事態の推移は突然に
総会での議論が長引いたこともあって、休憩時間はほとんどなく、そのままパーティー会場に入ることになった。
駐車場で留守番してるヴァレリアとシェルビーの様子が気になったけど、まぁ心配はいらないか。
広間のすぐ隣にあったパーティー会場に入ると、すでに料理は準備済み。魔道具の効力で保温もされてるらしく、湯気まで立ち上ってる。うん、期待できそうな匂いが食欲をそそるわね。
絢爛豪華な会場も見栄を張るには十分以上だ。クラッド一家に劣らない贅の限りを尽くしたような内装に、熟練の楽隊が奏でるのは会話の邪魔にならない程度に流れる美しい旋律。サーブして回る給仕係はクラシックなスタイルで、執事やメイド風味の地味ながらもどこかスタイリッシュさをも感じさせる装いだ。なかなかいい趣味してる。
窓の外を見れば、かなり雪と風が強くなってる。寒々しい光景だ。
あちこちを観察してると、さほど待たせることもなく主催者が登場して挨拶が始まった。
パーティーはなんらかのお題目が掲げられて行われるのが恒例。クラッド一家の時は、バルジャー・クラッドの当代就任祝賀会だったわね。
「……ではさっそく紹介しよう」
マクダリアンのスピーチなんてどうでもいいから適当に聞き流してると挨拶も終盤まで進んだらしい。なんでも今回のパーティーの名目は、マクダリアンの嫁さんの誕生日ってことだ。ホントにどうでもいいわね。
それでも少しだけ気になって、紹介された女性に目を向ける。
ちょっと年は行ってるけど美人の嫁さんは清楚で優し気な感じだ。これまたマクダリアンの奴はいい趣味してる。なんか、意外なことに趣味だけは色々な面でいい奴ね。それにしても、あれだけの器量良しがマクダリアンなんかのどこを気に入ったんだか。世の中不思議なこともあるもんね。
嫁さんの挨拶も聞き流して料理を食べてると、今度はこっちに注目が集まったらしい。
「キキョウ会のおふたり。あなた方からの贈り物は、わたくしだけで独占してしまうには余りにも素晴らしいものでした。お持たせですが、皆様にもご賞味いただきたく、今から運ばせますわ」
お、おお!? あの嫁さん、気が利くわね!
奥の部屋から運ばれてきたのは、私とジークルーネが持ってきた贈り物。
いくつもの皿には、リリィが作った超高品質フルーツが切られて綺麗に盛り付けられた状態になってる。
鮮烈で香しい芳香が空間を満たす。この場には様々な料理があるってのに、不思議なもんだ。爽やかな香りと鮮やかな見た目で注目を独占する。
「おお、なんですかな、それは?」
「いい香りの果物ですな。これをキキョウ会が?」
フルーツが嫌いだって人は少数派だろう。むしろ老若男女の別なく、好きだって人の方が多いと思う。
この場を使って、せいせい宣伝させてもらうとしよう。マクダリアンの奴からの、いつかの不愉快な贈り物の意趣返しは別の形でやるつもりだしね。
意地汚くさっそく手を付け始めた親分たちの評判も上々だ。
「こ、これは、美味い!」
「なんという美味じゃ。おい、少し包んでくれんか? わしも家族に食べさせてやりたい」
図々しいジジイもいるわね。とにかく評判が良くて、こっちとしても気分がいい。これもあの嫁さんのお陰か。
微笑む嫁さんには私としても悪い気はしない。例えマクダリアンの嫁だったとしてもね。
うーん、敵の身内に好感を覚えてしまうのは危険ね。
まぁいいや。さて、私もちょっと味見を……。
その直後、怖気が走った。
「ジークルーネっ!」
「なにっ!?」
咄嗟の反射で身構えると同時に、大きな窓ガラスが粉砕した。
恐るべき勢いで飛び込んできた何かは、幸いにも私たちからは離れた場所に着弾したらしい。凄まじい破壊音と衝撃だ。折り重なるようにして、破壊音と衝撃は幾度か続く。
もしこっちまで飛んできたとして、初撃を防ぐにはギリギリのタイミングだった。間に合ったとは思うけどね。
あれは魔法じゃない。魔法だったなら、もっと早くに感知できてたはずだ。だったら、あれは魔法攻撃じゃなくて物理的な何かが撃ち込まれたってことになる。私の投擲みたいなね。多分だけど。というか、あれはなんだったのか。
突然の暴虐の後には静寂。今のところ追撃はやって来ない。
なにが起こったのかと呆然とする会場。窓ガラスや調度品、床も粉砕されて絢爛豪華な内装が見る影もない。吹き込んでくる雪が強くて細かな様子が見えにくい。
「……攻撃されたのは間違いないわね。これで終わりとは思えないわ」
「ああ、それも並大抵の相手ではないだろう」
私たちに察知させずに、これほどの破壊を生み出した相手が近くにいる。
被害状況が気になるけど、そんなのはあとだ。
とりあえず近くの柱の陰に移動して、魔力感知を集中、敵の確認だ。
人数と戦力の把握、これって……。
「ジークルーネ、どう思う?」
「……そうだな、敵と思われるのは、先ほど攻撃を受けた北側から向かって来るのが三人、さらに南側の駐車場ではもう二人か? 今は誰かと戦っているな。ヴァレリアとシェルビーが押さえているのか?」
魔力反応だけじゃ敵味方の識別は難しいけど、ジークルーネの判断には私も頷ける。向かってくる敵はそれで間違いない。ただし、北側の離れたところには去っていく反応も三人分ある。これも多分、敵だろう。まぁ、いなくなる奴のことは今はいい。
「全部で五人。こいつら、かなり強いわね。悠長なこと言ってる暇はなさそうよ」
誰だか知らないけど、マクダリアン一家の警備についてるのとは段違いの実力者たちだ。なんなの、こいつら。この街の貴族どもが飼ってる暗殺者なんかよりもよっぽど強い。あれじゃ親分たちの少ない護衛で対処できるかどうか。
一応は総会の警備を仕切るのは主催者の責務だ。そこに割って入るのはメンツを潰すことになるんだけど、もうそんなこと言ってる場合じゃないわね。
「あ、ああああああっ!? ドン・マクダリアン! お、おお、奥方様まで!」
「なんてこと……」
ちっ、うるさいわね。騒いで相手に居場所を知らせてどうする。
「……ユカリ殿、あれを」
呼びかける声に振り向くと、破壊された場所を見るように促された。
さっと目を向けると、吹き込む雪が途切れてた。これで見えやすくなった。
まず目を引くのは突き立った剣だ。それも六本も。さっきまでの攻撃はこれを放り込まれてたんだ。ウチのゼノビアも巨大な剣を使ってるけど、それ以上のバカげた大きさの剣だった。
破壊の後に残ってるのは無機物だけじゃない。元は人体だったと思われる残骸や血溜まりもある。吹き込んだ白い雪を赤く染めていく光景が目を引く。
よく見れば、怪我人どころかすでに事切れてるのも何人かいるらしい。無残に破壊されたパーティー会場と料理の数々。せっかく私たちが持ってきたフルーツもきっと滅茶苦茶になってるだろう。
そして、最も破壊の凄まじい窓際。さっきまであそこにいたは――。
「……マクダリアン」
それと嫁さんも一緒だったはずだ。
即死。原形すら留めないそれは、なにをどうしても絶対に助からない確実な死。
思い至った瞬間に感じる僅かな喪失感。これを自覚して、即座に切り替える。
あの不意打ちでマクダリアン夫妻だけじゃなく、何人かはやられてる。この街を裏から仕切る親分たちがだ。きっと、これからとんでもない事態になっていく。でもそれを今心配したって意味はない。もう起こってしまったことは変えられないんだ。呆然としてる場合じゃない!
幾度も修羅場をくぐってきただろう親分連中も、すぐに事態を把握して立ち直りつつある。相手がどこの誰だか分からなくたって、命が狙われてるってことくらいは誰だって理解できる状況だ。それも、相当にヤバい。
「に、逃げろ! 今いる戦力じゃ話にならねぇ!」
「マクダリアンの護衛は役に立たん! 急げ!」
賢明な判断ね。
現時点でここにはろくな戦力がないのは確かだ。外には護衛がいたけど、ここまで突破されてる時点で頼りになんてできるはずもない。
マクダリアン一家は兵隊の数こそ多いし一定のレベルにはあったものの、飛び抜けた実力者はいないって話だった。強者の不意打ちにはなんの対抗もできなかったんだろう。もしくは気付いてさえいなかった可能性の方が高い。
それに今も戦ってる駐車場の戦力だって、そっちで手一杯のはずだ。こっちに向かってくる応援はないと考えていい。
ついでに言えば、ここにいる大多数の親分連中自身に高い戦闘力は期待できない。少なくとも、あの襲撃者どもに対抗できそうな力を持ってるのは少ないと思う。親分てのは自身の直接的な戦闘力よりも、無頼者を纏め上げる求心力や組織を維持するシノギを集められる力が重要になる。暴力はそういうのが得意な子分にやらせとけばいいんだからね。適材適所なんだ。
襲撃者の目的が分からないけど、逃げられるかどうかは微妙なとこね。見逃してくれるのか、皆殺しにするつもりなのか。まだ増援があるのかも不明だ。
例外的な強さを誇った、こういう場面で張り切ってくれそうなアナスタシア・ユニオンの総帥は他国に行ってて不在。その代理だって強者のはずだけど、今動いてない時点で積極的に戦う意思はなさそう。そして必要以上の護衛戦力を連れて来てはならないって建前があるからか、どこのボスも少数の護衛を駐車場に待機させてるだけだ。あのクラッドもどういうわけか、凄腕剣士の《雲切り》を連れて来てないらしい。
要は誰もあてにはできないってわけだ。
さて、私とジークルーネはどうするべきか。
この場をコケにした奴らは私にとってももう敵だ。それに、マクダリアンは私たちの獲物、私たちが倒すべき敵だった。横から出てきた訳の分からん奴らに好き勝手やられて、そのままにしていいはずがない。リリィの果物を褒めてくれた、あの嫁さんの微笑みがやけに印象に残ってる。
「……やるわよ。誰の差し金が吐かせるから、最低でも一人は生け捕りにしたいわね」
相手の正体を確かめたい。あんなのを飼ってるのが元々エクセンブラに居を構える組織とは考えられない。このタイミングでマクダリアン一家に恨みを持つ単独の勢力が襲って来たとも思えない。となると、最近入ってきた新興勢力ってことになる。もしかしたら、件のレギサーモ・カルテルかもしれない。
ジークルーネと向かってくる敵にどう対処するか話そうとすると、途端に騒がしくなる。
「なぁにやってんだ、てめぇらぁっ!」
「ここがどこだか分かってんのか、ああっ!?」
「誰だか知らねぇが、ぶっ殺せ!」
次々と湧いて出てくるのはここの一家の連中だろう。
「親父! 親父はどこだ!?」
「もっと応援呼んで来いっ! おい、お前は親父を早く探せ!」
ちっ、動きづらくなったわね。
「あれはマクダリアン一家の連中だ。ユカリ殿、勝手に動くのは具合がよくない」
「……腹の虫は収まらないけど、そうね。ここはあいつらの本拠地なんだし、奴らにやらせるのがスジか」
助けを求められたんならともかく、そうでもないのに出しゃばることはできないか。例えその結果がどうあろうともね。
まだ気がついてないみたいだけど、ボスのマクダリアンが殺されてるんだ。自分たちに身を置き換えて身内がやられたと考えてみれば、手出し無用ってなるのは当然ね。
だったら、邪魔者は退散しよう。きっとここでだけで全てが終わることはない。それに駐車場の戦いも気になる。
誰よりも早く逃げたと思われるのも癪なんで、その辺の誰かに声をかけてから移動しようとすると、ちょうど誰かが近くに来た。
「いいか、ニジョーオーファスィさん!?」
私をそう呼ぶ奴は少ない。私たちのいる柱の陰に飛び込んできたのは、見覚えのある顔だった。
「あんた、ドン・クラッド?」
「ここはマクダリアン一家に任せて退避しよう。すまないが突破口を開けないか?」
護衛でもやれってのか。まぁいいわ。ぐだぐだ話す時間も惜しい。
「私たちは駐車場に行くつもりよ。ここに向かって来てる敵とは逆方向だけど、あっちでも戦いは起こってるわ。それでも付いて来る?」
「それでいい。俺の護衛はそう簡単にやられはしないし、他の皆さんも俺も帰るための足が欲しい。後ろはアナスタシア・ユニオンが務めてくれる」
なるほどね。そういう目論見か。
まず私とジークルーネが先頭に立って駐車場に向かう。
途中で妨害でもあれば、その排除をし、駐車場の戦闘もなんとかしろと言いたいらしい。
バルジャー・クラッドとその他の親分連中は私たちの後に続いて、殿は超武闘派組織のアナスタシア・ユニオンが引き受けると。
結局、目的地は一緒なんだ。こっちからしてみれば、付いて来たければ勝手に付いてくればいいだけのこと。
「分かった。じゃあ、さっさと行くわよ」
マクダリアン一家の連中の騒ぐ様子が、どんどん大きくなる。これ以上の混乱に巻き込まれるのはゴメンだ。変な誤解を受ける可能性だってあるしね。
手早く戦闘用の特製グローブを装着すると、ジークルーネと並んで移動を開始した。
話が動き始めて参りました。
ここからの展開は緩急織り交ぜて、長く続くと思います。
次回もどうぞよしなに。
活動報告もアップしていますので、お時間のある方はチラッと覗いてみてくださいね。