人材雇用の裏ワザ
キキョウ会は只今絶賛人材募集中で、ある意味では誰でもウェルカムな状態なわけなんだけど、特に欲しいって思えるのはやっぱり特殊な技能を持った人になる。
ウチが一番困ってるのは、色々な事業を成し遂げて行く中にあって、商取引の煩雑さや難解さが熾烈を極めることだ。
事務班をまとめるフレデリカやエイプリルはかなり優秀だし、相当頑張ってくれてはいるけど、それでも元々の専門家じゃないし、規模の大きい事業ともなれば商業ギルドのサポートがどうしても欠かせない。
サポートを受けるのはいいし、ありがたいことなんだけど、残念ながらキキョウ会が担当者を独占できるわけじゃない。となると、どうしてもスピードが遅くなる。一つの遅れは全体に及ぶこともあるし、それはできれば避けたいことなんだ。
つまり、専属の専門家が欲しいんだ。最低でも一人、できれば複数人をお抱えにしたいのが正直な望みだ。
キキョウ会が抱える商取引は、今となっては巨額の案件を発注するなどして大変なことになってる。
様々なギルドや業者、職人が関わるし、かなり複雑且つ多数の契約が必要となる。ただでさえ巨額の金が動くから、契約内容は綿密に、不備なく関係者一堂が納得できる内容にしなければならない。
責任の明確化やリスクの分担。機密情報やら個人情報やらの取り扱い。適切な契約期間や時効の設定などなど、利益の分配からして複雑怪奇でとても素人の手に負える物じゃない。さらには国内外、あるいは領地毎の法律や商習慣まで絡むとなれば、私たちにはもう完全にお手上げだ。真っ当な商売ってのは本当に大変なものだと痛感させられる。
これまでの事務班には商家の出身なんかの商取引に明るい若衆もいるし、フレデリカやエイプリルのように頭の回る人には、商業ギルドのツテで勉強してもらってたりもしたお陰で、サポートを受けつつも何とかかんとかやって来れた。
だけど、キキョウ会の事業拡大に伴って、人手がどうしても足りなくなってきたし、より高度に専門的な知識も必要になってきて、このままじゃ無理が生じる場面が来ることは明白。即戦力の専門家がどうしても欲しい状況だ。そして贅沢を言えば、その専門家レベルの知識と経験がある人を複数人も迎えたいってことになる。
そもそもこういった面倒なことは基本的にはプロである商業ギルドが上手いこと取り仕切るのが普通で、本来ならここまでの苦労をすることはないはずのこと。でもエクセンブラの街自体がどこもかしこも忙しいってのもあるし、そうなると商業ギルドの担当者も必然的に多忙を極めて、ウチで独占できないってのはまぁ当然の成り行きだ。そして、実はお抱えの人材を迎えたい理由は他にもある。
商業ギルドとの関係は悪くないし、実際にサポートもしてもらってるんだけど、注意すべきこともあるからだ。
それはかのギルドを全面的に信用するわけにはいかないってこと。社会的に信用の厚いギルドであっても、所詮は人が運営する組織だ。
残念ながら大きな組織ってのは、なかなか一枚岩とはならない。商業ギルドの内部にはキキョウ会を快く思ってない人、もっと言えば派閥すらあるのが分かってるからね。
理事のジャレンスは信用できるけど、当のジャレンスだって以前には商業ギルド内でだまし討ちにあったことがある。権力闘争の趨勢がキキョウ会に及ぶ可能性があるんだし、組織として完全に信用して全てを預けることはできない。
まぁ、色んな派閥はあるもんだし、別に不思議なことじゃない。むしろ新鋭のキキョウ会と組んでるジャレンスの方が異端なくらいだしね。
ただそうなれば、当然ながら何もかもを委ねたいとは思えないし、かといって他にそういうことを生業にしてるような組織だってない。だったら自前でって考えるのも、当然の成り行きよね。
そういった状況に加えて、商業ギルドどころか表に出したくない案件だってあったりする。
というわけで、キキョウ会は絶賛、商取引の専門家を募集してるという状況なんだ。
そこでだ。ただ来て欲しいと願っても、そんな人がホイホイと集まるわけがない。そんな優秀な人材はどこでだって引く手あまただし、好待遇で働いてるところを引き抜くのも難しいだろう。ウチが欲しいのは正規メンバーになってくれる女だし、その条件を満たすとなれば絶対数も少なくなるしね。
さらにだ。わざわざ裏社会の組織に属しようなんて考える人も少数派だろう。こうなってくると、まともな手段じゃ目的を達することは不可能に思えてくる。
こんな風にネガティブな意見が大勢を占める中、昼下がりに事務班のメンバーとお茶をしながら現状を確認する。確認というよりは、若衆がわいわいと話してるのを聞いてるだけに近いけど。
でも場合によっちゃこういう何気ない会話の中から、天の助けとなる意見が出ることだってあるからね。リラックスした雰囲気での会話も悪くない。
「つまり、どうにかしてキキョウ会に入りたいって物好きを見つけるしかないわけですか」
「あるいは優秀で経験を持っていながらも、なにかの理由で社会から爪弾きにされた人。そういう燻ぶってるのを探すってことになりますかね」
どっちも難しいオーダーだ。それを見つけられるなら苦労はない。
真面目っぽい話をしながらも若い女子一同は、お茶を飲みながら忙しなくお菓子を食べ、雑誌のページを捲って化粧品やファッションのチェックにも余念がない。
如何にも休憩時間といった感じで、なにかと手を動かしてる。うーむ、これもマルチタスクといえるのか。
「手っ取り早く、商業ギルドにそういう人に心当たりがないか聞いてみますか?」
細身の娘がリップを塗りながら呟いた。
「聞いたら素直に教えてくれるものなんですかね? あ、そういえば先日から商業ギルドも忙しそうですよね」
「あー、なにかあったっけ」
小柄な娘が爪を磨きながら適当に流す。
「偉い人が部下の美人に手を出して揉めたって話?」
「それは商業ギルドじゃなくて、別のとこじゃなかった?」
スキャンダラスな噂話に目を輝かせる女子もいれば、くだらないと肩をすくめる女子もいる。
「違うって、商業ギルドで巨額の不正が発覚したって話だよ」
「あー、なんかあったよね。そんな事件?」
「そうそう! 横領とかなんか。そんなの絶対バレるに決まってるのにね」
儲かってるところだと、そういう魔が差すこともあるんだろうね。ウチはエイプリルが絶対に不正どころか僅かな間違えも見逃さないし、そもそも事務班は初期の教育で徹底的に金の管理の厳密さは叩き込まれるからね。そういう心配はない。
実際のところエクセンブラじゃ、金にまつわる犯罪が一番多い。刑務所に放り込まれてるような連中の中じゃ、暴力沙汰を起こしたのよりも詐欺とか横領とかの方がかなり多いらしいしね。
ま、暴力沙汰や窃盗を起こすような奴は捕まる前に私刑に処されるのがほとんどだから、わざわざ捕まったりはしないのが普通だけど。
「最近そういうの多いですよね。行政区でも同じようなことして捕まった話も聞きましたし」
話がころころ変わるし、逸れてきたわね。
まったく、こいつら事務班の負担軽減のためにやってる部分もあるってのに。
「詐欺師のことはもういいわ。はぁ、ダメもとでスカウトでもしに行ってみようか」
進まない会話と上手くいかない現実に、愚痴っぽい呟きも漏れてしまう。
いざ雇うとなりさえすれば、報酬は結構出せるんだけどね。要訓練とか命の危険ありって時点で話が打ち切られそうだからなぁ。こればっかりは噓をついて引っ張り込むわけにはいかないし、どうしたもんか。
「スカウト、スカウトですか。会長には誰か心当たりでも?」
「いや、特にないわよ。手あたり次第になるわね。でも、一人くらいなら……」
自分で言っててもかなり苦しい。
一時、微妙な沈黙が落ちる。みんなも無理目なことくらいは承知してるらしい。
「……あ、だったらどうでしょう」
能天気そうな娘が良いこと思い付いたって感じの顔をする。
「なに?」
期待薄だけど、意見だけなら丁重に聞こう。
「捕まってる犯罪者はどうですか?」
「…………は?」
さすがは地味な事務班でもキキョウ会メンバーだ。ぶっ飛んだ意見を聞かせてくれる。
まったく、非常識な奴め。なに馬鹿なこと言ってんのと流そうとすると、
「それいいかも。犯罪者ならまともな社会復帰は難しいでしょうし、釈放金を払えばウチに来てくれるかも!?」
「あー、ギルドや行政機関でやっちゃった系なら、職場復帰は絶望的だよね」
「あとは詐欺師とか、無駄に色々詳しいし、結構使えるかもしれないね?」
輪を掛けるように、ぶっ飛んだ意見で盛り上がる女子一同。
いやいや、まさか。犯罪者を、金を払って、ウチで引き取る?
なぜかみんな乗り気だし、イケるイケるって感じに話してる。いやいや、でもおかしい。
「ちょっと待って。その発想はともかく、実刑受けてる奴を金で釈放なんてできるわけ?」
そんなことは私の常識じゃできっこない。裁判を受けるまでの間の拘留を逃れるって意味での保釈金なら分かるけど、この世界にそんな親切な制度があるとは思えないし、そもそも保釈とは意味が違う。
金さえ払えばムショから出られる? そんなバカな。
「できますよ。犯罪の内容や残りの刑期、それと身分によっても金額は変わるらしいですが」
不思議そうに、なに当たり前のこと聞いてんだ、みたいな視線が痛い。
はぁ、知ったかぶりしてもしょうがない。分かる範囲で教えてもらおう。
会長の私だってまだ若い女子。勉強家といえども、知らないことなんてそれこそ山のようにあるんだ。恥とは思うまい。
「……えーっと、ちょっと確認させて」
素直に気になるところを聞いてみた。
結論。金さえ払えば出来るっぽい。手段としても合法だ。なんの問題もない。
私の未だに残り続けるかつての常識からは考えられないことだけど、実刑をくらってる最中の囚人であっても、金さえ出せば釈放できるらしい。何事にも例外はあれど、一般の囚人程度で例外が適用される心配もないらしい。
平等なんてお題目を掲げてない世界においては、金持ちが優遇されるのは当然のことなんだろう。これが普通のことみたいだ。
うん、だったら、それを利用しない手はない。
行政にとってみれば金が入るし、人数が一杯のムショから厄介払いもできる。こっちとしてはコネを使って目的の能力を持った人材を探し放題だし、本人と交渉成立すればそのまま金を払うだけで確保ができる。
それに、その金はあくまでも本人への貸しにするってのはどうだろう。かかった経費を返せば自由の身にする条件なら、相手にとっても理不尽にならない好条件じゃないか。
もちろん、金の返済はウチで働くことで果たしてもらう条件だ。そして叶うことならそのままウチにいてもらう。これってかなりいい話じゃない?
それにしても。うーん、金で罪人を釈放できる制度は結構重要な話のはずだけど、どうして私は知らなかったのか。まだまだ『常識』が足りないみたいね。こんな商売をしてる以上は必要な知識だ。自分が求めるお勉強をしてるだけじゃ、色々と抜けが生じるのも仕方ないっちゃ仕方ないけど、まぁ今はいいわ。
とにかくこのやり方なら、闇雲にスカウトしたり来るかも分からない応募を待ったりするよりは、確保できる可能性が高くなるはずだ。さっそく手配を整えよう。
「決まりね。犯罪者の中から使えそうなのをウチで引き取ることにするわ。あんたたち、でかしたわよ」
適当に小遣いをあげて休憩でもしてこいというと、さっそくスイーツがどうのって話をしながら出かけて行った。かしましいもんね。
情報室に移動すると、いつものように大量の資料と格闘中のジョセフィンを見つける。
忙しそうだけど、こっちも優先度は高い。
「お疲れ、ジョセフィン。ちょっといい?」
「……ユカリさんですか、どうかしました?」
かなり眠そうだし、疲れてそうね。まぁ、体調管理は自分でやってるだろうし、そこまで心配は必要ないか。そこらに転がってる空になった回復薬の水晶ビンが気にはなるけど。
「さっき事務班の娘たちと話しててさ、ムショから欲しい人材を捜し出そうって話になってね。どう思う?」
僅かな空白の時間。
「…………その手がありましたかっ!」
一瞬考え込んだ後で、くわっと目を開く。隈のある充血した目でやられると微妙に怖い。
「囚人の経歴はあんたのコネで閲覧できるわよね? 取り敢えずは商取引に明るい人が欲しいのよね。制度を熟知してるなら詐欺師でもなんでも構わないわ。いける?」
刑務所の管轄は守備隊だったはずだ。そこのトップはジョセフィンが色々と画策して押し込んだ貴族が収まってるはずだから、この程度の頼みは聞いてもらえるに違いない。真っ当に金だって払うつもりだから、拒否される可能性は低いと思える。むしろ歓迎してくれるんじゃないだろうか。
「金にまつわる犯罪者はかなり多いですからね。ウチが欲しいって思える人は見つかるんじゃないかと。あとは条件次第でしょうかね。どうせなら、ついでに使えそうなのはまとめて獲ってしまいたいですね。そうするとかなりの額が必要になりますし、コネを使うにあたっても多少の心付けは要りますね」
「必要経費よ。釈放金は本人への借金って形にするつもりだけど、その辺の案もフレデリカたちと後で詰めてくれない?」
「分かりました。囚人のリストを入手後に、情報班で一次的に選別します。その後、幹部会で選別したリストを出しますので、誰と交渉するか一気に決めてしまいましょう」
ちゃんとしたリストが手に入るから、囚人は経歴どころじゃなく魔法適性なんかも含めた重要な個人情報まで全部分かってしまう。情報流出の恐ろしいところね。
コネを使って囚人の個人情報を漁り放題。本人と交渉成立すれば、金を出して釈放もさせる。見通しが立ったわね。
ただ、このやり方は凄く金がかかるから、本当に欲しいって思える必要な人にしか使えないけどね。いつかは回収できる金であっても、ウチも組織として柔軟に使える金には限りがある。
ジョセフィンによれば、一般的な囚人の場合の釈放金は、おおよそだけど残り刑期一日に付き、一万ジスト程度の金が必要になるらしい。
つまりシャバに出るまで残り一年の囚人を出そうと思ったら、大雑把には千二百万ジストが必要になるわけだ。五年なら六千万にもなるわけで、庶民にはとてもじゃないけど払えない額だ。
まぁ、妥当なようにも思えるけどね。これが貴族や大商人とかになると、爵位や財産によってのレートがあるらしくて、一日当たりの金額が相応に跳ね上がるってことらしい。それも妥当っちゃ妥当ね。
今回の交渉に当たっては、当然のように残り刑期が長い奴ほど与しやすい相手になるだろう。その分、金額がデカくなる。
欲しいって思えるのが何人くらいで、合計金額がどのくらいになるかにもよるけど、きっと凄い金額になるわね。
ま、その辺は事務班と幹部連中に任せれば、上手く考えてくれるだろう。大したことないのは情報班の一次選考で外れるだろうし、人格に問題があっとしても、ウチが求める能力があるならそれでいい。あくどい奴でも結構だ。そいつらを使いこなせないなんて、私は全然思わない。心配する要素があるとすら思ってない。
私からのオーダーはただ一つ。
結果を出す連中を連れてくるなら、一切の文句はないんだ。
次回「増強する組織」に続きます!
ちなみに今回で150話に到達しました。キリがいい!