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冬の風物詩

 冬のエクセンブラといえば何があるか。

 雪の季節限定物は、この街にも一応ある。北東の森の奥で採れる天然の甘い氷は、エクセンブラじゃ冬の風物詩だ。あれは一度は味わうべき、何とも言えない素朴な味で結構な人気がある。

 産業として農業や漁業をほとんどやってない職人の街だから、そういう意味での楽しみは氷以外には特にないのが寂しい街とは思う。分かりやすい名物があんまりないからね。


 食べ物以外でも、これといった行事なんかも全然ない。

 まぁ、季節柄どうしても外出する機会は減る傾向にあるし、雪の季節にわざわざ催し物をやる必要性も感じないからだろう。

 それにしても高度に成長を続ける大都市として世界からも注目を集めてるってのに、何にもないってのも寂しいわね。普段の活気が静まり返るし、一つの季節が長いから余計にそう感じる。

 一般の住民は、冬の間は大人しく過ごすのが、この街の流儀って感じになるかな。


 じゃあ我がキキョウ会ではどうか。

 楽しいかどうかはさておき、恒例となってる地獄の雪中訓練がある。特に調子に乗りつつある新人の若衆をしごくにはいい季節だ。

 他だと、うーん、娯楽はちょろっと遊ぶ雪合戦くらいのものかな。それはそれで白熱して楽しいけど、どうせなら他の行事も欲しいところ。

 ふーむ、餅つき大会でもやってみようか。ご近所との交流を深めるって意味でもアリかもしれないわね。


 冬は旅人や商人の往来もガクッと減るから、割と暇になる時期でもある。力を蓄えるにはいい季節ね。それは他の組織にも当てはまるから、まさしく平等なんだけど。


 ただ、忘れちゃいけないイベントがある。街の平穏や静けさとは別にして、キキョウ会も大いに関係のある、裏社会にとっての一大イベント。

 半年に一度、夏と冬に行われる五大ファミリーや主要な組織の親分が集まるイベントで、様々な勢力の注目を集める大きな行事。

 称して単に、総会と呼ぶ。


 私も一年前、クラッド一家が主催した時に招待されて初めて参加したんだ。色々と思い出深い。

 ブルームスターギャラクシー号のお披露目から始まって、アナスタシア・ユニオンの総帥や妹ちゃんとの出会い、ジークルーネが拳で敵を叩きのめしたり。親分連中からは大量の報酬もゲットしたわね。


 総会の主催は五大ファミリーが持ち回りでやってて、今回の主催はマクダリアン一家が担当するらしい。ま、そういうことなら夏に引き続き、きっと今回も呼ばれないわね。



 朝から続く曇り空で、薄暗い昼下がり。

 いつものように事務所の自席で細工物の試作をしてると、訪問者があった。

 玄関近くにいた娘が応対すると、荷物を持ってすぐに戻ってくる。

「えーと、今度は何ですかね。どこぞの商会の若旦那から届いたみたいですが」

「また贈り物?」

「お菓子がいいですねー」

 手の空いてる若衆がわいわいと集まって届いたらしい荷物を開けて騒ぐ。


 勢力を順調に伸ばし続けるキキョウ会には、繋がりを求たいのかこういった贈り物が届くことが増えてきた。

 やっぱり不良冒険者の問題を片付けた評判はかなり大きいみたいね。


 冬は暇だからか、上流階級では社交が盛んに行われてる。私たちにも頻繁にお誘いが来るんだけど、面倒だからなるべく断るか無視するのが多い。

 もちろん断らない場合もあって、懇意にしてる知り合いや商売上のお得意様で気のいい人からのお誘いであれば受けることにしてる。そういう時には適当に場数を踏ませるため、なるべく多く引き連れて行くんだけどね。こういうのも経験だ、悪いことばかりじゃない。


 ただ、良く知らない奴からのお誘いは別。

 下手な口説かれ方をして、ついかっとなってぶちのめしてしまうなんて、簡単に想像できるシチュエーションだ。そもそも私たちは社交の場にぜひとも行きたいなんて思ってないし、良く知らない相手が主催するパーティーに、のこのこ参加するのは見送るのが賢明だろう。


 ひょっとしたら政財界に顔を売るチャンスだってあるのかもしれないけど、今のところは媚びを売ってまでそうする必要性を感じてない。


 そういうこともあってか、袖にするキキョウ会の態度にもめげず、こうして贈り物が届けられるようになって来たわけよ。少しでも繋がりを求めようとする殊勝な態度と思えなくもない。

 まぁ、パーティーはしょっちゅう開かれてるから、気まぐれに行ってみることは、あるかもしれないけどね。



 夕日が差し込む時刻まで、まったりと過ごしてると、今度は手紙を持ったフレデリカが本部に戻ってきた。

 買い物に行ってたはずだけど、タイミングよく受け取ったのかな。持ち方からして、フレデリカ宛のものじゃないっぽい。

「お帰り。外は寒そうね」

「……ユカリ、マクダリアン一家から手紙が届きました」

 フレデリカは雑談には乗らず、単刀直入に切り出した。

 それにしても、今、まさかの名前が出たわね。

「ちょっと待って。マクダリアン? まさか、果たし状じゃないわよね?」

 喧嘩を売ってくるイメージしかない意外な差出人だ。まさかご機嫌伺いの手紙でもないだろう。

「どのようなつもりなのか不思議ですね。いずれにせよ、中身を検めてから判断しましょう」

 それもそうね。


 二人で内容を確かめると、即座に幹部会を開く準備を進めた。


 食事を済ませて幹部が揃うと、事務所で毎度のように幹部会を始める。

 まだ内容を知らせてないから、いつも進行役をやってるジークルーネじゃなく、今日は私が音頭を取る。

「ユカリ、今日はなんだってんだ?」

「今から説明するわ。さて、冬には裏社会の一大イベントがあるわね?」

 なんかあったかなんてざわつく一堂。


 見当はずれな雑談が続きそうになる流れを断ち切って、さっさと進めてしまう。

「いい? 裏社会の偉そうなのが集まるイベントがあるでしょうが。総会よ」

「また呼ばれることになったんですか?」

「そう。それも、マクダリアン一家が主催する総会によ」

 ようやく事の異常性が理解できたらしい。みんなも緩い空気から真剣になってくる。


「以前のように招待状が届いたということか?」

「どういう風の吹き回しなんだろうな。夏の時の主催だったガンドラフト組はウチを無視してたよな?」

「ガンドラフトの奴らも、よくよくいけ好かない連中ですよね」

 また雑談が始まりそうになるところを、今度はフレデリカが見解を述べて先に進める。

「あの一家がわたしたちキキョウ会までも招待する理由となりますと、やはり相互不可侵協定が関係しているのではないでしょうか。協定の破棄のような重要な決定を下す可能性でもあるのなら、関係する組織には筋を通さなければいけません」

 主催者ともなれば、好き嫌いで重要な決定から参加者を外すのは、メンツにも関わってくるんだろう。そういう意味じゃ、律儀な奴らよね。

 とにかく、何か大きな動きとか変化があるのは間違いなさそう。


「もし、協定が破棄になったとして、いきなり抗争が始まったりするんでしょうか?」

「さすがにそれはないわね。一定の期間を取り決めて、その後になると思うわよ。招待状には、総会に参加できるのは組織のトップとその補佐、それ以外には最小限の護衛のみ、外での待機を許可するって感じになってるわね」

 主催者側だって、いきなり自分とこのシマでドンパチ始められても困るだろうからね。微妙な時期になるから、どこも気を使う必要がある。


 例に漏れず、ウチも今回ばかりは気を使う必要はある。こっちとしても不要な挑発で拙速に抗争をおっぱじめるのは避けたいんだ。今は組織の増強に集中したいからね。

 喧嘩をするにしても、もう少しだけ先に引き伸ばしたい。少なくとも春、できれば夏まで。その時には我がキキョウ会は、現段階から見て確実に一段、もしくは二段は上の力を持った組織に持っていけてる自信がある。


 ただ、最悪への備えは必要だ。協定破棄が即時となる可能性だってゼロじゃない。そんなことにはならないとは思うけど、なった時のことは考えておかないと。

 万が一に備えて、シマの守りは万全にしておきたい。つまりはグラデーナや戦闘班、新設したばっかりだけど警護班もシマからは動かしたくない。他のメンバーも出来る限りね。


 フレデリカが私の話に続けてそれを告げる。

「総会に参加するユカリとジークルーネ以外には、念のためシマの守備を固めていただくのが良いでしょう」

「じゃあ、あたしらは大人しく待ってるか。それにユカリとジークルーネなら、護衛なんかいらねぇだろうしよ」

「お姉さま、わたしは行きます。ブルームスターギャラクシー号の守りはいると思います」

 あー、それもそうね。徒歩で行くつもりはないし、天気が悪ければバイクは使わないにしろ、ジープは使う。マクダリアン一家の警備があるから盗難やいたずらはないはずだけど、無防備にするってのも違うわね。


 そうなると、ヴァレリア一人きりで待たせるわけにもいかないわね。

「うん、じゃあヴァレリアは護衛として待機。それとシェルビーにも頼める?」

「了解っす。必要はないでしょうが、拠点防御なら任せるっすよ」

 不測の事態があっても、この二人ならどうにかするだろう。戦闘支援班のトップを任せるシェルビーには、防御に優れた特別な魔道具も持たせてあるしね。

 ま、こんなところかな。


「ある程度の予想はできるかもしれないけど、実際のところどう転ぶか分からないわ。いつでも動けるように、当日は気を張っておきなさい」

 今回の件、ジョセフィンたちも動いてはくれてるみたいだけど、今のところは情報班でも事前情報は掴めてないらしい。だから私たちが対策できることはこれといってはない。

 五大ファミリー同士であれば、事前の根回しなんかもされてるんだろうけど、さすがにキキョウ会にそんな情報は回ってこない。アナスタシア・ユニオンを頼れば、なにかしらの情報は得られるかもしれないけど、総裁は不在だしあんまり借りを作りたくもないからね。


「ではユカリ殿、手土産の準備なども進めてしまおうか」

「そういや、そんなのもあったわね」

 マクダリアン一家への手土産なんて菓子折り程度でいい気もするけど、安物を持って行って馬鹿にされるのも癪ね。ちょっとは考えるか。

「若衆の気も緩んできてるし、根性入れ直すにはいい機会じゃねぇか。協定が無くなるなら、いつ戦いになるか分からねぇしよ」

「そうですわね。会長と副長はお忙しいでしょうし、わたくしたちは本格的に冬の鍛錬と参りましょう」

 お、シャーロットも気合十分ね。

 あとは冬季の訓練計画なんかも話し合って、今日は解散とした。



 忙しくしてると、瞬く間に時は過ぎる。

 粉雪のチラつく午後、マクダリアン一家へいざ参る。殴り込みに行くわけでもないし、特に緊張はしないけどね。

「道具の持ち込みは許されてるから、装備は万端で行くわよ」

「身体強化の魔法薬も飲んでいるし、予備の装備も含めて万全だ」

 久々の完全装備に加えて、魔法薬も服用済みだ。どんな敵でもかかってこいってなもんね。うん、殴り込みに行くわけじゃないんだけど。

「手土産の積み込みも終わりました、お姉さま」

「じゃあ、そろそろ出発するっすよ」

 敵の総本山に行くのは私とジークルーネ、外で待たせることにはなるけどヴァレリアとシェルビーも一緒だ。最小限の人数ってことで、若衆は連れて行かない。

 本部に残ってたみんなに見送られつつ、シェルビーの運転するジープは静かに出発した。


 ちょっと予定よりも遅れ気味に到着したのは、クラッド一家の本家と似たような、規格外に大きな屋敷だ。

 屋敷というか敷地の駐車場に入っただけじゃ、建物がどこにあるかもよく分からない。とにかく広い敷地ね。

 駐車場には数多くの黒塗りの高級車や装甲車が停められて、その傍には強面の護衛連中が無言で佇んでる。寒い中ご苦労なことだ。

「……何とも言えない嫌な空気ね」

「そうだな。互いに威嚇しているような、それでいて無視しているような。スッキリとしない嫌な感じだ」

 護衛連中の雰囲気のことだ。目を合わせずに睨み合いでもしてるような、ピリピリとした空気が充満してる。こんな雰囲気のままで、総会が終わるまでの何時間も持つわけないけどね。

「ヴァレリアとシェルビーはあんなの無視しなさいよ。寒いから車外にも出なくていいし」

 防寒用の魔道具や食料もたくさん持ってきてるから、ジープの中なら退屈はあっても辛くはならないだろう。


 一応、護衛連中の戦力を評価をするなら、まあまあってところね。思ったよりも上等な部類だ。

 ちらほらウチの戦闘班のメンバーに匹敵するくらいの奴はいるし、実力のよく分からないのも混ざってる。そういうのが厄介な敵になるのは間違いないけど、それでも私が特に気に留めるようなのはいないわね。それはジークルーネたちも同感なのか、品定めした後ではあんまり興味もなさそう。


 おっと、早く行かないと。まだ時間内だけど、急がないと遅れそうなんだ。遅刻なんかでつまらないことを言われたくない。

「バットは置いてくけど、もしもの時にはヴァレリアが届けに来て」

「はい、お姉さま」

 不要だと思うけど、念のために持ってきたのは白銀の超硬バットだ。あれはオーバースペックすぎるし、切り札として取って置くのが有効だろう。手の内はなるべく晒さない方が良い。持って行く武器はいつもの特製グローブと投げナイフだけで問題ない。


「最悪の場合、シェルビーは状況によって、ここを防御するか離脱するかを考えて。判断は一任するわ」

「了解っす」

 不測の事態があったとして、なにがどうなるかなんて全然予想もつかない。だったら、その場の判断に委ねるしかない。これまで一緒にやって来たシェルビーの判断なら、それがどういった内容であれ、私は支持する。


「手土産はわたしが運ぼう。ユカリ殿は先導を頼む」

「うん、悪いけど荷運びよろしく」

 今日持ってきた手土産はかなりかさ張る。持つと前が見えなくなるから、ジークルーネは魔力感知を使って私を追いかけることになる。

「じゃあ行くわよ」

 駐車場から庭に入る検問を抜けると、そのまま遠くに見える屋敷を目指した。


久々の総会です。

ここから局面が変わっていく予定ですので、どうぞお楽しみになさっていただければ。

次話もよろしくお願いします。


活動報告も更新していますので、よろしければそちらもチェックしてみてください。

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