金とコネ
話が済んだなら、盗賊なんぞにもう用はない。お次はトラックの運転手だ。
このチョビ髭のおっさんには、私たちを巻き込んだ落とし前をつけなきゃいけない。座り込んでほっとした様子でいるけど、無関係のこっちを巻き込んだんだからね。ただで済ますつもりはない。
「そこのあんた、状況は理解してるわね? あれだけの盗賊引き連れて、どえらい迷惑かけてくれたじゃない。で、このツケはどうやって支払うつもりか、答えてもらおうか」
へたり込んだおっさんを、上から冷たく見下ろしながら告げた。
怒りを感じ取れない馬鹿なら、とりあえず一発ぶん殴って分からせてやる。
「あ、その、もちろんです。女性とはいえ、助けて頂いたお礼は当然しますとも!」
「礼ね。こっちは子供まで命張ってんのよ。相応のモノでなきゃ、納得なんかしないわよ」
メンチを切りまくりながら、できるだけ低い声で凄んだ。もし私を甘く見たなら、勘違いを正してやる。
「も、もちろんですとも。商人の男に二言はありません! 実はこう見えても、エクセンブラ商業ギルドで理事を務めています。すぐにレコードで謝礼金を支払う事はできますが、それよりも便宜を図るほうでお礼をさせてもらえないでしょうか。見たところ、エクセンブラに向かっているご様子。そちらのほうが、貴女方の利益に叶うのでは?」
急にしっかりとした喋り方になったわね。商人ってのも嘘じゃなさそうだけど。
なんか企んでるなら、面倒でしかない。あんまり関わりたくないかもね。
「……商業ギルドの理事か。それを証明できる?」
「ギルドカードがありますので。えーと、ほら、このとおりです」
差し出されたギルドカードを確認すれば、たしかにそう書かれてる。
名前はジャレンスらしい。ほかのメンツに見せてみても、特に不審なところはなさそうだ。
「分かった、信じるわ。でも、もし裏切ったら必ず報復する。それだけは忘れないようにしなさい」
本気だってことが伝わるように、改めて睨みを利かせて念を押す。裏切ったら本当にタダじゃ済まさない。
「決して裏切らないと、商売の神クレーヴァに誓いましょう。それに商人にとって信用は何よりも大切なものです。恩人を裏切るような真似はできません」
「だったら、もっと便宜を図ってもらえるように、これはサービスしておくわ」
いつも常備してる上級の傷回復薬を手渡してやる。見た感じは血まみれだけど、意識はしっかりしてるから重傷ではなそうだ。ただ、頭を打ってるから運が悪いと容態が急変するかもしれない。せっかく手に入れた使えそうなコネは大事にしとこう。
「これは回復薬ですか。ありがたく頂戴します。ごくっ……おお、素晴らしい」
効果は間違いない上物だ。感謝するがいい。
「それで商業ギルドの理事が、こんな時間に一人で何やってたわけ?」
「はっ!? そうだ、急がねばなりません!」
「え? 急に何よ」
「申し訳ありませんが、急用です! エクセンブラまですぐに帰還しなければ! トラックを起こすのを手伝って頂けませんか!」
「ったく、あとで事情は説明しなさいよ!」
チョビ髭のおっさんの勢いに押されつつ、これも貸しになると思い手を貸してやる。命を助けてやった礼と併せて、あとで必ず取り立ててやろう。
さっそく魔法の行使だ。
横転したトラックの側面に向かって、勢い良く岩石を隆起させてみた。トラックを無理やり押し上げて起こすんだ。
元から事故車なんだから、側面が傷つくのは気にしない。
「これでいいわね?」
「重ね重ね、ありがとうございます。このお礼は必ずや! ではまた後日、お会いしましょう。あ、わたしの名はジャレンスです。商業ギルドのジャレンスまでお訪ねください。それでは!」
トラックは無事に動いたみたいで、壊れたパーツをガタガタと言わしながら走り去った。
嵐のようなおっさんだったわね。また別の盗賊に遭わなきゃいいけど。
なんとなく呆気に取られた気分でいると、今度は盗賊が律儀に別れの挨拶を送ってきたじゃないか。
「世話になったな。回復薬は少し余ってるんだがもらってもいいか?」
「律儀なことね。本数分の代金はきっちり差し引いてるから、遠慮なく持っていきなさい」
「なんでえ、しっかりしてやがる。もう二度と遭いたくねえもんだ。そんじゃな!」
盗賊もいなくなって、やっと平和で静かな夜が訪れた。
ふう、とりあえずは戦利品の確認でもしてみよう。
周りをよく見れば、みんなも興奮状態だ。予定外のお宝ゲットだから無理もない。サラちゃんも無邪気にはしゃいで空気が和む。
「みんな、ご苦労様。予想外の展開があったけど、終わり良ければすべて良しってね。さっそくお宝を確認してみよっか! あ、これは盗賊からの迷惑料ってことで、ここにいる全員で山分けね。それでいい?」
収容所組みはお祭り状態で、はしゃぎながら異議なしと答えてきたけど、ジークルーネたちは困惑してる。
これは迷惑料として、ここにいる全員で分ける。実質、私だけで倒したようなもんだし、誰にも文句はないだろう。
それにどうせ泡銭だ。気前よくみんなで分けてしまえば、つまらないわだかまりが生まれることだってない。
「待ってくれ。わたしたちまで受け取るわけにはいかないだろう」
誠実な奴め。でも私は差し出した金を引っ込めるようなダサい真似はしない。
「ジークルーネ、これは盗賊からの迷惑料よ。迷惑をかけられたのはここにいる全員で、分けることに異存がある奴もいない。遠慮せずに受け取っておけばいいのよ。さ、フレデリカ。分配を頼むわ」
お宝を前にして、うだうだ言うのは無粋ってもんだろう。
歓声が上がるなか、フレデリカがお宝を広げて見せてくれた。
アンジェリーナが最初に見せてくれた時には、もっと山盛りって感じだったはずだ。ここにあるのはその半分くらいってイメージだったから、そのさらに半分くらいの見た目だと、なんか少ない気がしてしまう。
でも普通に考えたら、これでも結構多いかな? 大量のお宝を前にして、なんか感覚が麻痺してるかもしれない。
「すぐに換金できそうな金貨や宝石類をメインに取っておきました」
「そのほうが分けやすいから助かるわ」
売りにくいお宝じゃ、捌くのが大変だ。そういう配慮はありがたい。
「盗賊の宝箱には偽金や大きいだけで価値の低い宝飾品が多く混ざっていましたから、思ったよりも量自体は少ないかもしれませんね」
「そういうことか。あの盗賊どもじゃあ、目利きなんかできないだろうし当然かな。でも、これだけでも結構な額にはなるんでしょ?」
「なりますよ、大戦果です。少なく見積もっても、ざっと一億八千万ジスト程度にはなると思いますね」
ん? あれ。
「………………は?」
空気が凍ったように、少しだけ止まったと思う。思わず間抜けな声を上げてしまった。
「ちょっと待って。いちおく、はっせんまん?」
「そうなりますね。宝石類はもう少し高値で売れるかもしれませんから、それ以上になる可能性も十分にありますよ」
あの盗賊、いったいどんな稼ぎ方してんのよ。
フレデリカの鑑定魔法とジョセフィンの見識をもってすれば、金額の査定に間違いはないんだろう。でも、信じがたい大金だ。
「えーっと、マジで?」
「大マジです。それに先ほど商業ギルドにツテができたのは運が良かったと思います。わたしたちのような余所者が、いきなりこんな財宝を持っていっても、まともに換金できたかどうか」
徐々にだけど、私も含めてみんなのフリーズが解け始める。
一夜にして大金を得た現実に心が追いついてきた、かもしれない。
「……私たちって金持ちになったのね。 ふ、ふふふ、あーはっはっはっ! ごほっ、ごほっ」
混乱ついでの景気づけに、訳の分からない笑い声をあげると、みんなの爆笑が重なった。
しばらくみんなで笑い転げて満足すると、笑顔で今後の展望を語り始める。
「まずは賭場だろ!」
「よし、倍に増やしてやる!」
「やめとけ、やめとけ、すっからかんにされちまうよ!」
「あたしは酒を浴びるほど飲むぞ! 酒だ酒だ!」
「美味いもの腹いっぱい食べたい!」
「飲んで食べて歌って、遊びまくるっすよ!」
「ははっ、当分は遊んで暮らせそうだぜ!」
「適当に男でも捕まえて、思う存分に遊び倒すか!」
ひどい。あまりにひどい。ろくでなしばっかりだ。
少なくとも賭場に行くのは阻止しよう。間違いなくカモられる。
「あんたたちね、もう少し将来のこととか考えて使いなさいよ」
「そう言うユカリはどうすんだよ?」
「私は、そうね。とりあえず遊んで暮らすわ。美味い食事と酒よ! あとは賭場荒らしかな。これでも結構カード系は強い……あー、うん。いや違った。まあ地味に暮らすわよ」
「嘘つけっ! 結局、一緒じゃねーか!」
いや、だって。焦って働く必要ないし。
また笑いが止まらなくなる。
辛いことがあったばかりで、ずっと塞ぎ込みがちだったジークルーネたちも私たちに釣られて笑ってる。
楽しい夜だ。まさに災い転じて福となす。
なんにせよ、これだけの資金があれば当面の生活に困ることはないわね。
ひとしきり騒げば、そろそろ就寝だ。
その前にフレデリカとヴァレリアを伴って、少々お花を摘みに川べりまで移動する。
「明日にはエクセンブラに到着よね?」
「そうですね。このままのゆっくりとしたペースなら、到着は明日の夜になりそうです。夜には街の門が閉まりますから、入れるのはさらに次の日の朝になりますね」
「ま、急ぐ理由もないし、このままのんびり行こう。ヴァレリアもそれでいい?」
「お姉さまと一緒なら、このままずっと旅をしていても良いくらいです」
「旅はしないけど、街に着いても放り出したりしないから安心しなさい」
可愛い妹分だ。この際、一人前になるまでは一緒にいてあげよう。
嬉しそうに腕に捕まってくるヴァレリアを撫でながら、フレデリカと苦笑する。
「あ、そう言えば……」
なんとなく納得いかなそうな声音で、フレデリカがこそっと言う。
「なに?」
「ユカリなら金や宝石なんて、どうとでもなりますよね?」
「そうね。はっきり言って、どうとでもできるわよ。でも私に頼りすぎるのも、どうかと思うからね。ああして戦利品が山分けできて良かったわ」
鉱物魔法は錬金術なんて目じゃないほどの便利すぎる魔法だ。貴金属が作れる能力のことは、無闇に人に知られていいものじゃない。
薬魔法も同様だ。街で暮らすのであれば、気をつけないときっと厄介なことになる。とは言え、不便に感じるほどの遠慮をするつもりはないけどね。
「そう考えると盗賊に遭遇できたのは運が良かったですね。お金も手に入って、ユカリが無茶する必要もなくなりましたし」
「かもね。エクセンブラに着いたら商業ギルドですぐに換金するわよ。住む場所も紹介してもらわないと」
「ずっと宿暮らしをするよりも安上がりですからね。あ、どうせなら一緒に暮らしますか?」
冗談ぽくフレデリカは言うけど、私にとっては渡りに船だ。不慣れな世界の街での生活になるし、ずっと同部屋だったフレデリカなら互いに遠慮も要らない。教えて欲しいことなんかも、たくさん出てくるはずだしね。
「フレデリカがそこまで言うならしょうがない。一緒に暮らそうじゃないか、心の友よ!」
「え、えっ? 本気ですか?」
「お姉さま!」
「分かってるって。もちろん、ヴァレリアも一緒にね」
「はい!」
フレデリカよ、流されやすい女。
ふふ、三人暮らしか。またしばらくは賑やかになりそうね。
日の出前から起き出す健康優良児に釣られて、私も目が覚めてしまった。
朝はまだ冷えるけど、少し冷たい空気は気持ちがよくて清々しい。
サラちゃんと一緒に目覚ましがてら川まで散歩して、ついでに顔を洗う。
ゆったりした流れの大きな川だ。大河にカテゴライズされる川なのかな。それに透き通って綺麗な水だ。もう少し暖かい季節になれば、ここで泳ぐのも悪くないと思えた。
二人で川原遊びを満喫し、完全に夜が明けた頃には、入れ替わりで川にやってくる人がちらほらと現れた。
寝床に戻ると調理班の朝ごはんを待って、しっかりと食べる。朝食は一日の基本だ。
あー、それにしても魚が食べたい。刺身とは言わないから、せめて焼き魚を。煮魚でもいい。文明的な食事が恋しくてたまらない。
今日が最後の移動になる。早く着きたい気持ちもあるけど、安全運転のマイペースで行こう。ゴールは近いんだ、焦ることはない。
昨日みたいなトラブルもなく、順調にジープは進んでいく。
不謹慎だけど、盗賊カモン! みたいな空気が若干ある。昨日ので味を占めたからね。
恒例の休憩時間にはメアリーさんが熱心に体力作りに励んでる。
うん、こりゃ本気だ。基礎体力が付いたら、稽古でもつけてあげようかな。
夕方から夜、そして完全に日が落ちてもまだ着かない。
ちょっと心配になってきた頃になって、ようやく街の外壁が遠くに見えた。
まだ遠くて星明りに照らされたシルエットしか見えないけど、目的地に間違いないだろう。
「やっと着いたわね」
「もう街には入れませんから、この辺りで野営にしましょう」
私が運転する先頭車両が街道から外れて停車すると、後続車両もそれに続く。
下車して焚き火を囲むと、ポットに作っておいた紅茶フレーバーの体力回復薬をみんなに振舞う。
調理班が夕食の準備をしてくれてる間には、やっぱりエクセンブラの話題が中心になった。
滞在経験のある人が大げさに吹聴する冗談で、静かな平原を姦しくした。
いよいよか。やりたいこと、やるべきことが色々ある。
何をするにも先立つ物が必要ってことで、商業ギルドに直行することは決まってる。
理事のジャレンスがいる時に換金したいから、あんまり早い時間には行かず、ゆっくり目で街に入ることになった。
さてさて、異世界の街か。一体全体どんなところかな。楽しみね。