旅は道連れ、世は情け
収容所を出発し、南東の街エクセンブラに向かう私たち一行。大きな街らしい。
話を聞いた限りじゃ、少なくとも政令指定都市程度の人口規模はあると想像した。いまのところはただの想像なんだけど、かなり大きな都市には違いなさそうだ。
しかも、それだけ大きな都市であるにもかかわらず、魔獣や魔物対策で周囲は完全に外壁で覆われてるらしい。
魔法の力によるものらしいけど、考えられないほど長大な外壁になるだろう。それを見物するだけでも楽しみってもんだ。
軍用ジープはサスペンションの性能が軽トラとは違うのか、乗り心地が各段に良い。これなら長時間乗り続けても大丈夫そうだ。ただ、スピードは軽トラよりもマシな程度で大して速くはなかった。
急ぐ旅じゃないから、遅いながらも安全運転で進んでもらいつつ適度に休憩を取る。
ずっと座ってると身体が鈍るから、休憩中は休むというよりも、むしろ身体を動かした。
一人で身体を動かしてると、ヴァレリアやアンジェリーナが一緒にやり始めるんで、結局は収容所組みは全員が我も我もと、トレーニングを始めてしまう。
ジークルーネたちは見守るだけだったのに、村人の小さな女の子、サラちゃんが一緒にやりたいと言って加わると、村人たちまで一緒にやることになってしまった。結局は全員だ。
なんにせよ、運動はいいこと!
僻地だからか、まったく人通りの無い街道を進んでゆく。
練習にはちょうどいいってことで、運転を代わってもらって私も車両を走らせてみる。なかなか運転も楽しい。
そんな感じで、特別なトラブルも無く順調に初日の夜を迎えた。
昼間はだいぶ暖かくなってきたけど、春でも夜はまだ寒い。野ざらしで寝るのは無理があるんで、ジープの中でみんなで固まりながら毛布に包まる。
こんなことも数日の辛抱だと思えば、これはこれで楽しいものだ。
二日目になると、道中で分岐路をいくつか見かけた。
行き先は変えずにそのまま進んでると、昼頃にトラック型魔道具の残骸を発見した。横倒しになった車両に古い感じはなく、ここ数日くらいに事故にあったように思えた。
何が起こったのか調べるため、ついでに金目の物でも残ってないかと、残骸を確認することに。
「誰もいないわね。荷物も空か」
「おそらく盗賊に襲われたのでしょうね。街に近づきつつある影響だと思います。ここからは少し警戒して進んだほうが良いでしょう」
みんなに周囲を警戒してもらいながら、フレデリカと残骸を見て話す。
「ここら辺を縄張りにしてる盗賊でもいるのかな? 襲ってくるなら返り討ちだけど」
「ふふっ、盗賊相手にユカリたちは過剰戦力もいいところですね」
その後は弱い魔獣に何度か遭遇しつつ、夕方まで順調に進めた。
ちょうど川べりに当たったところで、街道からは外れた場所に車両を停める。今夜はここで野営だ。
久しぶりに魚が食べたい衝動に駆られても、釣具が無いし、川に入って捕まえるにはちょっと寒い。街に着くまではお預けってことで諦めた。
調理班が夕食の準備を進める間、みんなして身体を動かす。
村人の妙齢の女、メアリーさんがやたら熱心だ。なんでも私たちのように強さを身に付けなければ、いつか同じ目に遭うからと強くなることを目標にしたらしい。サラちゃんもその隣で元気に頷いてる。
食後には焚き火を囲みながら、温かい紅茶で団らんだ。旅の一幕っぽくて、こういうのもいい。
紅茶は茶葉を使ったものじゃなく、紅茶フレーバーの体力回復薬で、アルミのカップ含めて私が自作したものだ。練習がてらに作ったものだけど、魔法の凄さには感心する。
まったりしながら和む貴重な時間だ。
ところが、そうした時間を邪魔する音がどこからか聞こえた。
闇夜に響くのは走行音だろう。これは移動型魔道具だ。
「誰か近づいてくるわね」
「町のほうに向かう方角です。わたしたちと同じですね。それにしても、こんな時間に急ぎの旅でしょうか」
「とにかく、間違ってここに突っ込まれないように、みんなで明かりの魔法使っておこうか」
念のため周囲を明るく照らして、こっちの存在を知らせておく。
これで突っ込んでくるなら、容赦なく弾き飛ばしてやる。
「……あれ、なんか様子がおかしくねえか?」
「もしかしてだが、追われてるとか?」
「ああ、そんな気がするな」
複数の車両がこっちに向かってくる。私たちのジープ同様に大したスピードは出てないと思うけど、それでも時速にして三十キロは出てるだろう。
整然とした普通の走行じゃなく、微妙に蛇行しながら走るような、なんだかしきりに背後を気にしたような感じだ。つまり、追われてるって感じ?
「やっぱ追いかけられてんのか?」
「てことは厄介事か」
「たぶんな、いや絶対巻き込まれるよな」
徐々に近づくヘッドライトを見るに、追われてるほうがトラック型魔道具で、追ってるほうはジープ型魔道具が複数台みたいだ。
「気のせいか? なんかこっちに向かってねえか?」
「気のせいだといいよな」
「気のせいというか、真っ直ぐこちらを目指していますね」
明かりを灯したのは失敗だったか。街道からは外れた場所のこっちに引き寄せる結果になっちゃったみたいだ。
それにしてもジープ型魔道具か。
なんだか、もう結果は見えてしまった気がする。
黙って見てるとトラックが突っ込んできそうなんで、無色透明の大きな盾を展開した。みんなは私の後ろに避難する。
このままだと直撃コースを取るトラックの運転手はさすがに思い直したのか、進路を少しずらそうとした。ところが操作が狂ったらしく、急速にトラックの車体が傾いてしまった。
「あ、バカ!」
直後、豪快に横転したトラックは、土煙を巻き上げながら少しだけ滑って止まる。突っ込まれることはなかったけど、大型トラックが迫ってくるのは迫力がありすぎて、ちょっとビビッてしまった。
悪態をつく暇もなく、すぐさまジープが追いついて、少し距離を置いて続々と停車した。
ここら辺は魔法でかなり明るくなってるから、見ただけでもう大体の事情は分かった。完全に予想通りの展開に辟易する。
トラックの運転手がどうなったのか知らないけど、出てくる様子はない。
代わりにジープからは量産型の盗賊がわらわらと湧いて出てる。数十人の規模の大きな盗賊団のようだ。
うん、どっちが悪者かなんて問い質すまでもないし、近寄ってくるまで待ってやる義理もない。
「面倒だから一気に片付けるわよ」
「ユカリ?」
練習の成果の見せどころだ。先手必勝、いきなり攻撃してやれ!
賊っぽい奴らが何かをしゃべる前に、イメージした魔法を具現化。盗賊どもの足元から鉄の細いトゲを一斉に生やしてしまう。鉄の草原を出現させたかのようにしてやったんだ。
狙いもなく適当にやったから運よく逃れたのもいるみたいだけど、一撃で半分は削れただろう。
それを見て、少し遅れて遠距離攻撃ができる味方が一斉に魔法を放つ。
さすが訓練されてる分、収容所組みは反応がいい。
今回は非戦闘員が多くいるから接近戦は避けたい思惑もある。散発的に盗賊側から魔法が飛んできても、透明装甲を消した代わりに張ったアクティブ装甲が完璧に防御してみせる。
そうして盗賊は間もなく沈黙した。
勝手に盗賊だけ決めつけただけで、まだ確定はしてないから、ぶっ殺したわけじゃない。一応ね。
ひとまずはこれでよし。手早く制圧できても油断はしない。
「アンジェリーナ、何人か連れて盗賊の親玉を連れてきて」
「分かった、探してみる」
「ヴァレリア、トラックの運転手が出てこないから、引きずり出してそいつもこっちに連れてきて」
「はい、お姉さま」
私は盾をそのままに警戒を続け、盗賊どもに睨みを利かせてアンジェリーナたちをフォローする。不穏な行動をすれば、即座に串刺しにしてやる。
奴らは苦しげに痛みを訴えながらも、この状況で反撃する気力と根性はないようだ。
アンジェリーナが親玉は誰かと声を上げると、降参すると言って名乗り出た。いかにもと言った風体の髭面の汚らしい男だ。足をトゲに貫かれた親玉を持ち上げ引き抜いてから、アンジェリーナが容赦なく引きずって連れてきた。文句は無視だ。
親玉は腕を組んで待つ私や、周囲に目を走らせるとわざとらしいくらいに驚く。
「お、女の集団だと!?」
「なんか、文句ある?」
女と思って一瞬、舐めた雰囲気を出した野郎を睨みつける。すると存外に頭が回るのか、即座に態度を改めた。
盗賊相手に私も気が立ってるのか、自分でも分かるほど怖い顔をしてると思う。そのせいかもね。
「いや、か、勘弁してくれ。もう俺たちは戦えねえ」
「だから? そうやって命乞いをする連中を、お前らは今まで助けてやったわけ?」
「もちろんだ! 俺たちは殺しはやらねえんだ」
「そんな下らない話を信じるほど、私はお人良しじゃないつもりなんだけどね」
「ほ、本当だ! それにタダとは言わねえ。お宝も全部とは言えねえがお前らに渡す。それで勘弁してくれ!」
それは興味ある。少しだけ付き合ってやろう。
「ほう、お宝ね。で、それはどこに?」
「そっちの赤い車両に積んである。見てくれれば分かる」
「アンジェリーナ、悪いけど確認してきてくれない? 一応、気をつけて」
「ああ、任せろ」
そんなことをしてると、ヴァレリアがトラックの運転手と思しきチョビ髭のおっさんを引きずりながら戻ってきた。
チョビ髭のおっさんは腰でも打ったのかへっぴり腰で引きずられてるけど、意識はあるみたいだ。豪快に横転したんだから、大怪我してないだけでも運が良い。頭部のどこかを切ったのか顔中が血まみれだけどね。
「ヴァレリア、ご苦労様」
「いえ、遅くなりました。お姉さま、こいつがあのトラックの運転手です」
ヴァレリアを軽く撫でてやってから、今度はチョビ髭のおっさんに問い質す。
「最初に訊くわ。あんたが追われてた盗賊団、こいつらについて何か知ってることはある?」
「は、はい。ここらの盗賊の噂についてはいくつか」
私の表情だか雰囲気にだかに気圧されるおっさんは、素直に答えてくれそうだ。余計な手間が省けていいわね。
「こいつら殺しはやらないなんて言ってんだけど、そういう盗賊団なの?」
「こ、こいつらがその盗賊団かは知りませんが、そういった盗賊がいるという噂は聞いたことがあります」
「ほら、そ、それだ! それが俺たちのことだ! 俺たちは殺しもやらねえし、人攫いもやらねえ! ブツしか盗らねえんだ、本当だ!」
盗賊の親玉が勢い込んで主張した。
誰も殺さないなんて、そんな盗賊団が複数いるとは思えない。意外なことに盗賊側の主張は本当みたいだ。
「へえ、なるほどね。その意気に免じて命だけは勘弁してやるわ」
「お姉さま、よろしいのですか?」
「嘘は言ってないようだからね。それに私たちは正義の味方ってわけじゃない。迷惑料を払うなら、それ以上の用は無いでしょ?」
「それもそうですね」
「みんなもそれで良いわよね?」
収容所組みは報酬があるなら別にって感じで、どうでも良さそうだ。
最近盗賊に襲われたばかりの村人たちは複雑な思いがあるだろうけど、ここでこいつらを皆殺しにするのは何かが違うし、彼女たちは護衛対象で戦闘には加わってないから意見を聞くつもりはない。
ちなみに兵士に突き出すってのは選択肢はない。ジョセフィンのアドバイスだ。
戦争以前ならともかく、兵士が少ないいま、こんな大勢を捕まえだって誰も管理できないらしい。
「ユカリ、お宝が入った箱があったぞ。これだ」
アンジェリーナたちが大きな箱を重そうに抱えて持ってきた。
物凄い重量感を思わせる音をさせながら置かれる宝箱をさっそく開けてみる。
すると、よくもまあ溜め込んだもんだと思う。アクセサリー類や宝飾品の武具、金貨なんかが詰め込まれてあった。結構な量になる。
「かなり溜め込んでるわね……うん、半分寄越しなさい。選別はこっちで適当にやるわ。どうしても手放したくない物があるなら、それくらいは聞いてやってもいいわ。文句ないわね?」
「……半分か、それで助かるなら文句はねえ。約束だ、青い短剣だけは残してくれ」
「分かった。フレデリカ、ジョセフィン、選別は任せていい? ほかのみんなも手伝ってあげて」
「ええ、任せてください。ジョセフィンさん、すぐに仕分けしましょう」
「はいよ。ちゃっちゃと済ませちゃいましょうか」
フレデリカの鑑定魔法とジョセフィンの見識があれば上手いこと選別してくれるだろう。
私は口に出したことはなるべく守る。絶対じゃない、なるべくね。
あとはちょっと商売をしてみようかな。
お試しにはちょうどいい相手だ。こいつら相手になら、失敗したって構わない。
「ところでさ、下級の傷回復薬で良ければ売ってやってもいいけど、どうする? こんなご時勢だからね。下級とはいえ、手に入りにくい代物よ。もちろん相場よりは高くなるけど、そっちの人数分はあるわよ」
「俺ら全員分だと!? いまさら俺らに嘘を吐くとは思えねえけどよ、念のため効果を確認させてくれねえか。買い取りてえが、さすがに信じられん」
「いいわよ。ちょっと待ってなさい」
自前のジープの中に戻って、せっせと水晶ビンと下級の傷回復薬の作成だ。超特急で作りまくり、空き箱に詰めてしまう。
箱を抱えて親玉のもとに戻り、水晶ビンを一本投げてやる。
「それよ。とりあえず使ってみなさい」
「また上等な入れ物だな。あんたら一体何者なんだ」
しまったわね。こいつらに渡すのに水晶なんて必要なかった。
いや、でもヘボい物を作るのは私のプライドが許さない。どんな時でも水晶ビンのスタイルは貫くことにしよう。
「そんなことより、早く使ってみなさい。グズグズしてると、この話は無かったことにするわよ」
「わ、分かった、分かった。すぐに飲む」
慌てたように蓋を外して一気に飲み干す。すると親玉の足の傷がすぐに塞がったのが見て取れた。
「おお、これは! ありがてえ、これなら全員分、買い取るぜ。お宝からその分は引いてくれねえか」
「フレデリカ、ジョセフィン、聞こえてた? 追加で徴収しといて」
「聞こえています、任せてください!」
復活した親玉に箱ごと傷回復薬を押し付けて、あとは自分たちでやらせる。
あの回復薬じゃ骨折なんかは治せないし、全員が完全復活までは無理だ。まあ行動可能なくらいにはなる。
そうしたところで、私たちに歯向かうことはもう無いだろうし、盗賊についてはもういいかな。
こいつらを全滅させて、もっとひどいのが幅利かせるようになったら寝覚めが悪いからね。ほっとくのが一番いい。