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互恵への道

 今の時点で気になったことは聞き出した。

 窓から差し込む光で赤い鎧が滲むような輪郭を作る。女傭兵団長の鎧は体に張り付くような細身の物だけど、マントまで付いた仰々しいデザインのためか、高貴な感じがしてなかなかにカッコいい。なんとなく感心してると、今度は向こうが切り出した。

「こちらからも聞いていいですか? キキョウ会については色々な噂を聞いていますが、いくつか確かめさせてください」

「いいわよ。なんでもどうぞ」

 色々と聞いてしまったし、こっちも簡単に答えられることならサービスしてやろう。

「実際にあなたたちをこの目にして、そちらの戦力を疑う余地はほとんどなくなりましたが、信じ難いものもあります。例えばレトナークの大軍を少数で退けた戦果、冒険者ギルドとの揉め事、伝説の治癒師ローザベルの所属、どれもにわかには信じられません。疑うというのではなく、確かめさせてくれませんか」

 ふーむ、確かめると言ってもね。この場で証明することなんて、どれも無理だ。

「ウチの本部に行けばローザベルさんはいるけど、他は証明しようもないわね。私の口先だけで信じる?」

「聞かせてください」

 冗談めかして聞いてみたものの、委員長は真剣だ。

 まさか嘘を見破る能力でもあったりして。それとも単純にそういう機微を掴むのに自信があるとか。


 はぁ、しょうがないわね。私は嘘を吐かないけど、それを嘘だと判断するようなら、その時点で話は終わりだ。さすがに嘘吐き呼ばわりするような奴とはつるめない。なにをもって判断するのか知らないけど、聞きたいなら聞かせてやろう。

「じゃあ簡単に。まずレトナークとの戦争で活躍したのは事実だけど、私たちだけが戦ってたわけじゃないからね。そこをどう評価するかは、周囲がやることよ。次に冒険者ギルドと揉めたのも事実だけど、その相手は真っ当な冒険者じゃなくて、街の中で悪さばかりする不良冒険者どもよ。黒幕だったギルド長は捕まえて冒険者ギルド本部との手打ちだって済んでるから、あんたが思ってるほどの大事じゃないわね」

 どれも大袈裟に言う必要はない。事が終わったあとから見れば、私は本当に大したことなかったと思ってるしね。むしろゴシップ誌が騒ぎすぎてるのが気に食わないくらいだ。私は派手好きではあるけど、評価は正当なものを望むんだ。


「それとローザベルさんはさっきも言った通りウチにいるから、それだけは実際に会えば確かめられるわね。ただ『本物のローザベル』だと証明しろって言われても困るけど」

「……いささか謙遜がすぎるような気もしますが、分かりました」

 謙遜か。自分の評価と周囲の評価が食い違うなんて、よくあることだ。いちいち気にしてもしょうがないし、本当にどうでもいいことね。

 私の説明を吟味するようにしてた委員長だけど、納得してくれたのかどうか。

「そう。他には?」

「まだまだありますが、この場ではあと一つだけ。強さを、見せてもらえませんか?」

 互いを知るには戦ってみるのが手っ取り早い。そうはいっても、ここじゃね。


 どうしたもんかと思ってると、後ろから声が。

「お姉さま、この人たちなら身体強化魔法を見せるだけで十分ではないですか?」

 実際にやり合うまでもなく、それだけで実力差を判断してくれるならいいけどね。

 アンジェリーナとヴァレリアは軽く魔法を使ってる状態だけど、周囲を威圧できるくらいの実力差がすでにある。

「護衛のお二人がまだ本気でないことは理解しているつもりですが……」

 その認識は甘い。そこらの戦力とは一味も二味も違うのがキキョウ会だ。その幹部はさらに次元が違うってことを、どうせなら知ってもらおうか。

「ヴァレリア、七分でいいわ。見せてやりなさい」


 言葉と同時に、効果音が付きそうなほどにダッフルコートの美少女の存在感が高まる。

 今までも周囲の傭兵たちはと別格の存在感があったけど、それが急に跳ね上がったんだ。わざとらしいの魔力の奔流は、魔力感知が苦手な人にも十分に伝わる。こんなのただの無駄遣いなんだけどね。


 周囲に並ぶ傭兵の女たちが、思わず目を剥いて身構える。

「これで分かったと思うけどね。まだ全力じゃないけど、もう一人のアンジェリーナも同格よ。それにウチの幹部は、みんながこのくらいのレベルにあるわ」

「……この街では、そのレベルにないとやっていけない、ということですか」

「さあ? 少なくとも、好きにやっていきたいなら必要かもね。でもあんたも良い線いってると思うわよ」

 実際、委員長は私から見ても強いと思う。少なくともキキョウ会の正規メンバー程度の実力はあるだろう。さすがに傭兵団のトップを張るだけのことはあるし、伊達に女傭兵団なんてものを守り抜いてきたわけじゃないってことね。さらには大国の辺境伯に雇われるような奴らだ。そいつらが弱いはずはない。



「さてと、そろそろ本題に入ろうか」

 これまでのやりとりで少しは相互理解も進んだはずだ。

 心なしか緊張したような委員長に改めて聞く。

「そっちの目的は? わざわざ他国からこの街まで来た理由を知りたいし、単にウチに雇われたいとか、傭兵団を解散してキキョウ会のメンバーとして属したいってわけじゃないんでしょ?」

 ローズマダー傭兵団がどうしたいのか、ウチに興味があるから話したいってことしか知らないんだ。それにドンディッチでは貴族の雇われで重宝されてたんなら、待遇だって悪くはなかったはず。よっぽどの事情でもなければ裏切ることはしないだろう。


「ええ、そちらに属したいわけではありません。こちらの目的はキキョウ会との取引を辺境伯が望んでいるからです。レトナークが崩壊して攻めて来ることがなくなったこともありまして、雇われのわたしたちが遣わされました」

「へぇ、取引ね。具体的には?」

 他国の貴族がわざわざ持ちかける取引か。ウチも偉くなったもんね。

「辺境伯は物資の交換を望まれています。こちらからは製錬済みの魔導鉱物を、そちらに望む物は回復薬です」

「もっと具体的に。そもそもの理由は?」

 魔導鉱物といったって、ピンキリで幅は広い。しょうもないブツを欲しいとは思わないし、回復薬だって種類やランクはいくつもある。交換する程の魅力がなければこっちとしてはやる意味が薄い。


 それに相手の目的が不明じゃ気持ち悪い。回りまわってエクセンブラやブレナークの側に不利益が生じるようなことは避けたいしね。


「込み入った事情もありますので、どうか他言無用にお願いします。ドラセナ、お土産と資料をここに」

 後ろに並んだ傭兵の一人が大きな箱を持ち上げると、こっちまできてアンジェリーナに渡す。

 アンジェリーナが一応の確かめをしてから私のそばに置いてくれた。かなりの重量がありそうね。

「これは?」

「箱の中身は辺境伯からの贈り物です。今回の話の結果いかんに関わらず、そちらはお受け取りいただければ」

 口止め料も込みってことか。別に言いふらすつもりはないけど、相手がそれで納得するなら構わない。こっちも信用の商売だからね。

 どんなもんかなとチラ見すると、箱の中身は魔導鉱物のインゴットだった。


 ふーむ、色々とある。私から見て有用そうな鉱物としては、ミスリル、カーマイン鉱、オリハルコン、それと僅かな量だけどもっと希少な鉱物まで入ってる。これらはどれも貴重品だ。取引したいって申し出なら、このお土産はサンプル品も兼ねてると思っていい。


 そもそも魔導鉱物ってのは、戦略物資に該当する。単純に武装として使う以外にも、魔道具の重要な構成要素だったりするしね。辺境伯とはいえ、一貴族が勝手に国外に持ち出していいのかも疑問ね。まぁお土産としての少量程度なら問題にはならないのかもしれないけど、取引と称する程の量になるなら話は別だ。相手はヤバい橋を渡ってるようなもんだし、それだけ覚悟も伝わってくる。

「ありがたく貰っておくわ。これから聞くことはここだけの話にしておく。それで?」

 前置きはもう十分だ。


 委員長もこっちが土産の意味を理解した上でのことと納得して、いよいよ本題に入る。

「こちらが欲しているのは、毒に対する状態異常回復薬です。ランクは上級から下級まで、できる限り多量に。噂によればキキョウ会はローザベルを始めとして、何人もの治癒師を抱え、大量の回復薬を生成、裏ルートで流通させているとまで聞き及んでいます。その是非についてどうこういうつもりは、もちろんありません。しかしそれが真実であるならば、解毒の回復薬に限ってはこちらに回して欲しいのです。できれば、今後生成する種類もこちらが欲する回復薬を多く作って頂けると、尚ありがたいですね」


 欲しいってのはいいとして、それが大量に必要な理由が不明なままだ。続けろと促す。

「提示した取引物資、またお土産からも分かりますように、辺境伯領には鉱山が多くあります。採鉱から始まり製錬まで行うことによって、非常に繁栄している領地でもあります。ですが長年に渡って重大な問題を抱えてもいます。それは他領には見られない健康被害です」

 話の流れからして鉱害か。廃水や煤煙の処理を入念にやらなければ、重金属や有害物質を含んだ水や空気が蔓延することになる。

 大規模にやってるなら魔道具を使っても誤魔化しきれない、あるいはこれまでに発覚してなかった事件でもあったんだろう。


 鉱害の範囲が広く事態が深刻化してるとなれば、領地だけの治癒師じゃ人手が足りないし、その治癒師が毒にやられてることだって考えられる。それに治癒師は全部の異常を治癒できるわけじゃなくて、得意分野がそれぞれにある。魔法が万能に近いとはいえ、それを実行するのは人なんだから限界はあるわね。


 ついでに言えば国内の貴族や商人、ライバルや対抗勢力に弱みを見せたくないって理由もあるかもしれない。それで秘密裏に解決を図りたいってのはありそうな話だ。

「事情は分かったけど、一体どれだけの量が必要になるのよ? それに鉱山の事業を止めるわけにもいかないんじゃ、回復薬をどれだけ使っても追い付かないと思うけどね」

「問題の解決の目処はついています。徐々にですが、施設に専用の新型魔道具の敷設が行われる計画です。ですが、現在までに起きてしまった被害を見過ごすことはできませんし、魔道具の敷設が完了するのもまだまだ先になります」

 対症療法的な回復薬の使い方は、いずれは終わる算段があるのか。無計画なわけじゃないみたいね。


 秘密にしたいなら他国の裏社会に頼るのも分からなくはない。敵対する勢力がいたとしても、調べるのが難しいだろうしね。だけど、そこまで深刻な話だと同時に疑問も生まれる。

「ところでさ、ウチのことはどこから聞いた? そんな重大な話を、噂話を頼りに持ってきたとは考えられないわね。それに加えて、そんな秘密をさ、ウチに教えてしまっても良かったわけ? ネタにして強請る可能性だってあるわよ?」

 なんてったって、ウチは悪の組織だ。遠く離れた場所の誰がどうなろうが知ったこっちゃない。得になる方を選ぶわよ。

 それと情報漏れは問題だ。回復薬を水面下で治癒師ギルドに流してることは完全にバレてるみたいだから、そっち繋がりで仕入れた情報なんだとは思う。あのギルドも相当悪どく稼いでるみたいだからね。それでも一応確認しておきたい。

「秘密については心配していません。辺境伯は中央からの信頼も篤いお方です。どのような噂が流れたところで、問題にはなりません」

 ずいぶんと自信があるらしい。まぁ他国の裏社会の組織がなにを喚いたところでってのは実際のところあるだろう。私はその辺境伯がどれだけの人物かも知らないんだし、これ以上は無意味ね。ただの脅しに屈するようなヘボい貴族じゃないんだろうし。

「それとそちらの情報の出処については、わたしの知るところではありません。わたしが話しているのは伝聞にすぎませんので。辺境伯には確信できる何かがあったとしか、答えようがないですね」

 まぁ、雇われの傭兵団になにもかもを話してるはずもないか。



 私が考えるべきことは、この取引がキキョウ会にとって利益があるかどうかだ。

 こいつらが欲しいのは回復薬。それも毒を癒すことに特化した物だ。たぶんその用意は問題ない。ローザベルさんとコレットさんなら、弟子の修行として喜んで死ぬほど大量に作らせるだろう。上級回復薬の生成には私が加わってもいいしね。

 治癒師ギルドに流す回復薬だって、品薄商法と考えれば数は減っても利益はそこまで減らないとも思える。伝説の治癒師の名は伊達じゃないし、ブランド品は供給が不足してるくらいでちょうどいい。情報漏れの件もあるし、その辺をネタにして卸値を釣り上げることだって可能だろう。どうせマージンで暴利をむさぼってるはずなんだ。


 そうすると、キキョウ会としては魔導鉱物のインゴットを獲得できた分だけ利益が増えることになる。

 取引のレートは詰める必要があるけど、こっちだって安売りするつもりはないんだ。しばらくの期間継続的に、それも合計で何万人って分が入用となる相手なら、そこから得られるインゴットがどれくらいになるかはちょっと分からないほどだ。


 得た物資で新たな商会や鍛冶師ギルドにツテを作ることだってできるかもしれない。

 それに、私が鉱物魔法で生成して流してる物資の出処を誤魔化す手段としても使える。どこからともなく調達してくる物資が、実は他国から持ってきてるってね。欺くためのカムフラージュ程度にはなるだろう。うん、これを契機に他国との取引先の開拓ってのも悪くない。むしろ色々な意味でもやっておいた方がいい。


 逆にデメリットはあるか。今のところは特に思いつかない。

 物資のやり取り自体はフロント企業を使って適当にやればリスクだって特にない。正直にドンディッチのどこそこと取引してますなんて申告する必要だってないんだ。金さえ普通に払えば行政区や商業ギルドだって、そもそも何も疑うことはない。辺境伯だって秘密裏にウチと取引したいなら、偽装工作くらいはするだろうしね。そこに乗っかってやればいいだけだ。これに加えてその辺のノウハウに詳しい元犯罪者の仲間だっているからね。こういう時にこそ光る人材だ。


 今のところキキョウ会にとって、魅力のある取引と思える。困ってる相手を助けてやって、ウチは儲けられる。それによって不利益を被る奴も少ない。なんの問題もないし、組織の増強に投資できる額もぐんと増えるってもんだ。秘密をネタに強請るよりも、ウィンウィンを狙った方がよっぽど儲けられるに違いない。それに強請ろうとして失敗したら儲けはゼロだからね。完全に無駄になる。


 最悪の場合、罠でも別に構わないんだ。

 ウチにとってはまさに売るほどある回復薬を盗られたところで痛手は特にないからね。それにウチをハメようって腹なら、それこそ上等だ。相手の何もかもを奪いつくして逆に破滅に追い込んでやる。キキョウ会は暇じゃないけど、やるべきことはやる組織なんだ。もしもの時には、覚悟の違いを見せつけてやる。


 考え込む私をどこか緊張した様子で待つ赤い鎧の団長。うん、やっぱり顔が委員長っぽい。いつか機会があればメガネをプレゼントしてやろう。

「イングリッド、だったわね。細かいことはこれから詰める必要があるけど、私は会長としてこの話を受けようと思う。また明日会える?」

「いつでも大丈夫です。こちらはそのために来ていますので。でもよかった――」

 ここで相手の目を見据える。

 真っ直ぐに、私の心が伝わるように。

「――ただし、騙そうとしたり裏切ったらタダじゃおかない。辺境伯だろうがなんだろうが、必ず潰す。できないなんて、思わないでよ?」

 ほっとした様子で話を続けようとした委員長改めイングリッドを遮って警告だけしておく。

 人によっては、おぞましいとさえ表現する魔力の奔流も見せつける。


 初対面の外国からわざわざ来てくれた女傭兵団。実力もあるみたいだし、私は割と気に入った。だからこそ、私たちキキョウ会を敵に回すな。もし、そうなればお前たちにだって容赦はしない。これは脅しと同時に、親切かつ友好的な意味合いだって含まれてるんだ。

 甘く見るな、味方にしておけ、そっちの方が得があるってね。それを態度で示したつもりだ。雇い主にも誤解がないよう、伝えておいて貰いたいもんよね。

「明日は実務担当者を来させるから、細部までの話ができるはずよ。それじゃ、私たちはこれで」

 固まってしまった傭兵団をそのままに退出した。



 具体的な交換レートや取引量については、帰ってから事務班と治癒班に考えさせればいい。その後の取り扱いについても、どうやるかは任せてしまう。同時に情報班にはできる限りの裏取りをさせる。妙な動きをしないか傭兵団の監視もいるし、実際にドンディッチにまで行って実態の調査をすることも視野に入れておこう。


 でもこれが上手くいけば、ドンディッチとのツテができる。

 信頼関係が作れれば、新たな儲け話の芽も出てくるかもしれないし、ウチには他国のツテがないからね。これが新しい取っ掛かりくらいにはなるかもしれない。色々な可能性が生まれることも考えれば、この取引の重要性はどんどん高まってくる。


 まだ見込みだけど、今回の件でウチはまた強くなるだろう。それも色々な意味でね。


外国からの使者がやってくるお話でした。

閑話のような内容ですが、割と重要なことも含まれています。

ばら撒いた伏線というか、疑問点でしょうか。それも少し回収しています。次回もそのようなお話となります。

(対麻薬カルテルとの状況についても、少しは触れる予定です。忘れないよう、ほんの少しですが。)


次話「六番通りの新名所」に続きます。

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