増強する組織
罪人からのスカウトを進める一方、街中でのスカウトや団体との交渉、一般募集によって集まってくる人ももちろんいる。
現在までに築き上げてきたキキョウ会の評判や、積極雇用の展開によって、その速度はかつて苦労した時とは比べ物にならないほど順調だ。特に不良冒険者との一件はキキョウ会の名を大いに高めてくれた。その実績を踏まえたマーガレットの宣伝工作が効いてるらしい。
エクセンブラの街で燻ぶってた連中だけじゃなく、王都や近隣の町どころか他国からやってきた者たちだって少なくない。中には即戦力と判断できるのもいるし、リリィやシャーロットのように珍しい能力に特化してるのだっていた。想像以上の成果で、これで増々幅が広がると期待できる。
今は旧マルツィオファミリーの本部跡地がまだ手付かずで保持してたのをいいことに、あの広い土地と建物は新人の住居兼教育施設として生まれ変わらせた。そこに放り込んだ見習いたちは、毎日が訓練と学習とで充実した生活を送ってることだろう。
教育の過程では、ねじ曲がった性根もある程度は矯正されるし、社会から爪弾きにされるような奴でもあっても多少は『まとも』になる。
うん、どういう意味で『まとも』かってのは、議論の余地があるかもしれないけどね。少なくとも裏社会の組織の中で生きている程度の社会性は身に付くはずだ。
新たな人材の多くは事務班や戦闘班へ配属されつつあって、今後も多くはその予定になるんだけど、他の班だってかなり充実してきてる。
最初はドンと増える人員にてんてこ舞いだった状況も、秋も終わって冬に入る頃になると、みんなも大分対応に慣れてきた。
「新人たちの様子はどう? 集まり過ぎて収集つかなくなるかと思ったけど、上手く行ってるみたいね」
別に意外でもなんでもないけど、新人同士の揉め事は多い。なにせウチに入ろうなんて思う奴の半数以上は、お転婆もいいところの荒くれ者だ。
何かにつけて喧嘩をおっぱじめるし、手癖の悪い奴はつい盗みを働くことだってある。
そのくらいのことはもちろん想定済みだし、ウチの門を叩いてくれた以上はある程度までは我慢して面倒を見てやる覚悟だ。
ただし、キキョウ会はお人好しの集団じゃあない。やったことに対しては相応の対価を与える。良いことにも悪いことにもね。
「ええ、幹部を支える若衆の働きが大きいですね。補佐として有能なだけではなく、リーダーシップも発揮してくれています」
新人の面倒は若衆に見させることが多いんだけど、想像以上にいい姉貴分として活躍してくれてるらしい。
そうしたことも含めて幹部は元より、最近だと特に若衆の成長が目覚ましい。古参のメンバーは積極的に幹部を助けるし、手の回らないところもキッチリとフォローしてくれる。むしろそれ以上の働きぶりだと思う。
報告に上がってきた資料を眺めつつ、成果と経過に満足感を覚える。うん、いい感じだ。
残念なことに訓練中での脱落者や、不適格の烙印を押して追い出したのもまあまあいるけど、それも想定の内だ。
聖人君子とは対極に位置するキキョウ会となれば、度し難い阿呆に加えて見込みも無い上に努力もしない奴は、文字通りに容赦なく叩き出す。どんな奴にだってチャンスくらいは与えてるはずなんだけどね。それはそれとして、そこまでのバカはさすがに少数派だ。全体としては間違いなく上手く行ってる。
「六番通りの開発も順調そうね」
同じ資料に目を通すフレデリカも満足そうだ。
「まさに予定通りと言って良いでしょう。早すぎず、遅すぎず、堅実に推移しています」
予定外のイレギュラーがあっても、予定を狂わすほどじゃないって意味だけどね。時にはダメなことだってあるけど、それも想定内に収まってる。
ホテル事業の進捗は順調みたいだ。入れ物だけじゃなく、中身の手配や人員の方も上手く事は運んでるらしい。総合的な指揮を執ってる責任者のフレデリカも太鼓判を押す。
フレデリカと一緒に指揮を執るソフィの力も大きいけど、順調な要因の一つとしてあえて強調したいのはウチの建築班だ。
これまでに建築班はギルドから斡旋される小さな仕事でも懸命にこなして地力を伸ばし、信頼も勝ち取ってきた。
日々の過酷な訓練で鍛えられた頑強な肉体とスタミナ、膨大な魔力、教育によって培った基礎知識は、仕事をする度にそれが知れ渡って評判を呼ぶ。
その基礎的な高い能力に加えて経験が積み重なれば、否応なく認められるってもんだ。
建設に従事する職人の多くが、女性蔑視への意識が薄い獣人が多かったってのも一役買ってるんだろうけど、それでもキッチリした仕事ぶりが認められた結果は素直に賞賛できる。
出した結果には相応に報いるのがキキョウ会のポリシーだ。
リーダーのプリエネには、より多くの権限を認めて準幹部扱いとした。新人の中から希望者をどんどん増やし、まさに建築班の規模を増強させてる真っ最中になる。デカいことをやるには人数が必要になるからね。
六番通りの高級ホテル建設にも従事して、当初の想定よりも多くを担ってくれてる。フレデリカもその期待以上の働きには、大分助かってるって話だ。私は元々期待してたけど、それでも確実に期待を上回る成長だ。
いずれは本当にウチの建築班だけで、大抵のハコ物は作れてしまうかもね。
人数を増強したのは全部の班だけど、目立つのは建築班の他にもあって、特には新設した班が一番目立つ。
組織拡大に伴って、単に既存の班の人数を増やすだけには留まらず、少し前に新規に『警護班』を立ち上げることもした。
「新しい班はまだまだ手探りみたいね」
「試験段階ですからね。これもやってゆく内に、要領も掴めて来ると思います。しばらくは様子を見ましょう」
警護といえばヴァレリアの役職で会長付警護長ってのがあったけど、それをもっと幅を広げて組織化したのを作ったんだ。
私の専属警護はヴァレリアだけでいいとして、他にも警護とかと護衛が必要になる場面だってある。
警護班の今のところの主な目的は、本部の守備とゲストの護衛に特化することだ。
キキョウ会の実情じゃ、最大戦力の私や副長が常に本部にいるとは限らないし、戦闘班のほぼ全ては出払ってる状況にある。訓練中や休暇中で本部にいる場合もあるけど、全然いない場合だって多いんだ。
最悪の場合、そこには事務班と情報班、治癒班のメンバーだけが残ることになる。情報班には腕利きもいるけど、そういうメンバーは大概外に出てるから、残ってるのはデスクワークに長けたメンバーになるしね。
墨色と月白の外套の着用を許し、キキョウ紋を背負ったメンバーは、誰であろうが一般レベルからは逸脱した戦闘力を持ってる。日常的に金勘定や書類作りをしてくれてるメンバーだって、ノルマの訓練は欠かさずに練度を保たせてる。
だけど私は不安に思うんだ。もしなにかが起こったとして、そこに戦闘に特化したメンバーがいることができたらってね。前にはそんな隙を突かれて本部を襲撃されたことだってあるんだから、今後だって起きる可能性は決して否定できない。つまりは本部の防衛体制について、常に不安を抱えてる状況があったわけだ。
単純にその不安を払拭したい。特に本部には貴重品も多いし、付け入らせる隙自体を無くしていきたいんだ。
新設した警護班には、ゆくゆくは本部の警護だけじゃなく、重要拠点の警護の全てを担ってもらうのが目標ね。
現状だと戦闘班が持ち回りでカジノや支部とかの警護をしてるから、そこから役目を移したい。そうすれば戦闘班の運用に幅が出る。どこかに戦力を集中させるとか、遠征させるとかも気軽にできるようになるし。
あとはゲストの護衛だ。
例えば貴族との付き合いだって少しずつ増えてきてるし、王都からオーヴェルスタ伯爵家の関係者がキキョウ会を訪れることだって想定できる。ロスメルタは機会があれば絶対に寄るって言ってきてるしね。
戦闘班でも代わりは勤まるけど、やっぱり戦闘班は戦闘班として運用した方がいい。それにあいつらは攻めることに特化してるからね。実は守ることはそれほど得意じゃないんだ。そういう意味でも専門の班を作った方が、みんなもやりやすいと思う。役割をはっきりさせてやることも大事なことなんだ。
「班長も張り切ってくれてるし、心配ないわね」
「ゼノビアなら不足はありません。あとは見習いの教育と成長に掛かっていますね」
警護班の班長はゼノビアにした。
これは妥当な人選で、幹部会では誰からの異議もなく即座に満場一致で決定した。
戦闘力に申し分なし。リーダーとしての資質も十分で、傭兵時代には拠点防御や要人警護の経験だってある。警護や護衛の計画立案に不安のない知識もあって、新人の見習いにも優秀なのをどんどん配属する予定もあるから、これからに十分な期待が持てる。
本人が快く引き受けてくれたこともあって、今は新設の班として訓練に明け暮れてる状況だ。
そしてもうひとつ、広報班の新設だ。
でも、これはまだまだ順調とは言い難い。というよりも、はっきり言って全然ダメだ。
「建築班の充実は間違いありませんし、警護班もこれからにはなりますけれど現状では問題ありません。あとは広報班なのですが……」
「うーん、やっぱり誰か頼りになるサポート役が欲しいわね」
新人を大量に採る前のキキョウ会で、唯一のメディア対応役として活躍してたのはマーガレットだ。
その仕事ぶりに不満はない。むしろよくやってくれてたと思うし、この先も一人だけでやらせるにはいかないだろう。だからこそ、新たに部下を付けて広報班の班長として遇することにした。他に適任は居ないしね。
だけどね、他の並居る班長たちと比べてしまうと、どうしても見劣りするのは否めない。
マーガレットはまだウチに来てから長くないし、戦闘班の看板もしょってないから、裏社会に足を突っ込もうとするような連中からは舐められやすい傾向にある。
それに加えて彼女の田舎娘っぽい雰囲気もあってか、それは新入りの見習いたちからするとより顕著らしい。つまりは班長の地位にはあるけど、その下につけた見習いに舐められてるんだよね。
実際にはとっくに見習いを卒業してるマーガレットの戦闘力は、正規メンバーとして見習いなんかより断然高い。
もちろん戦闘力のみならず、広報としての能力だって他の誰よりも頼りになる。様々な分野の人間とのコネ作りには熱心で、その強化と拡張には余念がないみたいだし、キキョウ会にとって有利になるように常に気を配ってくれてだっている。根も葉もない噂への反駁や、評判を上げるための種まきとかね。人柄が良いから、嫌味になりにくい性質も持ってる。広報として重要な資質だろう。
まだ全てではないけど、キキョウ会のことにだってかなり詳しい。広報として必要なことだからだけど、在籍期間の短さからすれば相当な勉強をしてることはそれだけでも分かる。
それに内部のことはともかく、外からどう見えるかとか、それにどう対応するべきかってのは、マーガレットが一番詳しい。だからこそ私たちは頼りにしてる。
「サポートのために他の班から使える若衆を異動させることも検討するべきでしょうか?」
「それはちょっと違うかな。マーガレットを班長として立ててくれて、広報班の副長としても申し分のない、そんなのがいればいいんだけど……まぁ今はいないわね」
「新人にそのような方が来てくれるのが簡単でしょうけれど、さすがに難しいですね。とにかく、まだ新設したばかりですし、こちらもしばらくは様子見としましょう」
焦ることはない。時間が経てば新入りだってマーガレットの良さに気が付くはずだ。
それにまだ人は絶賛募集中だからね。その中にはマーガレットの補佐に相応しいのだって来てくれると楽観しておこう。
あとはだ。単に人数が増えるよりも、もっと充実させたいことだってある。せっかくだからね。
「戦闘班志望の見習い教導が終わったら、幹部とはちょっと話し合いが必要ね」
「なにかするのですか? まだ今次の見習い卒業には時間もかかりますから、話し合いを持つのはいつでも出来ると思いますけれど」
新入りの教育は今のところは各班に適当に割り振ってる状態だ。見習いを卒業した時、どこに配属になるかは最初の段階では分からない。個人の資質や希望によって、どうなるか分からないからね。
ただ、どこの班が教育をしようと、初期の内容は同じでムラがないようにはしてある。例えば事務班と戦闘班はなるべく合同で訓練するとか。見習い卒業の最終判断は幹部みんなでするからね。過程に差があっちゃいけない。
正規メンバー入りするまではそれでいいんだけど、問題はその先だ。
キキョウ会の戦闘班は単に人数が増えるより、もっと充実できる余地がある。
「うん、ちょっとしたことだけどね。要はバランスよ」
前々からの問題だけど、戦意旺盛な戦闘班のメンバーは、近接戦闘を得意とするメンバーに大きく偏ってる。これを変えていきたいんだ。
突撃するだけじゃなく、遠距離や中距離、サポートや魔法に特化したメンバーをバランスよく配置することができれば、戦闘班はより強力な集団となることができるはずだ。
「本人の意向もありますし、期待通りにできるかは難しいと思いますよ?」
たしかに。キキョウ会の、しかも戦闘班に入りたいなんてのは、基本的には武闘派だろう。そういうのは接近戦が大好きってのが相場だ。
例えば第三戦闘班のアルベルトはエルフで弓と魔法は超一流の使い手なんだけど、趣味でハンマーをぶん回してる変人だし、私だって最善の配置を無視して前に出るからね。人のことは全然言えない。
「あー、うん。あくまでも希望ってことで」
何事も本人の意向を無視するのはよくない。自分の身に照らしてみれば当然のことよね。
ただ、それと自覚するかどうかは別の話だ。好きと適正は別にある場合は多いだろう。それでも自覚をすれば、どっちを選ぶかって余地も生まれるからね。最低でも本人とそういう話をすること自体は奨励してもいいはずだ。
組織としてどんどん良い方向に変わっていけるチャンスを、みすみす見逃すこともない。
キキョウ会はもっともっと上に行くと決めたのだから。
そして、全速力で走り出したのだから。
私たちは、ありとあらゆる意味で強くなる。
様々な『力』を飛躍させ、『次』に備えなければならない。
今回は第145話「拡大の兆し」に端を発した経過が表れたエピソードとなっています。
もう少し先になりますが、今回の新設した班を含め大胆に組織再編を実行したエピソードが登場する予定です。
また、同タイミングで放置気味になっている「登場人物紹介」を更新したいと思っています。
その際には別途お知らせさせていただきますので、そちらもよろしくです。
次回「冬の風物詩」に続きます。
そろそろ話が動きます。