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第一次遭遇、接触戦

 マクダリアン一家の本邸を出ると、行きも通ったフランス式庭園に出ることになる。

 吹きつける雪に辟易するけど、ざっと見たところ敵の姿はない。


 そのまま庭園に踏み出すと、後からぞろぞろと親分たちも続く。

 近くに敵はいない。罠もない。あちこちにある魔道具は庭園を維持管理するための物だろう。問題ないわね。


 警戒しながら急ぎ足で庭園の中ほどに達した頃、後ろから野太い怒鳴り声が耳に届いた。

「おい、キキョウ会の! 向こうの屋根からこっちを見物してる野郎がいる! そいつを倒せるか!?」

 誰か見てるって? そんなのが分かるなんて、まさかの索敵系が得意な親分ってことになる。意外ね。

 魔法攻撃をしようとしてる奴ならともかく、遠距離からただ見てるだけの奴なんて、私じゃ全然気づけない。


 気になって一度立ち止まる。

「たぶん倒せるけど、どこよ!? それと敵に間違いないわけ!?」

 偶々そこにいただけの奴かもしれないんだ。いくらなんでも誤認で攻撃したくはない。

「敵に決まってんだろ! この天気、このタイミング、敵以外の誰が観察してるってんだ!?」

 怪しいことは怪しいけど、敵だと断定するには弱いわね。今日は総会なんだし、どこの組織だって様子をうかがったりする可能性はあるだろう。ウチの情報班だって、どこかでこっそり様子をうかがってると思うし。

「あれはこの街の人間じゃねぇ! なにかあっても俺がケツを拭く! いいからできるならやれっ、右の二番目に高い屋根だ!」

 そこまで言うならやってやる。ただ、私がこの目で見て確認してからだ。


 体を向けながらゆっくりとした投球モーションに入る。

 右の二番目って……結構距離があるけど、あれか? 天気の悪さに加えて闇もある。かなり分かり辛い。

 僅かな時間の流れの中で鉄球を生成し、その屋上とやらに視力を限界まで強化して目を向けると、舞う雪の向こうでバッチリと目が合った。

 そのまま投球モーションは止めずに判断する。


 目が合ったことにはそいつも気がついたらしい。驚いた顔を見せると、背後の誰かに怒鳴るような行動をとって見せた。

 間違いない。こいつは敵だ。挙動もそうだし、なにより『第三の目』が確かな証拠だ。これ以上ないほど分かりやすい位置、額にレギサーモ・カルテルの証がある。あの『目玉』の形のタトゥー、初めて見るけど趣味が悪すぎる。

 ここまで見定めて投球モーションの最後、鉄球が手を離れた。


「見物人は倒した! あれはレギサーモ・カルテルで間違いないわよ!」

「ま、待て待て、たくさん湧いて出てきたぞ!」

 戦果を誇る暇もない。

 またさっきの方向に顔を向けると、何人もの怪しい奴が姿を現した。近辺のいくつも建物の屋上から、魔法を使ってくる気満々だ。

「あんたね! 藪蛇じゃないのっ!」

 見たいだけなら見させておけば良かったんだ。藪をつついたばかりに、こうしてる間にも容赦なく魔法は飛んでくる。


 親分たちも防御手段の一つくらいは持ってるらしく、それぞれで対応できるなら勝手に守らせよう。私としてもこれ以上のお守りは御免だ。

「わしらを釘付けにする気か!?」

「このままじゃ動けんっ! 敵を倒せ!」

 どこまでも図々しい奴らだ。

「ったく、この貸しは高くつくわよ! ジークルーネは先に行きなさい!」

「了解した!」

 ここにいてもらっても出番がないから先に行かせる。ヴァレリアとシェルビーがやられるとは思えないけどね。

 降り注ぐ魔法をものともせず走り去る背中が頼もしい。


 よし、やるとなったら迷いはない。久々に投擲術の真骨頂を見せてやる!

 受ける攻撃は手数を優先してるのか、下級程度の威力しかないし狙いも雑。一般的には下級だったとしても魔法での攻撃はかなりの脅威になるけど、私にとってはなんの問題にもならないレベルだ。

 この程度の数と威力なら、全ての攻撃はアクティブ装甲で余裕を持って自動的に防御できる。


 盛大に破壊され続ける庭園の様子に苛立ちを覚えながらも、コントロールを重視した投擲が乱れることはない。激しい風が吹こうとも、雪が降っていようともそれは変わらない。

 どんな軌道を描こうと狙ったところに必ず命中するそれは、目には見えないレールに乗って運ばれていくかのようだ。

 魔法とは違うただの物理攻撃は、遠目から狙われた場合に察知することは難しい。しかもこれは亜音速で迫る一撃だ。なす術もない敵を撃ち抜き続ける。

「…………よっつ、いつつっと……逃げたか」

 案外に潔いし、決断も早い。敵の数はまだまだ残ってたけど、正体不明の攻撃に晒され続ける愚は犯さなかったようね。

 まぁ、敵の目的が不明な以上、目的を果たして用が済んだのか、やむなく撤退したのかすら分からないんだけど。


「……攻撃が、止んだな」

「お、終わったのか?」

 多分ねと頷いてやる。

「だったら、グズグズするな。行くぞ!」

 あの攻撃を親分たちも無傷で凌ぎきったらしい。しぶとい連中だ。

 背後のマクダリアンの屋敷からは派手な音が聞こえてくるし、これ以上の増援に来られても面倒ね。さっさと行こう。



 庭園を抜けると、駐車場の戦いはすでに終わってるようだった。

 敵は二人。相性の問題か思った以上に強かったのか、一人は時間をかけてヴァレリアが倒したっぽい。

 もう片方は駐車場にいた親分たちの護衛戦力がなんとかしたらしい。意外とやるもんね。


 親分たちはそれぞれの護衛のところに散っていく。

 ジークルーネは出番がなかったせいか残念そうだけど、念のためかそっちの様子を見に行ってくれてる。


 私はとりあえず妹分を労おう。

 あれ、近づいてみると敵にはまだ微かに息がある。

「でかしたわよ、ヴァレリア。こいつから情報を取れるかもね」

 体中が切り刻まれて大量の血を失ってはいるけど、今ならまだギリギリ助かる。

「はい、お姉さま。でもこいつ、変な能力があって、倒すのに時間がかかりました」

「変な? それが苦戦した原因ね。どんな能力だったの?」

 ほっとくと今にも死にそうだから、致命傷と全身に負った傷口は治癒してやる。体力は戻らないから、意識を取り戻しても抵抗はできないだろう。

「痛みを感じないみたいでした。切っても突いても関係なく向かって来ましたし、毒の効果も薄いように思えました」

 ふーむ、痛覚を遮断するような薬でも使ってるのか、そういう特殊な能力の持ち主なのか。まぁ本人から聞き出せばいい。


「シェルビーも良くやってくれたわね。お陰で帰りの足がなくならずに済んだわ」

「ほぼ魔道具のお陰っすけどね。とにかく、ここを守れて良かったっす」

 期待してたことをやってくれたんだ。それ以上のことはない。


 意識のない大柄な男をワイヤーで縛ってると、またバルジャー・クラッドが近寄ってくる。

「今度はなによ? 急がないと屋敷の方から追っ手が来るかもよ?」

「マクダリアン一家とてそこまでヤキが回ってはいまい。用件はその男、やはり腕に目玉のタトゥーがあるな。ところで、まだ生きているのか?」

「死にそうだったけど、回復薬で持ち直したところよ」

「……なるほどな。ひとつ、取引をしないか?」

 唐突な奴。まぁ聞くだけは聞いてやる。顎をしゃくって先を促した。

「こいつを引き渡してくれないか。なに、キキョウ会よりも俺の方が、こいつを上手く使える」


 まぁそう来るわよね。

 うーん、捕まえた奴から情報を引き出したとして、それをウチが独占する意味は特にないように思える。

 それに他の組織から色々と根掘り葉掘り聞かれるだろうし、マクダリアン一家からは身柄を引き渡せだのなんだのと、うるさく言われるのも簡単に予想できる。


 対レギサーモ・カルテルにおいては共闘するって約束がある以上は最低限の情報だって回ってくるはずだし、クラッド一家に引き渡してしまった方が後腐れがなくていいかもしれない。

「見返りは?」

 上手く生け捕りにしたのはヴァレリアだ。簡単に捕まえた相手でもないんだし、体を張った戦果なんだから要求は当然よ。

「最初の生け捕りだ。安くは買わないさ」

 マクダリアン一家の方でも敵を捕まえられればいいけど、さすがに生け捕りにするのはなかなか難しそうな相手だと思う。それを分かってるのか分かってないのか、働きに対する褒美って意味でもバルジャー・クラッドは寛大らしい。


「そうだな……これから先、キキョウ会がどこかのシマの権利を奪ったとしよう。俺たちは一切の文句を言わない。特に色街を狙っているのなら、そうなる日もいつかは訪れるはずだろう? まだ先の話にはなるだろうが、クラッドの名において約束しよう」

「色街? なんでよ?」

 どういうつもりで言ってるのか分からない。

 それに取らぬ狸の皮算用なんて聞かされてもね。本当なら無視したいところだけど、相手はドン・クラッドなんだ。この約束は守られると考えてもいいだろう。もちろんクラッド一家のシマを狙った場合は別だろうけど。


 でも、理由くらいは聞いておきたい。わざわざ色街に言及するのってのはどういうことか。

「身内にそういうのが得意なのがいるだろう? 今すぐにではなくとも、欲しがっていたはずだ」

 まさか、カロリーヌのことを言ってる!?

 彼女は元は娼婦の元締めをやってた経歴がある。今は王都のロスメルタの元で、その手腕を発揮してるはずだ。近々、ウチに迎え入れるつもりではいたし、そうなればそっち方面にも手を付ける計画はあった。どうやって知ったのかは気になるけどね。なにもかも、お見通しってわけか。


 ふん、まぁいいわ。

「女の秘密を暴こうなんて、感心しないわね。でもいいわ。こいつはあんたに譲ってやるけど、約束は守りなさいよ?」

 こいつは文句を言わないと言った。沈黙だ。それはすなわち黙認と同じことだ。

 キキョウ会が今後、どこかの組織を潰してぶんどったとしても、クラッド一家は黙認する。それは正直、ウチにとってかなりいい話だ。なにを考えてるのか分からないけどね。

「それでいい。おい、こいつを連れて行け!」

 すでにほとんどの親分はいなくなってるし、残ってるのはクラッド一家の関係者になるか。ボスを残して先に帰るなんてできないだろうからね。


「悪いわね、ヴァレリア。せっかく生け捕りにしてくれたのに」

「お姉さまの言うことなら間違いはないです」

 いい子だ。髪を撫でてると、癒し効果が抜群だしね。


 もう一体の倒された敵の検分をしてたジークルーネが戻ってきたんで、私たちもおさらばだ。

 これからが忙しくなる。早く帰って、状況の共有と整理をしておきたい。




 本部に戻ると、さっそくの緊急幹部会で今日の顛末について順を追って話す。

 蛇頭会の消滅と、それを成したレギサーモ・カルテルのエクセンブラ進出。

 新勢力に対抗するために結ばれた、相互不可侵協定の暫定的延長と共闘するための新協定。


 そして。

「…………あの、マクダリアン一家のボスが死んだってのか!?」

「マジかよ……いきなりな話だな」

 蛇頭会の消滅は時間の問題だったとして、その他の出来事は想定外にすぎる。

 特にマクダリアンについては、キキョウ会の主敵とも思って来た存在だ。現実的にはボスが死んだところで組織として揺らぐ可能性は低いだろう。具体的には知らないけど、次代を担う存在だって必ずいるはずなんだから。それでも明確に標的としてきた相手が想定外の死を迎えたショックは大きい。


 さらには降って湧いたような敵の存在だ。新興勢力はちょくちょく現れるけど、ここまで派手な登場をした組織は初めてのことだ。

 いつの間にか蛇頭会を倒しただけに飽き足らず、よりにもよって総会に襲撃を仕掛けて、しかも主催者を含めた参加者の殺害までやってのけた。武闘派を自認する私たちでさえ驚く思い切りの良さだ。

「その、麻薬カルテルですか? どういった組織なのでしょう?」

「詳しくは情報班にまとめて欲しいところね。総会で簡単には聞いてるけど、それが全てとも思えないわ」

「ええ、全貌を掴めるかは別にしても、探ってみる価値はありますよ。遠く離れた異国の組織がいきなり大規模な戦力を送り込むなんて、できるはずがないですからね。その辺も含めて調べてみましょう」

 ジョセフィンは思案気にしながらも請け負ってくれる。ちなみに情報班副長のオルトリンデには、マクダリアン一家の様子を見に行ってもらってる。あの後どうなったのか。そしてその後に何を起こすのか。まずはそこを確認したい。


「五大ファミリーだって、そいつらの動きを完全に掴めてたわけじゃなさそうだよな?」

「とにかく動きが早すぎますね」

 今のところは何も分かってないに等しい。考えてもしょうがないかもしれないわね。

 一つだけ分かってるのは、レギサーモ・カルテルがキキョウ会の敵だってことだけだ。ただ、今のところ正面に立つのはウチじゃない。


「手際もいいし、聞いた限りじゃ戦力も高そうだ。こいつは面白くなってきたじゃねぇか」

「ああ、少しは面白ぇ喧嘩ができるかもしれねぇな」

 強敵と聞いて怯むどころか喜ぶこいつらは、ホントにどうしょうもない奴らだ。だけど、最高に頼もしい仲間でもある。チャンスさえあれば、全員で肩を並べてぶちのめしに行きたいところよね。

「会長、共闘するというお話でしたが、具体的にはどうするんですの?」

「……そうね。多分だけど、しばらくウチに出番はないわ。マクダリアン一家を筆頭に、親分をとられてる組織が躍起になって敵と戦うはずよ。共闘の約束はあるけど、当面は手出し無用って感じになるんじゃないかな」

 特にマクダリアン一家がウチに助けを求めるなんて想像できないしね。バルジャー・クラッドなら利用できるものなら何でも利用しそうだけど。


「でしたら、ウチは高みの見物でしょうか?」

 うーん、単純にそうとは言えないけど、まぁ似たようなもんかな。

「情報は集める必要があるし、警戒だって必要ね。共闘の約束がある以上は、要請があったら戦力を出す必要も出てくるわ。それでも当面は前線に立つことはないだろうから、高みの見物と言えなくもないわね。そんなわけで、ウチが主にやるべきことは、これまでと変わらないわ」

「するってぇと?」

「事業計画の遂行と、組織の増強。こう言っちゃなんだけど、ウチに構ってる暇がある組織も少なくなるだろうし、他が潰し合ってる内にやることやっとくわよ。邪魔が入らない今はチャンスとも考えられるし」

 鬼の居ぬ間に洗濯って感じね。

「ははっ、違いねぇ」


 今夜だけの一連の出来事を見ただけでも、敵は相当なもんだ。マクダリアン一家が本気になったところで、早々に決着がつくとは思えない。逆に冷静さを失ってるマクダリアン一家が、致命的な敗北を喫することさえ考えられる。

 敵だって、ただのアホじゃないだろう。エクセンブラは大きな街だ。それこそ今となっては世界から注目を集めるほどのね。裏社会の規模だって、相応に大きくなってる。つまりはどこの誰にとっても、決して簡単な相手じゃないはずなんだ。

 そのエクセンブラの裏社会が集まる総会なんて場所に襲撃を仕掛けたからには、なにか勝算があってのことのはずなんだ。なにか策があるのか、単純に圧倒できる戦力があるのか。別の何かがあるのか。


 きっと否応なくウチの出番はやってくる。最後まで他人事で終わるなんて、そんな都合の良い話はない。世の中そういうもんだ。

 だったら、その時が来るまでは、せいぜい好きにやらせてもらう。いきり立ってる連中の頭が冷えるまでは、どうせ手を出そうったって出せないんだしね。

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