寝耳に水の厄介者
マクダリアン一家の本家の庭園は、言うなればフランス式庭園の一種だろうか。
キッチリとした幾何学的な紋様を描く植栽に、石畳や噴水、彫像などの配置も特徴的だ。
植物は配置のみならず刈り込まれた紋様までが左右対称、他の設置物も含めて庭園にある全てが左右対称になってるんだ。徹底したシンメトリーを描く芸術ね。
隙の無い綺麗な刈り込み、庭園自体の広さ、行き届いた掃除、なにもかもが計算され尽くした完璧さだ。とにかく金のかかってそうな見事な庭園ね。
雪の季節にも関わらず、全てが白に覆い尽くされてないってのは、魔道具の力によるものだろうか。興味深い。
いい感じに残る雪が、これまた見事なアクセントになってて、冬ならではの美しさを作り出してる。
クラッド一家の庭園も見事だったけど、こことはまた違った趣だった。
あっちは言うなればイギリス式庭園だったと思う。
人工的な形の刈り込みなどは一切せずに、自然に映える美しさを追求した感じだったはずだ。
ウチのリリィは自然な感じを好むっぽいし、私もどちらかと言えばイギリス式が好きかな。
まぁ優劣を付けるなんてのは無粋だ。どっちも素晴らしいことに変わりなく、好みの問題だ。
庭園だけを見るなら、マクダリアンの奴も中々に良い趣味をしてると思えるわね。
密かに景観を楽しみながら歩いてると、ちょうどいい散歩をした感じで屋敷に到着する。
以前と同じく招待状を確認されて手土産を預けると、ダメ元で頼んでみる。
「その手土産さ、出来ればいいんだけど、パーティーの時に少しでいいから出してくれない? 無理にとは言わないから、偉い人に聞いてみるだけね?」
「は、はぁ。それよりも時間が差し迫っていますので、どうぞ中へ」
「ユカリ殿、急ごう」
「そうね」
突拍子もなかったかな。まぁ粘ってもしょうがない。早く行こう。
総会の会場となる大広間に移動すると、席は軒並み埋まってる状態だった。
まだ五大ファミリーの大御所は来てないみたいだし、間に合ったわね。
ここにいるほぼ全員の注目を集めながら、当然の如く用意された末席に着席する。
以前の総会で暴れたこともあったし、昨今じゃキキョウ会も名を上げてるからね。注目されるのは自然なことだろう。でも視線は全部無視だ。リアクションを取る必要を感じないし、なにより美人の私たちを見たくなる気持ちは分からなくもない。ジロジロと見てくるのはかなり不愉快でもある。
とにかく、クラッド一家でやった時と特に変わらない光景だ。総会の流れも同じだろう。重要な話は最後に持って来ると思うし、最初は寝ててもいいくらいね。
席について間もなく大御所が偉そうに登場して、ホストのマクダリアンもやってくると、仰々しい挨拶をしてから総会が始まった。
今回はウチも初参加じゃないから、自己紹介を求められたりもしなかった。平和ね。
総会での話し合いは、予想を裏切ることなく、キキョウ会とは無関係の話が続く。
子飼いのチンピラ同士の揉め事処理から始まって、客を奪ったとかどうだとかの睨み合い、麻薬の流通や価格を巡っての罵り合いなどなど、喧々諤々の話し合いが繰り広げられる。
どうでもいい話題に退屈極まるけど、それは私たちだけじゃなく、大物連中にとってもそうらしい。
クラッド一家とアナスタシア・ユニオンなんてこれ見よがしにヒソヒソ雑談してるし、ガンドラフト組なんて席を立ったまま戻って来ない。
当事者以外だと、ホスト役のマクダリアンだけがちゃんと聞いてる。あからさまに退屈そうだけどね。
その後も続く退屈な時間に私も席を外そうかと思ってると、ガンドラフト組が戻ったタイミングでホスト役もようやく動いた。
「……個別の問題は、その辺にしてもらいたい。いいですかな?」
「ドン・マクダリアンに賛成だ。そろそろ皆が気になっていることの説明をお願いする」
バルジャー・クラッドが即座に乗っかって、先に進めるように促す。ナイスアシストだ。
誰からも文句は出ない。言いたいことがあっても言えないのかもしれないけど、これでやっと次に進むわね。
マクダリアンは一度飲み物で口を湿らせると、重々しく語り始める。
「次の議題に移る前に、それに関する共通認識を持っておきたいですな。さて、空席があることには皆も気づいているだろう。蛇頭会の席だ」
主催者に近い、五大ファミリーのために用意された席。そこに空席があって、誰もが最初からいないことは分かってる。付け加えるなら、蛇頭会に連なる連中の席と思しき場所も空席だ。
問題はどうしていないのか。五大ファミリーやそれに近しい連中は、雰囲気からして知ってるみたいね。ちなみに私は全然知らない。
「こちらから招待状は出しているが、今日は来ていない。これが何を意味するかは単純ですな。蛇頭会は消滅した、と考えるのが妥当」
「……消滅?」
あっさり言ったけど、消滅って。誰が、いつやった?
私と同じ様に事情を知らない人の疑問が吹き荒れるけど、もったいぶらずにマクダリアンは続ける。
「つい先日のことだ。蛇頭会のシマにレギサーモ・カルテルが入ってきたとの情報があった」
「レギサーモ・カルテル?」
「大陸西部に版図を広げる、メデク・レギサーモ帝国は知っていますな? そこの裏社会を牛耳る麻薬カルテルのことだ」
帝国自体のことはどうでもいい。大陸中央部のロマリエル山脈は東西の行き来を完全に遮断してるし、南部も北部も他国がひしめいてるから行き来には多大な労力がかかる。地理的に関係性は薄い。エクセンブラとしても少量の輸出入程度の関係はあるかもしれないけど、大きな関わりがあるとは聞いたことがない。
マクダリアンの言ってることが本当なら、そんな遠く離れた場所を根城にする麻薬カルテルが、エクセンブラに進出してきたってことになる。まだよく分からないことだらけね。
「なんでそんな奴らがここに来た? それも弱り目の蛇頭会を狙って都合よく排除できたのか分からん」
「簡単な話ですな。あまり知られていないが蛇頭会の本拠地はメデク・レギサーモ帝国にある。そして蛇頭会とレギサーモ・カルテルは敵同士だ。その争いがこの街に持ち込まれただけのこと。前々から機会をうかがっていたのだろうな」
ふーむ、なるほど。ウチを含めて地元だけで活動する組織にとっては、遠く離れた外国の裏社会情勢までは知る必要のないことだ。それに怪しい奴らがこの街にやってくるのだって、今さら珍しくもなんともない日常的なこと。そいつら全員の素性を詮索するなんて無理だしね。
はぁ、寝耳に水の話だけど、またややこしくなりそうね。
「ドン・マクダリアン、俺からもいいか?」
私と同じように事情を把握してない親分たちが、少しでもこの場で情報を集めようとしてる。こっちとしても聞いてるだけでいいから助かるわね。
「どうぞ」
「なんでその麻薬カルテルだってことが分かった? 俺たちみたいに代紋背負ってるわけでもあるまいし、まさか自己紹介してくれたわけでもないだろ。なにか特徴でもあるのか?」
「その通り。レギサーモ・カルテルの構成員には、全員にそれと分かる特徴がある」
なんだそりゃ。あっさりと告げられる特徴とやらに怪訝な顔をするのは事情を知らない全員だ。
そんな分かりやすい奴らがいるってこと?
「特徴だと? はっきり言ってくれ」
「タトゥーだ。奴らは体のどこか目立つところに、必ず『目玉』のタトゥーを彫る。それが証だ」
趣味が悪いにもほどがある。
お揃いのタトゥーってだけならともかく、全員が同じ『目玉』を入れてるわけか。どうせ悪趣味な模様なんだろうし、それを聞いただけでもイカレタ連中だってのが理解できるわね。他人の趣味を否定するもんじゃないけど、組織としてそれを強要し全員が受け入れてるなら、私は迷わず頭のおかしい連中だと断言してやる。
それにしても、麻薬カルテルか。
麻薬カルテルってのは、麻薬の製造から密輸、販売を主とした犯罪組織のことだ。そいつらは大量の兵隊を抱えてて、武力によって公権力をも屈服させるほどの巨大な力を有してる。しかもその性質は極めて残忍で凶暴、凶悪ってのが相場だ。だからこそ幅を利かせられるわけで、レギサーモ・カルテルって奴らも、きっとその例には漏れないだろう。
エクセンブラのクラッド一家を始めとした裏社会の多くの組織は、その麻薬カルテルどもと所詮は同じ穴の狢とはいえ、それでも大分マシな勢力だと考えられる。
前提として敵には容赦がないし、日常的に悪を働く。暴力を背景にしたろくでもない集団であることには違いない。それは私たちキキョウ会だって同じだ。
ただ、決定的に違うのは、社会に溶け込む姿勢があるか否かの差になるだろう。ここに居を構えてる組織ってのは、実態はどうあれ少なくとも表の看板を持ってるもんだ。ゴミ処理業だとか解体屋みたいなものから、高級ホテルの経営や金持ち向けのサービス業まで色々ある。だけど麻薬カルテルにはそれがない。開き直って麻薬ビジネスのみに専心し、それを守り広げるための暴力で逆らうものを残忍な手段で叩き潰す。
それに庶民を巻き添えにした戦闘行為や、無分別な麻薬の氾濫までするような組織はここにはない。まぁ、誘拐や人身売買に手を染めてる組織もあるから、その点では五十歩百歩と言えなくもないけど、あくまでも表沙汰にはならないようにやってるって違いはある。
「ドン・マクダリアン。もっとそいつらについて、詳しく聞かせてくれ」
顔色を変えた親分たちによって、この後も入念な質疑応答が続けられた。
マクダリアンたちのやり取りを聞いて、麻薬カルテルに対して私が怖ろしいと思ったのはそのやり口だ。こっちの世界でそこそこ長くやってる私でも想像の上を行く。それは主に殺しについての考え方だ。
私とて、こんな業界に身を置いてる以上、綺麗ごとを抜かす気は当然ない。ただ、取り返しがつかないことだけに、それをやるのは慎重になるべきで、なるべくならやらない方がいいとは思ってる。同時に、敵と定めた相手に不要な情けをかけるなんてのは、愚の骨頂だとも思ってるけどね。
エクセンブラに居を構える連中は、考え方に多少の差はあっても無為にそういうことをするのは、これまでの経験からしても少数派だと思われる。蛇頭会やガンドラフト組だって、少なくとも表立っては無意味な殺人を犯すことはないっぽかったしね。
ま、線引きをちゃんとやっておけってことよ。アウトローな連中であってもね。
レギサーモ・カルテルの連中は、私たちとは考え方というか根本的に精神性が異なる。客観的にそれを恐ろしいと思うんだ。
まず、奴らの殺しに理由は必要ない。
気に入らなければ殺し、もっと気に入らなければ拷問してから殺す。
敵や味方かどうかも関係ない。ただ単に通りすがりの人にすら、その狂気は降りかかる。
簡単に言えば、ただの気分で殺すんだ。
徹底的な暴力と恐怖。それによってメデク・レギサーモ帝国で確固たる地位を築き上げてきた集団だ。
そんなのを相手にしようってんなら、相応の覚悟が必要になる。エクセンブラの裏社会が甘いとは思わないけど、これまでとは勝手の異なる手合いだってのは間違いない。
周囲の様子をうかがえば、話を聞いた親分連中の顔色は良くない。
外国の組織、それも想像する限りかなり厄介な上に大きな組織だろう。そいつら乗り込んできたんだ。蛇頭会を潰す実力行使に打って出たなら、本格侵攻も近いと考えていい。そうなったら、次のターゲットは邪魔な地元の組織になることは明白だ。
遅かれ早かれエクセンブラの裏社会は、レギサーモ・カルテルとの対決を余儀なくされる。
さて、どう立ち回るかで、情勢はまた流動的になるわね。
まさか何もかもを食い潰す麻薬カルテルと手を組もうってところがあるとは思えないけど、可能性はゼロじゃない。
地盤のある五大ファミリーや大きな組織なら考え難いけど、小さく微妙な情勢の組織ならあり得る話だ。
例えば、ちょっとした手引きや情報提供程度の協力で、巨大麻薬カルテルの利権に食い込めるとなれば、そこに価値を見出す奴らが出て来ても不思議じゃない。
「いいですかな? ここで一つ、我々から提案がある」
マクダリアンは余裕のある態度を崩さない。さすがの貫禄だけど、何を言い出すかはだいたい予想できるわね。
クラッド一家とアナスタシア・ユニオン、ガンドラフト組の態度からも、それは察せられる。
「相互不可侵協定の延長、それに加えて、対レギサーモ・カルテルでの協力を打診したい」
うん、まぁ妥当な提案ね。
共存が無理目の相手だからこそ争うことは必然。個別にやって勝てたとしても、著しく力を削がれてしまえば、今度は別の組織に食われる運命だ。
だったら共闘しようってのは、現実的な提案だ。どこだって最初にババを引く役を負いたくはない。これから作る協定の内容にもよるけど、貢献度によって蛇頭会のシマの権利なんかを決められれば、戦力の出し惜しみどころか積極的に出すところも出て来ると考えられるしね。他にも色々と策はありそうだ。
親分が集まった総会では、何かの決め事があった時には即決が求められる。
ざわついて相談を始める連中を、マクダリアンは静かに見守ってる。
「……なるほどな。ユカリ殿、悪くない話と思えるが」
「そうね。メリットは確実にあって、逆にデメリットはなさそうに思えるわ」
これはキキョウ会にとっても利益のある提案だ。
相互不可侵協定の延長は願ったり叶ったりだし、蛇頭会のシマはウチのシマからは結構遠い場所にあるから、現実的にウチが矢面に立つ可能性は低い。
貢献度によって蛇頭会のシマの分配があるとしても、遠く離れたシマの支配には現時点で私は消極的だ。それに戦いだけならともかく、支配となれば今は他にやることが多くて手が回らない。
単に戦力を出すだけなら別に構わない。戦力は充実してるし、むしろ実戦経験を積めるいい機会とすらウチの連中なら歓迎するだろう。
レギサーモ・カルテルとやらは、絶対に潰す必要がある。麻薬カルテルなんかが幅を利かせるようなことになれば、エクセンブラの繁栄が台無しだからね。
キキョウ会にとっても高級ホテルの計画、闘技場に関わる展望にも、重大な影が差すことになる。
マクダリアン一家やガンドラフト組との共闘なんて虫唾が走るけど、そんな感情は二の次だ。はっきり言って手を組むなんて冗談じゃない。だけど、今はそんなわだかまりよりも優先することがある。内側で揉めてる間に、外から好き放題やられてしまう。こんなのは最悪のパターンだ。
裏社会の総会ってのは、その場の発言や行いによって、評判に大きな影響を与える場でもある。
たった一つのミスで取り返しのつかない窮地に追い込まれる可能性だってある。総会を切欠にどこぞの組織が対立しただの消滅しただのそういう話は良く聞こえてくる。
ここでの立ち回りによって、今後の事業にも有利に事を運べるよう貸しを作ることだって可能なはずだ。
それに、なにがレギサーモ・カルテルだ。まったく、冗談じゃない。そんな奴らに私たちの計画を邪魔されてたまるかって話よ。
腹は決まった。ジークルーネと少し話して決断すると、早速表明してみせる。
「ドン・マクダリアン! 私たちキキョウ会は賛同するわ」
「……ほぉ、いち早く賛同されるとは好戦的な。蛇頭会のシマに興味があるようですな?」
嫌な言い方だ。反論しようすると、別の声が次々と上がった。
「わしのところも異存はないぞ、マクダリアン」
「共闘ってことなら文句はねぇが、ちゃんと仕切りは出来んだろうな?」
「事が済んだ後での権利の分配はあらかじめ決めておくべきでは?」
私の表明とマクダリアンの挑発に刺激されたのか、一気に参加表明が増えて議論が加速する。
蛇頭会のシマは広いからね。単純に広大なエクセンブラの六分の一くらいには及ぶ地域がそうなんだ。
少しでも切り取れるように、出遅れないように、野心のある連中が出せる戦力や権利ついて話し合った。
私たちはなんだか蚊帳の外に置かれてしまったけど、こいつらが勝手に解決してくれるなら、それはそれで構わないんだ。好きにやってくれればいい。
細部にまで及ぶ権利の分配方法は、五大ファミリー間では事前に合意が取れてるっぽい。
大方が納得、あるいは妥協できる方法で進められていった。ウチみたいなシマの支配までは必要ないって場合でも、金やブツで相応に補填されるって具合だ。
随分と前から五大ファミリー間では練られてた案みたいで、特に不満のない内容だった。
まだ全ての疑問が払しょくされたわけじゃないけど、一旦ここで採決の運びとなった。
「それでは改めて提案しよう。相互不可侵協定の暫定的延長、そしてレギサーモ・カルテルに対する共闘、賛同いただけますかな?」
相互不可侵協定の暫定的延長ってのは、レギサーモ・カルテルへの対処が終わるまでって意味だ。早ければあっけなく協定はなくなるし、手こずればそれだけ長く続く。
今日の短い話し合いの中でも、不思議な連帯感が生まれつつある。いつもいがみ合ってる連中でも、差し迫った脅威の前じゃこうなるもんなのかな。
「……全会一致で採択となった。ご賛同に感謝しよう」
参加者全員の挙手が確認されて、新たな協定はここに成立した。このあとで、一応の協定破りへの忠告なんかもあったけど、その辺のことはいいだろう。
総会はこれで終わって、お次は恒例のパーティーだ。こっちはこっちで面倒ね。
次回「事態の推移は突然に」へ続きます。
このまま平和裏に終わるなんて、それはないってものです。