面倒なシステムね。
いざ屋敷に入ろうとしたタイミングで計ったように敷地の門が開いていき、スムーズに中に入ることができた。うーむ、こういったシステムも地味に凄い。
それにしても、魔法文明のお陰で未来的でありながらも、どこか近世のヨーロッパを思わせるような貴族区画の街並みに、ライダースジャケットを羽織った私たちや乗り物、メカメカしいバイクやジープはどうにもミスマッチだ。違和感が激しい。
前庭を通過した先の王城と似通った様式の邸宅には、地下駐車場まであって、乗り物を降りずにそのまま邸宅の地下にまで入ることができた。
訪れる客のために設けられた専用のスペースに駐車すると周囲をなんとなく眺める。
地下駐車場に並ぶのは、数々の車両群だ。まぁ、当たり前よね。ゲスト用のスペースには貴人が乗るような高級車がたくさんあるけど、大勢を占めるのは馴染み深いジープだったりトラックだったり、あるいは流行の装甲車だったりで実用的な車両が多い。ふーむ、残念ながらバイクはないみたいね。
「皆様、レディがお待ちになっております。どうぞ、こちらへ」
じいさんの執事が案内するエレベーターらしき、それでも私の常識を超越した大きな部屋に入ると、微かな振動を感じながら上昇する。
上昇が止まるとちょっとしたホールや廊下を通って、いよいよ久々の再会だ。邸宅の内装の豪華さは最早語るまでもないだろう。
「レディ、お客様がご到着されました」
あらかじめ指示でもあったのか、じいさんは一声だけかけると返事も待たずに扉を開いて入室を促す。
応接間らしき部屋に居たのは美人ながらも腹黒そうな雰囲気の女傑。よく知った顔だ。
「待っていたわよ、ユカリノーウェ」
「来てやったわよ、ロスメルタ」
久々の顔合わせながらも気安い雰囲気があったんで、砕けた感じに応えてみせる。一緒に悪巧みを成し遂げた仲なんだし、公式の場じゃなければ問題ない。なんせ、彼女に言わせれば私たちは友達同士らしいからね。だったら堅苦しいことは無しにしてもらいたい。
こうした砕けたやり取りができる相手は他にいないのか、存外楽しそうな感じもあるし上機嫌なのは誰でも分かる。
「ふふふ、あなたは変わらないみたいで安心したわ。ここには昨日と今日とで態度が豹変するのが数多くいて困ったものよ?」
「そういうあんたも変わらないわね。それで、このあとのパーティーってのは?」
愚痴っぽいのはスルーしてやった。
「まだ時間はあるけど、そうね……まずは着替えが必要かしら」
私のイカツイ格好は、さすがに貴族が主催するパーティーに出るには場違いだ。当然、着替えだって持ってきてる。
「着替える場所だけ貸してくれれば、あとは自分でやるわ」
「あら、わたくしが用意したドレスを着て欲しかったのに」
「……さーて、たまには気合入れて化粧でもしようかな」
この女がわざわざ用意したドレス?
どんなこっぱずかしい衣装を準備してるか分かったもんじゃない。全力で無視だ。
「みなさんの分も用意させるから、どうぞ遠慮なく着飾ってね」
「……え、ちょっと。みんな?」
「当然でしょう? あなたたち全員が楽しんでくれないと」
こっちとしてはパーティーに出るのは私とジークルーネ、それと護衛のヴァレリアだけの予定だった。
他のみんなはロスメルタと顔合わせだけして、あとは街に出て主要なギルドや商会に行ってもらうつもりだったんだけど。当人たちも貴族が集まるパーティーなんか嫌がったし、もちろん自前のドレスだって準備なんかしてない。
困惑するこっちを余所に、ロスメルタは手配を進めてしまう。
そして主の忠実な部下である執事によってサクッと別室に案内されてしまうのだった。
久々に王都にやって来ました。
今回の王都編はそんなに長くはならない予定です。
次回「社交パーリー!」に続きます。